Chapter 5 「廃都マインガル」
「じゃあ、レルム君とタルタロスさんの世話は頼むぞ」
「分かった。こっちはなんとかしておく」
エリア51へは俺、モリ君、エリちゃん、そして暴走する可能性が高いドロシーの四人で向かうことになった。
重体のレルム君、タルタロスさん、カーターはこの町で留守番だ。
「もしかしたらハセベさん達が追い付いてくるかもしれないから、その時は町で待っているように連絡を頼む」
「それはいいが、実質三人だけで大丈夫か?」
「まあ、それは何とかするしかないだろう」
可能ならば、サンディエゴに向かってきているであろうハセベさん達が追い付いてから一緒に殴り込みと行きたかったが、到着の目度などが分からないのだから、四人で行くしかない。
移動距離は約300km。馬車で一日60km走るとなると片道5日の計算だ。
今まで水はドロシーのスキルで出し放題だったが、それが怪しい今となっては適当に補給が必要になる。
「まっすぐエリア51まで行きたいところだが、中継地点としてラスベガスに寄ろうと思う」
「ラスベガスってあのカジノがある?」
「そのラスベガス……まあ、この世界にカジノはないとは思うけど、ミード湖という巨大な湖があるんだ。場所も中間地点だし、そこで水を補給してから向かうことにする」
ミード湖のほとりにネイティブアメリカンの集落はあるが、巨大カジノがないことは伊原さんにも確認済だ。
「砂漠の真ん中を突っ切るのは流石に大変なので、ここからコロラド川沿いに北上。ミード湖を回り込んでラスベガスに入る。ここからはひたすらモハーベ砂漠を突っ切る過酷な旅になる」
「モハーベ砂漠ってそんなに大変なところなんですか?」
「世界一過酷な環境と言われているデスバレーがあるのはここ。真っ当な人間なら近寄ろうとも思わらないだろうな」
「なんでそんなところに……」
「そんな誰も人がいないようなところだから、都市伝説が生まれたんだと思う。こんなところにわざわざ基地を作ったのは、何かあるに違いない。やはりUFOかって」
UFO関連の都市伝説があるおかげかエリア51は古今東西の創作物でやたら登場回数が多い。
宇宙人から回収した兵器が置かれていたり、やはり宇宙人の実験をしていたり、貞子の誕生場所だったり、時間超人の製造器が有ったり、被検体Eだったり……。
そして、今回は異世界で運営のおもちゃである。米国空軍に謝れと言いたい。
「じゃあちょっと行ってくる。なるべく早く帰るようにするから」
◆ ◆ ◆
サンディエゴから東に移動。
コロラド川の支流を見つけてからは、後は川にそってひたすら北上である。
アメリカに来てからはずっと砂漠のイメージが強かったが、コロラド川の沿岸は気候も安定しており、木や植物も生えているので平和そのものである。
初日は約80km進んだところでキャンプとなった。
川があるおかげで、綺麗な水も使い放題なのはありがたい。
馬車を引いている二頭の馬、赤城と榛名も乾燥した飼葉ではなく、新鮮な草を食べ放題で喜んでいるようだ。
出来れば全裸になって川に飛び込みたいところだが、流石にモリ君がいるので自重して、着替えの洗濯のみにする。
いくら親しい仲間とは言え、異性に素肌を見せるのは教育上よろしくない。ゾーニングは大切だ。
なんといってもモリ君はセクハラ魔人なだけに、見られると恥ずかしいのもある。
……うん、ダメだな。完全に思考が乙女に寄ってるぞ。
そんなモリ君は、すぐ横で槍を持って川に向かって突く作業を繰り返していた。
何か獲ろうとしているのだろうか?
