11.夜風の剣
「っと……」
ぴりぴりとした空気のまま夜になり、戦場漁りの子供達は眠りにつく。
心なしか、普段よりも互いに距離が近い。普段はどさくさでお互いの取り分を盗まれないようにと一定の距離を保っているのだが、先程の出来事があってそれどころじゃないのだろう。今日はトラブルのせいか戦場漁り達が拾ってきたものも宝石や装飾品などの一目で金目のものとわかるもの以外は回収されず、それがかえって子供達にも事態が緊迫している事が伝わってしまっている。
いつもカナタの近くで寝るロアも今日は一層距離が近い。
今日は戦場で危険に晒されたのもあって心細いのかカナタの真隣で眠っている。
一方カナタは町で買った新しい寝袋に包まれながら今日回収した魔術滓の模様をいつも通り石に書き写していた。
カナタは普段通り……よりも機嫌がいいくらいで表情はどこか綻んでいる。
「んー……」
他の子供達はどうか知らないがカナタは嬉しかった。
仲間に飛んでくる魔術に怒るウヴァルの団長らしい姿や自分達を心配してくれるグリアーレの難しい顔、そして戦場漁りを気に掛けるように近くにいてくれた傭兵達。
傭兵と戦場漁りは互いに利益ありきの関係とはいえ、仲間のために怒ったり心配したりする様子はまるで大きな家族みたいじゃないか、と。
ぴりぴりとした空気の中、言いだす事こそ出来なかったが……カナタは自分達の安全のために怒ったり、心配してくれる人がいると実感できた事が嬉しかった。
……もう自分達を無条件で愛してくれる人などいないと知っているから。
「あれ……これ、同じだ……」
いつものように木炭を使って石に魔術滓の模様を書き写しているとカナタはある事に気付く。
自分が寝袋を燃やした夜に書き写したものと今日拾った魔術滓の模様と一致するものがある。
つまり、今日も同じ魔術が使われているという事だ。
(文字は、わからないけど……この円の欠片みたいな模様も……。こっちとこっちが同じ……)
同じ火属性。そして魔術滓の中に書かれた同じ模様。
いくら火属性が得意な魔術師が大勢いるとして、使う魔術まで被るものなのだろうか?
カナタが魔術滓を見比べながら疑問に思っていると、足音が聞こえてくる。
見張りの誰かが来たのかな、とカナタはくるまっていた寝袋からそっと頭を半分だけ出す。
――すると、砂の音と同時に焚火の火が消えた。
「!!」
そして、カナタを包む闇が濃くなる。
焚火が消えた上に雲で月が隠れたのかと思えば月は堂々と夜空を照らしたまま。
カナタはようやく自分を照らす月明かりを遮ったのが何者かの影だと気付いて、
「敵襲!!!!」
「ちっ……!」
喉がはち切れんばかりに叫びながら、隣のロアに手を伸ばそうとする何者かの足目掛けて飛びつく。
カナタに突然足に組み付かれた何者かはバランスを崩して倒れ込む。体格からして戦場漁りの子供の誰かではない。掴んだ足からして大人の男だ。
カナタの声と男が尻もちをついた音で戦場漁りの子供達は寝ぼけまなこで起き始めるが、すぐに逃げるにはまだ目が覚め切っていない。
「……大人しく寝ていればいいものを」
「う、ぐっ……!」
カナタは起き上がろうとする男の足にしがみ付き、何とか時間を稼ごうとする。
少し時間を稼げば今日の見張りがすぐに駆け付けるだろうが、男の力はカナタの想像をはるかに超える。
確実に魔力で強化されているであろう脚力で、足にしがみついているカナタを地面に叩きつけようと足を上げた。
「せ、"選択"!!」
今日もやった魔力のコントロールで全身を強化する。
カナタの体は思い切り地面に叩きつけられるが、張り巡らされた魔力のおかげか何とか痛いだけですんだが、流石に足は離してしまう。
視界に叩きつけられた地面が映り、その場所がへこんでいる事にカナタは痛がりながらぞっとする。
