Chapter 10 「石切場の戦闘」
石切場は町から一時間ほど歩いた場所にあった。
確かにこの距離ならばケルベロスは町に襲撃をかけた後にすぐに洞窟へ引き返せるはずだ。
使い魔状態にした鳥を旋回させて周囲の様子を確認させる。
石切場自体はそれなりに広い。
石を切り出すのに使用されると思われる岩場に立てかけられた足場の丸太、荷車、木製の簡易クレーンなどはそのまま残っており、作業途中に作業員達が慌てて逃げ出したというのはよく分かる。
石切場の隅には人骨が積み上げられている。
被害に遭った作業員のものだろうか?
ケルベロスの姿はなし。
ただ、石切場には2頭のヘルハウンドが徘徊している。
俺が偵察のために飛ばしている鳥の動きを目で追っているようだが、自分達では届かない上空にいるのが分かっているからなのか、それ以上のことは何もしてこない。
状況は把握できたので鳥を解除する。
「ラビちゃん、うちは家で犬を飼っていたから、あんまり犬を傷つけたくはないんだけど」
「大丈夫。ヘルハウンドは全然犬じゃないから」
「それ本当?」
俺はエリちゃんにヘルハウンドの外観を見たままに伝える。
シルエットだけは黒く大きな犬のように見えるが、骨格がまるで犬とは違う。
まるで人間が無理矢理両手を付いて歩いているような体形をしている。
顔も犬というよりは猿に近く、鮮度が悪い魚のような濁った目つきをしていて、決して犬ではない。
古今東西のファンタジーゲームに登場するヘルハウンドは大まかに犬タイプと犬型の悪魔の二種類があるが、この世界のヘルハウンドは後者の犬型の悪魔タイプのようだ。
その上で火を吐く。犬の要素は意外と少ない。
「というわけで、全然犬じゃないので大丈夫。可愛いどころか、近くで見るとむしろ気持ち悪い」
「それなら安心して倒せるかな」
どうやら、精神的な壁はないようで安心した。
「それでケルベロスの方はどうなの?」
「俺は見てないけど、話を聞く限りは体長10mくらいの頭が2つある犬らしい。首の周りがライオンみたいに鬣がフサフサしていて、それ以外の毛は短い。身体は筋肉質で飛び上がって鋭い爪で……」
聞いた特徴を説明していて気付く。
「これ、犬じゃなくて猫系動物の間違いじゃないかな? 顔が細長くて犬に見えるだけで、それ以外は頭が2つあるライオンなんだけど」
「地球の生き物に喩えるのが間違いってことなのでは」
「それだ。ケルベロスはケルベロス」
地球の生き物に喩えるのは止めようと言った直後に何だが、日本ではヒグマ討伐報酬が一頭あたり8000円である。安い!
それと比較すると、今回のケルベロス、およびヘルハウンドの討伐報酬は破格だ。
金貨で……いや、これだと分かりにくい。
日本円換算すると前金10万、成功報酬70万の合計80万円だ。
5人で割ると一人あたり16万。
それなりの食事を摂ってちゃんとした宿に泊まっても、かなりゆとりが出来る。
「それでどうするんだ? ラヴィのビームで遠距離から焼き払って終わりじゃないのか?」
「今回それは出来ない。地道に一匹ずつ狩っていくしかない」
「なんでだよ!」
「俺の熱線だと石切場ごと吹き飛ぶ」
魔女の呪いは火力調節など出来ない。
常に最大火力で放出されるので、奪還すべき石切場ごと吹き飛ばしてしまう未来しか見えない。
特に今回は旅の資金を稼ぐという目的も兼ねているので、迂闊なことは出来ない。
「洞窟の中だけを攻撃するのは?」
「それも却下。町長が言ってただろ。洞窟は奥で別の場所に繋がっているようだって。洞窟は壊したけどケルベロスは無傷でしたとなる可能性が高い」
厳しい話だが、敵は地道に倒していくしかない。
そうなると、近接戦闘が得意なモリ君とエリちゃんの二人に頼らざるを得ない。
「ケルベロスって何か弱点みたいなのはないの?」
「ダブルヘッドジョーズは2つの首の間が安全地帯、かつ弱点で、そこを斧で殴れば倒せたけど、ケルベロスも同じなのかはよく分からない」
「まずダブルヘッドジョーズが分からないんだけど」
「ダブルヘッドジョーズというのは実験によって古代から蘇ったサメで、そこらは遺伝子改良の科学実験で生まれたという設定を採用している続編のトリプル、ファイブ、シックスヘッドと違っていて、本編中ではガバガバ水位が……」
「しまったクソサメ映画の話だ!」
説明をしている途中でカーターに遮られた。
「でも生物にとって重要器官である首が2つも付いているんだから、その付け根に太い動脈が有ってそれが弱点というのはありそうな話だろ」
