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Chapter 11 「ビースト」

 俺達はケルベロスが出現したという洞窟内の調査を行っていた。


 ケルベロスやヘルハウンドがいただけあって、洞窟内は硝煙の臭いが充満してかなり臭いが、そのおかげで他の虫なども生物も寄り付かないようだった。


 あちこちが泥で覆われている上に摩耗して分かりにくいが、洞窟は崩れてこないように岩盤とは種類の違う石を積み上げて柱にするなど、明らかに人の手で加工された形跡がある。

 おそらく、天然洞窟を掘ったり削ったりして作った古代遺跡なのだろう。


「パタムンカさんも言ってたよな。古代人はバカじゃないから、すぐに壊れるような場所に遺跡なんて作らないって」

「確かにすぐに壊れてくる感じはしないですね」


 10m級のケルベロスがねぐらとして出入りしていたのだから、そう簡単に崩れてこないことは分かっている。

 しばらく洞窟内を歩くと、目当てのものが見つかった。


「あった」


 洞窟の隅に石造りの小さい祭壇が設置されていた。

 祭壇には小さい犬の石像が置かれており、その脇には黒い染みが残っている。

 まるで何かのナマモノが腐敗してその汁だけが残ったようだ。


 祭壇の手前にはうっすらと淡い光を放つ魔法陣。

 明らかに何者かがここで魔術的な儀式を行った残滓だ。


「祭壇はゾスの祭祀場に合ったのと同じ形に見えるので、ケルベロスも同様に何かの儀式を行って喚び出したので間違いないと思う」

「ということは、またゲームマスターなんですかね?」

「あいつらが関与した敵は倒すとメダルを落とすけど、ケルベロスやヘルハウンドは倒してもメダルは出なかったから、また別案件の気がする」


 ならば誰がこの儀式を行ったかというと、そこが分からない。

 儀式を行ってからそれなりの時間が流れているだろうし、その間にケルベロスだのヘルハウンドなど大きな獣がウロウロしているので状態はかなり悪い。

 今から証拠を集めて追跡するのはほぼ不可能だろう。


「テロスの町には100年単位でケルベロスが出現したという伝承が伝わっているらしいので、元々出現してもおかしくはない土地だった。石を削りだしている最中に洞窟へ繋がったという話もあるので、それがトリガーになった可能性もある」

「なら、この祭壇は何だって話ですよね」

「とりあえず再利用できないように祭壇と魔法陣は破壊しておこう。儀式を行った犯人は気にはなるけど、俺達はどうせ報酬を貰ったら次の町に行くんだから、後は本物の冒険者に調査を任せよう」

「本物の冒険者なんて、この世界にいるんですかね?」

「さあ」


 モリ君が祭壇の上に置かれた石像などを薙ぎ払った後にエリちゃんが空手チョップで祭壇を叩き割る。

 最後に俺がバルザイの偃月刀で魔法陣の上にバツ印を入れると、魔法陣から漏れていた光が完全に止まった。


 さすが儀式用短剣だけあって、儀式用魔法陣を書いたり消したりするのには向いている。

 二度と再利用出来ないように落書きして徹底的に潰しておこう。

 

   ◆ ◆ ◆


 町長にケルベロスとヘルハウンド討伐、および洞窟内の調査について報告すると、報酬を無事に貰うことが出来た。


 そして、洞窟内で最近に儀式を行った何者かがいるという事実は伝えておいた。

 引き続き調査を行うか、それとも事件が解決したと放置するのかについては、あとはこの町の住民達の仕事だ。

 流石にここに何日も留まるわけには行かない。先を急ぐ旅の途中だ。


「というわけで、ケルベロスとヘルハウンド討伐お疲れさまでした!」


 そんなわけで打ち上げの食事会だ。


 何日かぶりに食堂できちんと調理された食事を摂ることが出来た。

 久々の人のいる町。

 そして、入ってきた討伐報酬のおかげである。


 もちろん未成年だらけなのでカーターだけがビール。

 俺達はノンアルコールの麦茶っぽい何かで乾杯をする。

 

 店員に聞いてみると、どうやら麦が原料のノンアルコールエールらしい。

 麦茶っぽい風味があるのはそういうことか。

 少し舌に苦味が残るが、ほぼ麦茶なので後味は良い。

 

「料理は芋とキャベツの酢漬けに……ソーセージかこれ?」

「豚にしては風味がちょっと違うから羊かな? 塩分とハーブの風味は効いてるけど、もう少し胡椒のパンチがあれば最高だった」


 食堂で出てきた食事はソーセージにザワークラウト。全体的にドイツ風味だった。

 ずっと南米の辛い食事が続いていただけに斬新に感じる。


 何より新鮮さを感じたのは小麦のパンだ。

 ずっとトウモロコシや芋が原料のパンらしき何かが続いていたので、小麦のパンには懐かしさを覚える。

 日本のパンと違い粗めの全粒粉パンでボソボソするのは確かだが、これはこれで美味い。

 

