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Chapter 13 「救出」

「向かうからすぅーっとこっちの方に来たから、多分あっちの方にすぅーっと」

「こっちの方にフワッてきてダーッじゃない?」

「ガーッ!」

「ダーッ!」


 これは別にふざけているわけではない。


 気絶して倒れた大男と子供の2人が俺達には見えないように隠されていると推測して周囲を捜索しているのである。

 鳥の使い魔モードでも、視覚に優れたエリちゃんの目でも発見出来ない以上は、勘に頼るしかない。


 勘という感覚的なもの口で表現すると、どうしても曖昧な言語表現になってしまうだけだ。


「あそこで遊んでるだけの女子2人は役に立たないとして、何か探知する方法はないか?」

「そうですね」

「別に遊んでいるわけじゃないぞ」


 流石に遊んでいると思われるのは心外なので抗議に来て……ドロシーの姿が見当たらないのに気付いた。

 確かモリ君に任せていたはずだが。


「ドロシーちゃんはどこに行った?」

「ドロシーならそこにいますよ」


 モリ君の指す方向にドロシーは座り込んで、何やら虚空に向かって話しかけていた。


「起きて……ねえ起きて」


 起きて?

 何かが引っかかる。

 ドロシーは何もない空間に対して何をやっているのだろう。


「ドロシーちゃん、危ないから俺と一緒に戻ろう」


 そう優しく声をかけると、ローブの裾を引っ張られた。


「……起こして」


 そう言って虚空を指差す。


 待ってほしい。

 もしかして,ここに『いる』のか?


 全く視認することは出来ない。

 これだけ近くに寄っているというのにまるで存在感を感じないので、おそらく視覚だけではなく嗅覚や聴覚、触覚といった他の五感に対しても何かしらの干渉するような幻術なのだろう。


 だが、ドロシーはそれら五感以外の何かによって、ここにいる何かの存在を感じ取り、それを「起こして」と言っている。

 ここはドロシーのその直感だか何だかを信じよう。


「鳥を五羽召喚。三羽で(シールド)


 地面に沿って盾を形成して、金魚掬いの要領で周辺の空間ごとを持ち上げようとすると、若干の引っかかりのようなものを感じてうまく動かせない。


 盾は所詮は防御系の能力であってリフトではないので、あまり重いものを持ち上げたりは出来ない。


 逆に考えよう。

 持ち上がらないのは、盾の上に五感では認識出来ない何か重いものが乗っているためと考えて良い。


「みんな、倒れている2人を見つけたぞ!」


 大声で呼びかけると、変なダンスを踊っていたエリちゃん、何やら話し込んでいたモリ君とカーターが駆け寄ってきた。


「本当にここにいるの?」

「おそらくは。目には見えない『何か』が、ここに存在していることは間違いない」


 原理は分からないが、盾の移動が妨げられる以上は、間違いなくここに何かが存在している。


 視覚を含めた他の五感でも認識できない程の隠蔽となると、相当強力な幻覚、もしくは精神干渉の能力が使用されていると推測される。


「逆に考えてみよう。敵はこの2人を瞬時に転移させることが出来ないので、ここに隠蔽した。おそらくは隠蔽の方が早いスピードで発動できるから」

「でもいつまで経っても転移は始まらない……」

「そのことから、隠蔽と転移は同時発動出来ないと考えられる。俺達がもうここにはいないと諦めて立ち去るのを待っているんだと思う」


 よし、頭が回るようになってきた。

 やはり勘頼みは確実性がないのでダメだ。


「更に言うと、眼鏡マンの映像を中継している最中は隠蔽も転移も行えていなかった。これは敵が何か一つの能力を発動中は他のことを出来ないと推測できる。そして、一つのことしかできないということは、敵は単独だとも予想出来る」


