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Chapter 16 「湖畔の都市サルナス」



 無人の町から二日ほど歩くと、ずっと砂漠ばかりの風景が少しずつ変化を見せてきた。


 水が全くなく乾燥しきった土が潤いを持つ色に変わっている。

 生えている植物も葉が細くて短い乾燥に強い草やサボテンから、水辺に生える葦のような草が見られるようになった。


 やがて街道の脇には沼のようなものが現れ始めて、更に進むと巨大な湖が姿を現した。


 琵琶湖程ではないが、湖の対岸がうっすら霞むくらいなので、かなり広大な湖だ。

 水分があるおかげか砂漠の暑さも少し和らいだ気がする。


 湖畔にはかなり大きな都市が見える。

 これが話に聞いていた街道の終点にあるというサルナスの町だろう。


「久しぶりの町だね」

「ここなら水も豊富だろうし、臭い服を洗濯したいし風呂にも入りたい」

「オレは酒!」

「みんな忘れないでください! まずはこの先へのルートを調べることですよ!」


 浮かれる俺達の中で、モリ君だけが冷静にこの先のことを考えていた。

 本当にモリ君は真面目だなと思う。


 俺の頭の中は風呂と洗濯で一杯だというのに、私情を殺してリーダーとしての役割を務めてくれている。

 とてもぼくにはできない。


 モリ君は年下だというのに頼りきりで本当に申し訳ない。

《でもカズ君はそういう頼れるところから昔からあるから頼もしいんだ》


 ……いや、カズ君って誰だよ。


「そうは言っても、もう午後だ。人の流れのピークも過ぎているだろし、まずは宿の確保と食事を摂ってからにしよう」

「……まあ、それもそうですね。明日の朝から調べましょう」


 モリ君もしぶしぶ納得してくれたようだ。

 ここはまず町で宿を探して――


 ――そう考えていた時、背後からガラガラと車輪の音が鳴り響いてきた。

 慌てて振り返ると、数台の馬車が街道を進んできているのが見えたので、邪魔にならないように道の脇に避ける。

 馬車は俺達を避けて、そのまま先へと進んでった。


「馬車だ……馬が車を引いてる……」


 車を引いているのはトリケラトプスでも牛でも蒸気エンジンでもない。


 馬が引いている本物の馬車だ。


 俺達は馬車が通り過ぎるのをポカンと口を開けたまま見送っていた。


「この世界って馬が実在したのか……」

「多分馬がいない世界の方が珍しいんじゃないでしょうか」

「ウマが人間の姿をしてレースをしている世界だって多分あるだろ」


 俺達が馬の存在について話していると、今度は駱駝に荷物を載せた隊商、徒歩の旅人など、様々な人々が次々に歩いてきた。

 まだ町の外の街道だというのに、ふと気がつくと、大きな街の商店街を歩いているのかと錯覚するほどの大勢の群衆の中を歩いていた。


 テロスの町を出てからは街道でほぼ人に会うことはなかったというのに、これほどの人間はどこにいたのだろうか?

 疑問に思い、そのうちの一人を捕まえる。


「すみません、どちらから来られました? 私達は東から来たのですが、全然人がいなかったので」

「東に町なんて有ったの?」


 予想外の答えが返ってきた。


「私達は北からだよ。アイ川沿いに南に下ってきたの。今日は千年祭なんだから」

「千年祭?」


 鸚鵡返しに問い返すと、「そんなことも知らなかったのかい」と笑われた。


「毎年やってるイブ討伐祭だけど、今年はついに千年目だよ。最近変な気候続きで祭りはどうするんだろうと思ってたけど、千年目の今年に祭りをやらなくてどうするってやることが決まって」

「千年目ねぇ……」


 礼を言うと通行人は俺を変人のような目でみた後に去っていった。

 どうやらこの行列の大半は祭り目当ての観光客のようだ。


「祭りはともかくとして、やっぱりこの町から別の方向に街道が伸びてるみたいだな。少なくとも北方向に伸びていることだけはわかった」

「良い話を聞きましたね」

「目指すは北西方向、出来れば海岸に出る西ルートだけど、砂漠を歩くより街道沿いを進む方が楽だから、アイ川沿いルートとやらも調べてみよう」


 周辺の地理について聞いた後に、どこをどう進めば良いか検討したいところだ。


「それはそうとだ。何か祭りをやってるんだろ。ちょっと観に行ってみようぜ」

「祭りは宿を確保してからだぞ。もし観光客があちこちからやって来ているのならば、そいつらとの宿の部屋取り競争が始まるわけで」

「それはマズいな。宿がなくなる前に早く行こうぜ」

「いやちょっと待て、お金……」


 俺の話も聞かずにカーターは一人で町の方へと駆け出していく。

 金を持っていない奴が一人で先に行っても何も出来ないと思うのだが、どうするつもりなのだろうか?