「川に何かいる?」
「魚がいるみたいなんですけど、うまく取れないですね」
目を凝らすと、確かに高速で動きまわる影が見える。
「まあ、そんなにうまくはいかないよな。それよりも動きの遅い蟹を狙った方がうまく行くんじゃないかな?」
「蟹がいるんですか?」
「日本だとこんな感じの川で水草の陰になっている場所で大きめの石を動かしたり、水草をガサガサとすると、飛び出してくる時がある。本当は仕掛けを仕込んでおくのが良いんだろうけど」
「試してみます」
モリ君は俺の言った通りに槍で水草をかき回す作業を始める。
だが、さすがにそんな簡単に出てくることはない。
「二人とも川で何を遊んでるの?」
「夕食の調達」
エリちゃんがドロシーと一緒に川の方へ歩いてきた。
今は暴走の兆候もなく以前と同じに見える。
「魚とか蟹とか獲れそうなんだけど、なかなかうまくいかなくて」
「そういう時は追い込みの方が良いんじゃない?」
エリちゃんはそう言うとブーツを脱いで素足で川に飛び込むと、上流の方でバチャバチャと音を立てて水草を蹴り始めると、川の縁から何やら黒い影が複数飛び出してきた。
「そっちに行ったよ」
「よし、捕まえた!」
モリ君が槍を水面に突き入れて持ち上げると、拳ほどの大きさの蟹が突き刺されていた。
見た感じはモクズガニの仲間に見える。
「ほらドロシー、蟹だぞ」
モリ君が槍を突き刺したままの蟹を見せると、気に入らなかったのか、エリちゃんの後ろに隠れてしまった。
「ラビさん、この蟹って食べられると思います?」
「身は少なそうだけど、スープにしたら蟹ミソから出汁が出て美味いと思う。出来れば味噌で炊き込みたいけど、それはないから何か別の味付けで」
「身が少ないってことは数を獲らないとダメじゃないかな?」
「なら、全員分獲りましょう」
それから一時間ほどかけて、蟹3匹、謎の川魚4匹を獲ることが出来た。
川魚は形からしてブルーギルの仲間だろうか? 捌いてみると強烈な泥臭さが漂ってきたので、皮と身は捨てて水で徹底的に洗って香草漬けにしたら何とか臭いは消えた。
蟹は蟹ミソをメインで食べるので、真っ二つにした後に鍋にドボン。
チリバウダーを入れて鍋で炊くと、良い匂いが漂ってきた。
予想通り、蟹はやはり身がほとんどないが、蟹ミソから良い出汁が出るので結果としては当たりだ。
臭いを消した魚も、蟹のスープを吸って良い感じになっている。
蟹の身が少ない分は、こちらがカバーしてくれた。
「保存食ばっかりだと飽きるからな。たまにはこういう違うものを食べないと」
「サンディエゴ……ウィンキーで結局何も食べられませんでしたからね」
「早く今回の件を片付けて、ゆっくり休みを取ろう」
やはり味気ない保存食と違い、普通の料理は良い。蟹食った最初の友達だ。
こういうキャンプ飯も機会があれば食べていきたいものだ。ああキャンプ飯。
◆ ◆ ◆
それから二日。
ミード湖に到着した。遠目に見えるのがラスベガスの町か?
「……巨大なカジノはないって話だったけど、どう見てもあれカジノなんだけど」
「カジノですね」
「カジノじゃないかな?」
遮蔽物のない砂漠の真ん中にあるためか、かなりの距離があるというのに町の全貌がはっきりと分かる。
いくつもの高層ビルが立ち並び、それぞれの建物には何やら看板のようなものが付いている。
今はまだ明るいため分かりにくいが、それらの看板は夜になるとネオンサインが輝くのだろうか?
「今までのパターンだと、地図にない場所に町がある場合はどこからか転移してきた町で、だいたい地獄シリーズでろくなことはないんだけど」
「そうは言っても、他に補給地点はないですからね」
モリ君の言う通り、ここからエリア51に向かうためには、ここに立ち寄るしかない。
俺達は町へを馬車を進めたが、町へ近づくにつれ、違和感が強まってきた。
人の気配をまるで感じないのだ。
町から聞こえてくるのは吹き抜ける音のみで、人の声が一切聴こえてこない。
「どうしよう、このまま通り抜けるか?」
「前の人食い家みたいなものがなければ、建物だけでも借りられないですかね」
「まあ、砂漠でキャンプするよりはマシだろうけど」
町の入り口にはアルファベットに似ているようで違う、何かの文字が記された看板が飾られていた。
「なんでしょうね、この文字は?」
「分からない。アルファベットに似てるけど微妙に違うし、似ている文字を無理に拾うとムニグルとかマインガーとかそんな感じになると思う」
間違いなのは、この町はラスベガスではない。
ただ同じ場所に立っているだけの別の町だ。
やはり別の場所から転移で飛んできたのだろうか?
