Episode 4 Period
俺達は祝勝会も兼ねて、開いていたレストランに集まっていた。
俺達七人とフォルテ達四人、合計11名での簡単なパーティーだ。
「トカゲの討伐成功に乾杯!」
「かんぱーい!」
フォルテ達とカーター、タルタロスさんは赤ワイン。
俺達は果実の汁が混じった水で乾杯だ。
「ところで、この町の商会主を叩きのめしたのってもしかして君達かい?」
フォルテにそう尋ねられた。
商会の主というのは、あの屋敷にいた老人のことだろうか?
何らかの権力者ということは分かっていたが、政治家ではなく商人だったのか。
「領主が暗殺されたことから、他の権力者の安否確認を行ったところ、偶然にも商会主がトカゲ人間とつるんでいた証拠が発見されたらしくて、そのまま逮捕。現在捜査と関係者への事情聴取が行われているらしい」
「何の話だか分かりませんね」
「全部空から見ていたのに?」
「屋敷の中で行われた会話の中身までは分かりませんよ」
俺達にまで火の粉が飛んできそうなので、バレバレでもここはしらばっくれることにした。
「まあいい。ともかく、それでトカゲどもの討伐報酬以外にも、商会主の逮捕に貢献したとして謝礼も出るらしい。これは僕達と君達、山分けで良いよな」
「逮捕と言っても俺達は何もしていないですよ」
「そういうことにしておこう」
これは完全にバレているようだ。
だが、フォルテ達もあえて追及はしないということのようだ。ありがたい。
「久々にまとまった額の報酬を貰えそうだし、僕達も当分は生きていけそうだよ」
「久々? そんなに依頼がなかったんですか?」
「この2年ほどモンスターがとことん出なくなっただろう。ゴブリン討伐依頼を受けてみたは良いものの、砂漠の暑さで勝手に干からびていたとかそんなのばっかり。おかげで貯金は減る一方」
「この2年か……」
タラリオンが突然メキシコの砂漠に出現したのも3年ほど前という話だった。
やはりその時期に何かがあって、このアメリカ大陸に色々な町や人が強制的に集められたのだろう。
モンスターが少ないというのは、気候変動の影響をもろに受けたからか?
「地元でモンスター狩りをしているだけだと、さすがに生活が厳しくなってきたので、それで仕事が有りそうな大都市のセレファイスに向かおうってことになったんだけど……モーリス達はどこに向かうつもりなんだ?」
「俺達は北西にあるサンディエゴという町を目指しています」
「サンディエゴ? いや、僕達は北から来たんだけど、そんな町の名前は聞いたことないな」
「もしかしたら別の名前が使われているかも。サンディエゴはあくまで地球の呼び名なので」
俺がモリ君のフォローに入ることにする。
「大陸の西にある割と大きな港町です。ご存知ないですか?」
「何か特徴みたいなのは? それだけだと絞り込みが難しい」
「魔女と呼ばれる女性が町を管理しているらしいです」
今のところ俺達が知っているサンディエゴの情報は渡会知事の昔の知り合いが住んでいるということくらいだ。
「それならば噂は聞いたことがあるよ。あれだろう、西の魔女」
「悪い西の魔女が町を支配しているって噂だろ。それなら俺も聞いたことあるぜ」
フォルテの話にマルスも乗ってきた。
悪い魔女なのはともかく、魔女が支配している町という状況としては有っている。
いや、今の「悪い西の魔女」という言い方は何かが引っかかる。
「まあ、僕も噂以上のことは知らないんだけどね。西方面は小さな集落がポツポツとあるくらいで街道も延びていないから、人の往来もないので全然情報が入ってこないし」
そうなると、ここからはまた道なき道を進む砂漠旅が再開なのか。
さらば、楽だった街道沿いの旅。
「もし良かったら一緒にセレファイスまで旅をと思ったんだけど、そんなに重要なのかい? サンディエゴへの用事ってのは?」
「まあ、こちらにも色々と有るので」
「そうか。ただ、そちらは小さい子供もいるだろう。それで長距離の旅は大変じゃないか」
「何か良い方法はないですかね」
何をどうしてもレルム君とドロシーの子供二人がネックになる。
以前のように海路があれば楽にはなるのだが。
「ちょっと値は張るけど、いっそ馬車を買ってみるというのは? 僕達は手持ちが怪しいので手は出せそうにないんだけど」
「馬車か」
このサルナスの町に来る以前はトリケラトプスが引いていたり、蒸気エンジンで勝手に走り回っていたりと変則球ばかり見ていたので考慮から抜けていたのは事実だ。
「でもお高いんでしょう?」
「うん、高い。荷物置き場兼寝床になるので欲しいとは思っているんだけど、懐具合がね」
フォルテは服のポケットを持ち上げてそう言った。
俺達も今のところは若干余裕はあるとはいえ、それほど裕福なわけではない。
それほど長く使うわけではないので、安い中古品でも有れば良いのだが。
「エリス、あの城門のところに有った馬車ってどうなったんだっけ? もしあれを捨てるのならば、俺達が貰えないかなって?」
「あれなら、私とタルタロスさんで起こして門の脇のところに寄せておいたんだけど、その後どうなったかは知らない。あっ、馬はもういなかったよ」
「いやいや、流石にもう馬車の持ち主が取りに来ているだろう。イモリ人間騒ぎも一段落したんだし」
「なら、一応見に行ってみます?」
◆ ◆ ◆
俺達が城門へ見に行くと、兵士達がハンマーやノコギリを持って、ちょうど馬車を解体しようとしていたところだった。
兵士達も城門で馬車の撤去や治療行為をしていたモリ君の顔は覚えていたようで、駆け寄ってきた。
「復旧状況を見に寄ってみたいんですけど、その馬車って壊すんですか?」
「その予定です。どうも、馬車の持ち主は馬に乗って町の外へ逃げちゃったみたいで連絡が取れないんです。なので、もう邪魔なので撤去せよと命令が出て」
撤去して解体ということは、もしかして俺達が貰っても良いのではないだろうか?