「でもお祭りかぁ」

「暦の上ではもうすぐクリスマスだし、それに合わせてるのかなと」

「えっ? もうそんな時季だっけ」

「暑いのと旅をしてるから感覚が狂うし仕方ないけど、ハロウィンに出発してるからそろそろ12月末だよ」


 日本……地球とこの世界のカレンダーが一致しているのかは不明だが、時期的にはそろそろクリスマスのはずだ。


「イブ」はさすがにクリスマスイブとは無関係だと思うのだが、冬至などを兼ねての祭りというのはあり得る。


「良い部屋がなければまた野宿かな。お祭り価格で宿の値段が跳ね上がっている可能性だってある」

「せっかくの町なのに……まあ仕方ないか」


 町に近付くにつれて段々と観光客の数が増えてきた。

 露天もあちこち立ち並んでおり、あちこちから食べ物の良い匂いが漂ってくる。

 町の中からは笑い声と陽気な音楽が聞こえてくる。


 こういうところは日本の祭りと全く同じだ。


「何か買っていきます?」

「町の中のレストランをチェックしてからかな」


 はぐれないようにモリ君とエリちゃんはドロシーちゃんと、俺はレルム君と手を繋いで、身長が高くて目立つタルタロスさんを目印に歩いていく。


 しばらく歩くと、ようやくサルナスの城門の前に辿りついた。


 城壁は磨き上げられた大理石で出来ており、壁全体が美しく輝いている。


 城壁の上にはアラブ風の寺院が少しだけ頭を覗かしているのがちらりと見える。


 城壁に取りつけられた、普段は固く閉ざされているであろう城門は、祭りだからか誰でもウェルカムとばかりに全開したままで固定されていた。


 城門はかなりの幅があるはずなのだが、押しかけた観光客があまりに多いためか、入り口のところで入場待ちの行列が出来ており、相当待たないと町の中に入れそうにない。


 既に町に入るのを諦めて、城門の前でテントを広げて野営を始めようとしている観光客が数え切れないくらい現れている。


 せっかく大きな町に来たというのに、祭りの日にかち合うとは、かなり間が悪かったようだ。


「これだけの人がいると宿は絶望的かもな。町の規模からして宿のキャパが有る気がしない」


 入場まであとどれくらいかかるのか、行列を眺めていて、ふと気付いた。


 城門の少し上に金属板がはめ込まれて、そこへ何やら文字が彫り込まれている。


 別にラテン語を読めるわけではない。だが、ゲームに登場するので、その形だけは覚えていた。


「la citta doletnte」


 その下にも色々と文は続いているのだが、ラテン語など分かるわけもない俺に読めるのはその箇所だけだ。だが、その頭の部分だけでも十分だ。


「憂いの町……地獄シリーズはまだ続いていたみたいだな」

「ラビさん、それだけだと意味が分かりません。説明を」

「あそこの城門のところに書いてあるラテン語なんだけど、これもダンテの神曲に登場する地獄のネタだよ。現しているのは、地獄の第五圏ディーテ。中には罪人と堕天使が閉じ込められているという憤怒者の町」


 またも分からないことだらけで頭が痛い。


 この地獄に準えたシリーズは、自然に発生した脅威ではない。

 ダンテの神曲を知っている人間が故意に手を入れないと、自然発生するものではない。


 カーターの話だと運営ではないということだが、それならば誰が仕込みをしているのか?


「地獄の五圏ってどんなモンスターがいるんですか?」

「入り口に悪魔軍団。町を入ってすぐのところに復讐の三女神がいたとされるけど、ここから見る限りは、そんなの奴らはいないよな。もしいたら祭りどころじゃないし」


 今のところモンスターが暴れたりしている様子もなし。

 それどころか寂れている気配すら皆無で、祭りで浮かれている陽気な町という印象しかない。


「罪人と堕天使というのは?」

「堕天使も居るようには見えないけど、罪人というのは何かのメタファーなのかもしれない。ここで行われている祭りはイブ討伐祭だけど、イブという何かを倒す時に罪を背負ったので、この町の住民は罪人ですみたいな」

「もしかして、そのイブというのがトカゲ人間?」

「そうかもしれない」


 悩みどころだ。


 もし、町の中に何か地獄に準えた罠が仕掛けられているのならば、入ること自体に危険があるかもしれない。

 それに加えてこの行列。

 町の中に入るには、あと何時間並ぶ必要があるのだろうか?


