Chapter 16 「みんなで帰ろう」
レストランで一時間ほど待っていると、侍のハセベさん、ガンマンのウィリーさん、魔術師のガーネットちゃん達三人が合流してきた。
「ハセベさん、お元気で何よりです」
「モーリス君にエリス君も無事で良かった」
「カーターは前に遺跡でチラッと会っていると思いますが、一応、自己紹介から」
「カーターです。よろしく!」
「ああ、よろしく」
カーターが相変わらず軽い挨拶をする。
それをハセベさんが淡々と返す。
「そして旅の途中で知り合ったタルタロスさん、レルム君、ドロシーちゃんの三人です」
それぞれ挨拶と自己紹介、これまでの旅の経緯の説明が済んだところで本題だ。
「これからどうするか……だな」
「ここまで苦労して来たのによぉ」
ウィリーさんは椅子にもたれ掛かって弛緩した。
無理もない。
日本に帰れるかもしれないと期待してやってきてみたは良いものの、実際には徒労に終わっただけなのだから。
「ただ、オレはこの世界で冒険者をやっていくってのアリだと思ってる」
ウィリーさんはテンガロンハットを被りなおしてニヤリと笑った。
「ここで困っている人達を助けると日本では得られなかった生き甲斐を感じるんだ。もちろん、家電も何もないここだと生活は大変だし、金を稼ぐのはもっと大変だけど」
「実は、私もウィリーさんと同じくこの世界に残ることを考えている」
「えっ、何故です?」
俺は思わず聞き返した。
ウィリーさんはいかにも残りそうだなという雰囲気だったが、ハセベさんまで残るというのは予想外だ。
「やはりやりがいだ。この世界には困っている人が大勢いる。そんな人達を助けて回ることは日本にいては決して得られない体験だ。そして、今の私達にはそれを成し遂げられるだけの力がある」
「それならば、あたしも残りたいです!」
ガーネットちゃんが控え目に手を挙げて答えた。
「あたしもこの世界でしか出来ないことはあると思います」
「でも君はまだ未成年だろう。両親も心配されているだろうし、まだまだ日本の学校でしか学べないことも多いはずだ」
「でも……」
確かにこれは難しい問題だ。
俺も出来れば未成年の子供達には日本へ戻って勉強して欲しいし、子を失った親の悲しみを考えると、出来れば日本に戻って欲しいと思う。
「ガーネットちゃんはウィリーさんが好きなの?」
エリちゃんがここで爆弾を投入してきた。
急になんでそんなとんでもない話をぶち込んでくるんだ。
「そうですね。好きですよ」
それをあっさりと認めるガーネットちゃん。
「いや待て。確かにオレもガーニーのことは好きだし、一緒にいたいとは思うけど、冷静に考えると中身はまだ中学生だし……その……」
「ウィリーさんは何歳でしたっけ?」
「25」
「ガーネットちゃんは?」
「15歳です」
これは完全にアウトだ。
この世界で外見年齢から見て分かる通り、どちらも20歳ですという理屈で押し通す以外の解決策が見えない。
「中学生に手を出すのはダメです。完全にポリスメン案件です」
「なら、ラビちゃんもレルム君を猫可愛がりするのはなしね。あれもポリスメン案件だから」
「それは別の話だろう」
「まあ、確かに飼い主と犬って感じだからちょっと違うんだけど」
「師匠、僕は犬だったんですか?」
何故かこちらに飛び火してきた。
どうしてそうなってしまうのか?
