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Chapter 12 「食らうもの」

 エリア51を出て2日。ようやくラスベガス付近まで戻ってくることが出来た。


 俺達はまず町はずれにあった横倒しになった駆逐艦の前で一度馬車と装甲車を止めた。


 一度全員で装甲車の中に入る。


 装甲車のメニューを開いて各種センターを有効化させて駆逐艦内部にスキャンをかける。

 完全にSFの操作パネルにも慣れてきた。


「動態センサー、赤外線センサーに検知なし。生態センサーに検知があるけど、これはサイズ的に虫とか小動物が入り込んでいるだけだろうし、無視していいだろう。大気成分は正常で毒ガスや腐敗ガスなし、放射線は若干強めだけど温泉程度で人体に影響がないレベルなので無視してOK」

「便利ですねこれ」

「本当に。普通のファンタジーで冒険者がやるようなダンジョン探索とか救助依頼とかこれ一台あれば一瞬で終わるぞ」


 装甲車は走行能力もだが、それ以上にセンサー系がかなり反則(チート)だ。

 駆逐艦くらいのサイズならものの数秒で内部の調査が完了する。


「内部には侵入しても大丈夫そうだけど、船が横倒しなわけでまともに廊下はあるけないし、移動にはかなり支障があると思う」

「ラビちゃんの鳥は?」

「狭いところは操作が難しいんだよ。鳥だから扉なんかも開けられないし」


 ダメもとで使い魔モードで一羽を潜行させてみる。


 通路は狭い上に何度も折れ曲がるので、なかなかうまく飛ばすことが出来ない。

 そのうち、操作を誤って鳥を壁に叩きつけてしまい、そのまま消えてしまった。


「最初の通路から二回くらい曲がったとことまでは飛ばせたんだけどなぁ」

「やっぱり無理か」

「こっちの艦橋の方から入れないですか?」


 モリ君が駆逐艦の艦橋を指差す。


 相当丈夫に作られていたであろう艦橋のガラスは横倒しになった衝撃だろうか? 粉々に砕けて枠が残っているだけなので、確かにそこからならば入れそうである。


「ロープを張ってよじ登って行けば入れそうですよ。甲板のところの入り口は狭いし、多分こっちの方が楽そうです」

「なら、俺がロープをかけてくるよ」


 モリ君からロープを受け取り、箒に乗って浮上。

 艦橋の中に入り、頑丈そうな柱にロープを通して、反対側を下へと降ろす。


(シールド)で足場の支えを作れるけどどうする?」

「お願いします」


 盾を形成して、エレベーターのように持ち上げる。


 さすがに盾単体で人間一人を十数メートルも持ち上げられるような馬力はないが、ロープをよじ登る助けくらいは出来る。

 モリ君を艦橋に入れた後は、エリちゃんも同様の方法で運ぶ。


 ドロシーちゃんは馬と一緒に装甲車の中で留守番だ。


「思ったより荒れていないですね。それにしても酷い熱気だ」

「砂漠のど真ん中にこんな鋼鉄の塊を放置すれば、それは焼けるよな」

「暑いし、さっさと捜索して、さっさと引き上げましょう」


 艦橋から通路に出て船室を目指す。

 船が横倒しになっているためか、天井は高いが狭い通路がそのまま、天井が低くてしゃがむか這うしか移動できない通路と化しているので、移動はかなり困難だ。


「油断すると頭をぶつけるので気を付けて」


 モリ君が匍匐前進で進んでいく。

 その後ろをエリちゃんと俺が続く。


「あいててて」

「大丈夫? どこか擦った?」

「いや、さすがにこんな匍匐前進をすると胸がちょっとね」

「アッハイ」


 どうして人はこれほど他人に対して残酷になれるのだろう。

 変な体勢で移動するから腰が痛いなくらいしか思っていなかったのだが、何故そうなるのか?