 俺の推理を聞いたモリ君が不可視の敵を探しているのか、首を振ってあちこち見回し始める。


 だが、おそらく幻術使いも、倒れた2人を隠蔽しているのと同じ能力で潜伏しているはずなので、そんな簡単には見つからないだろう。


「敵の気持ちになって考えるんだ。隠蔽がバレた以上はどうするか? 隠蔽を解除して無理に転移をするか、それとも隠蔽を続けたまま2人を取り戻すには?」

「2人を確保しているラビさんを狙う!」


 モリ君が槍の先に青白く光る壁……プロテクションを薄く広く展開させて、ハエタタキのような形状にした後に、やたらめっぽうに何もない空間に対してブンブンと振り回す。


 それによって風が起こったことで土埃が舞い上がり、辺りを白く覆った。

 その土煙を思わず吸い込んでしまった。激しくむせる。


「いや、もうちょっと考えて振り回して!」

「本当にあんたは何も考えてないんだから!」

「でも仕方ないだろ。どこにいるんだか分からないんだから!」


 確かに触覚も感じない以上は攻撃が当たっても何も分からないので、下手な鉄砲数打ちゃ当たる理論しかないだろうが、もう少し何か考えて欲しかった。

 埃が鼻と喉に入ってきて辛い。


「ちょっも控え目にします」


 先程の反省を生かしたのか、がむしゃらに振り回すのは同じだが、今度は速度が若干控えめになっている。


 しばらくモリ君が地面を叩き続けていると、突然に潰れた巨大な蛆虫の死骸が姿を現した。


 青白く巨大な蛆虫という点ではユッグと同じだが、全身は粘液に包まれておらず、倒しても体内にガス袋など持っていないのか、普通に潰れて内臓をぶちまけているだけである。


「うわぁ……」


 虫嫌いのモリ君が露骨な嫌な顔をしている。

 攻撃に使用したのはプロテクションで作り出した壁なので、体液などが付着することもないが、モリ君は一度能力を解除して槍を地面に擦り付けて汚れを落とそうとしている。


 盾の方を見ると、今ので幻術が解除されたのか、いつの間にか意識を失って倒れている大男と子供の2人が出現していた。


「この虫が術を使っていたの? 虫だよ!?」

「Wifiの中継器みたいに能力を遠隔で飛ばすアンテナみたいなものだったのかもしれない。まあ倒してしまったので今更もう何も分からないけど」


 もしかしたら、断末魔的な悲鳴や恨み言などを発していた可能性はあるが、残念なことに聴覚も遮断されていたのだから分かるわけもなく。


 ただ、状況から察するに、この蛆虫が何らかの幻術を使用しており、倒れたことにより、幻術の効果が解除されたのだろう。

 

 まあ、敵を倒して2人の安全が確保されたのならば別に何でも良い。問題はこれからだ。


 盾を解除して2人を地面に下ろす。


 所持品を調べると2人はカード以外、特に何も所持していなかった。


 カードの情報により大男は[タルタロス R]、男の子は[レルム R]ということが分かった。


 完全に手ぶら状態で旅をしていたとは思えないので、一度運営に拿捕され、荷物などを没収された後に、ここへ転移で送り込まれてきたのだろう。


「それであの鎧のようなものは何か分かりそうですか?」

「手ぶらだからアイテムの類じゃないと思う。考えられるのはこれ」


 2人とも眉毛の間にホクロのような丸い塊が付いていた。

 分かりにくいが、血を吸って膨らんだダニが張り付いているように見えなくもない。


「おそらくホンジュラスの遺跡で出会った寄生体の亜種か何かだと思う。情報がなさすぎるので分からないけど、有り得るのはこれくらい」

「同じ対処方法でどうにかなると思います?」

「そこはやってみないと分からん」


 寄生した対象の姿を変えて変異体にするという特徴は似ているので、対処方法についても同じやり方が通じるかもしれない。


   ◆ ◆ ◆


 ホンジュラスの遺跡の寄生体と同じく、魔女の呪いの事前動作「収穫」で刈り取る方法が有効だったようだ。

 ホクロのような物体は無事に黒い霧と化して消滅した。


 かなり侵食が進んでいたようで、体内からも次々と霧が吹き出し、そのまま全身が消滅するのではと焦ったが、モリ君のヒールにより、その件は何とかなったようだ。


 熱線はとりあえず空に空撃ちしておいたので、これで一段落だ。


 日差しの強い砂漠に放置というわけにはいかないので、一度岩陰へ2人を移動させてしばらく様子を見守る。


「ワシらは一体……」


 少し待つと、大男、タルタロスが頭を振りながら目を覚ました。


 そしてモリ君とエリちゃんの顔を見て開口一番。


「そうか、ワシらは死んでしまったのか……あの最初の部屋に取り残しちまった二人がおる。あの時は本当にすまんかった……」

「いえ、死んでませんよ。俺達も貴方達も」

「みんな助かったんですよ」


 大男はまだ状況が把握できていないようだ。

 きょとんとした顔でモリ君、エリちゃんの顔と周囲の景色を見回している。


「タロさん、ドロシーちゃんだ! ドロシーちゃんがいるよ!」


 起き上がったレルムの方は、まず最初にドロシーの姿を見て急に騒ぎ出した。

 それを聞いたタルタロスもドロシーの顔を見て破顔した。

 

