第二十話「連休中の過ごし方(6)」
雲一つない青空の下、利用時間いっぱいまで小グラウンドを楽しんだ私たちはお昼ご飯を食べようと施設内のフードコートへと来ていた。
「さすがにお腹空いたね」
「そうですね。いい天気だけど、この時間はだいぶ暑いし体力削られる感じもしますよ」
五人分の飲み物をトレーに乗せて席に戻ると、ジャンケンの勝者たちが優雅に談笑していた。
私と同じジャンケン弱者の笹塚先輩と松岡さんはまだ料理ができていないようで、それぞれ注文したお店の前で待機しているのが見える。
「ありがとう、莉佳ちゃん」
「お疲れ〜」
リサ先輩と陽子の前に頼まれていた烏龍茶とジンジャエールを置くと、二人とものどが渇いていたのかすぐにコップに手を伸ばした。
今日は本当に暑いので、その気持ちもよくわかる。
小グラウンドにいるときもちょこちょこと水分補給などはしていたが、みんな自分より愛犬優先で行動する人たちなのでようやく一息つけたというところだろうか。
「ヴォルフたちは大丈夫? もう少しお水を飲む?」
『俺は大丈夫だ』
『ハナもさっきいっぱい飲んだ〜!』
『ありがとう、莉佳ちゃん。みんな大丈夫よ』
お疲れ気味の飼い主たちとは違い、彼らはまだまだ元気な様子だ。
私たちの食事が揃うまで待たせるのは悪いので、先に持参のドッグフードを食べてもらっているし、水分補給も充分なようで安心した。
「莉佳ちゃんは犬飼わないの? ヴォルフは連休中だけのお預かりなんでしょ」
「ダメですよ、リサ先輩。莉佳は捨て犬も捨て猫も迷子も拾いまくってるけど、自分で飼ったことは一度もないんです」
「拾いまくってるって……別に、見つけたから一時的に保護するだけじゃない」
犬や猫に関わらず、動物を飼おうとは思わない。
意思疎通のできる相手との共同生活なんてそんなに簡単に決められることじゃないし、相手の生命を、生活を、これから先の未来を、すべて背負う覚悟は私には持てないと思っている。
私の場合は彼らの言葉がわかる分、余計に。
「一時的にでも一緒にいたら愛着湧いちゃったりしない?」
「うーん。ヴォルフにはちゃんとした飼い主さんがいるし、保護した子たちもその子を家族に望んでくれてる人のところに行く方が幸せだと思うので」
あまりそういうのはないな。
「……お人好しなのか、ドライなのか悩みません?」
「うん。でも、莉佳ちゃんの場合は自覚のない“お人好し”だよね」
「しかも本人、別に“動物が好きなわけじゃない”って思ってますからね」
「それで好きじゃないの?って感じよね」
「ヒソヒソするならせめて小声でしてくれません?」
全部聞こえてるからね。
二人ともわざとらしく口元を手で隠しているが、話している声の大きさから私に聞こえないようにしようという意思は感じられない。
悪口なのか判断に悩む内容なので抗議もしにくいんだけど。
「はい! ご希望のカレーライス二つと月見うどん買ってきたぞ〜」
笹塚先輩が器用にトレーを三つも持って戻ってきた。
危なげない手つきでそれぞれの前に料理を置いてくれる。お皿の縁やトレーをまったく汚していないあたりさすがだ。
少し遅れて、松岡さんが残りの料理を持って来てくれる。
「じゃあ、料理も揃ったし食べますか」
「いただきます」
みんなの揃った声がどこか学校の子どもたちに似ていて、私は小さく笑いながら注文したカレーライスを口に運んだ。
◇◇◇
私の在学中、動物愛好会はサークル部員数三十人を超える結構な大所帯だったのだが、いまは残念ながらサークル自体が失くなってしまっているらしい。
「むしろ、ほぼボランティア活動メインのサークルであんだけ部員がいたのがすごかった気もしますけどね」
「勧誘魔の笹塚先輩の力ですかね」
「俺だけじゃないだろ。有本だって口八丁で部員捕まえてきてたろ」
「人聞き悪いなぁ。私は動物好きそうな人にしか声かけてません」
譲渡ボランティアやミルクボランティア、放浪ペットの保護に、地域の清掃活動まで幅広く行っていたサークルだったが、先輩たちの人を見る目は確かだったのか幽霊部員は一人もいなかった。
卒業後、そのまま動物福祉系の仕事に就いた人も多い。
サークルの中心人物だった笹塚先輩やリサ先輩はまったく動物と関係のない仕事をしているが。
「私って、そんなに動物好きそうな見た目してます?」
見た目で動物好きかそうじゃないかわかるのかは謎だが、私を初めにサークルに誘ったのはリサ先輩なので、彼女の理屈で言うと私は“動物が好きそう”に見えるということになる。
純粋に、どういうところでそう判断されたのか聞いてみたくなった。周りから“動物好き”と思われることが多い理由がわかるかもしれない。
そんな考えでの質問だったのだが、なぜか全員に呆れ顔をされてしまった。
「え? なんですか、その顔」
「いやー。自分を知らないなぁって思って」
リサ先輩の言葉にみんな頷いているが、私はまったく納得いかないんですけど?
