Chapter 8 「泉の広場」
「これが侍ちゃんが倒したワイバーンから出てきた銅メダル」
俺は三枚のメダルを取り出す。
「そして俺達がワイバーンを倒して手に入れた一枚」
これで四枚目
問題はこれからだ
「侍ちゃんが亡くなった場所にあった銅メダルが一枚」
他のモンスターが倒されて出たメダルがたまたまそこにあった
もしくは侍少女が別のモンスターを倒して手に入れたメダルがそこに落ちていた可能性はなくもないが、状況から考えると侍少女が倒されてメダルが出てきた可能性が高いだろう。
「このメダルはモンスターだけではなく俺達のようなガチャ人間を倒しても出てくると考えられる。この場合の倒すとは相手を殺害するという意味だ」
殺害という言葉を聞いた二人がビクンと震える。
「メダルの用途は分かっていないが、例えばこのメダルを一定数集めたら元の世界に戻る機能があると分かれば、他人を殺してでもメダルを集めようとする連中は確実に現れるはず。そうなればメダルをかけたデスゲームの開幕だ」
「でも人間同士で争う意味なんて……」
「もちろん、人間同士で戦い合うなんてやりたくいないが、最悪だけは想定して覚悟だけは決めておいた方がいい」
こうは言っているものの、人間同士で殺し合いなんて決してやりたくはない。
忌避感があるので精神的に相当辛いだろうし、相手がスキルをフル活用して反撃してくるとなると、戦闘力もワイバーンの比ではないだろう。
もし敵対することがあっても口八丁手八丁でどうにかならないものか。俺は口が回るタイプではないのだが、それでもなんとかやってみるしかない。
頭の中で問答を少し想定してみるが、無理そうだ。何をどうしても逆に拗れるとしか思えない。可能な限り戦いは避けたい。
「あと侍ちゃんが持っていた短刀。これは遺品として有効活用させてもらおうと思う。今は武器がないモリ君が持つということで良いかな?」
侍少女は懐に短刀を持っていた。メイン武器として使っていたであろう日本刀はワイバーンに刺さって折れていたので再利用不可だったが、こちらの短刀は傷一つ入っていなかった。
「追い剥ぎみたいでなんかスッキリしないんですけど」
「ヒールと埋葬のお礼で遺品分けで貰ったと思おう。侍ちゃんと同じチームの仲間が他に生きていたら形見として渡しても良いし」
モリ君は納得していないようだったが、無理矢理持たせる。
「そろそろ行こう。段々日も暮れてきた。夜になったら暗くて動けなくなりそうだし、それまでに安全に休める場所を探したい」
今は何時なのかは分からないが、段々と薄暗くなってきた。
明るいうちに「ゴール」にたどり着くのは無理だろう。どこか安全地帯を確保して夜を明かし、明日明るいうちにゴールを目指したい。
少なくともワイバーンが現れた実績があるここに居続けるのは危険すぎる。
「ラビさんは魔法で灯りとか出せないんですか?」
「ちょっとやってみるか。ライト! 光れ! 輝け! 灯!」
適当な単語を叫んでみるが何も起こらない。
「ダメでした。俺に出せるのはクッキーだけです」
箒は奇跡のようなものだ。俺は強制的に魔女にされただけで、別に魔法を学んだ魔法使いではないので、魔法の原理だとか使い方だとかそういうことは一切分からない。
「ラビさんはあちこち旅行してたって言ってましたけど、こんな感じで暗くなったらどうしてました?」
「あちこち旅をしていたと言っても現代日本だからな。コンビニに駆け込んで電池を買ってきて懐中電灯を点けたよ」
高校三年の時に就職するから免許が必要だと嘘をついて在学中に車の免許を取りに行ったのがきっかけで、友人とあちこち車で貧乏旅するのが趣味になっていた。
その時に、なるべく金を使わなくて済むようにサバイバルに近い知識と経験は身についたと自負はしていたのだが、現状はこれである。
現代日本なら手持ちの文明の利器さえあれば割とどうとでもなったのだが、今のようなよく分からない環境に手ぶらに近い状態で投げ込まれて、さあサバイバルだと突然要求されても、出来ることなど何もない。
「火の起こし方とか調べておけば良かったな。いざこんな道具もない状況で出来るかどうか知らないけど」
「他のチームの人達はどうしてるんでしょうね」
それもそうだ。
たまたま俺は無限にクッキーを出せるので食事の心配はないが、他のチームは食料と水の調達も困難な状況でここに投げ出されているのだ。
たまたま仲間がサバイバルに向いているスキルがあれば生き延びられるだろうが、戦闘用のスキルばかりだったりすると、二日目、三日目となるとどんどん生存確率は落ちていく。
「他のチームと敵対するようになった時はクッキーが交渉材料になるかな?」
小一時間ほど進むと広場に出た。
ここはあくまで昔の住居らしい遺跡なので迷路になっておらず基本的に一本道なのは助かる。
広場の中心には人工の泉が設置されている。
ダンジョンを歩いていたら急に人工の泉が出るってここは大阪梅田の泉の広場かよ。