「俺はこの船室や医務室なんかを調べてみる。2人は船底の倉庫なんかを見て来てくれないか」

「分かった」


 モリ君とエリちゃんが船の奥の方へ向かっていく。


「しかし本当に熱気が酷いな。ずっといたら熱中症になりそうだし、早く調べて出たい」


 船室を探すが、どの部屋も必要以上に荷物が少ない。

 この船は沈没したわけではなく、退避するのに時間的にな余裕があったので、持ち出せるものに関しては一通り持ち出した後なのだろう。


 船長が付けてあるであろう航海日誌は見事に持ち去られているので、手掛かりは士官が付けていた別の日誌くらいだ。

 パラパラとめくってみて異変に気付いた。


「謎言語じゃない。これ、全部英語だ」


 英語の知識は受験英語なので、それほど高速かつ正確に読めるわけではないが、それでも英語ならば内容は分かる。


 斜め読みで概要だけ読んでみたが、フィラデルフィア寄港中に駆逐艦で実験が行われること、実験が行われた日に突然砂漠の真ん中に投げ出されたこと、無線が通じないので乗員215名全員が近くの町に避難することが決まったと記載されている。


「近くの町というのはあれのことだろう。200名以上の人間を急に受け入れられるだけのキャパはあったのか? この日誌は一応伊原さんに届けてみるか。専門家らしいし、何か分かるかもしれない」


 船室から這い出ると、2人とも同じように通路に出てきたところだった。


「成果は?」

「見事に何もなかったよ、全部綺麗に持ち出した後みたいで」

「俺は缶詰と瓶詰を見つけました。これなんて凄いですよ。スパム缶」


 モリ君が自慢げにスパムの缶詰を見せびらかしてきた。

 明らかに英語でスパムと書かれているので間違いない。


「ああ、美味いよなこれ。でも、よく残っていたなこんなの」

「野菜缶は結構残っていたんですけどね。肉の缶詰はこれ一つだけでした。多分見逃しだと思うんですけど」

「それで缶切りは? これ缶切りがないと開かないタイプの缶なんだけど」

「あっ」


 やはり最近の子は缶切りの存在を忘れがちなのか。


「缶切りは俺が探してくるから2人は早く脱出を」

「ラビちゃん一人で大丈夫?」

「俺も食料庫は見ておきたいし、最悪俺だけならば箒で飛んで脱出出来るから」

「それなら」


 2人を見送った後に、俺も食料庫に向かう。


 冷蔵庫の中身は論外だった。

 おそらく船がここに転移した直後にすぐに食べられるものは全て持ち出されたのだろう。

 残っていたわずかな野菜も完全に腐敗して床のシミと化している。


 缶詰や瓶詰などもかなりの量が持ち出されたようだが、それでもそれなりの数が残っていた。


 ピクルスやトマト缶のような加工前提の品ばかりが残ってるのは、調理せずにすぐに食べられる肉や魚などを優先して持ち出した結果だろうか?

 ワインの類も有っただろうが、こちらは一本も残っていない。


「未開封のパスタは間違いなくいけるだろ。塩コショウは前から欲しかった奴だから沢山持っていきたい。トマト缶は多分何に調理しても美味い。ほうれん草は……馬にはダメなんだっけ?」


 雑に詰め込んでいくと結構な量と重さになる。

 流石に欲張りすぎるのはダメだ。

 時間があるのに全部持ち出されなかったのはそういうことだろう。


「あとは缶切りとアルミ製の皿や食器プレートは色々と使えそうだ。それに大きめの鍋やお玉も歩きだと邪魔だったけど、装甲車なら積んでおけばいつでも使えるし、これは貰っていこう」


