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Chapter 15 「無人の村」

 サルナスの町への道中。

 赤い岩が広がる山岳地帯は終わりを告げ、再度メキシコの砂漠地帯が姿を現していた。

 

 乾燥に強い短い草とサボテン。そして赤茶けた水分をほとんど含まない砂……。

 12月だというのに、空から太陽の陽がじりじりと照り付けてくるので、歩いているだけでも体力を奪われる。


 水に関してはドロシーのスキルで何処からともなく出て来るので飲み放題、使い放題だが、暑さと陽光だけはどうしようもない。

 

 それに、俺達はまだ砂漠を歩くための装備を事前に購入しているので日差しについては対策済だが、後から加入したドロシー、レルム君、タルタロスさんの三人はマントや帽子などの砂漠の日差し対策の装備がないので辛そうだ。


「モリ君、せめてレインコートをタルタロスさんに貸してあげてくれないか。エリちゃんはドロシーちゃんに。日除けがあるだけでも違うはずだ」

「でもこれ雨具だから、全然風を通さなくて暑いだけですよ」

「それでも直射日光を直接受けるのはダメだ。熱中症直行だぞ」


 俺はモリ君とエリちゃんに指示を出した後にレルム君を呼ぶ。


「はい、君は俺のマントを着なさい」

「でも師匠は?」

「俺はローブと三角帽があるから別に大丈夫だよ。それよりも君がしっかり熱中症対策をしなさい」


 熱中症寸前だったのかレルム君の顔が真っ赤だ。

 早めに気付いて良かったかもしれない。

 後で水も飲ませておこう。


 さすがにマントのサイズは全く合わないので、適当に折り曲げて長さを調整していると、カーターが急に声をかけてきた。

 

「そこの、おねショタ性癖破壊マン」

「誰が、おねショタ性癖破壊マンだ。勝手に肩書きを増やすな」

「砂漠を渡るための装備はどうするんだ? どこかで入手出来るあてはあるのか?」

「砂漠地帯の町なんだから、大きめの町に行けば売ってるに決まって……あっ」

「やっと気付いたか。ここらの町はどこか別の場所からメキシコに転送されてきてるから、砂漠対応なんてされてるわけがない」


 カーターの言う通りだ。

 タラリオン以降、俺達は地球には存在しない町を渡り歩いている。

 

 単に「異世界なので地球とは違います」というだけならば、俺達が無知なだけで万事解決なのだが、今まで状況から察するに、全く違う地域に存在している町が、このメキシコ北部に転移してきている。


 タラリオンは町自体が世界中からの寄せ集め。

 テロスの町はドイツ山岳地帯の雰囲気が強かったし、隧道を掘った村は北欧風だった。


 どちらもメキシコの気候に全く対応出来ているとは思えない。


「ドイツの山奥なんかは元々そんなに雨が降らないから、なんか暑いなくらいで済んでるだろうけど、ここから先は環境の変化に対応できていない町や村は出て来るだろうな」

「住民に相当迷惑がかかってるけど、これって本当に運営は無関係なのか?」

「こんなところに人を喚んだってゲームにもショーにもならんのに、運営がそんなコストの無駄遣いをするわけない。これは多分別件だぞ。誰かが次元を歪めて何かをやろうとしている」


 割と説得力のある話だ。

 メリットがないからやらないというのは実に行動原理としては分かりやすい。


 逆に言うと、運営はコスト内に収まるならば、何をやってくるか分からないという怖さはある。


 いきなりタルタロスさんやレルム君に寄生体を付けて進路上に投げ込んできたり、霧の中に紛れ込ませてドロシーを接近させたりなどだ


「50人を51人にするだけで一悶着ある運営に、町ごと転移なんてコスト度外視のことを出来るわけないだろ。そんなことが出来るなら毎日イソグサが攻めてきてるはずだ」

「何その地獄」


 それならば、この転移事件を誰がやらかしているというのか?

 異世界だの転移だのをやりそうなのって運営以外いるわけが……


 ここまで、考えたときに気付いてしまった。


 俺達が今から会いに行こうとしているのは、異世界と転移について研究をしていて、日本に戻るための方法を知っているという人物。

 知事の昔の知り合い……西の魔女だ。


 まだ関連性を見いだせた程度で、ただの陰謀論でしかないが、もし西の魔女がこの状況をやらかしている元凶だった場合、俺達はどうすれば良いのだろうか。


   ◆ ◆ ◆


 カーターの懸念通りの事態が発生した。

 本日泊まる予定だった村にやってきたのだが、全く人影がない。


 民家はあるのだが、誰も人が住んでいる気配を感じられない。

 各家は厳重に戸締りされているので、何者かの襲撃に遭ったということもなさそうだ。


「すみませーん、誰かいませんかー!」


 声を掛けて回るが、やはり誰も出てくる兆しはない。

 家畜を飼っていたであろう柵の中ももぬけの殻なので、住民総出でどこかに引っ越ししたとしか考えられない。


 理由はすぐに分かった。

 家の近くにある、かつては畑だった形跡の残る空き地だ。


 空き地の土は摘まんでみるとまるで水分がなくサラサラとしている。

 何か月も土が掘り起こされた形跡は全くないので、秋に収穫を終えた後という感じでもなさそうだ。


 植えていたのは麦あたりだろうか?