「莉佳って、うちの大学で結構有名人だったのよ」
「ええっ!? なにそれ、知らないんだけど」
「入学二日目で校内に入ってきた迷い犬保護して、その日のうちに飼い主見つけた女がいるって話題になってたぞ」
あったなぁ、そんなこと。
確か学内を縄張りにしてる野良猫が“困ってるからなんとかしてくれ”って言ってきて、学食の裏でゴミを漁ってるチワワを見つけたんだっけ。
迷子になって一週間は経ってる感じで、すごくお腹を減らしていたのを覚えている。
あの子は首輪に鑑札と一緒に飼い主さんの連絡先もつけてあったから、すぐに電話して迎えに来てもらえたんだった。
「じゃあ、その噂聞いて私に声をかけたんですか?」
「ううん。名前訊くまで莉佳ちゃんがその噂の主だとは知らなかったけど」
「けど?」
「野良猫見かけたら挨拶して、小さいガラスとかプラスチックゴミ拾ってる子見かけたら声かけるでしょ」
「うちのサークルに入るためにいるようなヤツだよな」
話しかけられるから野良猫たちに挨拶はしていた。
彼らが歩く道に危険物があるとときどきお叱りを受けるし、怪我するかもって気になってゴミを拾ったこともある。
……習慣って怖いなぁ。
たぶん、どれもかなり小さいときからしていた。
指摘されるまで意識したこともなかったけど、これは“動物好き”と言われても反論のしようもないわ。
「ようやく自覚した?」
「……はい」
陽子のしたり顔がなんだか悔しいが、私がどうして動物好きだと思われるのかはわかった。
「でも、新條は博愛系だよな。俺もわりと動物全般好きだけど。やっぱ愛犬は別格だわ」
「私も別に動物嫌いじゃないけど、犬派だなぁ。うちの子って宇宙一だと思うし」
「私も犬派ですね。犬はみな可愛い」
「まあ、俺も犬派かな」
みんな、犬派って言うより犬過激派なのでは?
この人たちを“愛猫連盟”には会わせないようにしようと心のなかで密かに誓う。あそこは彼らよりもちょっと攻撃的な猫過激派が多いから。ちなみに“わんちゃんラブ同盟”とはすでに犬猿の仲だ。
「そう言えば、来週の火曜日ってお前らどうするんだ?」
「私と修は一日お休み取ってるよ。ミリアとサクラをトリミングに連れて行って、記念フォト撮ろうかなって」
「私も有給取りました。今年は母と犬用ケーキを手作りするつもりなんです」
来週の火曜日である五月十三日は“愛犬の日”だ。
犬過激派疑惑のある彼らも当然予定をばっちり立てているようで、それぞれの計画について楽しそうに話を始める。
愛犬の誕生日とこの五月十三日が愛犬家の二代イベントだそうだ。
「OPPOでもなんかイベントするらしいから、当日時間があったら行ってやってくれ」
実は犬カフェ“OPPO”のオーナーは笹塚先輩の叔母さんだったりする。
笹塚先輩自身もお食事処“満福”という定食屋さんの店長兼料理人で、お店がうちの小学校の近くにあるため私もときどき彩乃さんと一緒に仕事帰りに食べに行っている。
「新條もよかったら顔出してやって」
毎年のように誘われているが、愛犬家の集いに一般人がいったい何をしに行けばいいと言うのか。まあ、行けばたいてい“うちの子自慢”を聞かされるので今年も同じだろう。
この間はオーナーさんに会えなかったし、挨拶がてら寄ろうとは思っているけど。
もう、あと二日か。
笹塚先輩の言葉に曖昧に頷きながら、もう明日の夜にはヴォルフは恭くんのところに帰るんだなと、私にしては珍しく少しだけ……ほんの少しだけ、寂しく思ってしまった。