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Chapter 6 「フィラデルフィア計画」

「ラビさん、二階の部屋は比較的状態が良かったので、そこに泊めてもらおうと思います」

「ああ、分かった」


 俺はモリ君に空返事を返すと、ホテル内の調査を再開していた。

 理由はフロントカウンターで見つけた帳簿に記載された1943の数字だ。

 あれが年号を現す数字ならば、他にも似たような書類が見つかるはずだ。


「相変わらず何の字だか分からない文字で書かれた古新聞。発行日は1943年10月31日。何かの雑誌、こちらも1943年10月刊行。ロビーにかけられたカレンダーは曜日の付け方が地球とは違う方式だけど、こちらも1943年10月で止まっている」


 古新聞の文字がせめて英語ならば、受験英語知識でも内容を読み解くことが出来るかもしれないが、アルファベットに似ているというだけで、形が似ている別の文字に置き換えても全く不明の単語の並びになってしまう。

 

 ラヴィさん、ラヴィさん、この文字が読めるなら内容を教えてください。

 俺は脳内で魔女(ラヴィ)に呼びかけてみる。

《読めません》


 答えはすぐに返ってきた。ダメなものはダメらしい。

 

「分かるのは写真と広告の絵くらいだけどこれだと意味が分からんな」


 その時、何気なく広告に書かれた地図が目に入った。

 アメリカの地図は曖昧なのであまり自身はない。

 記憶を辿ってこの町にあたる場所を思い起こしていく。


「アメリカ東海岸かな? これがニューヨークだとすると、もう少し南のワシントンDCに寄った方。ペンシルバニア州……フィラデルフィアあたりか?」


 何かが引っかかる。

 フィラデルフィア。1943。何かで見た組み合わせなのだが、思い出せない。


「何を見てるんですか?」

「うわっ、脅かすなよ」


 いつの間にかモリ君がすぐ近くまで来ていた。


「これって新聞ですか? 結構古そうですね」

「日付を信じるなら1943年発行かな」

「もう100年近いじゃないですか。その割には変色もしてないし綺麗ですよね」

「えっ?」


 モリ君に言われて改めて新聞、雑誌、カレンダーを見る。

 確かに100年近い年月が経過している割に意外と綺麗だ。

 これだと放置されてせいぜい3年から5年……。


「そうか、この世界は地球の現代じゃないんだから1943年から何年という計算自体が間違いなのか」

「でも、妙に具体的な例が来ましたね。今までの町は具体的にどこから来ているのか不明だったのに」

「まあ使われている文字が全然違うからやっぱり異世界なんだろうけど」

「あんまり深入りすると泥沼ですよ。どうせ明日にはこの町を通り過ぎるんだし」

「それは分かっている」


   ◆ ◆ ◆


 寝室は一人一部屋だった。

 ただし、エリちゃんとドロシーは同部屋で眠るということだった。


「それじゃあおやすみ。また明日朝に」

「おやすみなさい」

「おやすみー」


 三人がそれぞれの部屋に入っていたのを確認して、俺は部屋の扉を閉じる。


 ついに誰にも邪魔されない一人だけの時間がやってきた。


 こういう機会がなければとても恥ずかしくて出来ないことをやってしまいたい。

 召喚されてからずっとやりたかったものの、今まで機会がなく欲求だけが溜まっていた。


 ただ、これをやっていることは絶対に他人には知られてはいけない。

 やっているところを人に見られたら流石に恥ずかしくて死んでしまうし、今まで積み上げてきた俺の信用も崩壊する。


「防音はそれなり。隣の部屋の音が聞こえることはなし! 窓の外に誰かいるということもなし!」


 ついに、ついにアレを試せるのだ……

 あまりの緊張に激しく心臓が鼓動し始めるのを感じる。落ち着くために唾を飲み込む。


「ではやるぞ。本当にやるぞ!」


 まずは手を前に伸ばして一言。


「ステータスオープン!」


 何も起こらない。

 まあ、これは分かっていたので特に問題はない。


「アイテムウインドウ! アイテムボックス! アイテムクリエイション! アイテムショップ! アイテム合成! アイテム強化! この際なんでもいいからウインドウオープン!」


 何も起こらない。


「セーブ画面出ろ! ロード画面! 検索! ヘルプ! 昔のofficeに付いてきたウザイルカ! メニュー画面! あとは何だ? 魔力探知! アイテムサーチ! デバッグウインドウ! チートコード入力画面!」