 この砂漠の気候と雨の少なさでは農作を継続するのは無理と判断して夜逃げしたのだろうか?


 立ち並んでいる家は高い煙突を備えたフランス南部風の家。


 屋根に角度が付いていたり、軒が長かったりと、大雪対策と思われる構造は、この年中が夏のようなメキシコの気候に全く適合しているとは思えない。


「せっかく民家がある場所に着いたのに野宿とは……」

「ラビさん、一件だけ鍵が開いている家がありましたけどどうします?」

「せっかくだし泊めさせてもらうか。外で寝るよりはマシだろう」


 モリ君が案内してくれたのは、村の規模には見合わない程のかなり大きな豪邸だった。

 それなりの権力者が住んでいたのだろうか?


 館は基本的に木造で一部の壁などにレンガを使用して強度を高めているようだ。

 建物自体は二階建てで表面には小洒落たバルコニーや出窓などが作られている。

 いかにも中世らしく、窓にはめられたガラスはかなり小さい。


 民家はフランス南部風だったが、こちらは欧州北部風。

 別に色々な家が建っていても良いが、デザインは統一して欲しい。


 ……割と最近にどこかでこんな洋館を見た覚えがあるのだが、気のせいだろうか?


 一応呼び鈴を鳴らすが、当然中から誰も出てくる様子はない。

「ごめんください」と言ってから中に入る。


 玄関を入るとすぐに二階へと上がる階段が飛び込んできた。

 かなり埃っぽいが、内部を荒らされた形跡はなく、破損個所も特に見当たらない。

 一階部分は廊下が複雑に伸びており、部屋の数は相当多そうだ。


「どうします?」

「俺は炊事場を使えるかどうか見てくる」

「なら私達は二階を見てくるね。使えるベッドがあるかも」


 エリちゃんとドロシーは二階へ上がっていく。

 他の面々も屋敷内の各所へと散っていった。


 応接室、トイレ、風呂場、使用人部屋らしき場所、館の主の書斎、そして炊事場。

 炊事場には調理器具は一切何も残されていなかったが、竈はある。

 ここで何かを焼いたり炊いたりは出来るだろう。


 それにしても残滓物が一切見当たらないのは気になる。


 巨大な屋敷なだけに荷物の量も相当なものだっただろうに、全て持ち出して引っ越ししたのだろうか。

 それとも……。


 最初から人なんて住んでいない!?


 俺がそれに気付いたのを分かったのかどうかは分からないが、答え合わせと言わんばかりに壁の一部がグニャリと歪んで触手のような物を俺の方へと伸びてきた。


「こいつ、まさかあのタウンティンの海岸で見た!」


 どこかで見覚えがある形の建物だと思ったら、ゾスの祭祀場の手前に配置された謎の洋館。あの建物と瓜二つだ。

 

 以前は南米の海岸沿いに洋風の洋館が建っているという場違いさから、初見で罠と看破出来たが、今回は欧州風の村の中に建っていたために気付くことが出来なかった。


 すかさず鳥を五羽召喚して二羽を突撃させるが、威力が足りず、壁から伸びてくる触手を破壊しきれない。


「思っているより硬いぞ!」


 盾のために鳥は温存させておきたかったが仕方がない。

 残り三羽を突撃させて触手を破壊する。


 破壊された触手だったものは、石灰のような粉をまき散らして崩れ去った。


「やっぱり出し惜しみはダメだな。獅子は兎を狩るのにとうたらこうたら。戦闘をする時は全力全開でないと」


 以前は魔女の呪いで射程外から一撃で吹き飛ばしたので実感がわかなかったが、一度内部に閉じ込められてしまうと、意外と手強い敵だったのかと今更ながらに思う。


 破壊した触手を見ていると、天井の方から何やら激しく打ち付ける音が響きわたってきた。


 今度は天井からかと身構えると、エリちゃんがドロシーを抱えた状態で天井を突き破って俺の目の前に降ってきた。

 天井が抜けたことでもうもうと埃が舞い上がる。


「みんなは無事?」

「いや、なんでわざわざ天井をぶち抜いて?」

「二階を調べてたら床からなんか生えてきたので、床の下に敵かいると思って……」

「まあ二階の床は一階の天井だから、当然そうなるよな……」


 そういう事情ならば仕方がない。

 うっかりエリちゃんに踏み潰されなかったことを良しとしよう。


「他に誰が二階の探索に行っていた?」

「私とドロシーちゃんの2人だけ。みんなは一階にいると思う」

「ということは、残り4人は一階のどこかか?」


 そう思ったら、レルム君がいつの間にか俺の真後ろにいて、ローブの裾を掴んでいた。

 しゃがみ込んで頭を撫でる。


「大丈夫だったか? 怪我はどこにもない?」

「はい師匠。僕は大丈夫です」

「なら良かった」


 ということは、あとは三人。

 モリ君やカーターは流石に大丈夫だろう。

 旅慣れていないタルタロスさんがどうかだが

 