「カナタ……?」
「ロア起きて!!」
「え……きゃああああ!!」
男はカナタの様子を訝しむように短剣を抜く。
今の一撃でも普通に立てるカナタに違和感を抱いたようで、他の子供達は見ていない。
「なるほど、魔剣士見習いが混じっていたか……迂闊」
カナタが魔力を張り巡らせているのを見て男は自分の中で納得して、狙いをカナタに絞った。仕事の邪魔になる相手と判断したという事だろう。
よく見れば全身が黒い服。服の下には鎖帷子といった所か。
まさに夜に紛れるための装備であり、カナタは男が抜いた短剣の輝きを頼りにじりじりと下がる。
カナタが肩越しに後ろを見た瞬間、男は踏み出してきた。
「だが所詮は子供だろう!」
同じ魔力を張り巡らせている者同士だが、大人と子供の身体能力差……そして戦場漁りだったカナタが魔力を張り巡らせている大人相手との経験が皆無であった事が勝敗を分ける。
男が余裕があるのに対し、カナタは初めて大人が魔力を張り巡らせた時の身体能力に必死になって足を動かしてもすぐに距離を詰められる。
「わあああああ!!」
「筋はいい。だが幼い。後数年違えば撃ち合えただろうに」
カナタは魔術滓を投げつけながら何とか距離を離そうとするが男は悠々と距離を詰めて短剣を振りかぶる。
「よくやったカナタ」
「ごぶっ!?」
瞬間――突風のようにその横を駆け抜ける影があった。
闘牛の突進よりも強烈な拳が男の鳩尾に突き刺さり、男は短剣を離した。
カナタはすぐさまその短剣に飛びつき、男が拾えないように回収する。
「ぐ、グリアーレ副団長……!」
「よく時間を稼いでくれたぞカナタ」
月明かりに照らされる橙色の髪が燃えるようにカナタの前で揺れる。
カナタの声に反応して一番に反応して駆け付けたのは副団長であるグリアーレ。
よほど急いでくれたのか装備は腰に差す剣のみで甲冑は着ていない。
「貴様、どこの者だ」
「ごほっ……。ごほっ! ……っ!」
男は咳き込みながら懐からハンカチを取り出し、そのままグリアーレに投げつける。
「もうし、こむ……!」
「なるほど、この場を無事に切り抜けるのは無理と判断したか。流石、夜に子供を襲うような輩だ。こちらの善意に託した決闘の申し込みとはな。
……だが、受けてやろう。私も戦士の端くれだからな」
グリアーレは投げつけられたハンカチに触れる。
そこを狙って、男は動いた。
グリアーレはハンカチを拾うために少ししゃがんで隙だらけ。
卑怯などではない、と男は言い訳するように心の中で叫ぶ。
グリアーレがハンカチに触れたという事はその瞬間、決闘は受諾されたという事……自分はその始まった瞬間を狙っただけだとグリアーレに手を伸ばす。
「は、れ」
しかし、音も無くその手は闇に消える。
腕から先にあるべき手はどこかへ飛んでいって、グリアーレの頭や首を掴める手はもはやない。
「夜に子供を襲うような輩だ。そういう手もとるだろうな」
カナタだけは夜闇の中に輝く一瞬の鉄の軌跡を見た。
グリアーレは魔力で身体強化をして戦う魔剣士、そして日夜戦う傭兵。
戦場の理不尽さに比べればこの程度、不意を突かれた内には入らない。
「決闘の作法を知っているという事はそれなりの騎士だろうに」
「う、がああああ!!」
「選ぶ道を間違えたな」
その声は夜に紛れる者らしくなく、グリアーレの挑発に怒りを覚えたからか。
半ばやけになって突っ込んできた男をグリアーレは身をひるがえして躱し、その首を剣の柄で殴る。
男はその勢いで地面に倒れるように滑り込み、そのまま動かなくなった。
斬られた腕からはどろっと血が流れ出ている。
「さあ、止血してやろう。話を聞かせてもらわないとな」
グリアーレは拾ったハンカチを男の腕にきつく巻く。
淀みなく行われた一連の流れにカナタはぽかんと呆けるしかなかった。