 思いつく限りを一通り試してみたが、やはり何も表示されることはなかった。


 これで心の奥底に溜まっていたモヤモヤは消えた。


 基本的に何も出ないことは分かっている。

 ただ、何も試していないので、もしかしたらという気持ちだけはあった。


「ああ、あと一個だけあったか……限界突破! 上限解放! 才能開花! 聖杯転臨!」


 俺達はおそらくソシャゲのキャラがモデルになっている。

 ならば、様々なゲームに実装されている、レベルMAX状態のキャラのレベル上限値を上げるシステムもランクアップと同じように実装されていてもおかしくはないはずだ。


 そう思い、右手をかざすしながら色々と声に出すが、何も起こらない。


「ダメか。伊原さんのようにランクアップを繰り返せということか」


 実に無駄な時間を使った。


 明日も朝は早い。さっさと寝てしまう。


「あっ、そういえば、こんなのもあったな。限界超越」


 そう言葉を発した瞬間に、脳内に二つの映像が流れ込んできた。


 環状列石の祭壇の中に立つ白いドレスを着た少女、その後ろに舞い踊る無数の鳥と虹色の球体。

 死に装束のような純白の着物、日の丸の付いた鉢巻きを巻いて刀を構えた金髪の侍少女。


 映像はそこで止まった。


 身体をまさぐってみるが、特に何が変化したということはない。

 まるで、限界超越を実行しようとしたが、何かのアイテムなり、能力なりが足りないせいで途中でコマンドがキャンセルされたような、そんな感覚がある。


「これは実装されているのか? あるのか……限界超越……」


 おそらく白いドレスを着た少女が(ラヴィ)の進化系。

 そして、もう一つの映像は侍少女、オウカちゃんの進化系。

 相変わらず二人分が混じっているところは問題ではある。


「まあ、限界超越の条件が分からないことには何も出来ないんだけど」


 ベッドに潜り込んで布団を被る。


「ていうかもう寝よう」


   ◆ ◆ ◆


「ラビさん起きてください」


 誰かに揺さぶられるのを感じて目を覚ますとモリ君の顔が目の前にあった。


「急にどうしたんだ? 夜這い? そういうのはエリちゃんにしてあげなさい」

「冗談は良いです。早く起きてください」

「それで何があった?」


 流石に三か月も一緒に旅をしていれば、モリ君の空気の読めなさは理解しているので、これくらいのことで動じる要素はない。


「このホテルの周りを何かが取り囲んでいるみたいで」

「人?」

「違います」


 そう言われて窓の外に目をやろうとしたところ、モリ君の手が俺の目を遮った。


「見ないで。こちらはまだ相手に気付いていないと思わせておいた方が良さそうです」

「わかった」


 事態の緊急性は理解できたので、服を着て帽子を被り、箒を持って部屋を出る。

 箒廊下に出るとエリちゃんとドロシーも既に部屋から出てきていた。

 エリちゃんは既に臨戦態勢だが、ドロシーは目を擦っており、油断するとまた寝落ちしそうな状態だった。


「馬達は?」

「落ち着かないようで、ウロウロしていますが、無事です」

「興奮しないようになだめた方が良さそうだな」


 俺は階下に降りて、抱き着くようにして馬の首筋を撫でる。

 しばらく撫でていると、安心したのかようやく大人しくなってきた。


 俺が馬を落ち着けさせていると、エリちゃんがドロシーを連れて階段を降りてきて、そのまま馬車の中に運び込む。

 どうやらドロシーは睡魔に負けて寝落ちしてしまったようだ。


「それで、俺は全然見てないんだけど、どんな敵なんだ?」

「巨大な口のような敵です。窓ガラスから外を見ると、何匹かが町の上空を飛び交っているのが見えました」

「日中はそんなものを見なかったので、日が暮れると現れる敵か」

「おそらくは」


 単体ならば今の俺達ならば難なく倒せるだろう。

 だが、数が分からない以上は迂闊に手は出せない。


 どこから攻撃が来るのか、どれくらいの数がいるのかが不明だし、俺達は無事でも馬車や馬がやられてしまっては、ここで立ち往生になってしまう。


「このまま息を潜めて待つか、それとも討って出るか」

「まずは待ちましょう。相手がその気ならば、こんなホテルの窓ガラスくらい簡単に破れるはずです。なのにそうしてこないということは、こちらの存在に気付いていないということです」

