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Chapter 17 「旅の準備」

 最後の旅の準備が始まった。


 まずはお役御免となった馬の処分だ。


 赤城と榛名の二頭は伊原に20万で引き取ってもらうことになった。


 どうやら、砂漠の村に住んでいるナイックさんが荷車を引くのに馬が欲しいが、持ち合わせがないので、伊原が代理で買い取るということだった。

 馬達はあの砂漠の村で第二の人生……じゃない馬生を送ることになるのだろう。


 短い間だったが、馬車を引く馬達には本当に助けられた。


「今までありがとうな。これからも元気でやれよ」

「二匹とも元気でね」


 最後だったので特別にフルーツを振舞った後に馬達と別れた。


 それなりに懐いてはくれて、こちらもかなり愛着が湧いていたが、流石に馬をペットとして連れて行くわけにはいかないので仕方がない。

 砂漠の生活は大変かもしれないが、出来るだけ長生きして欲しい。


 続いてハセベさん達やレルム君達の予備の服などの購入。


 ハセベさん達はここまでほぼガーネットちゃんのスキルを使用した帆船で移動してきたらしくて、陸を移動する装備をほぼ所持していなかった。


 基本的には装甲車での移動とはいえ、夜はテントを張ってキャンプをするし、外出だってする。

 砂漠用の装備や防寒着、着替えなどは必要だ。


「ガーネットちゃん、大変じゃなかった? おじさん二人に囲まれて」

「大丈夫……って言いたいですけど、実は正直大変でした」

「今度は女性が多いから安心していいよ。デリカシーに欠けているのもいるけど」

「はい、助かります」

「オイ、女子会にオッサンが一人混じってるんですけど!」


 カーターが何かおかしなことを言ってきた。

 誰がオッサンだというのか。


「23歳ですけど」

「年齢の話をしてるんじゃねぇよ」


 年齢の話でなければ何だと言うのだろう。

 俺が女子会に混じっていて何が悪いのか?


「そんなことより、カーターさんはワシらと一緒に荷物の積み込みと社内の掃除を」

「いや、ちょっと待って、まだ話をしている途中で……」


 カーターはまだ何か言いたかったようだが、タルタロスさんの力には抵抗できず、そのまま連れられて消えて行った。

 まあ、どうせどうでもいいことだ。気にするだけ時間の無駄だろう。

 

「まあ、この町はあまり品揃えがイマイチだし、買い物はサルナスの町に寄って買おう。この近くで一番大きな町はあそこだから、色々な物が手に入る」

「どこの品揃えがイマイチだって?」


 いつの間にか俺達の前に伊原が立っていた。

 本当にこの人は神出鬼没なので困る。


「何もないところに、これだけの町を作るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。向いてないリーダー役をやらされて」

「はい、それは分かります。継ぎ接ぎだらけですが、かなりの規模の町なので驚きました」

「継ぎはぎだらけなのは、別の次元からこの世界に投げ出された連中を集めているからだ。それでも、まだ綺麗にまとめたんだ。苦労してるんだよ、これでも」


 伊原は頭をかきながら紙袋を何もないところから取り出した。


「女子には清潔な下着と生理用品は必要だろうと思って持ってきた。ちゃんと全員分用意してあるから持っていけ。この世界では他に手に入る場所などないから大切に使えよ」

「ありがとうございます。本当に助かります」

「その代わりに絶対に成功させろよ。もし次元間の移動に成功すれば、それは私にもすぐに分かるし、それが私の知らない次元に変更を与える方法ならば、この世界の次元の壁の修復を進めるのにも役立つ」


 なんだかんだで伊原は俺達の助けをしてくれるようでありがたい。

 砂漠の村の住人達からも慕われているわけだ。


 俺は紙袋から下着を一枚取り出し、サイズを確認した後にそっと袋へ戻した。

 

「いやみかー!」


 やはり伊原は邪悪だった。


 何故同じサイズを三人分揃えたのか?

 何をどう見たら俺がエリちゃんやガーネットちゃんと同じサイズだと思うのか?

 ふざけるのも大概にしてほしい。


 何故この世界はこうも不公平なのか?


