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Episode 5 Period

 発電所の外に出ると、いつの間にか雨は止み、雲の合間からは太陽が顔を覗かせていた。 


 濡れた路面を歩いていると、全身雨に降られてずぶ濡れのエリちゃんとドロシーちゃんが駆け寄ってきた。

 あまりに辛そうなので、鞄からタオルを渡す。


「こっちは無事に解決したよ。そちらは?」

「雨が止んで太陽が出てきたら全部消えちゃった」


 太陽が出ている場所だと出現することが出来ないのか、それとも次元の歪みが解消されたので、もう出現することはないのか?

 何にせよ問題は一つ解決したようだだ。


「他のみんなは大丈夫?」

「全員無事だよ。みんなすぐに戻って来ると思う」


 エリちゃんの言葉通り、全員が雨で濡れて大変なことになっているが、無事に戻って来てくれた。


「身体も冷えたし、火に当たりたいところだな」

「まさか、これほどの雨が降るとはな」

「皆さん、ゆっくりしたいという気持ちは分かりますが、急いで装甲車に乗ってください。また何か起こる前に急いでここから退避します」


 全員を装甲車に乗せると、すぐに出発した。

 そのまま急いで役所まで走って車体を横付けにして停める。


「この役所の中には敵は入ってこないようなので、濡れた服の着替えなどはここを使ってください。その間に俺は書類を回収に行ってきます」

「よし任せた」

「お前も来るんだよ!」


 濡れていない発電所チームはそのまま役所での書類回収だ。

 特に謎言語を読めるカーターは絶対に外せない。


「モリ君とレルム君達はみんなが着替えている間にここで警戒を。あとは書類を取りに行くだけだし、俺とカーターだけで素早く済ませてくる」


 階段を登っていき、前回に書類を入手した部屋に入ってカーターと一緒に持ち帰る書類をまとめる。

 

「おっ、未使用の葉巻を見つけた。これは貰ってもいいよな」

「ちゃんと書類を詰める仕事をやるならな」


 カーターは書類整理を無視して、机の引き出しや棚の物色を淡々と行っている。

 本当にこいつの不真面目っぷりは何とかして欲しい。


「オイルライターも持って帰っていいよな」

「えっ、それは要るぞ。何をするにも便利だし、あると助かる」

「欲しかったら取ってみな」


 カーターがオイルライターを頭上に掲げたのを見て、冷めた目で見る。


「それで喜ぶのは中学生までだぞ」

「ああ、もうやりにくいな」


 カーターがオイルライターを投げて寄越したので、落とさないように慌ててキャッチする。


「お前って全然息抜きってしないよな」

「見えないところではしてるぞ。夜中に抜け出して箒で飛び回ってるし」

「夜中に一人でこっそりと抜け出してたのってそれかよ!」


 カーターがいきなり大声で叫んだ。一体何だと言うのか?


「他の何の用事で抜け出すって言うんだ?」

「いや、それは……あるだろう、色々と溜まっていて、それを解消とか」

「ストレス解消ならしているぞ。最近凝っているのはスピードアタックだ。多分時速150kmくらい出せるようになった」

「それは凄いな……って違う!」


 カーターは相変わらず意味不明だから困る。


「それで、お前には全然聞いていなかったけど、お前が日本へ戻りたい動機って何? この世界に対して無関心ってのは何となく分かるけど」

「無関心って……」

「お前ってどこか妙に冷めてるだろ。明らかに一歩引いたところから見ているという感じで。誰かから俺達に対して監視なりの命令を受けていそうなのに、それすらやる気なしって感じだし。だからと言って日本へ帰りたいという意思も見えない」


 カーターは相変わらず笑みを浮かべていたが、乾いた笑みだ。中身がない。


「何かあるなら言ってくれ。なるべく力になりたいと思う」

「お前じゃ無理なんだよ……」

「何がダメなんだ。そこはちゃんと言葉に出して言って欲しい」


 カーターは黙って俺の方を見ていたが、やがてため息と共に吐き出した。


「足りないんだよ! もっと胸も尻も大きい、大人の女性が!」


 割とひどい話だった。

 だが、人間の根源的な欲求にも関係している。

 分からなくはない。


 わからなくはないが……。


「あ、ああ……確かにそれは俺には解決できない……どうしようもない問題だ」


 さりげなく酷いことを言っている気がするが、ここまで勢い良く言われると、何故か正論のように聞こえてくる。


「マンガでもアニメでもゲームでもこういう異世界だと絶対あるだろう、偶然にナイスバディの大人のお姉さんを助けたらそれを切っ掛けに惚れてくるとか、そうでなくとも寝食を共にしているうちに仲間同士でコイバナの一つや二つ……このままだと惚れた腫れたもないうちに日本に着いちまう!」