「みんな無事か!」


 精一杯声を張り上げて叫ぶと、すぐに返事が戻ってきた。


「ワシらは無事だ!」


 壁から突然腕が生えてきたと思ったら、そのまま豪快に壁を破壊しながらタルタロスさんが姿を現した。

 よく見ると埃塗れのカーターが小脇に抱え込まれている。


「うわっ、どこから出てくるんですか!」

「いや、壁が変形して攻撃してきたので壁の中に何かいると思って殴っていたらここに出た」

「お前もか」


 脳筋の思考パターンは同じなのか?

 出来るからと行って、何故いちいち壁を破ってくるのか。


 それに小脇に抱え込まれている方は何をやっているのか?

 

「よう」

「なんで小脇に抱えられてるの?」

「仕方ないだろ、オレは頭脳労働向きなんだよ!」

「本当にいつもお前は同じことを言ってるな。それで怪我は?」

「なんとか無事」


 カーターを箒で掃いて埃を落としている最中にモリ君が入ってきた。

 やはりカーターと同じように頭から埃を被っていて全身が真っ白になっている。


「なんだ、みんなもう揃っていたのか? あちこち探しまわったじゃないか」

「もしかして、俺達の安否確認をしてくれていた?」

「まあ、一応リーダーなんで」


 モリ君は埃を吸い込んだのか咽せながら照れくさそうに答えた。


「心配かけてすまない。もう少し早く連絡を取るべきだった」

「それは後にしましょう。まずはここから脱出を!」


 せっかくなのでタルタロスさんに壁をぶち破ってもらい、その穴から家の外へと脱出する。

 洋館は全体をグラグラと揺らしていた。

 俺達に逃げられたのか、それとも内部のあちこちを雑に破壊されたからなのか、怒りを訴えているようにも見える。


「あとは、こいつの後始末だな。このまま放置しておくと、他の旅人や商人が襲われるかもしれない」


 俺が箒を構えて攻撃の準備に入ると、その前に二人の子供……ドロシーとレルム君がそれを阻止するように前へ飛び出してきた。


「師匠、ここは僕に任せてください。ちょっとは出来るようになりましたよ」

「いや、うちの方が出来るから、うちに任せて欲しい」


 子供達から頼りになる発言が出てきた。

 俺が倒してしまっても良いが、ここは子供達に任せてみよう。


「せっかくなのでスキルの重ね合わせにチャレンジしてみよう。2番目と3番目のスキルを全く同じタイミングで同じ場所から発動させるんだ。二つのスキルを混ぜることを意識して」

「混ぜる?」

「そう、ドロシーちゃんは水を流し込んで、いつもより水の量が増えた砲弾を発射するイメージで。レルム君は余分に電気を流していつもより太めのビームが出るイメージ」


 これが成功すればスキル勉強会はとりあえず卒業だ。

 明日以降はスキルではなく、小学校の国語算数教室に付き合ってもらう。


 ドロシーの攻撃は水の砲弾からジェット水流に変わった。


 威力は確かに強力だった。


 水のない場所で辺りを水浸しにするほどの水遁……じゃない水流は五秒ほど超水圧で放水され、一撃で柱を薙ぎ払い、館に偽装した敵を粉々に破壊するほどだった。

 飲料用や生活用としても使える水を大量出現させる汎用性に加えて、個人が使える火力としては必要十分。やはり天才か。


 水をまき散らしたおかげで、館が崩壊したのにも関わらず、埃が立たないのも良いことではある。


 問題はレルム君のビーム。


 ビームを好きなように曲げられるという性質の変化はあったが、威力そのものはほとんど変わらなかった。


 遮蔽物や、味方を避けて当てられるというのはかなり使い勝手としては良いはずだが、本人は威力がたいして上がらなかったことが不満のようだ。

 後で何かフォローを考えよう。


 どちらもパワーアップはしているので、文句を言うのは贅沢だと分かるのだが、生物を分解して黒い霧へ変えるとか、使ったら全身に光る紋様が浮かぶとか、熱線が岩をも溶かしてなお数キロ飛ぶといった要素はないので、インパクトには欠けるところはある。


 むしろ、よく分からない効果が山ほど付いて来た俺がおかしいのか。

 一体俺は何だと言うのか?


「それで今晩泊まるところはどうする? そこらの家の扉の鍵くらい簡単に破れるだろうけど」

「もしかしたら、家の持ち主が帰ってくる可能性もあるし、勝手に入るのもな……野宿か」

「野宿か」


 俺達は大きなため息を付いた。


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