戦線復帰に向けて
神樹の浄化から一ヶ月、ようやく俺は復帰に向け訓練を始めることにした。
「……よし」
しばらくぶりにベッドから立ち上がり、手や足を動かして感触を確かめる。痛みがあり酷く鈍ってはいるが、動けない程ではない。ここまで長かった。
俺たちの当面の目標は、世界会議開催までこの大陸で勇者の足取りを追うことになっている。
ただ戦い続きだったせいもあるのだろう。バウンス船長がノサリア各国の代表から手紙を預かって来てくれたのだが、あくまで体を休めるのを優先するようにと書かれていた。
パーティーのみんなからも勇者の捜索は自分たちに任せ、休んでいるようには言われたんだけど……。
「さすがに最低限動けようにはなっておきたいからな」
そう自分に言い聞かせ、見付からないよう部屋の扉を開いた時だった。
「あ」
「……」
そこには白い目でこちらを見つめるユーリさんの姿があった。
「ユ、ユーリさん。おはようございます」
出掛けようとしたのがバレないよう、何とか平静を装いつつ挨拶する。
「……おはようございます。どこかへお出かけですか?」
「い、いやぁ……天気が良かったので少し散歩でも」
「ティルヴィング様からは、まだ部屋の中で安静にしてるよう言われているはずですが?」
「そ、そうでしたっけ?」
もちろん覚えている。かなり怖い顔で言われたからなぁ。
「…………」
だんだんとユーリさんの目がじっとりとしたものになっていく。あぁ、ダメだこれは。もう最初から抜け出そうとしたことがバレてたんだろう。
「すみません、降参です。黙って抜け出そうとしてました」
「はぁ……もう、どうしてそう無理なさるんですか?」
「みんなが勇者の探索に動いているのに、俺だけ寝てるのは気が引けて……」
「お気持ちは分かります。ですが古代呪文使ったフリッツ様の体は、ご自身が考えられているより深刻な状態なのです」
「はい……」
ぐうの音も出ないほどの正論に、俺はただただ頷くしかなかった。
ユーリさんだって、意地悪で言っている訳じゃないのだ。本当に心から俺のことを心配してくれている。それが分かっているからこそ、こんなにも心が痛むのだ。
「すみません、ベッドに戻ります」
これ以上ユーリさんに悲しい顔をさせない為にも、大人しくしておこう。そう思って踵を返そうとしたのだが――。
「……そんなに外に出たいんですか?」
落ち込む俺を不憫に思ったのか、ユーリさんがそんな風に問いかけてきた。
「外に出たいというよりは、少し体を慣らしたかったですね。世界会議までには動けるようにならないとですし、歩行訓練くらいはと思ったんですが」
「そうですか……」
俺の答えを聞くと、ユーリさんは何やら思案するように顎に手を当てた。しばらくして、考えがまとまったのかこう口を開いた。
「ではこうしましょう。実は禁足地の中には姉様が使う温泉が湧いています。フリッツ様にはそこまで移動して頂き、湯治をしてもらいます。これなら歩行訓練をしながら、体を癒すこともできます」
「えっ、良いんですか!?」
思いもよらない提案に、思わず声の調子が上がってしまう。
「はい。事情を離せばお姉様もきっと許可をくださることでしょう。ですが、私も付き添わせて頂きます。それが条件です」
禁足地までは徒歩だとそこそこの距離がある。俺がしたかった歩行訓練には十分な距離だろう。
それに禁足地にある温泉にも興味がある。俺の体を蝕んでいるのは外傷じゃないため、温泉の効能がどれほど効くかは分からない。ただご利益はありそうだし、リラックスは出来そうだ。
ただ、ユーリさんも一緒ということは……。
「さすがに温泉に入る時は一人にして……」
「ダメです。心配なので私も一緒に温泉まで付いていきます」
「いや、さすがにそれは……」
まずいのではないだろうか?
いくら神樹の精霊とは言え見た目はクロエと同じか、それ以下の少女なのだ。そんな子を入浴中も側にいさせるなんて、いくらなんでもよろしくない。
なので、何とか彼女に思いとどまってもらおうと言葉を弄することにする。
「でもさ、温泉に入るなら少なくとも俺は服を脱いだ状態だけど……」
「あっ……」
ユーリさんの顔が一瞬にして真っ赤になる。やっぱり俺から目を離さないことに気が向きすぎて、そこまで考えていなかったのか。よしよし、これなら何とか入浴時だけでも一人になれる。
そう思っていたのだが――。
「だ、大丈夫です! 私は気にしません!」
「えぇっ!?」
もはや意地になってしまったのか、ユーリさんが恥ずかしさを隠そうともせずそう叫んだ。
「いやでも……」
「わ、私はお姉さまに許可を貰ってきます! フリッツ様はその間に準備をお願いします!」
俺が止める間もなく、ユーリさんはそう言い放って部屋から出て行った。
「大丈夫かなぁ」
そもそも、セリカさんにもどう説明するつもりだろうか?
色々な不安がありつつも、仕方なく用意をしつつユーリさんの帰りを待つことになるのだった。
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