今まで乗り気ではなかったが、タダで手に入るとなると、急に気になってきた。
「その馬車を俺達が欲しいと言ったら譲っていただけたりしないでしょうか?」
「それは自分達ではなく、上に確認して欲しいです。流石に現場の人間だけでは判断できないので。それに、こんなの欲しいんですか? 壊れてますよ」
「もう馬車として使えないと?」
「馬車としてはまだまだ使えると思いますけど、これって金持ち用の馬車なんですよ。だから、装飾とか窓みたいな高い部品が壊れると、修理費用も高額になるので」
地面に貼り付くようにして馬車の下を覗き込むと、車軸や車輪などの動力系は無事に見える。
外装は兵士達が言うようにボロボロではあるが、俺達のような旅人からすれば装飾品が壊れているから何だという話だ。
「では、こちらで許可を取りに行ってきますので、解体はもう少し待っていただけませんか?」
「日没までには片付けるように言われてるので、早めに頼みますよ」
◆ ◆ ◆
結局馬車を買ってしまった。
俺達が町の防衛に助力したと認められたので、比較的簡単に申請は通った。
ただ、無料で引き渡しというのは問題があるということだったので、馬車を解体して処分したという想定で、その買い取り費用という形で金を渡すことになった。
「中古の馬車が日本円換算で5万。これまた軍用馬から引退した馬を一頭30万のところ、二頭50万に値引きして貰った。これに補修費用と馬具やら各種器具を付けて68万!」
「思い切った買い物でしたね」
「交通費って人数が増えるとバカにならないから、馬車ならずっと使える分だけ、必要経費みたいなものだよ」
値段といいサイズといい、日本で中古のワゴン車を買った感覚だ。
イモリ人間の討伐報酬でそこそこの金額を貰えたので、財布もちょっと痛いくらいで済んだ。
「いいな。他の町で買うよりも三割くらい安いなら僕達も欲しかった」
「諦めるなよ。これからドカンと稼いで買えば済む話じゃねえか」
「そうだな……そうだよな」
フォルテ達も馬車を買いたかったようだが、予算の折り合いがつかなかったようだ。
流石に俺達もポンと貸せるほど資金に余裕があるわけではないので、ここは諦めて貰うしかない。
「ラビちゃん、ドアとか壊れたままなんだけど。窓も歪んじゃってるせいで開け閉め出来ないし」
エリちゃんとドロシーの2人はボロボロの馬車に若干不満なようだ。
流石にシンデレラの馬車というわけにはいかない。
俺は魔女と言ってもただのコスプレ魔女だ。
魔法の杖をひとふりでカボチャの馬車が現れるというわけにはいかないのだ。
「この飾りも壊れてる」
「全部直すにはお金と時間がね……」
「それは分かってるんだけど、ちょっとボロくて恥ずかしいかなって」
2人から次々と要求が飛んでくる。
走る機能には影響しない部分なので別に良いだろうと判断したが、やはり修理しないといけないようだ。
「予算の関係で最低限しか直してないから、あとは暇を見て補修していこう。モリ君、DIYの経験は?」
「中学の時に授業で本棚は作ったことあるんですけど、電動ドリルなんかの工具は当然ないんですよね」
「道具は金槌、ノコギリ、釘しかないな」
授業で作ったとなると工作セットを組み上げただけの可能性が高い。
流石にそれはプラモくらいの難易度なので参考にならない。
まあ、モリ君は都会っ子なので生活の中で触れる機会も少なかったのだろう。仕方がない。
「タルタロスさんはどうですか? やっていそうな雰囲気は有りますけど」
「恥ずかしながらネジで組める通販の家具を組んだくらいしか経験がなくて」
「オレは将来、ログハウスの別荘を欲しいと思っている!」
別に聞いてもいないのカーターがドヤ顔でどうでもいい話を始めた。
将来の話など聞いていない。
現在の経験の話を聞いているのだ。
「それで、現状作ったものは?」
「昼飯を食べた後に割り箸を捨てずに取っておいてログハウスの模型を組んだ」
「うんうん、そういう工作は好きだぞ。それでDIYの経験は?」
「……やったことはない」
正直でよろしい。
「割り箸工作なら僕も夏休みの自由研究で金閣寺を作りました。そういうのも好きですか?」
「えっ、それは凄いな。そういうのは大好きだよ。是非日本に帰ったら見せて欲しい」
「僕も好きです」
レルム君が作ったという金閣寺は気になるが、やはりDIYではない。
一つ分かったのは男性陣は経験0ばかりということだけだ。