「いやあ間違えた。あのドロシーとかいうクソガキと君の分はこちらだ」


 俺が突っ込むための前フリを丁寧に添えて別の紙袋を渡してきた。

 念のためにサイズを確認すると、キッズ用の下着が入っている。


「いやみかー!」

「嫌味だが」


 ハハハと笑いながら、伊原はまた紙袋を一つ投げて寄越してきた。

 中身を確認すると、今度はちゃんと適正サイズのものだった。


 自分でも計ったことがないので知らないスリーサイズを他人に把握されているのは気持ち悪いが、下着も生理用品も必要な品なので助かる。


「準備が終わったら後で事務所に来い。出発前に一つやってもらいたい仕事がある。報酬は払う」


 そう言うと伊原は去っていった。


 やはり伊原は度会(わたらい)知事とよく似ているところが多い。

 昔は相当仲が良かったんだろうと察せられる。


「でも、なんであの人は私達に合う下着のサイズを知ってるのかな?」

「あの人は攻略サイトを見てるから……」


 俺の説明に2人は首を傾げていた。


 まあ分かるわけもないだろう。

 伊原は俺達のモデルになったゲームのキャラの情報が載った攻略サイトを印刷した紙を持っているから、身体データは全て把握済だなんて。

 

   ◆ ◆ ◆


「最後の仕事はマインガルでの書類の回収。そして、おそらく次元転移の原因であるだろう、町に作られたという発電所の画期的な発電装置とやらの破壊。そして君がビッグマウスと呼ぶクリーチャーの討伐」

 

 伊原は以前に俺が廃都から持ち帰った書類を見せて来た。

 マインガルとは、あのラスベガスの位置に有った廃都のことだろう。


「ビッグマウスはおそらく次元の歪を見つけると修復しようとやってくる次元の掃除屋のような存在だ。だから、次元転移の元凶という一番の次元の歪みを破壊してやれば発生は収まる……はずだ」

「はず……。よく分からないのですが、そういうものなのですか?」

「そういうものだ。まあ猟犬が湧くよりはマシなので適当に掃討してくれ。そいつらの発生さえ止まれば、あとは戦闘力を持たない学者や研究員などを派遣して調査を行える」

「猟犬?」

「ああ、いるんだよ。次元の狭間を越えようとする存在を見つけると襲ってくるクリーチャーが。別に見た目は犬でも何でもないが、あまりにしつこく追跡してくるから付いた名前が猟犬」


 ヘルハウンド討伐時にカーターが猟犬とやらを警戒していたのを思い出した。

 あの時は意味が分からなかったが、その猟犬のことだろうか。

 

「時空神は球体を好むが、猟犬は直線を好むので、宇宙のはるか彼方で敵対しているらしい。だから、時空神から力を分け与えられている君を見ると襲い掛かってくるかもしれないな」

「止めてくださいよそういうのは」

「だが十分に警戒はしておいた方が良い。いくら注意を払っても払い過ぎということはない。人知を超えた存在に触れるとはそういうことだ。人間の思考の理解を越えた存在が次々に出現する」


 伊原は嫌味などは言うものの、嘘や冗談をいうタイプではない。

 忠言は素直に受け入れるべきだろう。


「発電所は、施設そのものを壊す必要はない。新聞記事を信じるならば、画期的な装置とやらは施設の中心にあるはずなので、それだけを破壊すれば良い。ただし、破壊したと同時に次元の歪みがブラックホールのような、この世界の物質を次元の狭間へ無差別に放出する穴へと変化する危険がある」

