Chapter 15 「ピックアップガチャ」
「日本に戻れない?」
何の事前情報もなければ相当動揺しただろう。
だが、俺は運営拠点の地下でオリジナルカーターから事前に話を聞いている。
その上で再会したハセベさんからも結果だけは先に確認済みだ。
今更驚く話ではない。
『次元の壁が崩壊しているので、それを修復すると次元間の往来は出来なくなる。なので日本へ返すことは出来ない。諦めろ』だったか……
「なんだ、妙に反応が薄いな」
こちらの反応が淡白なことについて伊原が突っ込んできた。
「ここの事務所の前でハセベさん……私達の仲間から事前に話を聞いておりましたので」
流石にここで敵である運営のゲームマスターからネタバレされましたとは言えないので、話の出所はハセベさんということにする。
「ならば、話は早いか。では、何故日本へのルートを確保出来ないかについてに説明しよう」
どうやらハセベさんから話を聞いたということで納得してもらえたようだ。
「まずは、私が解明した次元間移動の話をしよう。次元と次元の間には壁があり、これが在る限りは他の世界へ抜け出すことは出来ない。たとえば、A世界の住人はA1、A2というようにタグ付けされているので、隣にある世界の中に投げ込もうとしても、次元の壁がそれを阻止する。タグが違うので出さない入れないと」
「では次元間を移動させるためには、次元の壁を破壊する必要があると?」
「いや、破壊などしない。A1というタグが付いた人間のAという情報をαへ置き換える。すると、Aの世界は、自分の世界に異物が入り込んでいると勘違いしてα1を世界から排除する。そこをキャッチしてB世界へ投げ込む。これが英雄召喚システム」
英雄召喚システムとは、ようするに運営が始めた俺達の日本から召喚してソシャゲガチャのキャラに置き換えた後にこの世界でゲームをやらせるためのシステムのことだろう。
「その理屈だと隣のB世界からも排除されそうなんですが」
「B世界も当然排除したがるが、隣接する世界の次元の壁は健在なのでB世界が抱え込むしかない」
もう無茶苦茶な話だ。
何故運営が始めた悪趣味なゲームのために、全次元から排除されるような存在にされないといけないのか。
「ただしBの世界もα1を排除したがっているのは間違いない。だから、A世界の次元の壁に人間一人分くらいの穴を開けてやると、自然とA世界へと戻っていく。それを試したのが30年ほど前」
「戻せたんですか?」
「一回だけな。帰したのは1人だけだが、その時に私も往復してみた」
「その証拠か何かありますか?」
俺がそう言うと、伊原は何やら印刷したコピー紙の束を渡してきた。
この世界には存在しない、A4の印刷用紙にプリンターでWebページを印刷したもののようだ。
この時点で日本への転移の証拠である気がするが、一応内容を確認するために受け取る。
そして一枚目に目を通した時に、こらえきれずに噴き出した。
「エリス(バレンタイン) ピックアップ 期間限定でガチャの確率が二倍」
印刷されていたのはソシャゲの攻略ページのようだったが、その内容が問題だ。
そこには学校の制服を着たエリちゃんが恥ずかしそうな顔をして巨大なチョコを持っているイラストが表示されていた。
これが全く知らないキャラだったならば耐えられたかもしれない。
だが、知り合いの、知らない顔を見せられてしまったせいで、好奇心やら、羞恥心やら、何やら入り交じった感情が込み上げてきて、耐え切れない。
イラストのすぐ下に書かれているキャラクターのセリフ欄はもう笑いが止まらない。
「別にあんたのために用意したものじゃなんだけど、捨てるよりはマシだし貰ってくれるかな?」など、いつの間にか寝取られていたモリ君の気持ちを思うと、あまりに気の毒すぎてもう腹筋が限界だ。
辛い。あまりに辛い。
何故この世界はこれほど残酷なのか。
「これってもしかして?」
「おそらく私達のモデルであろうソシャゲの攻略ページを印刷したものだ。参考までにと入手したが、あまりに面白いのでたまに見返している。ソフィアの項目とか爆笑するぞ」
伊原はそう言うと机の奥から別に閉じた紙束を出そうとしてきたが、チラリと見えたイラストがリプリィさんに似た少女が杖を片手にカッコいいポーズをとっている物だったので断った。
腹黒婆さんの若い頃がそれだと思うと、とても腹筋が耐えられない。
確かにこれは日本に行かないと手に入らないものだ。
二枚目以降はキャラクターのリストで、名前が羅列されていた。
余程実装されているキャラが多いのか、名前の羅列だけでもかなりの枚数がある。
そのほぼ全てのキャラの横にR、SR、SSRの文字が書かれてある。
200人のキャラに最低3枚のカードが用意されているのならばたいしたものだ。
このキャラの数の多さが選定理由か?
