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Chapter 13 「廃都からの脱出」

「町の方の事件の書類はさっきので良いとして、後はこの町が転移するきっかけの事件を知りたい」

「そうは言っても文字が読めないのに、この大量の書類の中から探すのは無茶ですよ」

「まあそうなんだけど」


 アルファベットに似ている文字は強引に置き換えれば読めなくはない。


 とはいえ、それが長文になるとお手上げだ。

 何か複数の単語の組み合わせとなると、パターンが増えすぎて類推することが出来ない。


「せめて日付で探せないかな。1943年10月。おそらくヒントはこれ」

「そうは言ってもここに置いてある書類ってだいたい10/1943ですよ」

「まあ、事件が発生したのがその時期なんだから、当然同じ月の書類は大量にあるよな」


 そうは言っても、読める文字は数字だけなので、それに頼るしかない。

 俺とモリ君で手分けして書類の山を整理していく。


 エリちゃんは最初から作業を放棄しているが、ドロシーちゃんの面倒を見てくれているので良しとする。


「この単語が使われている書類が多いみたいですけど、何か関係あると思います?」

「それは俺も思っていた。なんだろう……TESLAでテスラかな? 科学者テスラ、もしくはテスラコイルのこと」

「自動車じゃなくて?」

「自動車は21世紀に入ってからの話だから、今回の話に関係ないかな。とにかくこの単語で絞ってみよう」


 それでも大量に書類が有ったが、大抵は他に書いてある数字から予算関連だと思われるので流していく。今回必要なのはそれではない。


「関係ありそうなのはこれか? 似たような英単語で拾って翻訳すると、町に画期的な発電機を使用した発電所を建設しようとしている……かな? 10月30日に関係者を呼んでテスト予定」

「よくそんなの見つけられましたね」

「他の書類と共通する単語が多く使われている書類は関連した文章と推定して、その中からそれっぽい意味が書かれた文章を探す作業だから、もうただのジグソーパズルだよ。文字じゃなくて絵としか見てないから、ほぼ勘」


 俺は写真が付いた水夫達の被害と怪物の書類、発電所の書類を駆逐艦で入手した士官の日誌と合わせて鞄に入れる。


「調査はこれで十分だ。引き上げよう」

「なら、この後はどうします? 缶詰なんかの保存食探しですか?」

「悪いけどそれはなしだ。今は少しでも早く町から離れたい」

「どうしたんですか、急に?」


 俺は窓から空の様子を見る。

 町に入る前は雲一つない砂漠の青空が広がっているはずだが、今は入道雲のような分厚い雲が流れてきているのが気になる。


「多分、俺の予想よりも酷いことがここで起こっている。だから、俺達に被害が出る前に少しでもここから離れた方がいい」

「説明してください。ラビさん一人の中で分かっていても何も解決しませんよ」


 確かにその通りだ。声に出さないと伝わる物も伝わらない。


「駆逐艦の世界……ここは英語が通じる、この町の世界……英語が通じない別の世界。巨大な口の怪物が居る世界。そして今のこの世界。最低4つの世界が3年前に、ここで衝突している」

「2つじゃなくて4つ?」

「ああ最低4つだ。全く違う世界が出現した証拠が出ている以上は疑いようもない。もしかしたらそれ以上の数が有るかもしれない。偶然に4つの世界で行われていた次元を越える実験の結果が、ここでぶつかったんだ」


 推測としては間違っていないだろう。

 全く違い世界観の物体が3つ出現した証拠があるのだから。


「正直、いくつもの次元が衝突したこの町には、おそらく俺達も想定していない何かおかしな現象が発生する可能性が高い。だから、出来れば早いうちに引き上げたい。これで大丈夫かな?」

「はい、分かりました」


 エリちゃんは何やら後ろで悩んでいるが、モリ君はすぐに理解してくれたようだ。


「えっと、どういうこと?」

「この町は何が起こるか分からないから、安全なうちに逃げよう」

「分かった!」

「わかった!」


 エリちゃんとドロシーが一緒に手を挙げて答えた。

 素直でよろしい。


「さあドロシー、走るからおんぶしようね」

 