 一通り鞄にねじ込んだところで、箒に跨り、姿勢を低くして、帽子を手で押さえて食料庫を脱出。

 そのまま通路を抜けて船の外に飛び出して装甲車に戻る。


「ただいまー」

「お帰りー」


 装甲車には全員戻っていた。エアコンの冷気が気持ちいい。


「駆逐艦の方は、乗員はみんな余裕を持って脱出したみたいだったな。倒れた衝撃であちこち壊れてはいたけど、それ以外はみんな落ち着いて避難したみたいだったし」

「そうなると、怪しいのはあの町ですね」

「あの怪物は夜になったら出現していたので、ここでキャンプをして、町から離れたここから夜の様子を確認しよう」


   ◆ ◆ ◆


 モリ君がニコニコで持ち出したスパムの缶詰は、砂漠の高熱の中で放置していたからか、塩分が回りすぎて物凄い味になっていた。

 ただ、ドロシーちゃんが出してくれた水に漬け込んんでしばらく塩抜きをすると、まあ食べられる味にはなったので、そのままトマト缶と一緒に炊き込み、煮込みハンバーグっぽい料理に調理する。


 付け合わせはパスタだ。特に味は付けずにトマトとスパムの塩分とうま味でそのまま煮込む。


「スパムそのままかじるよりはこっちの方が肉料理っぽいだろ」

「おおっ肉って感じですね」

「そんなに肉を食べたかったの?」

「やっぱり肉を食べないと力が。せっかく缶詰でも肉を食べられると思ったのに」

「男の子だねぇ」


 この身体になってから、それほど肉には執着がなくなってしまったが、気持ちは何となく分かる。

 普段から鳥を召喚しまくっているので、鶏肉に何か抵抗があるのもある。


「町の中でも缶詰を探してみるか。まだここに転移してきて3年ならば、まだ無事なものも残っているかもしれない」

「あの怪物を倒してからだけどね」


 その怪物だが、町の方には全く姿を現す形跡がない。

 一度鳥を偵察に向かわせてみたが、それらしい怪物は全く出現する気配がない。

 夜になること以外に町の中を人間が通るという条件があるのかもしれない。


「明日は朝から探索を始めて、それでも現れなければ一度ウィンキーの町に戻ろう。後の調査は伊原さんにお願いしよう」


 それからしばらく待ってみたが、町に怪物が出現する気配はない。


 装甲車のメニューの時計によれば時間は22:00。


 これ以上待っても無駄だろうということで、その日は早めに就寝した。


   ◆ ◆ ◆


 翌朝は日が昇ると同時に活動開始した。

 本末転倒の気がするが、馬達も保護のためにエアコンの効いた装甲車内に入れていたからか、朝から調子が良い。


「そういえばうちで飼っていた犬は、最初は外で飼っていたんだけど、病気になった後に少し家に入れたら、エアコンの快適さを覚えて、そこからはずっと家の中暮らしで――」


 エリちゃんがシャレにならない話を始めた。

 さすがに止めて欲しい。犬ならともかく、働かない馬を飼い続ける余裕はさすがにないぞ。


 馬車と装甲車は以前に宿泊した時に使用したホテルにまた入れることにした。

 ここならば施錠しておけば安心なことは分かっている。


 今回はドロシーちゃんは連れて行くことにした。

 暴走しなければ、彼女の水のスキルは確実に役にたつ。


「町中にスキャンをかけたけど、人間らしい反応も、怪物の反応も0。怪物がどこから出て来ているのかは全く不明」

「そうなると、魔法的な何かで呼ばれているんでしょうか」

「それも分からないしな」


 魔方陣的な何かが仕込まれているならば、単に運営の罠の可能性はあるが、少なくとも駆逐艦の乗組員が近くにあるこの町に避難したことは間違いないと思う。


 ならば、何故彼らの存在が消えたのかが、この町の鍵であると思う。


「気になっていることは一つ。あの駆逐艦とこの町は同じ世界から転移してきたと思っていたけど、おそらく違うんだ」

「どういうことです?」


 俺は駆逐艦の士官の部屋から回収した日誌を見せた。


「これは英語で書かれているが、この町では英語は一切使用されていない。どちらも1943年から来ているのに違う世界なんだ。下手すりゃ会話すら成り立たなかった可能性がある。急に砂漠の真ん中に船が現れて、そこから現れる言葉が通じない200人の兵士達。そんなのが急に押しかけて来た小さい地方の町の住民はどう思う?」