「おお、ドロシー……無事だったか」

「大丈夫ドロシーちゃん? 怪我とかない?」


 何やら感慨にふけっているようだが、ドロシーの方はどこ吹く風である。


 むしろ、フレンドリーに接してくるこの2人のことを不審がっているようで、エリちゃんの後ろへ隠れてしまう。


「ドロシー、一体どうしたんだ?」

「どうやら、この子は記憶を失っているらしいんです」

「記憶を?」

「こちらの事情については説明しますが、まずは最初の部屋を出てから、今までに何が有ったのかをお聞かせいただけないでしょうか?」


   ◆ ◆ ◆


 タルタロスとレルム、ドロシーの三人は最初の部屋を出た直後に骸骨のような意匠のロボットに取り囲まれたという。


 あの遺跡の内部にいた骸骨のようなロボットというと、おそらくは俺が「低予算モンスター」と雑に名前を付けた連中のことだろう。


 タルタロス一人だけならば、それなりに健闘出来たのだろうが、無力な子供を2人を庇いながらの戦闘には明らかに無理があった。


 何とか敵を退けて逃走には成功したが、執拗に追跡してくるロボに少しずつだが負傷させられ、最初の部屋を出て二日目の時点で、受けた傷は大きく、食料や水も手に入らなかったのでついに動けなくなってしまった。


 そして、三日目の朝。

 隙を付かれてドロシーは低予算モンスターに捕縛されて、何処かへを連れ去られてしまった。


 タルタロスとレルムの2人は何とかドロシーを取り返そうと奮戦するが、どちらもいつの間にか意識を失い、気が付いたらこの砂漠に立っていたということだった。


 おかしな点が複数有る。


 おそらくタルタロスの話に一切嘘はないのだろう。

 本人の体感からすると、あの遺跡で倒れてから今まで意識がなかったというのも本当だと思う。


 このメキシコにワープしてきたのは、俺達にぶつけるためだとして、倒れてからこの三か月間は一体何をしていたというのだろうか?


 状況から察するに、三日目の朝に低予算モンスターに全員が捕縛されたのだと推測されるが、あの低予算は何故この三人を拘束する必要があったのか?


 あの地母神の遺跡ではオウカちゃん達を始めとした何人もが命を落としている。

 それなのに、この3人は殺害されずに捕縛されただけだ。


 3日目の朝の時点では、まだ俺は召喚されておらず、モリ君とエリちゃんは部屋に閉じ込められていつ出られるか分からないという状況だった。

 その時点で3人を俺達にぶつけようとしていたというのは流石に無理が有る。

 全く別の用途で確保したと考えるべきだ。


 何より分からないのが、ドロシーだけがタラリオンの前の霧の中から出現して、残り2人は寄生体に侵食されて眼鏡マンの部下として出現したことだ。


 何をどうしたらドロシーと2人の違いが生まれるのか?


 ドロシーには別の目的が与えられて送り込まれたとしか思えない。


 ここは慎重に見極めていく必要がある。


   ◆ ◆ ◆


「というわけで、俺達は日本へ帰るための情報を得るためにサンディエゴに向かっています」

「日本に……帰れるのか?」


 まず2人に水を飲ませて休憩させた後に、今の状況を簡単に説明した。


 タルタロスは目を閉じて何やら考え込んでいるようだった。


 分からなくもない。


 タルタロス視点では、訳も分からず姿を変えられて異世界に喚ばれたと思ったらいきなりメキシコの砂漠にいて、更に訳の分からない連中が「今からアメリカの西海岸に向かって日本へ帰ります」と言っているのだ。


 怒涛の情報が押し寄せてくる上に何一つ話が繋がっていないので、悩んでも仕方がない。


 しばらく思案を続けた後に……ゆっくりと顔を上げた。


「分かった。ワシらも同行させて欲しい。レルムもそれでいいな」

「タロさんが言うなら。ドロシーちゃんもいるし」


 2人は俺達に同行するということで良いようだ。

 一応は目的達成だが、これからは問題が山積みだ。


 タルタロスはそれなりに戦闘が出来そうだが、問題はレルムの方だ。 


 何かしらのスキルは使えるのだろうが、戦闘でそこまで役に立つとは思えない。

 旅慣れている俺達とも違い、長距離を歩くことも困難かもしれない。


 庇護対象が増えると、それだけ移動も戦闘も面倒さが増えることになる。


 また、単純に人数が増えたことで宿泊費や食事など、旅の資金がまた厳しくなる。

 タルタロスとレルムは完全に手ぶらなので、衣服などの必需品を購入するとなると、更に金が飛んでいく。


 随分と頭が痛くなる話だ。


 だが、助けると決めた以上は仕方がない。

 目の前で困っている人、しかも子供を見捨てるつもりも取りこぼすつもりもない。


 こうなったら、たとえ背負ってでも旅を続けるつもりだ。


「では向かいましょうか、次の目的地であるサルナスの町に」


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