 モリ君がドロシーを背負う。

 モリ君もすっかり父親役が板に付いてきたなと感心する。


「俺とエリスは全力であのホテルまで走っていきますので、ラビさんは箒で追いかけてきてください」

「了解。もしかしたら俺の方が速いかもしれないけど」

「私の方が速いですよ!」


 行動方針さえ決まれば後の行動は早い。

 何でも即断即決は俺達の良いところだ。


「ではホテルで合流しましょう」

「先に付いた方が馬車の準備をするということで」


 モリ君とエリちゃんが階段を降りて駆けだしていく。

 俺もゆっくりと階段を降りて、役所を出る。

 足の速さで競っても仕方がない。俺の本番は箒に乗ってからだ。


 役所を出ると、先程まで雲一つない晴天だったというのに、空には真っ黒な暗雲が立ち込めていた。

 いくらなんでもおかしい。


「バカな、ここは世界でもトップクラスに雨が少ないモハーベ砂漠のど真ん中だぞ。そこで雨季でもないのに、こんな黒雲が立ち込めるなんて……」


 ぽつり

 ぽつり


 雨が降り始めてきた。

 太陽が雲に覆われ急に薄暗くなっていく。


「マズいな、あの口だけの怪物の出現条件が時間依存ならば良いけど、太陽の光がなくなることが出現条件ならば、いつ出て来てもおかしくはないな。急ごう」


 慌てて箒に飛び乗り、宙に舞い上がると同時に、雷鳴が轟き始めた。


「オイオイ、雷はシャレになってないぞ。こんな天候で空を飛んでいたら、雷に打たれてくださいと言わんばかりだろ」


 仕方ないので高度を下げて低空飛行で飛ぶ。

 ただ、これだとあまり速度を出すことは出来ない。


 町の道路には土煙がわずかに舞い上がっている。モリ君とエリちゃんが全力疾走で駆けて行った後だ。これを追いかければ良いのだが、かなり時間は遅くなりそうだ。


 障害物に当たらないように速度を控えめに飛行していると、激しい閃光と轟音が突然届いた。

 すぐ近くの建物に雷が直撃したようだ。

 雷鳴によって、まだ空気が激しく振動している。


 その落雷が引き金と言わんばかりに、ぽつぽつと振っていた雨足が急に強まり始めた。


 普通の雨ではなく、足音も聞こえなくなるほどの豪雨だ。

 数メートル先の視界すらままならない。


 書類を濡らすわけにはいかないと鞄をローブの中に入れる。


 普通ならば、適当な建物に入って雨宿りをしたいところだが、今は一秒でも時間が惜しい。


「仕方ない。(シールド)を形成! 飛ぶぞ!」 


 もし雷が降ってきても少しは防ぐことが出来ると期待して、盾を頭上に形成して、高度を高くとり、なるべく速度を速めてホテルまで飛行する。


 そして、高度をとって初めて気付いた。


 この豪雨を降らせている黒雲は町の上だけに被っており、町の外側は相変わらず強い日差しが降り注いでいるということに。


 やはりただの自然現象ではない。何らかの意思を感じる。


「それはそれとしてだ」


 背後から何か強烈な殺意のような気配を感じた。

 雨音が激しすぎて何も聞こえないが、風を切る音が鳴っているような気もする。


 振り向かずに取りを二羽、後方に放つと、何やら悲鳴のような声が聞こえてきた。

 どうやら、例の巨大な口の怪物……ビッグマウスが出現していたようだ。


 振り向いても、速度が落ちるだけで別に何が出来るわけでもなし。