違和感といえばもう一つ大きなものがあった。
「これ、道路が舗装されているな。しかもアスファルトで、ちゃんと車が対向して走れるようにセンターラインまで入ってる」
「中世ってアスファルト舗装ってあるんですか?」
「あるわけないだろう。日本でも全国の道がアスファルト舗装されたのは戦後に田中角栄が出て来て日本列島改造計画を出した後だぞ」
よく見ると、道の脇には交通標識らしきものまである。
絵柄や文字などは意味不明だが、数字だけはアラビア数字なので意味が分かる。
「30」は時速30km制限の意味か? いや、マイルなのかもしれないが。
「今までの町は、中世とか古い時代の町ばかりだったけど、この町は明らかに近代の町がやってきている」
「でも、やっぱり人はいないんですね」
「逃げ出した……とも考えられるけど、この規模の町から人が逃げ出していたら周辺の町や村はもっとパニックになっていると思う」
馬車を町の中心部へと進めてみるが、やはりどの建物も無人なことに変わりはない。
窓ガラスが割れたり、ドアが破損していたりと町が放棄されて相当な年代が経っているようだ。
中には何があったのかは不明だが、壁が半ば崩れ落ちて骨組みが露出している建物もある。
たまに道の脇に焚き火台のようなものを組んで、何かを燃やした形跡が残っているのは、近くに住んでいるネイティブアメリカン達が探索に来たのだろうか?
「怪しさしかないけど、ここで宿泊をするか。そこの野営の跡地でキャンプしても良いけど。そこなら確実に安全が保障されているわけだし」
「でも、せっかく屋根がある建物があるのに野営ってのも……」
「それはある」
とはいえ、崩れている建物があるのは気になる。
比較的状態が良くて、それでいて例の人食い家のように新しすぎない建物を探してみると、四階建てコンクリ造りの頑丈そうな建物が見つかった。
「ここが一番マシかな? あまり中も荒らされていなさそうだし」
窓ガラスも割れていない。壁面にヒビも入っていない。扉はしっかりと閉じている。
宿にするには割と理想的だ。
「誰かいますか?」
念のために声を掛けながら重い扉を押し開けた。
扉は油切れなのか、ギギーと重い音を立てて開いた。
その先にはロビーが広がっていた。
大理石の床にはひびが入り、ロビーの真ん中には天井から落下したであろう、かつてシャンデリアだった残骸が転がっていた。
凝った内装からして、ここもそれなりの高級なホテルだったのだろう。
「どうせ廃墟みたいだし、用心のために馬車も建物の中に入れておくか」
「でもどうやって?」
「ダイナミック入店で」
入り口の扉を全開にすると、なんとか馬車をロビー内に収めることが出来た。
馬が怪我しないように、壊れたシャンデリアは後で掃除しておこう。
「こっちにエレベーターがありますけど?」
「ボタンを押してみて。多分何の反応もないと思うけど。もしエレベーターが動くようなら、むしろ罠の可能性が高いから出よう」
モリ君が何回かエレベーターのボタンをプッシュするが、何の反応もなかった。
「部屋はどうします?」
「適当に見繕ってきて。俺はここで掃除と食事の準備をするよ」
モリ君は一人で、エリちゃんはドロシーを連れて階段を登って行った。
俺は箒を使ってシャンデリアの残骸を端の方へ移動させておく。
ついでに扉を完全に締め切って、扉にかんぬきを掛ける。
これで不審者が建物内に入ってくることはないだろう。
「それにしてもこの町は何なんだろう。年代からして、20世紀だと思うんだけど、いくらなんでも人の痕跡がなさすぎる」
かつてロビーのフロントカウンターとして使われていたであろう机を漁ってみると、一冊の帳簿が見つかった。
紙はボロボロになっていたが、なんとかページをめくることは出来た。
「これは宿泊者帳簿か?」
破れないようにページを確認するが、やはりアルファベットに似ているようで違う文字が記されているのみだった。
唯一ヒントになりそうなのは、宿泊日であろう年号だけ。
「1943? これは年号なのか?」
年代は約80年前。
この時代に何があったというのか?
まあ、どうせ明日にはこの町を出て行ってエリア51を目指すのだから、これ以上謎を追及することはないだろう。
「さすがにもう何も起きないとは思うが」