10.不穏な雲行き
カナタとロアが固まっていると、テントから追い出されるようにして甲冑姿の騎士とその従騎士らしき男の二人が出てきた。
その二人に続くようにしてテントから出てきたウヴァルが怒りで歪んだ形相で騎士のほうに詰め寄る。
「こっちが魔術師じゃないからってわからないとでも思ったか!? ありゃ第三域の増強魔法だろうが! 味方がいるかもしれない場所に向けて撃っていい魔術じゃねえって事くらいわかんねえのか!?」
「申し訳ない。俺も配属されたばかりでな、こんな方針だとは――」
「てめえ言ったよな……俺の指揮下に入れってよ。指揮下に入った俺達を誘導して、豚魔術師の的扱いってか? 教えてくれよ騎士様よ!? うまく誘導して的が一つ~! 的が二つ~! なあおい……的一つ誘導するにつきいくら貰う気だったんだ!? ああん!?」
額に血管が浮かぶほど憤っているウヴァル。
騎士が詰め寄られているのを横目に、カナタとロアはこそこそとグリアーレの近くへと駆け寄った。
「な、何があったんですか……?」
「私達が戦場で戦っている途中……味方側の方向から私達がいる所に魔術が飛んできてな……。ダンレス子爵の火属性魔法にあわや巻き込まれる所だったんだ」
「味方に魔術って……」
「無論、敵もいたから敵を狙ったのだとは思うが……それでも私達は危ない所だった。第三域の増強魔法で炎の津波のような魔術だったからな。いくら私達でも飲み込まれれば危ない」
グリアーレは騎士に詰め寄るウヴァルを顎で指す。
怒りはしばらく収まらなそうだ。
「だからこうして、怒り狂ったウヴァルが私達を指揮していたダンレス軍の騎士に抗議しているというわけだ。あれはしばらく収まるまい」
「火の……」
「魔術……」
カナタとロアは顔を見合わせる。
偶然か、先程二人の近くに着弾した魔術もロアを呑み込みかけた魔術も火属性だった。
グリアーレにそれを話すと、グリアーレの表情が険しくなる。
「お前達にもか……?」
「は、はい、でも私達がいるのはわからなかったと思うし……流石に偶然だと思いますけど……」
ロアがそう言うとグリアーレは冷や汗を額に流しながらウヴァルのほうをちらっと見る。
そしてしゃがむと二人の耳元に口を近づけた。
「お前達からはウヴァルに言うな。私が夜にそれとなく話しておく。今それを伝えてしまうと……あの騎士を殺してしまいそうだ」
いくらお頭でもまさか、とカナタとロアは言いたくなったが冗談に聞こえない。
今まさにウヴァルは目の前の騎士相手に剣を抜いてもおかしくないほどヒートアップしているからだ。
二人は元から言う気は無かったが、こくこくと深く頷く。
戦場漁りをやっている以上、どんな危険も自己責任ではある。
よく見てみれば他の傭兵達もピリピリしているようで、その雰囲気にあてられて戦場漁りの子供達も怯えている。
無理もない。敵からの攻撃ならともかく、味方からの魔術で死にかけたというのはいくら傭兵だからといって笑えない。
「金払いがよかったのは殺しちまえば報酬を払う必要もないからか!? ああ!?」
「ウヴァル団長、君の怒りも尤もだ。だが信じて欲しい。俺はカレジャス傭兵団を魔術の射線上に誘導する気は全く無かった。君らを俺の指揮下に入れるというのも、俺が新人だからだろうとしか思っていない」
「今日の戦いでどう信じろってんだ!!」
ウヴァルは騎士の男の首を掴む。
傍に立っていた従騎士の男が剣に手をかけるが、首を掴まれている騎士はそれを制止した。
「俺の名はファルディニア。この名に誓おう。君の怒りを受け止め、理不尽を排するために動く竜の背に相応しい男である事を」
「……。ちっ!」
ファルディニアと名乗る男がウヴァルの目を真っ直ぐ見てそう言うと、ウヴァルは舌打ちしながら手を離す。
竜はスターレイ王国の象徴。星降り注ぐ夜に泳ぐ空想の王。
国の象徴を引き合いに出して誓うのであれば、それは国家に捧げる信念の吐露だ。
いくらウヴァルが怒り心頭であってもその言葉の重さは無視できない。
「俺達は傭兵だ。雑に扱われるのは仕方ねえ。危険な役目も状況次第じゃ請け負ってやるさ。だがな、味方から狙われるのは貧乏くじとはちげえ話だ!
あんたのご希望通り次も指揮下に入ってやる。だが、次疑わしいと感じたら……わかってるな?」
「少なくとも、俺は君達の味方だと約束する」
「とっとと行け。あの豚のご機嫌取りにな」
ファルディニアがウヴァルに頭を下げると、従騎士はぎょっとした顔をしながら躊躇いがちに頭を下げる。
ウヴァルがテントに戻るとファルディニアはカナタ達のほうにも振り向いて、同じように頭を下げた。
二人は頭を下げ終わると、グリアーレを含め傭兵達の冷たい視線に晒されながらダンレス陣営へと戻っていく。
「あの騎士にとっても不本意だった可能性が高いな」
「わかるんですか?」
ロアが聞くとグリアーレは頷く。
「騎士は継承権の無い若い貴族だったり、より位の高い家に仕えている下位の貴族がなる場合が多いからな。あの立ち振る舞いといい……あの二人も貴族だろう。それが私達傭兵に頭を下げたんだ。まともな人物である可能性は高いのさ」
「へぇ……」
「平民出身で騎士になっている奴もいるにはいるが、よほど腕が立つ事に加えて人格を認められたりしないとな……つまり、うちの団長には無理だって事だ」
「あはは」
グリアーレの冗談でぴりぴりとした空気が少しだけ緩む。
ファルディニアの後ろ姿を見ていたカナタまで釣られて笑ってしまう。
「私は少しウヴァルと話してくる。何とか飯の前までには落ち着かせるさ。
男共! 子供達や他の事は任せたぞ!!」
「ほい来た姐さん!!」
「お任せを!!」
グリアーレは傭兵達に指示を出すとすぐさまテントに入っていく。
少し話し声は聞こえてくるが、先程よりもウヴァルは落ち着いているらしくやたらめったらな声量で怒鳴るような事はない。
「カナタ、ご飯作るの手伝わないと」
「あ、うん……今行くよ」
カナタはウヴァルのいるテントと去っていくファルディニアの後ろ姿を交互に見る。
そしてポケットの中に入れていた大量の魔術滓を取り出した。全てが赤く、その色は火属性を示している。
「…………」
一瞬、手を傾けて地面にこぼしかけるも、寸前でカナタは拳を作って止める。
そのままポケットにしまい直して今日のご飯を作るためにロアのほうへと走っていった。
ポケットの中ではじゃらじゃらと魔術のゴミと呼ばれる小石が踊っている。