「諦めろ。この世界はそんな世界じゃない」

「嘘だ! 今まで出会った連中は少なからず男女で恋愛感情が生まれていただろ! 何のフラグもないままここまで来たのはオレとお前だけだ!」

「そんなバカな」


 モリ君とエリちゃん、リプリィさんはまあ除外しよう。

 ウィリーさんとガーネットちゃん、レルム君とドロシーちゃん。クロウさんと他2人。

 サルナスで会った現地人冒険者も何か怪しかったが……あれ、結構いる?


「例えばお前。ずっとモーリスの奴と一緒に旅をしてきたが、恋愛感情はあるか?」


 少し考える。

 モリ君のことは嫌いではないし、友人としては好きだが、男女の関係になりたいかと言われるとNoだ。 

 そこまで女性化しているわけではない。


「ないな」

「そういうところだよ! その男女比率でなんで異世界ハーレムになってないんだよ!」

「男と女が揃っていたらカップリングが成立するに違いないとかいう最終回(ファイナル)発情期(ファンタジー)という考え方をやめろ」


 ダメだ。作業が何も進んでいない。

 このままだとどうでもいい話だけで無駄に時間を潰すだけだ。


「もういいから、さっさと作業を終わらせてここを出るぞ。そのためにも協力しろ」

「ああ、分かってるよ。お前に話したのが間違いだった」


 ようやくカーターも書類の整理を手伝ってくれるようだ。

 最初からそうやってくれ。


「でも、俺はお前のことはそんなに嫌いじゃないぞ。本音で言い合える奴は貴重だからな」

「……だから急にそういうことを言うのを止めろって。オレの守備範囲が本気で変わりそうだから」


   ◆ ◆ ◆


 書類を回収した後は全員で速やかに町を脱出してミード湖畔に戻ってきた。


 出発前に仕込んでいた仕掛けを引き上げると、モクズガニのような小さい蟹と小さいエビが数匹入っていた。

 ただ、10人でそれを食べるには流石に量が圧倒的に不足しているので、追加で適当に魚を確保して、祝勝会の鍋料理を作成する。


「エビカニはそのまま茹でる。魚は内臓を出して皮を剥いた後に塩で揉んで、更に臭み消しのために香草類に漬け込む。匂いが消えたところで適当に切り分けて鍋の中へ。味は塩コショウとトマト缶。ここに唐辛子、パプリカパウダーで微調整。でもやっぱり具材は足りないので、トウモロコシ粉を水で溶いた()()()()を作って具を嵩増しする」