いや梅田の泉の広場はホワイティ梅田が出来た時に泉はなくなってただのイベントスペースになった上に行きたくもないのに、ついうっかり迷い込むことが少なくなったので、この喩えはおかしいか。
泉にはどういう原理なのか、水が絶え間なく懇々と湧き出して溢れている。
流石に泉には水垢などが沸いているが、流水なので腐っているということはなさそうだ。
念のために煮沸したいが、そのための道具はないのでそのまま飲むしかないだろう。
泉の中心には女神像が安置されいた。
基部にはデッサンのおかしな牛と山羊と何かの穀物の彫刻が彫られている。
美術や考古学にそれほど詳しいわけではないが、牛、山羊、穀物と言えば全て食べ物に関連するもので統一されているので地母神だの豊穣の神だの、そういう類いのものだろう。
「いや、よく見たら牛じゃないぞ」
角が二本生えている動物なので見間違えたが牛ではない。どちらかと言えば恐竜のトリケラトプスに似ている。
女神像の方も何かがおかしい。トーガのような服の先から出たつま先には蹄が付いており、台座だけではなく女神の方も山羊が混じっているように見える。
頭には冠のような装飾品を付けているように見えたが、よく見ると山羊の角が生えている。
黒山羊といえばどちらかといえば悪魔寄りだし、ギリシャ神話のサティロスにしても、その像を女神像としてわざわざ飾るのは何かちょっとおかしい。
「どういう文化なんだこれ?」
空を見上げる、
屋根はない屋外ではあるが、近くに建物が多く建っているおかげで、ワイバーンの巨体だと入ってくることは出来ないし、無理矢理入ってきたところでほとんど身動きは取れないだろう。
ここは安全地帯として利用できそうだ。
山をかなり降りてきたおかげか、建物で冷たい風が遮断されているからか、この場所はそこまで温度は低くないようで寒くない。
近くには比較的状態が良い廃屋が残っている。
巨大蜘蛛のような虫がいないことさえ確認できれば、休憩場所として利用するには理想的ではないだろうか。
「……誰かいるのか?」
低い男の声が響き渡った。
声の主を探すと、泉の近くにある石を削って作られた円柱にもたれかかるように一人の男が膝を立てて座っていた。
オウカちゃんと同じような着物姿。
髪は長い髪をオールバックにして余った部分を後ろでポニーテール、いやちょんまげのようにくくっていた。体格はかなり良い。
全身には切り傷があり、着物の袖などは破れてボロボロになっていた。
外見から、織田信長だのヒップホップのロック歌手だのそんな単語が浮かんでくる。
「あんた一人か?」
男に声をかける。
「一人はムカデにやられた。もう一人は薬を探しに行くと飛び出したまま丸一日戻ってこない」
「それは金髪の着物を着た少女で間違いないか?オウカとかいう名前の?」
「知っているのか?」
「遺品なら回収している」
オウカの遺体から回収したカードを見せると男は全てを察したようだった。
「……なんで私は全力で止めなかったんだ」
男は右手で目頭を押さえたまま動かなくなった。
「ヒールをかけます。良いですよね」
モリ君が男に駆け寄っていった。止める理由はない。
男はハセベと名乗った。
日本名だったので本名かと思ったが、ハセベさんが見せたカードには[ハセベ SR]と記載されていた。
外見のイメージから推測するに、信長が持っていた刀の『圧し切り長谷部』あたりが名前の元ネタなのだろうか。
オウカちゃんといい、侍タイプのキャラクターは日本人っぽい名が付いているのだろうか。
お互いに自己紹介とこれまでの経緯を簡単に説明して情報交換を行った。
ハセベさん達三人は扉を抜けた直後にムカデの巣に投げ出されたらしい。
侍三人で結成されたハセベさんチームは全員が戦闘能力に長けていたのでムカデを切って切って切りまくって脱出には成功した。
ただ、無傷というわけにはいかず、一人は途中で亡くなり、ハセベさんもこの泉がある休憩場所で戦闘で受けた傷が悪化して動けなくなった。
唯一動くことが出来た侍少女のオウカは、昨日の昼頃に傷を治すための薬草を探しに行く、すぐに戻ると告げて一人で遺跡の奥へと走って行き――戻ることはなかった。
オウカがその後どうなったかは俺達も知るところだ。
「彼女の遺品は君達が持っていてくれ。私には持つ資格はない」
どうやらオウカちゃんが亡くなった責任を感じているらしい。
ハセベさんも負傷で動けなかったということなので、故意に見捨てたわけではなく、仕方なかった部分もあるのだろうが、それでも自分が許せないのだろう。
「いくつか確認したいのですが、他のチームの方の所在をご存じないですか?」
「私は見ていない。この遺跡は確かに広いが、五十人が歩き回っているのならば直接会えなくても痕跡くらいは見つけてもおかしくはないのだが」
確かにそこは不自然すぎる。
俺達が歩いてきた遺跡の通路もあちこちに蜘蛛の巣が張られていたことから、山の頂上から先程の広場までは誰も通っていなかったと考えられる。
ならば他のチームはどこに飛ばされたのか?