 極光もこの雨の中だと拡散して効果が薄いので迎撃はなしだ。

 落雷に怯えながら突き進む。


 どうやらビッグマウスよりは俺の箒の移動速度の方が上回っていたようだ。


 追いつかれることなく、ホテルの前に戻ってくることが出来た。


 すぐにホテルの中に飛び込み、扉を閉めてかんぬきをかける。

 水が滴ってくる帽子を取って軽く絞った。

 頭を犬のように左右にブルブルと振り回し、濡れた髪の水分を落とす。


「ラビさん、遅いですよ」


 モリ君は馬車の点検を始めていた。

 すぐ横ではエリちゃんがドロシーちゃんの頭をタオルで拭いている。


 2人も、やはり雨からは逃れられなかったようで、それなりに濡れている。

 到着したのもつい先ほどのようだ。


「化け物には出会わなかった?」

「出て来たのには気付いたけどなんとか逃げ切れたみたい」


 それならば良かった。怪我がないのが一番だ。


「馬車の準備は?」

「今からやるところ」

「悪いけど馬車はここで捨てる。馬の足じゃ逃げ切れない。馬二頭……赤城と榛名、それに馬車に積んでいた荷物は全部装甲車の中へ入れて」


 俺は雨で濡れて重くなったローブを脱ぎ捨てた。


 鞄はローブの下に入れていたので、何とか中の書類は無事のようだ。

 鞄表面の水分が書類にまで水分が浸透する前に、早めに取り出す。


 下に着ていた胴着や下着まで湿っており、肌に貼り付いて気持ち悪い。

 一応予備の着替えは持ってはいるが、まだ雨に濡れるのは確定なのでここで着替えてはいられない。


 ローブからバルザイの偃月刀のみベルトから外して着物の帯に付ける。

 帽子は悩んだが、雨除けにもなるので被り直す。


「この書類は濡れない場所へ。ローブと鞄は装甲車の中のどこか適当なところに干しといて。エアコンが効いてればすぐ乾くと思う」

「ラビさんはどうするんです?」

「口だけモンスターがこのホテルのすぐ前まで来てるから迎撃する。そのタイミングを狙って装甲車で脱出を」


 運転の操作はモリ君に一通り教えたので、あとはうまくやってもらうしかない。


 エリちゃんが馬車から金具を外して馬達を装甲車に乗せる。

 それと同時に装甲車のヘッドライトが点灯する。


「ヘッドライトだけだと暗いし雨だと見辛い。フォグランプも点灯させて! メニューから灯火管制を表示させてFOGと表示されているボタンをタッチ!」


 装甲車に向かって指示を飛ばすと、やや遅れて車体下部の黄色いライトが点灯した。


「準備は? 完了したならパッシングで教えて欲しい」


 装甲車のライトが一瞬点滅した。OKということらしい。


「鳥を五羽召喚、そして五羽解放(リリース)。行くぞ!」


 ホテルの入り口へ向けて「魔女の呪い」を放つ。


 熱線は扉のすぐ前に来ていたビッグマウスを消し飛ばした。

 熱線はまだしばらく放出され続けるが、無駄にはしたくないので、箒に乗ってそのまま飛び出す。


 すぐ後ろを装甲車が続く。


「くそ、意外と多く集まっているな」


 真正面にいた相手以外にも、頭上に三匹、後方に二匹のビッグマウスがいるようだ。

 また、豪雨で視界不良のために不明瞭だが、進路上にも数匹が集まっているように見える。


 まず、前方進路上に向けて熱線。

 雨粒が消滅したので視界が一瞬クリアになった。

 

