25.どちらも素ではあるんです
「視野を狭めて剣だけを見るなリンディロ! 視野を広げて相手の視線と口元、そして相手の手元に注意を払え! 相手が私のように指導しか口にしないと思うか!?」
「は、はい!」
ディーラスコ家の騎士団はアンドレイス家でも精鋭が集まっている。
訓練場では剣と魔術を織り交ぜた実戦訓練が二人一組で行われていて、剣は刃を潰してあるが魔術に関しては容赦が無い。
あちらこちらで訓練とは思えないほどの魔術が飛び交っていた。
その中でも騎士団長であるシャトランに指導されている騎士のやられっぷりと来たら同情したくなるくらいだ。
相手の騎士に指導しながら、的確に一撃一撃を入れていく様子は実力差を感じさせる。
「すごい……」
ブリーナと一緒に訓練場を覗いたカナタは気迫のある騎士達の姿を見て感嘆の声を漏らす。
同時に、魔剣士であった傭兵達を重ねて懐かしくなった。
ウヴァルやグリアーレを含め、傭兵達がこんな風に訓練する姿をたまに見かけた事がある。
カナタがいたカレジャス傭兵団ではウヴァルとグリアーレが剣の腕でもトップだったが、シャトランの隙の無さは素人目に見てもそれ以上に見えた。流石はラジェストラの腹心といった所だろうか。
「魔術だけに魔力を集中させるな! 我々は魔剣士でもあるのだぞ!」
「はい!!」
シャトランの容赦ない指導が訓練場に響き渡る。
しかし、相手の騎士も負けじとシャトランに食らいついていた。
こうでなくては騎士など務まらないのかもしれない。
それから十分ほど訓練は続き、ようやくシャトランは剣を止めた。
「よし! 休憩だ!」
魔力と体力を消費した騎士達が休憩と聞いて用意されていた水に飛びつく。
魔術で水を出せる者もいるだろうが、訓練で消費した魔力にさらに鞭を打つような事はしたくないのだろう。
シャトランが兜を脱ぐと、訓練場を覗いているカナタとブリーナに気付いた。
「どうしたカナタ、それにブリーナ夫人まで……私に何か用か?」
「お邪魔して申し訳ありませんシャトラン様。第一域の魔術を教えるにあたって、実際の魔術を見たほうが良いと思い、カナタ様を見学にお連れ致しました」
「お邪魔して申し訳ありません、父上」
「何を言っている。ここはカナタの家なのだから見学など自由で構わん。そんな風に隠れて覗かなくても、騎士団にも紹介して堂々と見学するといい……注目!」
シャトランが号令をかけると休憩中の騎士達も背筋を伸ばす。
休憩を中断させられる騎士達に対して、カナタは少し申し訳なくなった。
「先日より我が息子となったカナタだ。事情は知っているだろうが……今の立場に基づいた接し方を心掛けるように」
「「「はっ!!」」」
騎士達のほうを見れば、ちらちらと知っている顔がある。
ダンレス領でラジェストラと一緒にいた騎士達だ。
「騎士団にはその場にいた者も多かったからな、互い情報の食い違いから不信を生まないためにもカナタの事情を全員に通達してある。私と魔術契約をしているから安心するといい」
こっそりと耳元でシャトランがカナタについて騎士団がどう知っているのかを耳打ちして、カナタはこくりと頷いた。
ここにいる騎士の半分程がラジェストラと一緒にダンレス領に視察に同行し、傭兵団にカナタがいる所を見てしまっている。
流石に用意してある設定で押し切れるわけもなく、魔術契約を結んで口外しないようにする事で手を打ったようだ。
「久しぶりだなカナタ、もうここの生活には慣れたか?」
「え」
「自己紹介はしてなかったな、ドルムントだ」
気が付けば、騎士達はカナタの周りに集まってきた。
集まった騎士達はダンレス領に同行した騎士達であり、訓練で疲れているだろうにカナタを心配して声を掛けに来てくれたようだった。
彼等からすればカナタは傭兵団から引き離され、突然ここに連れてこられた子供……どうしているのかずっと気掛かりだったのかもしれない。
「おい不敬だぞドルムント!」
「何言ってんだシャビール、カナタはまだ爵位を貰ってないんだからただの貴族同士、これくらいでいいんだ。こんな年上に囲まれて全員からかったい敬語で接されたほうが居心地悪いだろうが」
「それはそうだが……」
「俺の事覚えてます!? リンディロです!」
「マジェクだ。もうここの生活には慣れたか? シャトラン様のスケジュールは子供の身には辛かろう」
「無理させられてるなら愚痴くらい聞くよ! シャトラン様に直談判とかは無理ですけれど!」
「え、えっと……皆さんありがとうございます。何とか母上やブリーナ夫人の助けもあってやれています」
先程も思ったが、やっぱり少し傭兵団に似てるなと思った。
強いて言えばこちらのほうが酒臭くない分、上品かもしれないが……何というか勢いが似ている気がするとカナタはほっとしていた。
「それであの、見学と一緒にお願いがあるのですが……」
「お、なんだ?」
「俺達に出来る事なら何でも言ってくれていいぞ」
カナタはブリーナ夫人をちらっと見ながら両手をもじもじとさせる。
横にいるブリーナ夫人は頷いて、そのままお願いを口にするよう促した。
「その、訓練の時に出た魔術滓を貰う事ってできますか?」
「魔術滓?」
騎士達が視線をやった訓練場の端には魔術滓が転がっている。
騎士団の訓練は厳しく、必ずしも完璧に魔術を扱える状況ではない。後半になればなるほど疲労で魔術の精度は鈍っていくので訓練に魔術滓はつきものだ。
なにより、魔術師の魔術の訓練とは違って魔剣士として立ち回るので魔術滓は騎士団の訓練の邪魔にしかならない厄介ものだ。すぐに消えないのがより一層たちが悪い。なので、ああして放置するしかないのだ。
「ああ、なるほど……そういえば魔術滓を集めてるとか何とか」
「むしろあんな邪魔なの持ってって欲しいくらいだよ。なあみんな?」
「自分達で出しておいてなんだけどほんと邪魔だからなあれ」
「踏むと転びかけたりするし」
「素足で踏むと痛いしな」
当たり前の事だが、騎士達の中に魔術滓の扱いにこだわりがあるものなどいない。
傭兵団だろうが貴族の家だろうが、どこに行っても魔術滓というのは魔術の残りカスであり、処分に困る魔力のゴミなのは共通認識。
こんなものを集めている物珍しいものなど、カナタくらいなものだ。
「だってさ、好きなだけ持っててくれたら助かる」
「何か掃除を押し付けてるみたいで悪いけれど……いいのかい?」
「はい! ありがとうございます!」
「あ、カナタ様! 走っては危ないですよ!」
騎士達の許可を得て元気よく返事をすると、ブリーナの制止も聞かずにカナタは魔術滓が追いやられている訓練場の端まで飛びつくように走る。
ほとんどが第一域の魔術滓だが、カナタにとってはそんなもの関係無い。
きらきらと輝きだけはいっちょ前の魔術滓はカナタにとっては思い出と一緒に光る極上の宝物だった。
「うひょー! こんな量初めて見たぁ!」
「うひょーって言ったぞ今」
「さっきまでの初々しい感じはどこ行っちゃったんだ」
「いいじゃないか。子供は素を出して元気良くが一番さ」
あまりのカナタの変わりように困惑する騎士達の視線にも気付かず……カナタは魔術滓を拾っていく。
見た事も無い大量の魔術滓に興奮していたからか、その視線の中に冷たいものが混じっているなどとカナタは気付く事は出来なかった。