確かに、すぐに甘えてきて、たまにアホっぽくなるレルム君はチワワ系の犬っぽいし、突然走ってきて猫パンチならぬ蹴りを入れてくるドロシーちゃんは猫っぽい。
違うそうじゃない。
「ウィリーさんも好きなら良いんじゃないですか? ここは日本じゃないんだし」
「エリちゃん、これは人生がかかっているからそういうことはちょっと……」
「でも、やっぱりこういうことはズバっと言わないと。世界が違うからって理由で好きな人と別れたけど、そのことを未だに後悔している人もそこにいるし」
エリちゃんはそう言うと意味深な顔でモリ君の顔を見た。
「止めてくれよ、その話はもう終わったんだよ」
今度はモリ君に延焼した。
モリ君が泣きそうな顔になっている。
エリちゃんはそろそろ無差別爆撃を止めて欲しい。
「みんな一度落ち着こう。まずは深呼吸だ」
流石に取り留めがなくなってきたので、全員を落ち着かせる。
全員が静かになったところで、再開だ。
「まず整理しましょう。ハセベさんとウィリーさんは残りたい。ガーネットちゃんは未成年なので親元に帰したいけど本人は拒否している」
「ガーニーがオレのために残るって言うなら、オレは日本へ帰るよ。子供は家に帰さないと」
ウィリーさんが挙手して言った。
「そうだな。子供達は家に帰してやらんといかん」
タルタロスさんも同意している。
レルム君とドロシーちゃんの話とも関係しているので無関係とは思えないのだろう。
俺は手を叩いてパァンと音を鳴らした。
「もういっそ、みんなで帰りますか?」
誰が残る、残らないで悩むならば、もういっそのこと、全員で帰れば済むのではないか。
「流石にそれは……」
「多分、俺達みたいな異物はこの世界にはいない方が良いんです。こうやって世界で暴れ回ること自体が運営の手の上って感じもしますし」
「だが、私達の力で救われる人々がいることも事実だ」
「それは否定しません。ただ、突然空なら降ってきた能力を無限に使い続けられるとは思えません。急に使えるようになったのだから、急に使えなくなるリスクも考えるべきです」
「確かにそれはあるか……」
これは以前から気にしていたことだ。
運営に逆らった時点で能力没収されるリスクも考えていたこともある。
突然手に入った拾い物の能力に人生を全振りするのは止めるべきだ。
「リスクは承知の上で残るならばもう止めません。ただ、日本へ帰るチャンスは今回だけなので、逃して欲しくはないです」
「だが、ここからアメリカ東海岸まで6000kmの移動だろう。ちょっとチャンスと気軽に言うにはあまりに時間と労力がかかりすぎるし、危険も多いだろう。それに、それだけ苦労して空振りに終わったらどうする? 流石にそこまでの長距離移動は無謀だ」
ここで、どうも情報の齟齬が発生している原因について気付いた。
「無謀かどうかを説明しますので、少し町の外に来て貰えますか?」
◆ ◆ ◆
「Stealth Mode Off! Wake Up!」
俺の指示を受けて保護色に変化して風景にとけ込んでいた装甲車の外装が元のグレー色に戻る。
ドアをタッチすると指紋だか静脈認証だか……何かしらの乗員確認が行われて扉が開いた。
「こちらです」
俺とモリ君、エリちゃんに続いてハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんが続く。
「こう見えても中は意外と広いですよ」
とりあえず照明を点灯させてエアコンを起動する。
「ラヴィ君、これは?」
「運営の基地から奪ってきた装甲車です。これがあれば、気軽に……とはまではいきませんが、アメリカ横断は十分可能です。まあ川なんかをどう渡るかは考える必要があるんですが」
後から入ってきたウィリーさんが口笛をヒューと吹いた。
「食料や水、日用品は必要だし、それらを買うための路銀調達をするとなると、すんなりとはいかないと思いますが」
「確かに、これならば6000kmだろうが1万kmだろうが可能だろうな」
ハセベさんが装甲車の計器類を眺めながら言った。
「キャリア部分はかなり広いので10人でも十分。途中でクロウさん達を拾って13人になれば……さすがに窮屈さを感じるとは思いますが、ゆとりはあります」
「だが、さすがに路銀の問題は発生するな。そこまでラヴィ君のクッキーとドロシー君の水だけで食いつなぐというわけにはいかないだろう」
「毎日キャンプというのも体調を崩しかねないので、なるべく町では宿に泊まりたいというのもあります。なので、途中で狩りや釣り、採取で節約しつつ、途中の町で依頼を受けて仕事をして金稼ぎですね」
食費は相当かかるだろうが、その分だけ人数も多いので出来ることも多いだろう。
「アーカム到着までどれくらいの期間を見込んでいる?」