「ラビさん、ここってメキシコなんですよね。なんかヨーロッパっぽい雰囲気なんですけど」

「マサトランから北に180から200kmってところだから、まだメキシコだな。海岸線からかなり外れちゃったから性格な位置は分からないけど、多分チワワ砂漠の入り口あたり」


 頭の中で地図を思い浮かべて位置関係を整理する。


 マサトランから北に約100kmの位置にあったのかタラリオン。

 そこから更に北に100kmなのでメキシコのチワワ州南端くらいのはずだ。


「チワワって犬のチワワ?」


 エリちゃんは「チワワ」の名前が気になるようだ。


「チワワは元々砂漠の犬で、メキシコ原産の種類を品種改良したやつだからあのチワワで合ってる」

「チワワってチクワと関係なかったんだ……それでチワワだから、それでヘルハウンドとケルベロスがいたのかな?」


 少し考えてから答える。


「それは流石にこじつけだろう」


 タラリオンを地獄の第一圏、辺獄(リンボ)と見立てての位置関係から第三圏としてケルベロスを配置しただけだろう。

「チワワに因んで犬のモンスターを配置しました」とかそんなお茶目なことをするとは思えない……多分。


「それでこれからどういうルートを取ります?」

「中世のアメリカ大陸は人がいなくて町がないという前提で海沿いを最短ルートで進もうというプランを組んだけど、このテロスみたいに現在の地球には実在しない謎の町があるなら、この町を数珠つなぎで進んでいきたい。時間と距離と金は余分にかかるけど、水や食料の調達で困ることもなくなるし」


 地図がないのだけが不便だ。

 町の商店はケルベロス&ヘルハウンド騒ぎでほぼ閉まっており、地図を入手することはできなかったので、人の情報だけが頼りだ。


「ここから西はムナール地方と呼ばれていて、だいたい200kmくらい北西にあるサルナスって町までは街道が伸びているらしい。間には1日おきに町や村があるらしいから、道中で聞き込みしながら進路修正かな」

「まあ、町があるのは助かりますね」

「その分、お金もかかるから、今回みたいに旅の資金を稼いでいかないとな」


 ここに来てファンタジー世界の冒険者らしくなってきた。

 出来ればこのまままったりと旅をしていきたいものだ。


   ◆ ◆ ◆


 久々のベッド就寝で体力も全開。

 朝食も自分で調理することなく宿が用意してくれるので食べるだけなのは素晴らしい。

 いや、宿賃や朝食代は支払っているから当然といえば当然なのだが。

 

 クコの実以外は食べきったドライフルーツの代わりにベリー類と、保存が効きそうなソーセージやハムなどを買い込んでおく。これで旅の準備は完了だ。

 小麦粉も欲しかったが、嵩張るので大麦の入った小袋を少量だけ購入しておいた。

 大麦があれば麦茶を作れるし、茶殻を茶粥のように炊いても良い。


 かくして俺達は北西に向けて歩き始めた。

 街道が整備されているというのは歩きやすくて実に良い。

 本当にこういう場所だけを歩いていきたい。


 ドロシーもどうなるかと思っていたが、思っているよりもしっかり歩いてくれている。

 むしろ、大人のカーターの方が歩けていないくらいだ。


「あれ、先の方に誰か立っているみたいだけど?」


 視力が優れたエリちゃんが最初に「それ」に気付いた。


 目を凝らすと、遠く先に一人の大男が佇んでいるのが見えた。


 無地の麻のシャツとパンツ。腰には巨大な皮のベルト。

 武器こそ所持していないが、腕も足も丸太のような太さであり、おそらく徒手空拳で暴れ回るだけでも素手で暴れ回るだけでも相当強いということは分かる。


 その横には小さい影。子供だろうか?

 こちらは綺麗な白いシャツに綿パン。

 シンプルなデザインだが遠目に見ても高級そうな素材で、見たところ貴族のお坊ちゃんという風体だ。


 大男と子供は微動だにせず、まるで彫像のように街道……通りの真ん中に立っている。


「いや、あれって……」

「16チームの人……」


 16チームというと、モリ君やエリちゃんの前に最初の部屋から出て行ったという3人組でドロシーの仲間か。

 ドロシーだけが1人はぐれたと思っていたが、他の仲間はここにいたのか?