「男連中の誰かが、本棚とか犬小屋なんかを作ったことがあると思ってたんだけど、誰も経験者はいないのか」
「ラビちゃんはどうなの?」
「俺もせいぜい植木鉢を置く棚を廃材で作ったくらいなので、ないよりマシかなってくらい」
「私も犬小屋なら作ったことが有るんだけど、すぐにわんちゃんにバラバラにされたし、馬車の修理は流石に無理かな」
エリちゃんが犬小屋を作ったと言ったときは頼れると思ったが、流石にバラバラになるのは怖すぎる。
これは全員素人と考えた方が良いだろう。
「ところでそのわんちゃんってチワワか何か?」
「土佐犬」
「それ少々頑丈に作っても壊されるやつじゃ」
もしかしたらエリちゃんは意外と大工仕事が出来るのかもしれない。
「女子2人が経験者と」
「その言い方止めろ」
◆ ◆ ◆
「それではお元気で」
「モーリス達も旅の無事を祈っているよ」
フォルテ達とはここで別れることになった。
フォルテ達は予定通り、東の端にあるというセレファイスという町に向かうらしい。
セレファイスとやらがこの世界に転移してきているかどうかは、不明だが、是非存在して、彼らの行動が空振りにならないよう祈りたい。
「同じ世界にいるんだから、また縁があれば会えるさ」
「……ああ、同じ世界にいれば会えるだろう。その時はまたよろしく」
モリ君とフォルテが握手をした。
確かに同じ世界にいればまた会えるかもしれない。
それまで、俺達が同じ世界に居ればの話だが。
「ではモリ君、御者席へどうぞ」
「ラビさん、俺、馬車の扱いなんて初めてなんですけど」
「みんなそうだよ。そもそも、扱いどころか馬車に乗ること自体が初めてだ」
初めてだろうがなんだろうが、扱い方を覚えて進んでいくしかない。
馬を譲ってくれた業者から聞いたメモを読み上げる。
「えっと、手綱をしっかりと持って馬に合図を送る」
「合図ってどうやって?」
「手綱を軽く引いて馬に声をかける」
「馬の人、動いてくれますか?」
モリ君の不思議な呼びかけに馬達は空気を読んでくれたのか、ゆっくりと馬車が前に進み始める。
「手綱のたるみは維持。緩めると速度アップ。手綱を引くと速度ダウン。馬が勝手に止まるのは、疲れたから休ませろのメッセージなので、止まって水や食事を与える」
俺がメモを読み上げると、モリ君がそれをぶつぶつと小声で復唱しながは、その通りの動きを行って馬の速度をコントロールする。
「止まる時は馬の速度を落としてゆっくり止まるか、御者席にレバーが付いているのでそれで車輪にブレーキをかける。ただし、速度が付いているときに無理にブレーキをかけると折れる」
今のところ順調に馬車は進んでいる。
サスペンション的なものがないのと、道が未舗装のためにとにかくガタガタと振動が激しいが、ここは慣れていくしかない。
「それで、この方向で道は合っているんですか?」
「ここからはひたすら太陽の沈む方向だよ。Go To The Westだ」
想定では、サンディエゴまであと250kmの地点までは移動出来ているはずだ。
馬車の移動も初日は慣れるまで速度は上げられないとして、30kmを目標にしているが、2日目以降は一日60kmの移動を想定している。
つまり、あと5日間で到着の計算。
徒歩で250kmを歩くことを考えると圧倒的に速い。
「とりあえず明日にはメキシコを抜けてアメリカに入る予定だ」
「アメリカに入ったら何かあるんですか?」
「ないよ。アメリカって国自体がまだないんだから。単に気分の問題」
タウンティン……ペルーを出発してようやくここまで来た。
日本へ帰るための情報が手に入るサンディエゴまであと5日。
一つだけ気がかりなのは「西の魔女」という呼び名だ。
「西の魔女」という呼び名で連想される物語がある。
今から百年ほど前に書かれた小説「オズの魔法使い」だ。
オズの魔法使いでは、異世界から魔法使いのいる国にやってきた主人公「ドロシー」が、世界の王である魔法使いオズに元の世界に戻るためには悪い西の魔女を殺せと命令されて、仲間達と共に西の魔女が支配する国へ向かう。
そして、ドロシーは弱点である水を使用して西の魔女を殺害する。
あまりに今の状況と一致しすぎていることが多い。
偶然で済ませるには流石に隠す気がなさすぎて、悪趣味なジョークとしか思えない。
「……もし、ドロシーが俺達の敵に回ったとして、本当に俺は撃てるのか?」
モリ君とエリちゃんには無理だ。
もしもの時は俺が独断でやるしかない。
たとえみんなに恨まれることになったとしても。