「1日200kmを走るとして単純計算で6000kmキロは20日、1万kmは50日……ただ、これはずっと道が走りやすい平地で順調に進める場合です。おそらくそれより短い距離しか移動できない日もあると思いますし、途中の町で路銀を稼ぐとなると倍の100日……3ヶ月の見込みです」
出発するならばアメリカの地図を見てより細かくルートを絞り込むことになるが、だいたいはこれくらいの数字になるはずだ。
「失敗して戻ってくるとなると6か月か」
「まだ出発もしていないのに失敗する話は止めて欲しいです」
「確かに。それは失敬」
ハセベさんは何やら考えているようだった。
「だが、失敗した時のプランも考えておくべきだ。もし空振りだった時にはどうするのか?」
「最悪の場合、俺達はあの遺跡のあった国……タウンティンへ向かうつもりです。あそこは今のところこの世界で最も科学文明が発展していて、現代人にもまだ生活しやすく、俺達のような異世界人にも理解があります」
「それはどこにある国なんだね?」
「地球で言うところのペルー……インカ帝国です」
「そこまでは相当距離があるだろう」
「はい。なので、行きと同じようにメキシコのアカプルコまで行ってから、交易船で帰りたいと思います。約2ヶ月の船旅ですが、そこまで行けば後は船に乗っているだけなので寝ているだけで着きます」
失敗はしないつもりだ。
だが、それでも失敗した場合は、この世界で頼るとしたらあの国しかないだろう。
知事にはどの面下けで戻ってきたと大笑いをされそうだが、少なくとも拒否はされないと思う。
「なかなか面白そうな計画じゃないか」
突然に装甲車の扉のところから声が聞こえて来た。
「そういう話を私抜きでやるとはどういう了見だ? ちゃんと私にも話を通すのが筋だろう」
伊原が笑みを浮かべながら装甲車の中に入ってきた。
車内の機器類、そして俺達の顔を見た後に再び口角を上げて形だけの笑顔を浮かべた。
ただ、目は一切笑っていない。
「こいつはクソッタレ運営の所持品だな」
「はい。運営の拠点から持ち出しました」
「この世界に在ってはいけないテクノロジーだと理解しているな」
「もちろん」
伊原は仲間達を押しのけて運転席へ近付いてきた。
ハンドルに手を触れてエンジンを起動させる。
「こいつと同タイプの車両からフル武装の兵士が二十人くらい出てきて襲撃されたことならある。あれは実に面倒だった」
メニューを表示して各機能を起動。
伊原は装甲車の機能を初めて触るはずだというのに、手慣れたように操作を行っていく。
そして、かなり複雑な操作を繰り返しているうちに、俺も見たことがない真っ赤に大きくDangerと書かれた警告を表示させた。
「おい、ここを見ろ」
伊原は俺の頭を掴むと、ハンドルに押し付けてきた。
「これが自爆機能だ。日本へ帰ることが確定した時点で速やかに車体を爆破しろ。それで塵一つ残らんはずだ」
「自爆?」
「そうだ。土に埋めるとか海に沈めるなどされると、掘り出されて悪用される危険がある。だから、この世界にこんな物を絶対に残すな」
そう言うと伊原は俺の頭から手を離した。
「君達がこれを使って冒険者になってひと稼ぎなど言い出したら、この車両ごと全員を次元の狭間に送り込んでやろうと思っていたが、あくまでもバス代わりにしか使わないというならば、見逃してやる」
伊原は再び俺に微笑みかけた。
だが、その目は一切笑っていない。
背筋に悪寒が走る。
冗談ではなく本気だ。
おそらく俺達がこの装甲車を利益のために使おうと思った瞬間に、何の躊躇もなくそれを実行するだろう。
ここに集まっている面子が束になってかかっても返り討ちに出来る……伊原からはそれだけの威圧感がある。
「出来れば次元の壁の修復と、次元の調査を手伝って貰いたかったが、そういう理由があるならば見逃さざるを得ない……元の世界へ戻ることは私達全員の悲願だったからな」
「それについては申し訳在りません」
「だから、もしも失敗したら私のところへ戻ってきて調査と研究を手伝え。瑞穂のところでスローライフなど許さん」
「検討します」
「検討じゃなくて、決定事項なんだよ」
伊原はそういうと、俺の背中をバンバンと叩いた。
「君らが老衰で死ぬまで、一生手駒としてこき使ってやるつもりだから」
「それは勘弁なので、私達はこのまま日本へ逃げることにします」
「ああ、そうしろ」
もしかしてこれは伊原なりの激励のつもりなのだろうか?
「あと、そこの君」
伊原がモリ君を指差した。
「持っているメダリオンを全部私に差し出せ。それらはもう君達には必要ないものだろう」
「メダル?」
「そうだ。これから日本へ帰ろうという奴にはもう必要ないはずだ。逆に私は何枚有っても足りないくらいだから、持っている分を全部寄越せ」
モリ君は俺に助けてと言わんばかりの視線を向けて来た。
何故そこで決断がブレてしまうのか?