「謎の敵が侵略してきたと思う?」

「しかも、ここって都市伝説の塊、エリア51のすぐ近くなんだ。砂漠の真ん中に急に謎の船が現れて、そこから200人の武装した兵士達が現れる。これってもう宇宙人だろ。実際には異世界人なんだけど」


 転移してわずか3年で町がこれほどボロボロな理由については朧気ながら見えてきた。


「2つの異世界……いや、元々のこの世界があるから最低3つの異世界が、ここで衝突した。その衝撃で次元の壁に大きな傷が入った。つまり、ここが次元の傷の中心地だ」


 あながち外れではないとは思う。

 後は、その証拠固めをしたいところだ。


「この町の住民側が残した資料があれば、何かわかるかもしれない」

「そんなのが残っていると役所か何かじゃないですか?」

「役所?」

「あそこに大きい建物がありますけど、あれって役所じゃないんですか?」


 モリ君の指す先にはひと際高い建物が見えた。

 屋根の下には大きな時計も付いている。

 デタラメな時間を指しているので、故障して止まっていることは分かる。


「まあ一応行ってみようか」


 四人で役所らしき建物に向かって歩くと、役所には30分ほどで到着した。


 入り口には材木などを組み合わせて針金で止めた簡易のバリケードのようなものが設置されていた。

 一部は破壊されて入れるようにはなっているが、やはり何かあったのだろう。


「俺が先頭に立ちます。エリスはドロシーをガードで。ラビさんは後衛を頼みます」


 モリ君が槍を構えて中へと入っていく。俺達がその後を続く。


 役所のガラスや扉は全て破壊されており、床には血の跡がついているが、死体は何もない。


「人の痕跡がいた形跡がここまでないなんて」

「生体反応がないのは装甲車でのサーチで調べて分かっていたけど、ここまで何もないとは」


 最悪、白骨死体が転がっているくらいは覚悟していたのだが、本当に何もない。

 拍子抜けはするが、気を抜かずに警戒しながら進んでいく。


 階段を上がって三階部分にひと際豪華な扉があるのを発見した。

 取っ手の部分は破壊されていたので室内に中に踏み込む。


 血の跡や弾痕が残る凄惨な現場を想定していたが、床に書類が散乱しているくらいで全く荒れた様子はない。

 机と椅子、棚といった家具があるくらいで、ほとんど何も置かれていない。


 机の上には未完了の書類が山積みになっているが、相変わらず字が読めないので意味がない。


「これじゃない。何か日誌みたいなものはないか……」

「ラビさん、これを見てください」


 モリ君が床に散らばった書類の中から一枚の書類を拾い上げた。

 書かれている文字は意味不明だが、そこには数枚の写真が張り付けられている。


「そうか1943年ならもうカメラはあるか」


 それは何かの報告書のようだった。

 砂漠の真ん中に突如として現れた駆逐艦、そして町に助けを求めてきた水夫達。

 役所におしかけてくる水夫達、町で暴れる水夫達、町のホテルを勝手に占拠し始める水夫達。


「ダメだこいつら。完全に侵略者になってる」

「この人達も極限状態で何がなんだかわからなかったのでしょうね。ただそれよりもこの二枚目を見てください」

 

 俺は二枚目の書類を見て固まった。


「なんだよこれ」


 その書類に貼り付けられていた写真は、水夫達が空中に浮かぶ巨大な口のようなものに追い回されている写真だった。


「これって俺達が見た怪物そのものですよ」


 文字は読めないが、似ているアルファベットに置き換えて無理矢理読むことは出来る。


「NIGHT……夜、MOUTH……口、CRACK……ひび。つまり、夜になると異次元から大きな口が出る? もしかして、ここでこの巨大な口のモンスターが棲息している4つ目の異世界がここで衝突してないか?」


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