 そのまま箒を回転させて頭上の三匹、そして後方の二匹のビッグマウスを消し飛ばす。


 それでもまた援軍のビッグマウスがいずこから三匹ほど湧いて出て来たので、全滅とはならない。

 終わりが見えない。


 装甲車がすぐ真下を通り過ぎていったので、後方に他の敵がいないことを確認した後に、箒から飛び降りて装甲車の上に飛び乗る。


 濡れた装甲車の天井の鉄板で滑りそうになるが、何とかバランスを維持できた。


 装甲車の上で屈んでいれば、空中に浮遊しているよりは雷に撃たれる確率も減るだろう。


「次に魔女の呪いが発射できるまでの三分間、どうやって敵をやり過ごすかだけど……」


 今のところノープランだ。

 盾でどうにか誤魔化すにしても一匹が精一杯だろう。


「ドロシーちゃん聞こえるか? ハイドロカノンだ! もう少ししたらデカい口の化け物が近付いてくるから水を出して全部薙ぎ払ってやれ!」 


 ヘッドライトが一瞬点滅した。分かったということらしい。


 帽子の縁を手で抑えながら、進路の先を見る。

 まだ、町を出るためには三匹のビッグマウスを始末しなければならないようだ。


 どう、今の持ち駒であしらうかを考えていた時、突然、装甲車の前方から激しい勢いの水流が放出された。

 超高圧の水流はビッグマウス三体を圧力で押し潰していく。


「今のドロシーちゃんか?」


 答えるようにライトが点滅。


 どうやらドロシーちゃんが装甲車を体の一部として、車体からスキルを放出という曲芸を覚えてくれたようだ。


「一時的にドアを開けてそこから撃つことを期待していたんだけど、まあ結果オーライか。良いファイナルレスキューだったぞ」


 余程嬉しかったのかクラクションが何度か鳴った後に車体が左右に無駄にブレる。


「ドロシー! 運転中はパパの邪魔を止めなさい!」


 背後から他のビッグマウスが追ってきているが、装甲車の走行速度の方が速いようで追いつけずにいる。

 そうしているうちに、町を脱出することに成功した。


「まだ町に近いから襲撃の可能性は高い。ミード湖まで走ってくれ」


 装甲車に指示を飛ばすと、またもヘッドライトが点滅した。

 外部スピーカーは非搭載だが、今のやりかたで装甲車の外と中との連絡は取れるだろう。


   ◆ ◆ ◆


 町を出て、近くにあるミード湖まで走ると、ビッグマウス達の追跡は途切れた。

 どういう理由なのかは不明だが、町から外に出ることは出来ないようだ。


 激しい豪雨を降らせていた雨雲も、町の外へ移動することはないのか、空には眩しい太陽の光が降り注いでいた。


「へくちっ」


 可愛いくしゃみが出た。


 どうやらずっと雨ざらしで戦い続けていたために身体が冷え切ってしまったようだ。

 砂漠とはいえ時期は1月……冬だ。

 日中は大丈夫だが、夜になるとそれなりに温度も下がる。


 装甲車が停止したので、とりあえず屋根の上から降りる。

 扉が開いてモリ君とエリちゃん、ドロシーちゃんが中から出て来た。


「まだ昼を少し過ぎたところですけどどうします?」

「今日はもう休憩しよう。とりあえず、このボトボトの服を着替えさせて」

「着替えなんて持ってたんですか?」

「……まあ一応。かなり前に買ったけど、あんまり着たくはなかっただけで」


 濡れたままの服よりはマシだと着替えのために装甲車の中へ入っていく。


「覗くなよ」

「覗きませんって!」


 モリ君はナチュラルセクハラ魔人なので、これだけは念入りに言っておかないと信用できない。


 濡れ胴着を脱いで、ついでに肌に張り付いて気持ち悪かった下着も脱ぐ。

 せっかくなので身体のあちこちもタオルで拭いて水気とついでに体臭の元になる汚れも軽く落としておく。


「ところでラビさん、夕ご飯のことなんですけど」


 あれだけ言ったのに、モリ君が当然のように装甲車の中へ入ってきて、ちょうど全裸で身体を拭いていた俺と目が合った。


「何かの緊急事態なら許さなくもないけど?」

「雨が降ってみんな冷えたので、暖かいものが良いと思うんですけど。鍋とかどうですか?」

「そうだな、鍋は良いな。掴みやすいし投げやすいし」


 手の届くところに鉄鍋があったので掴んで、モリ君に全力で投げつける。


「もう死ねセクハラ魔人!」


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