「リーダーはモリ君なんだから、自分で決めるんだ」
「そうは言っても、いざという時の治療に使えますし、手放すのはデメリットが……」
「でも、確かに必要ないと言えば必要ない」
俺はモリ君からメダルを入れていた袋を受け取り、中身を確認した後に伊原へ渡す。
「金が1枚、銀が3枚、銅が5枚。これは度会知事から頂戴した分も含まれています」
「ゲッ、瑞穂が保管していたやつも混じってるのか……それは流石に困るな。あとで色々と嫌みを言われるのは勘弁だ」
伊原は露骨に嫌そうな顔を見せる。
それほどあの知事が嫌いなのだろうか?
「ならば妥協案だ。金は100万、銀は10万、銅は1万。全部で135万で買い取ってやる。旅の資金が必要なんだろう? 拒否はしないはずだ」
「それは、この世界で使える通貨ですよね」
「金貨や銀貨はどこの世界でも使えるだろう。まあ価値は多少変動するだろうが」
伊原はそう言うと俺からメダルを入れていた袋を奪い取った。
左手で袋を持ち、右手を横一文字に振ると、袋の中にジャラジャラと硬貨が入っていく音が鳴り始める。
「手品じゃないぞ。全部本物の硬貨だ」
そう言うと伊原は袋を俺に返してきた。
持つとズッシリと重い。
何をやったのかは分からないが、ともかく伊原が不明な力を所持していることと、本物の硬貨が出現したことだけは理解できた。
資金が乏しかったのは現実問題だ。
これは拒否する理由はない。
ただ、知事から貰ったメダルであると言わなければ、タダで没収するつもりだったのだろうか?
「貴女のこの力は何なんですか? ランクアップを繰り返しても力は強まるだけで、新しい能力を覚えられるとは思えませんが?」
「それを聞いてどうする? 私の力は邪悪な力だ、許せないと正義の味方気取りで立ち向かってくるのか?」
「ただの好奇心です」
伊原はフンと鼻を鳴らした。
「私は夢の魔女と呼ばれる邪神の化身だ」
「えっ?」
「どうやら、この世界を見守っている邪神と呼ばれる神様連中は、運営どもが好き放題やることを余程気に入らなかったらしい。だから気まぐれで力の一部を与えて手駒にするんだ。私や君のように」
伊原はそう言うと俺を指差した。
「身に覚えがあるだろう。運営が与えたスキルの範疇を越えた謎の力が突然使えるようになったことに」
「はい。どう考えても個人で持っていてはおかしい能力があります」
箒で空を飛ぶことや盾は、あくまでもキャラとして与えられた能力だろう。
ただ明らかに火力が高すぎる「魔女の呪い」と定期的に話しかけてくる魔女は完全にそこの範囲に収まっていない。
「外なる神は、祈りによってこの世界に顕現して、願いを達成するための力を与えてくる。運営に対抗する力を欲しがっていた私に与えられたのは空間へ干渉する能力。そして君は……」
「私は何なんでしょうかね」
俺の能力は熱線を発する虹色の球体を召喚する能力だが、それで出来るのは破壊と生物の霧化だけだ。
俺は別にそんな破壊の力を望んだ記憶などない。
違うな……俺が召喚されたこと自体が祈りと願いの結果なのか。
祈りの内容はおそらく「自分達を助けて欲しい」と「日本へ帰りたい」
一人足りないために最初の部屋から出られず朽ちていく状況を打開するために追加の一名としてこの世界に呼ばれた。
そして彼らの日本へ帰りたいという望みをかなえるために、次元の壁を越えて異世界間を移動出来る能力を持つ時空神を召喚する能力が与えられた。
これは推測の域を出ていないし、ただの妄想かもしれない。
ただ、運営に「殺し合いのゲームの駒として喚びました」で切り捨てられるよりは建設的で良い。
多少願いの叶え方が歪んでいるあたりは、邪神らしいと言えなくもないが、俺はモリ君とエリちゃんを助けるために2人の祈りでこの世界へやってきた。
そして2人の望みを叶えて一緒に日本へ帰る。
それで良いことにしよう。
「怪しい邪神の手駒にされているかもしれないって話なのに、何故嬉しそうなんだ?」
「ちょっと価値観が違うから邪神って呼ばれているみたいですが、実は良い神様かもしれませんよ、うちの虹色球体様は」