「どれくらい待つ? 夜が明けるまで?」

「最悪は」


 ホテルでゆっくりするはずだったのに、とんだ災難だ。


 馬に水を飲ませたり擦ったりしながらひたすら待ち続ける。


 かなりの時間が経ち、ようやく外が白み始めた頃に、窓ガラスにたまに映り込む影は姿を消した。


「徹夜になりますが、今のうちに町を出ましょう」

「その方が良さそうだ。再襲撃とかされたらたまらん」


 かんぬきを外して扉を開ける。


 念のための鳥を召喚、一羽を使い魔として先行で外に出して周囲の様子を確認する。


「いないな。本当にどこから来てどこへ帰って行ったんだ?」

「敵がいないのなら、今のうちに馬車を出しましょう」


 モリ君が御者。俺はその隣に座り、使い魔で周囲を警戒しながら、もし敵が来た時は速やかに迎撃出来るよう待機する。


「ここからどこに抜けたらいいですか?」

「エリア51はここから北西方向。伊原さんの話だと、近くに行けば分かると」

「太陽が昇った方向があちらなので、逆方向ですね」


 モリ君の指示で馬車が軽快に走る。

 やはり敵の追撃はない。


「徹夜明けで砂漠地帯を横断しなきゃいけないとかコンディションは最悪なんだけど」

「まあ、それでも行くしかないですよね」


 馬車がアスファルトの路面を抜けて乾燥した砂の上に降りた途端にドカンという衝撃が伝わってきた。

 快適な馬車の旅もこれで終わりのようだ。

 町に入る前と同じように定期的にガタガタと振動がやってくる旅が再開した。


「でもなんだったんですか、この町と怪物は?」

「分からない。でも、町自体は無人みたいだったしすぐに対処する必要はないかな。後で伊原さんに報告だけしておこう」


 町からしばらく走ると、前方に何か大きな鉄の塊があることに気付いた。何もない砂漠の真ん中にドカンと巨大なものが置いてあるので良く目立つ。


「なんだあれ?」

「船が横倒しになっているみたいですが」


 それも変な話だ。


 ミード湖の湖畔ならば、単に流されたというだけの話で済むのだが、これほど離れた場所に船はどうやって運ばれてきたのだろう。


「何か敵がいるかもしれないので、十分距離を取って、迂回していこう」

「了解」


 馬車の方向を反らして、船から離れるように移動する。


 船を横切る位置まで近づいて、その船が何かが理解できた。


「なんですかこれ、軍艦みたいですけど?」

「なんでこんなところに?」


 横倒しになっているのは、この時代にそぐわない鋼鉄製の船だった。

 甲板に取りつけられている砲門や艦橋の形状から、漁船などではなく、戦闘用の船舶だということはわかる。


 サイズからして駆逐艦だろうか?

 ミリタリーにはそれほど詳しくないが、レーダーやアンテナなどが小さく、相当古い型なのは分かる。

 おそらくあの町と同じく1943年の船ではないだろうか?


 町と一緒に船も転移してきたが、海のない場所だったので、そのまま座礁……いや座礁ではないか、転倒したのか。


 駆逐艦が転移?


 ここで違和感を覚えた。

 やはりこういう話をどこかで聞いたことがある。


 フィラデルフィア、1943、駆逐艦が転移……。


「フィラデルフィア計画」


 パズルのようにバラバラだったピースがようやく綺麗にハマった。


「なんですかそれ」

「都市伝説だよ。戦時中にアメリカ軍が駆逐艦に対して何かの実験を行ったら、失敗して船自体が転移したという話」


 最初の都市伝説は、フィラデルフィアに停泊中のエルドリッジという駆逐艦が別のドッグに瞬間移動したという話だった。

 そこから尾ひれがつき、駆逐艦に乗っていた船員が船に取り込まれただの、異世界転移しただの、船員だけが消失しただのどんどん話はエスカレートしていった。


 そして最終的に小説化、映画化された時の展開は、ネバダ州の砂漠に駆逐艦が投げ出されるというものだった。


 もちろん地球ではそんな事件は発生しておらず、都市伝説の域を出ていない。


 だが、地球と似たような別の異世界でフィラデルフィア計画が行われて、その計画の失敗により、船が……町が別の異世界、もしくは過去に飛ばされるという事態が発生したら?


 実際、このネバダ州の砂漠に駆逐艦が投げ出されている光景を見ると、完全に無関係とは言い切れない。


 そもそも今から行こうとしているエリア51自体が都市伝説の産物のようなものだ。


「もしかして、あちこちで起こっている町が転移してくる事件ってこれが関係しているんじゃないか? 運営がどこまで関係しているのかは分からないけど」

「あの町に現れていた謎の怪物もそれ絡みで?」

「分からない。ただ、その内容次第では、エリア51の件を片付けた後に、またここに戻ってきて何かやらないといけないかもしれない」


 ただ、今のところ無人の町で起こっている何かでしかないので優先順位はかなり低い。

 それに、俺達三人+ドロシーだけでは、攻略は難しいかもしれない。


 そう考えているうちに、馬車は進み、廃墟の町と駆逐艦の姿は地平線の彼方へと消えていった。


「今はまずエリア51の攻略に専念しよう」 


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