「おお、これは美味そうだな」


 今回は最初にハセベさんが様子を見に来た。


「ラヴィ君が料理を作れて助かるよ。今まではひたすら焼き魚と保存食の乾パンばかりで……」

「喜んでもらえて嬉しいです。ただ、俺だけが調理担当は流石に負担が大きいので、ある程度ローテーションで食事当番は回していきたいところです」

「そうだな。検討してみよう。料理が苦手でも、これをきっかけに覚えると良いかもしれない」


 作ってみて分かったことは、四人旅の時とは違い、十人分だと食材も香辛料も予想以上の早さで減っていくということだ。

 食材はある程度現地調達するのは良いとして、塩などの香辛料は買い足した方が良いだろう。


 今回のマインガルの調査は、そういう問題点を確認する上で、長い旅のリハーサルとしてはなかなか良かったのではないかと思う。


「では、今回の任務成功を祝っての祝勝会です。御馳走とまではいきませんが、しっかり食べて体力回復に努めてください。まずは乾杯!」

「乾杯!」


 全員で作戦の成功を祝う。

 あとは歓談会と、今後の旅に向けての反省会だ。


「着替えのための仕切り布は必要だと思う。これだけ人がいると、いつ見られるかどうか心配で」

「そうですね。後は汚れた洗濯物を男女別で分ける籠もあるとありがたいです」


 女性陣から早速要望が上がってきた。


「いつも薪が確保できるか分からないので予備は車に積んでおきたいですね」

「でも薪は常備すると結構なスペースを食うからな……」


 こうやって話し合うと、足りないものが色々と見えてくる。

 資金や収納スペースは無限ではないが、ある程度は対応していきたい。


   ◆ ◆ ◆


 また一日かけてウィンキーの町へ戻ってきた。


 全員で押しかけるのも変な話だということで、俺とモリ君、エリちゃん……最初の三人で伊原の事務所を訪れることになった。


「これがマインガルで手に入れた資料です」


 資料が入った段ボールはモリ君が運んでくれた。

 こういう時に男手があると助かる。


「また随分と多いな……時間をかけてじっくりと見させてもらうが、概要みたいなものはないのか?」

「カーター……私の仲間によると、どうも発電所の建造には邪神カルトが関係していたようです。施設内の謎の装置にも魔法陣が描かれていたので、何かしら魔術的な仕組みが仕掛けれていたと思われます」


 俺は発電所内で見た張り紙の内容を伊原に伝える。

 あれだけ大々的に張り紙をしているとなると、おそらく役所で手に入れた方の資料にも何か関係する内容があるかもしれない。


「邪神カルトか……まあ、予想していなかった話ではない。いくらなんでも9つの次元でそれぞれ異世界へ飛ぶような事故がたまたま同時に発生したとは考えられないからな。次元を越えられる何者かが関係しておらずに、ただの偶然だと切り捨てるにはあまりに無理がある」

「次元を越えられるとなると運営ですか?」

「運営説も否定はせずに、多角的に調べて行こうと思う。参考になった。感謝する」


 伊原はそう言うと、小袋を投げて寄越した。モリ君がキャッチする。


「今回分の報酬だ。前のメダリオン分と合わせれば、旅の資金としては十分だろう」

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「これで全ての用事は終わりだな。ならば早く出て行ってくれ。私は忙しいんだ」


 伊原は手を振って追い出すような仕草をした。


「湿っぽいのは嫌いなんだ。さっさと出て行ってくれ」

「本当に色々と助かりました。ありがとうございました」


 俺達3人は伊原に礼を言って事務所を後に出ようとすると、「頑張れよ」と小さい声が聞こえて来た。

 伊原の意向を汲んで、振り向かずにそのまま事務所を後にする。


「本当に最初から最後まで面倒くさい人だよ」

「善人なんだよ。面倒くさい性格をしているから悪く言われるだけで」

「でも本人曰く、邪神の化身だって」

「使う力からしてそれは事実。ただ、それ以上にこの世界が好きで、それを他人に無茶苦茶にされたくないってことなんだと思う」


 俺達に日本へ帰るのは諦めろと言ったのはそういう意味も有ったのかもしれない。

 この世界は良いところだから、わざわざ帰らなくても良いと。


 だが、俺達は日本へ帰ると決めたのだから、諦めるつもりはない。


 最後にもう一度事務所へ向かって頭を下げた。


   ◆ ◆ ◆


「それで、これからの旅のコースですが、まずは東にある町サルナスを目指します。そこから南下してメキシコ湾に出た後は海岸線沿いを東へ。途中、カリブ海で魚人達と戦っているというクロウさん達を拾って北上。マサチューセッツ州のアーカムを目指します」

「そのアーカムってのはどこにあるの?」

「ニューヨークの北にマサチューセッツ州という州があって、そこの最大の町であるボストンの北にある……というかボストンの名前違いなんだと思う。この世界、この中世の時代にボストンなんて町はないんだし」

「ボストンが分からないんだけど」

「海に紅茶を投げ入れたことでアメリカ独立戦争のきっかけになった事件で有名な港町」

「なんで海に紅茶を?」

「ボストンティーパーティーという事件があって、当時は植民地だったアメリカがイギリスからの一方的な通達に対して――」


 やはりエリちゃんの家庭教師計画は本気で考えた方が良さそうではある。

 頑張ってエリちゃんを関東の大学に行かせてやらないと、日本に戻ったところで横浜在住のモリ君と離れ離れになってしまうのだし。


 他にみんなもそうだ。

 日本へ帰った後はそのまま連絡が取れなくなって関係が終わる可能性は高い。


 日本の記憶がないレルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさん達のフォローをする上でも何かしら連絡を取り合えるツールが必要になってくるだろう。


 グループチャットか、任意のタイミングで現状を把握できる掲示板のようなものを作成するのが良いだろうか。


 日本へ帰ってからもやることが多すぎて目まいがしてくる。


 だが、順序だって、まずはこの町を出発することから始めていこう。


「まずは東にある町、サルナスへ!」



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