ただ、リストを眺めているとエリちゃんのR、SR、SSR、リミテッド、水着、バレンタインの7枚を筆頭に、度会知事の4枚、マリアちゃんはRとSRはないがSSRだけは3枚あるなど、男性キャラの冷遇と女性キャラの優遇という、ソシャゲの事情が垣間見えてくる。
一番人気らしいキャラは名前も知らない人物だったがカードが11枚もある。流石におかしい。
「良かったな、仲間が人気キャラみたいで」
「辛いんですけどこれ」
これはあくまで元ネタであって、別に俺達とは一切関係ないはずなのだが、見ているだけでどうしても笑いを止められない。辛い。
「そのリストを見ていて気付いたんだが」
「なんでしょうか?」
「君は何なんだ?」
「何って……」
そう言われて気付いた。
ラヴィの名前がどこにも記載されていない。
俺がラヴィ(ハロウィン) であるからには、ラヴィ(通常)もいるはずなのだが、どちらもリストの中に記述がない。
「次のページからは過去のイベント情報になっている。要らないだろうと思って、全部は印刷はしていなかったが、その期間限定イベント第2のところを見ろ」
伊原に促されてコピー用紙をめくると、過去のイベント情報の内容が記載されていた。
「第2回が邪神達のハロウィン……イベント参加報酬。ラヴィ(ハロウィン) SR……これ?」
印刷は途中からレイアウトが崩れて第3回の別のイベントの説明に変わっているために全貌は不明だが、確かにそこには俺のイラストが表示された画面のキャプチャがプリントされている。
「君の胸元に付いている『1回ガチャ』『10回ガチャ』のボタンは何だ?」
「多分、イベントでアイテムが手に入るミニゲームみたいなのがあって、そのアイテムを集めるとイベント限定ガチャを引ける仕組みになっていて……」
「なんでミニゲーム内でそのまま報酬を渡さないんだ? 何故一度ガチャを経由させるような二度手間をプレイヤーに強要する?」
「ソシャゲの売り方やシステムの話を聞かれても、その……」
何なのだろう、ソシャゲにありがちな、あの面倒なイベントは。
射幸心を煽って有料ガチャに繋げたいとかそういう狙いなのだろうか?
友人の誘いで似たようなソシャゲをやった時に覚えがある。
ガチャを引くためのアイテムは大量に手に入るのに、ガチャは10回単位でしか引けないので、ひたすら連打することになるのだ。
たまに狙いが反れて、ボタンが表示されていないキャラの顔や胸をタッチしてしまうのだが、故意に誤タッチした時に別のメッセージが流れる仕組みがあったりする。
プレイヤーの感想らしきコメントも一部印刷されていたが「このゲームで一番胸タッチされた娘」「どこどこハロハロどこどこどこどこもうやめて」「このゲームもハロウィンはトンチキ」「クッキーをどうぞと言ってサンマを渡してくるポンコツ」「タッチしても揺れない」など、散々俺……いや俺じゃない俺が弄ばれた結果が表示されている。
「私も一度押してみていいか? ボタンが見えないだけで何かアイテムが出てくるかもしれない」
「出るわけないでしょう」
日本に帰ったらゲームの運営会社へ襲撃をかけるか。
「見ての通り、君は本来ガチャからは出ないんだよ」
「そうみたいですね。でも、実際に私はここに居るので」
別にこのキャラにしてくれと指定したわけではないので、ガチャから出なかったからどうと言われても困る。
「これで日本へ戻れるという話が嘘ではないと分かっただろう」
「はい。これは間違いなく日本に行かないと入手出来ない情報のようですので」
ソシャゲの元ネタは酷かったが、日本へ戻るため希望は出て来た。
「ただ、この方法が使えたのは3年前までの話だ。今ではもう使えない。これが最初に日本へ戻る方法がないと言った理由だ」
「やはり次元の壁の崩壊に関係しているんですね」
俺は伊原に問いかける。
「この世界は日本にしか繋がっていなかったので、送り込むのは簡単だった。だが、現在は最低9つの世界へ繋がっている状態なので、8/9の確率で正体不明の世界へ流される可能性がある。博打をする気があるなら試しても良いが」
「流石にそれは無理ですね」
あまりに運要素が強すぎる。
1/9を引き当てる自信などない。
「なので、まずは次元の壁を修復する。これは、手探りでやるより、君達が持ち帰った資料のような元の世界の情報が在る方が各段に捗る。理由は分かるな」
「世界ごとに色のようなものが付いているので、どの色がどの世界か分かれば閉じやすい……とかですかね?」
「色の喩えは分かりやすいな。その通り、今回は赤を閉じよう、赤とオレンジは似ているけど違うと分類しやすくなる。極彩色に光って全世界へ繋がっていますアピールとか要らないんだ」
理屈は通っている。
まずは次元の修復してこの世界を護る。
その後に日本へ繋がる穴を開けて完了。
ただ、それらの達成には何年かかるのだろうか?