いくら遺跡はかなり大きく広いとはいえ、ここまで人に会わないというのは流石におかしいのではないだろうか。
「この泉を中心に道は四つに分かれている。一つは私達が通ったムカデの巣に通じる道、一つはオウカが走って行って……君達が現れた道。残る二つの道を進めば他のチームに合流出来る可能性はある」
薄暗くてわからなかったが、確かに泉を中心に道は四つに分かれていた。
ムカデの巣の方はハズレとして、それでもまだ選択肢は二つ。
「あと水や食料はどのように調達されていましたか?」
「ムカデの巣を抜けてすぐの場所に、ここと同じような水が湧いている泉があったので喉はそこで潤した。食料は子犬くらいの大きさのトカゲがウロウロしているのを見つけたので捕まえて食べた。一部は干し肉にしてまだ持っている」
ムカデといい俺達が遭遇した蜘蛛といい、どちらも肉食の動物である。ということは餌になる生き物は何処かにいるはずだとは考えていたが、ここは、そんな大きなトカゲがそれなりの頻度でいる場所なのか。
目をこらすと壁の角に掌に乗るくらいの小さいトカゲが歩いているのが見えた。
あれくらいの小さいトカゲはどうしようもないが、それなりに大きなトカゲなら食用になるだろう。
「俺達はゴールを目指していますが、頼れる仲間は一人でも欲しいです。一緒に行ってもらえますか?」
「誘いは嬉しいが、私は仲間を助けられなかった男だぞ。それでも良いのか? それに若者ばかりの君達に私のような中年が混じっても困るだろう」
「大丈夫です。ラビちゃんも見た目は可愛い女の子ですけど中身はオッサンなんで」
エリちゃんの言葉にハセベさんが目を丸くする。
「二十三歳なんですけど」
「オッサンです」
エリちゃんは親しくなってくれたのは良いんだけど、さすがに親しき仲にも礼儀ありという言葉もあるので、そこはなんとかお願いします。
高校生からすれば年長者は全部オッサンなのかもしれないけど、俺としてはまだまだ若造なので、オッサン連呼されるのは辛い。
「スタート地点で何人かに話をしたが、性別が変わったというのは初めて聞いたな」
え、そうなのか?
あからさまなエリちゃんの大嘘はともかくとして、五十人もいれば性別を変えられた俺の同士が何人かいてもおかしくはないと思うが。
ハセベさんは顎に手を当ててハロウィンがどうのと呟きながら、何やら思案している様子だった。
「念のため確認したいのだが、ここに喚ばれる前に魔方陣の中から今の姿のキャラクターが現れたんだね」
それは間違いない。モリ君もエリちゃんもそう言っていた。
俺も夢?の中でその演出はハッキリと見ている。
「その直前の話についても確認したい。魔方陣からキャラクターが出る前に宝石のようなものが割れるような映像が流れたと思うのだが」
「そうですね。虹色の宝石のようなものがガシャーンと割れてましたね」
えっ?いやモリ君何言ってんの?
いきなり楔に火が付いてくるくる回転ですよね。
「神殿みたいなところに呼び出されましたよね。あれってどこだったんだろう」
エリちゃんまで何を言ってるんだ?
ガチャの演出中はずっと真っ暗闇で神殿などなかっただろう。
理解が追いつかない。俺は神殿も虹色の宝石も見ていないぞ。
いや虹色の何かは見たのか。はるか遠くにある虹色の謎の球体。
「ラヴィ君はどうだった?」
「何もない暗闇に虹色に光る球体が浮かんでいたと思ったら、急に魔方陣の周りにある楔に火が付いて、それがグルグルと回転しながら虹色の光を発して――」
「ラビさん、それはおかしいですよ。魔方陣は光ったりしませんし、虹色の球体も出ません。宝石が割れたらそれが光を出しながら散らばって収まったらキャラが登場でしょ」
やはりおかしい。
ソシャゲのガチャ風演出という点は共通しているのに俺とモリ君達とで何一つ話がかみ合わない。
「やはりそういうことか。ラヴィ君。あなたは私たちとは違う『何か』に別の手段で喚ばれている」