「それはどのように対処すれば?」

「不安定なものなので、三分もあれば蒸発して消えるはずだ。だが、至近距離で破壊すれば高確率で巻き込まれるだろう。遠隔攻撃、もしくは爆破などで対応すること」


 施設の破壊がダメならば、俺以外の遠隔攻撃スキルで攻撃するのが良いだろう。

 俺のスキルは調整が一切効かないので、全く破壊出来ないか、施設ごとコイルを破壊するかのどちらかで目的は達成できない。


「期日は特に設定しない。一週間でも、一か月でも、一年かけても良いので、中途半端に投げ出さずに完遂させること。それが私からの要求事項だ」

「急いては事を仕損じる。慎重に行動しろということですね。ありがとうございます」

「優秀な部下は一人でも欲しいのだが、ここに残る気はないのか?」

「残念ながら」


 伊原はチッと舌打ちをした。

 それほど俺を手元に残したいのか。


「分かったなら早く行った行った。私はこの書類の束を整理する仕事で忙しいんだ。本当に人がいなくて困るよ。ああ誰か優秀な助手はいないかな? どこかにいないかな?」


 伊原が何やら言い始めたが、そんな人間など他にいないので、ややこしいことに巻き込まれる前に頭を下げて事務所を後にする。


   ◆ ◆ ◆


「そういうわけで、リベンジマッチの開催です」


 俺は全員にマインガルの探索をビッグマウスの掃討作戦について説明を始めた。


「町に入って太陽が見えなくなると巨大な口だけのモンスターが出現します。飛行能力を持ち、それなりの速度で移動してきます。攻撃手段は、おそらくその口を使った噛み付き、もしくは飲み込み。一体一体の強さはそうでもないですが、数が多いので、死角から攻撃を仕掛けてくるので注意を払う必要があります」


 まずは気付いたビックマウスの特徴を列挙していく。


「空を飛んでいるならば、私達近距離専門が守備を固めつつ、遠距離攻撃組が攻撃の中心になるな。このメンツだとウィリーさん、カーターさん、ガーネット君、それに……」

「レルム君とドロシーちゃんはコイルの破壊に回ってもらいます。2人のスキルは水と電気なので相乗効果が期待できます」

「ドロシーちゃんのスキルで濡らして、僕のスキルで電撃ですね」


 レルム君も自分のポジションが分かってきたようだ。

 

 それにしても人数が増えるとこれほど作戦の幅が広がる物なのかと感心する。

 俺とモリ君、エリちゃんの三人旅だと基本的に2人が護衛で俺が熱線、もしくは2人が殴って俺がサポートしか作戦の取りようがなかっただけに、実に助かる。


「もちろん、子供達だけだと危険なので護衛が必要になります」

「プロテクションを使える俺が護衛に入ります。あともう一人くらい……盾を使えるラビさんですね」


 モリ君が俺を指名してきた。

 俺としては怪力のタルタロスさんをサポートにと考えていたのだが。


「広い場所だと魔女の呪いを使えるので、俺はビッグマウス掃討の方へ回るつもりだったんだけど」

「発電所の中は情報が少なくて何が起こるか不確定要素が多いので、ラビさんの判断力に期待しています」

「そういうことならば」


 これでチーム分けは完了だ。


「作戦としては、コイル破壊チームは発電所内に侵入して、コイルを速やかに破壊。対ビッグマウスチームは町の建物をうまく利用して囲まれないようにビッグマウスを全て掃討。敵を全部倒したら、装甲車を役所に横づけして停めて、書類を一通り詰め込んで速やかに退避します。何か質問事項は?」

「敵を全部倒した後なら、もっとゆっくり探索すれば良いんじゃないか?」


 ウィリーさんの疑問ももっともだ。


「確かにビッグマウスの出現はもしやということもあります。何しろいくつもの次元がそこで衝突しているらしいので、何が起こるか予想が出来ません。無限湧きされる可能性も有るので、何か厄介ごとに巻き込まれる前に逃げた方が間違いがないです」

「OK。そういう理由ならさっさと終わらせよう。この依頼を終わらせないと、旅に出発できないんだし」

「他に質問事項は?」


 ないようなので、後は作戦に移ろう。


 ところで、何故俺が仕切ることになっているのか?


 今まではモリ君は成長したとはいえ、少し頼りないところがあるので、俺がサポートに入っていたが、これだけ人数が増えたのだから誰かリーダー役を変わってもらいたいのだが。


 リーダー交代はまた提案しよう。


「それではマインガルに向けて出発です。マインガルの手前にあるミード湖まで一日かけて到着。翌朝から行動開始で昼前には任務を完了させます」


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