 だが、どうも様子がおかしい。

 ドロシーも仲間を見つけたというのに駆け寄るでもなく、露骨に怯えた表情を見せて、モリ君の後ろに隠れている。


「オマエタチ マッテタ」


 大男はたどたどしい喋り方で俺達に話しかけてきた。


 大男、そして横にいる10歳くらいの子供の2人は、この世の全てを恨むような眼つきでこちらを睨みつけている。


 どちらもこちらが少しでも隙を見せればすぐにでも襲い掛かってくるような殺気に溢れていた。


「念のため確認したいんだけど、元々こういう方?」

「それほど会話をしたわけでもないですが全然違います。大男の方は見た目こそ怖そうでしたが、もっと理知的な感じで、いきなり襲ってきそうな雰囲気はありませんでした。子供の方はずっと怯えていたのでもちろん」


 モリ君とエリちゃん、どちらも殺気に警戒して戦闘態勢を取っている。


「ドロシーちゃんはこっちだ」


 俺はドロシーの服の襟を掴んで引き寄せた。


 もし記憶喪失というのが自称でただの演技ならば、元仲間の2人を見て何かしらに反応があると思ったのだが、表情を見る限りは怯えているだけだ。

 この怯えた表情さえも演技ならば天才子役と言っても過言ではないだろう。


「ドロシーを迎えに来られたんですか?」

「オマエタチ コロス」

 

 モリ君の呼びかけに対して、質問に対する回答どころか、「理知的」という言葉とはほど遠い答えが辿々しい声で返ってくる。

 大男だけではなく、子供の方からも全く同じセリフ。


 表情といいセリフといい、とても正気の人間だとは思えない。


「これは何かに操られているのか?」

「分かりません……」


 果たしてどうすれば良いのか?


 一時的に洗脳などで正気を失っているにしても、俺達のスキルに精神の回復や、落ち着かせるまでの間、相手を拘束しておけるようなものはない。


 適度に痛めつけて無力化させた後にロープで縛りつけるくらいだろうか。

 取れる方法としては、ホンジュラスで試してそれなりの効果があった「唐辛子を鼻の穴に突っ込む」という気付けである。それが効いてくれれば良いのだが……。


 どうしたものかと様子を伺っていると、突然、大男の身体が痙攣し始めた。

 背中が反り返らせた後に、獣の雄叫びのような声を上げる。


 次の瞬間、直線ばかりで構成された真四角の板が大男の周りに現れて、装甲板のようにを上半身を覆い尽くしていった。

 四角い装甲板が何枚も組み合わさった直線で構成されているその姿は、鎧というより戦車の装甲という印象を受ける。

 頭部は狼を模したであろう、鼻先が長い、完全に顔を隠すフルフェイスの兜に包まれている。



 そして腕には明らかにオーバーサイズの巨大な手甲が貼り付いている。

 手甲の先端には鋭い金属製の爪。

 あれで切りつけられたならば、軽傷では済まないだろう。


 鎧が装着された後に腕や胸の筋肉が倍以上に膨らみ、ただでさえ巨大な男の体が熊のような巨体になった。

 そのまま腕をだらんと下げて、極端な猫背姿勢を取る。


 鎧の形状や姿勢は、まるでモグラ型のロボットだ。

 

 この変化が大男だけだったのならば、何かの強化系スキルという解釈も出来たかもしれない。


 ただ、横に居た10歳くらいの子供の方も、大男と全く同じ変化を始めた。

 大男と同じ鎧兜に巨大手甲。そして体の変形。


 元の体格の違いにより大小の大きさの差こそはあるが、基本的にはどちらも全く同じ形状へと変わっている


 たまたま2人が同じスキルを所持していたとは流石に考えにくい。


 2人を見て最初に連想されたのは、ホンジュラスで出会った寄生体だ。


 あれも「何か」に寄生されたことによって、人間はヒトガタの異形へと変化させられていたが、今回もそれと似たような変化が起こっていると考える方が自然だ。


 ただ、最初に街道へ立っていた時は挙動こそ不審そのものだったが、その姿は人間そのものだった。


 寄生体は不可逆のようだったが、今回は姿に関してはおそらく可逆が可能なのだろう。

 つまり、人間の姿へ元に戻す方法が皆無ということはなさそうだ。


「プロテクション!」

(シールド)を形成!」


 大男と子供が突進してきたので、俺とモリ君の防御スキルで食い止める。

 それなりの力は有るようだが、壁を突き破ることが出来る程の攻撃力を備えていないようだ。


「どうする? とりあえず叩きのめして戦闘不能にするか?」


 俺は2人に方針の確認を取る。


「無理だよ……子供は叩けない」

「俺も……どんな姿になっても元は仲間だった人を倒せるわけがない……」


 だが、モリ君とエリちゃんは敵の攻撃を防げてはいるが、多少なりとも知っている顔が異形と化したことで、完全に戦意を喪失していた。


 この2人は強がってはいるが、それほど精神が強いわけではない。

 つい先日までは日本で平和な暮らしをしていたただの高校生に過ぎないのだ。


 かく言う俺もただのサラリーマンでしかなかったので、そこまで覚悟が決まっているわけでもない。

 ただ大人の責任感とこの子達を護らないといけないという義務感でここまで来ただけだ。


 それでも、ここは俺がやるしかないのか?


 モリ君とエリちゃんだけではない。

 目の前の2人を救い出すためにも俺が決断するしかない。





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