「俺達もここで野営しましょうか? そこらの屋台で食べ物だけ買ってきて」

「うん、まあそれでもいいかな。いつ町の中に入れるか分からない上に、入ったところで宿の部屋が開いているとも思えないし」


 子供達も行列待ちで疲れ切った様子だった。

 それに加えて何か罠が仕掛けられているかもしれないとなれば、もはや入る意味はないだろう。


 それに、城門の前に出ている出店もたくさんあるし、祭りの雰囲気を楽しむには外でも十分だ。


 俺達は一度行列を離れて、人が少なそうな湖畔の丘へと移動する。

 海ではないので高波や津波などはないだろうが、湖に近すぎると湿気が強すぎるのと虫が多すぎて辛いからだ。

 

「食事はそれぞれバラバラで摂るということで良いですね。お金だけは渡しておきます」

「なら、子供達は俺が預かるよ。タルタロスさんもゆっくりしてください」

「すまんな。それでは行ってくる」


 まずはタルタロスさんを見送る。


「モリ君とエリちゃんも二人で楽しんできて」

「ラビちゃんだけで大丈夫?」

「こっちは大丈夫だから、たまにはゆっくり楽しんできていいよ」

「うちはママと一緒がいい」

「いや、ドロシーちゃんは俺と一緒だ。わかるよね」


 ドロシーの目を見ながら強い口調で言うと、俺の意図を察してくれたようだ。

 モリ君とエリちゃんの2人を半ば強引に追い出すと、何度かはこちらを振り返っていたが、そのまま城門に並んだ出店街の方へと歩いていった。


「パパとママはデート?」

「うん、クリスマスだからね」

「クリスマスなら仕方ないか」


 ドロシーも納得してくれたようだ。

 こういう気の使い方を出来るのが大人の余裕というものだ。多分。


「それで二人は祭りで食べたいものは?」

「たこ焼き!」

「ベビーカステラ!」

「……あるのかな、この世界に」


 色々と不安要素は山ほどあったが、さすがに祭りの日くらいは何も起きないだろう。

 少しくらいはゆっくりしたいところだ。


   ◆ ◆ ◆


「ゆっくりしたいと言っただろ!」


 子供達を連れて出店を冷やかしていると、町の中からいくつもの絶叫が聞こえてきた。


 最初は祭り関連で何かのイベントでも始まったのかと無関心だったのだが、どうやら違うようだ。

 城門から次々と観光客らしき人々が我先にとばかりに悲鳴を上げながら飛び出してくる。


 それは入場待ちの観光客とぶつかって、更に混乱を引き起こしていた。


 場内から聞こえてくる声を察するに、町の方に何かが出現して、それに観光客が追われているようだが、城門の外からでは声もあまり聞こえず、事態を把握できない。


「呪いにでもかかったんじゃないの?」


 妙に冷静な出店の親父が独り言のように言った。


「呪い?」

「イブの呪いだよ。あいつらは滅ぼされた恨みを千年かけて呪うって。それを鎮めるための儀式をこんな派手なだけの祭りにしちゃうから。まあそれに便乗させてもらってる俺らが言うことじゃないが」

「ということは前からこの話があったと?」


 俺は出店の親父に金を払って、何やらホットドッグらしき食事を7個注文する。

 買い物をしてやれば、固い口も開いてくれるだろう。

 

「嬢ちゃん、気前がいいね」

「仲間の分もあるので。それより何かご存じなのですか?」


 出店の親父は手慣れた動きで焼けた鉄板の上でソーセージとパンを転がしながら話し始めた。


「ここらに伝わる伝承だよ。昔にイブって町があって、そこには知能のあるトカゲ人間が住んでいたんだけど、ここらの鉱石や水を得るのに邪魔だったので、そいつらを絶滅させてこのサルナスの町を作った。その時にトカゲの王が言い残した言葉が千年恨むぞ。多分、トカゲの方は時期を区切ったつもりじゃなくて永遠のつもりで言ったんだろうけど、千年経ったのでセーフと思っちゃったんだろうな」

「それで油断してこの有様と」

「多分な」


 城門の方を見ると、まだ出入口で町から出たい人間と、事情が分からずに祭りがおこなわれていると思って入場待ちをしている観光客同士がぶつかり合って混乱していた。


 その様子を見ていた俺に出店の親父はホットドッグを十個ほど渡してきた。


「残念ながら、今年はもう店じまいだ。あいつらがこっちに流れてくる前に撤収するわ。中途半端に余った分はオマケだ」

「ありがとうございます」


 俺達は出店の親父に礼を言うと、城門前で混乱している観光客に群れに巻き込まれる前にその場を退避した。

 野営準備をしている小高い丘に戻る。


「師匠、町の人は助けなくて良いんですか?」

「あの城門の人達を押しのけて町の中に入るのは無理だろう。どこか別の場所から町に入ることが出来る場所を探すよ」

「なるほど」


 野営場に戻ると、タルタロスさんが既に戻ってきていた。


 少し遅れてモリ君とエリちゃんも「ひどい目にあった」と言いながら帰ってきた。

 これで全員だ。


「カーターさんがいません」

「そういえば……あのアホは何をやってるんだ」


 町に来た時に先に行ってくると一人飛び出してそれっきりだ。

 まあ、あいつならうまく立ち回っているだろう。


「まずはここから鳥を飛ばして町の中の状況確認と、城門以外の入り口を探してみる。それから作戦を考えよう」


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