「全ての工程が完了するのは、30年ほどかかるだろう。私はランクアップを繰り返してまだまだ若いままでいるつもりだが、君達は30年経てば……」
「50代手前……冒険も無理でしょうね」
30年も日本に戻ることが出来ないとなれば、みんな諦めて永住を考えるだろう。
それに、30年後に年老いた姿で戻ったところで意味がない。
「そういうことだ。残念だが、日本へ帰ることは諦めろ。住んでみればこの世界も悪くないぞ。もう何か仕掛けてくる運営もいないし」
「それでも……」
「諦めろ」
伊原さんからは悪意も感じないし、話の道理も通っているが、それでも日本への帰還を諦めろという言葉についてはオリジナルカーターの予想通りだ。
「少し……考えさせてください」
「ああ。時間はたっぷりあるからな。なんなら10年くらいこの町で悩んでもいいぞ。出来れば、その間に他次元の資料回収を手伝ってもらえると少しは期間も短縮できるかもしれない。報酬は十分用意しよう」
俺は伊原に礼を言って事務所を後にした。
◆ ◆ ◆
伊原から聞いた話を伝えに、待ち合わせのレストランにやってくると体調が回復したらしいレルム君が抱き着いてきた。
「師匠、お疲れ様です」
「いや、君がお疲れだよ。怪我はもう大丈夫なのか?」
「ゆっくり休んだので回復出来ました」
口ではそう言っているが、「いてて」と言ったのを聞き逃さなかった。
「俺のことはいいから、まだ少し安静にしていなさい」
「……はい」
思っているよりもみんな重傷だ。
「カーターも元気か?」
「オレは元から軽傷だっただろ……それに、土産のウイスキーは物凄く良かったぞ。有名ブランドの20年ものなんて日本で買おうと思ったら最低でも3万から5万くらいするし、大事にチビチビ飲むわ」
「そんなに?」
酒のブランドなど分からないので適当に掴んできたとか、必要分以外は全て破壊してきたなどとはとても言えない。
「そうだ。お前のオリジナルから伝言だ……『私の代わりに人生を楽しんでくれ』……だとさ」
「そうか……」
オリジナルとの関係が何だったのか分からないが、こいつはこいつで色々と有ったのだろう。
「それで、これからの指標を決める前に、タルタロスさん、レルム君、ドロシーちゃん……三人には話があります。辛い話です」
俺は三人に、オリジナルは既に遺跡で死亡しており、今ここにいる三人はコピーであること。
コピーと言っても人間なので、突然に塵になったり消えたりすることはない。
普通に生活する分には支障がないことなどを告げた。
「嘘ですよ……嘘ですよね師匠」
「嘘だと思うなら、君が日本に居た時の元々の名前は言えるよね」
「それは……」
「俺は言える。上戸佑。モリ君とエリちゃん、カーターも日本に居た時の名前や経歴を言える。でも君達は……」
「そんなことありません、僕だって……僕だって……」
レルム君は何か必死に思い出そうとしているが、何も浮かばないようだった。
それはタルタロスさんやドロシーちゃんも同じ。
失われたのではなく、最初から存在しないものならば、出てくるわけがない。
「僕はここにいて良いんでしょうか?」
「もちろんだ。君の人生なんだから、今まで通り普通に生きていけばいい。ちょっと過去の記憶がないだけで、これからの人生まで否定されたわけじゃないんだ。俺達も出来るだけ力を貸そう」
「せめてワシが子供達の力になってやれればと思うんだが、肝心のワシも自分のことがよく分からんし……」
タルタロスさんも悩んでいるようだ。
実際問題として彼も辛いのは分かる。
「ただ、子供達は家へ帰してやるべきだと思う。親も子を失って悲しんでいるはずだ」
タルタロスさんがレルム君とドロシーちゃんの肩に手を置いた。
「それに、子供達も親の愛を知らずに育つのはあまりに可哀想だ。この子達は是非日本へ連れて帰ってやって欲しい」
「連れ帰って欲しいじゃないですよ。タルタロスさんも一緒に行くんですよね」
「だが、ワシは結局子供達を護れなかった……」
「だから、これから子供達を護るんですよね。俺達は子供ばかりなので、大人の手を貸していただけるとありがたいです」
俺はタルタロスさんと改めて握手をした。
「レルム君もドロシーちゃんも一緒に日本へ行こう」
「でも良いんですか? 僕は日本人じゃないんでしょ」
「君がこの世界に残って冒険者をやりたいなら残ってもいいよ。それを止めはしない。ただ、やりたいことがないのなら、一緒に行こう。こんなところに1人で残っても仕方ないだろう」
レルム君も俺の手を取ってくれた。後はドロシーちゃんだけだ。
「俺達と一緒に行こう」
「みんなと一緒の方が楽しいよ」
こちらもモリ君とエリちゃんが説得してくれたようだ。
俺達7人、みんなで帰ろう。