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ユーリの素顔

 禁足地へ向かう用意が一通り済んだところで、セリカさんに許可を貰いに行ったユーリさんが戻ってきた。


「姉様からこんなものを借りてきました」


 そう言って戻るなりユーリさんが広げたのは、白い布で織られた服だった。ただ普通の服とは異なり、ずいぶんとゆとりを持った作りになっている。


「これは?」


「湯浴み着です。フリッツ様には温泉に入る際、これを着用してもらいます」


 なるほど。これを着れば体も隠せるし、恥ずかしさも少しはマシになるだろう。


「これならフリッツ様にも納得してもらえるかと思います」


 少し得意げに胸を反らすユーリさん。ここまでしてもらったら断る訳にもいかない。


「分かりました、降参です」


 俺の言葉に満足そうに頷くユーリさん。心なしか、出会った頃よりもだいぶ表情豊かになって気がする。やはり疫病問題があった時は、緊張状態で本来の性格が表に出ていなかったのだろう。


 俺たちはノークリッド城内の敷地に建てられた療養の為の小屋を出て、禁足地に向けて歩き出した。王城と禁足地は近く、それほど距離はない。おそらくセリカさんが直ぐに神樹の様子を見に行けるように、このような立地になっているのだろう。なので、俺の足でも入り口まではそう時間はかからなかった。


 禁足地に入るのはおよそ一ヶ月ぶりとなるが、前とは木々や大地の様子が明らかに異なっていた。枯れていた木々は青々と生い茂り、ドロドロだった土はサラサラとした手触りの肥えたものになっていた。


「これも浄化の影響かな?」


「えぇ。本来の力を取り戻した神樹が根を通して大地を浄化し、木や土も元に戻りました。これもフリッツ様のおかげなのですよ」


 ふと口をついて出た俺の疑問に、ユーリさんは微笑みを浮かべながら答えてくれる。


「そっか……良かった」


 神樹が力を取り戻せば――そう聞いていたが、まさかここまで劇的に変化するものだとは。改めて神樹の力を実感せずにはいられなかった。


「歩いてみてどうですか? まだ体が痛むと思いますけど……」


 ユーリさんは道案内をしてくれつつも、適度な間隔で俺の体を心配してくれる。


「まだ少し痛みますが、これくらいなら大丈夫ですよ」


「もし痛みが酷くなるようなら言ってくださいね。すぐに休憩しますから」


「ありがとうございます。ユーリさんは優しいですね」


「っ! こ、この大陸を救われた方なのです。心配するのは、そこに住む者として当然です!」


 俺の答えに顔を赤くして、慌てたように再び歩き始めるユーリさん。


 うぅむ、どうやら俺はユーリさんへの対応がいまいち良くないらしい。


 この前だって今みたいな感じになって、みんなから散々白い目でみられたしなぁ。ユーリさんだってしばらく話してくれなかったし、何とかした方が良いんだろうけどイマイチ原因が分かっていない。


 それから俺は温泉に着くまで、どうやってユーリさんを困らせないようにするか頭を悩ませることになったのだった。



「着きました、ここが温泉です」


「おぉ!」


 禁足地に入って1時間ほど歩き、ようやく俺たちは温泉へとたどり着いた。


 岩に囲まれた空間にお湯が沸いており、そこからモクモクと湯気が湧いている。ここに来るまで汗もかいたし、温泉に入るにはちょうどいい頃合いだった。


「ところで、俺はどこで湯浴み着に着替えればいいでしょうか?」


「え……あっ!」


 俺の疑問に、ユーリさんは「しまった!」といった感じの表情になった。


「その反応はもしかすると……」


「すみません……ここは姉様しか使わないので、そういったものがないことを失念していました」


「な、なるほど」


「……」


「……」


 お互い無言になってしまう。


 まいった、ここまで来たのに温泉に入らず帰るのもさすがにもったいない気がする。ここは少しの間、ユーリさんに目を離してもらうしかなさそうだ。そう提案しようと思ったのだが……。


「困りました、どうしましょう……」


 ユーリさんは完全に気が動転してしまったのか、そこまで頭が回っていない様子だ。普段は物静かで大人しいが故に、今みたいに慌てふためいている姿がなんだが新鮮で……。


「ぷっ……」


「フリッツ様?」


「あはは、ごめん。でも少しだけ後ろを向いてくれれば、その間に着替えるよ」


「あっ……」


 俺が言ったことでようやく簡単な解決方法に気付いたのか、また顔を真っ赤にしてしまった。


「うぅ、どうしてこんな簡単なことが思い浮かばなかったんだろう……」


 そして言葉遣いまでもが、どこか子供っぽくなっている気がする。やはり普段の振る舞いが作られたもので、こちらが本来の性格なのかもしれない。


 まあそれは置いておくとして、ひとまずここに来た本来の目的を果たすことにしよう。


「着替えるから、少しだけ向こうの方を向いてくれますか?」


 未だ混乱の中にいるユーリさんにそう言うと、思いもよらない答えが返ってくることになった。


「で、ではわたしも向こうで着替えてきますので、終わったらお呼びください」


「……え?」

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