「まず、古代ギリシャ人が考えた魔物とクソ映画に出てくる低予算モンスターを同一視するな」
ダメならば仕方がない。
地道に倒す方法を考える必要がある。
「なら次はヘルハウンドの方の対策だが」
「狼みたいに役割分担とか奇襲攻撃をかけられたら面倒ですよね」
ヘルハウンド単体ではそこまで強い相手ではないが、複数体が連携攻撃を行ってくるとなると話は別だ。
目の前の数体との戦闘に集中している隙に背後から襲われたら、普段なら避けられる攻撃も食らってしまう可能性は有り得る。
俺とモリ君の防御も一度使用するとタイムラグが有るので、その隙にどんどん押し込まれてしまう可能性は高い。
「奇襲対策となると、何があるだろう」
「相手が隠れられないなるべく見晴らしの良い場所で戦う。その上でこちらも誰かの隙をカバー出来るようにあまり離れない……くらいですかね」
口では簡単だが、実際にはどう対策すれば良いのかは難しい。
ある程度の対策を検討してから戦闘へ挑むことにする。
◆ ◆ ◆
「ピッチャー第一球、振りかぶって投げました!」
エリちゃんの投げた石塊が石切場にいるヘルハウンド一頭を掠めて、すぐ近くの地面に大穴を開ける。
「おかしいな。コントロールに自信はあったんだけど」
「ボールじゃなくてただの石の塊だから、空中で軌道がブレるんだと思う」
「ならどうしたらいい?」
「石の塊は全部違う形なんだから、とにかく数を投げるのが一番じゃないかと」
「分かった」
ヘルハウンドによる連携攻撃を警戒するために、なるべく見晴らしが良く、周囲の状況を確認しやすい場所で戦うことにした。
遮蔽物がなければ、物陰から近付かれることもない。
その上で、こちらの有利な状況に敵を引きずり出すにはどうしたら良いかを検討した結果、こうなった。
俺達の仲間の中で物理最強のエリちゃんがその力を生かして、そこらに転がっている石を適当に投げつけまくるというシンプルな物理攻撃である。
幸い、石切場近くという環境のおかげで、投石に適した手ごろなサイズの石は豊富にある。
挑発に乗って出てきてくれるならば良し。
石切場に籠って動かないのであれば、そのまま遠距離から投石で倒してしまえという腹積もりである。
「よし当たった!」
5回目の投石で石塊はついにヘルハウンドを捉えた。
頭部に超高速で飛来する石の直撃を受けたヘルハウンドの頭部がザクロのように弾けた。
流石に即死だろう。
「残りは一匹?」
「いや、これから増えるんだと思う」
仲間の頭部が弾けたのを見た、石切場にいた残り一頭のヘルハウンドが遠吠えを始めた。
その声を受けて、俺達の周囲のあちこちから遠吠えが聞こえてくる。
「数が増えたら、当てやすくなるってことはない?」
「相手がまっすぐ、かつ真正面からまっすぐ突進してきれるならまあそうかな?」
俺は近くの岩陰から飛び出そうとしていたヘルハウンドの口の中に光る鳥を投げ込むように突撃させる。
ヘルハウンドはちょうど火の息を吐こうとしていたところだったのだろうか?
口を大きく膨らませた後に、内から弾けてバラバラになった。
周囲には硝煙の臭いが充満している。
「相手も潜伏とか考えずに一気に距離を詰めるつもりだ! それに思っていたよりも数が多い!」
鳥を一羽使い魔モードに切り替えて上空に飛ばし、真上からの俯瞰により敵の位置を確認する。
遮蔽物が多い岩場なので分かりにくいが、概ね全体の位置関係は把握できた。
洞窟内から追加で5体のヘルハウンドが現れている。
そして、洞窟から少し離れた岩場からヘルハウンドが4体飛び出してきた。
洞窟が別の場所に繋がっているというのはそういうことか。
更に石切場を大きく迂回するようにして、俺達のずっと後方……町に近いところまで回り込んでいるヘルハウンドも3体。
どこかに隠れながら俺達へ近付き、背後から狙うつもりなのだろう。
「洞窟から5! 離れた位置に4! 背後から奇襲を狙っているやつが3!」
「離れた位置の4体もどうせ回り込んで奇襲してくるんでしょう。だから背後からの奇襲は7でカウントしてください」
「もう一体追加しといてくれ! ラビ助の見逃し分だ」
カーターがライフル銃で射撃すると、かなり離れた岩陰で獣の断末魔と何かが倒れる音がした。
「えっと……そうやったら倒さないとあかんヘルハウンドの数は……」
ドロシーが指を折って計算をしている。
「今のは気付いていなかったからノーカウント。目の前から来るのが6、回り込んでくるのが7。そこは変わらず」
「見逃し漏れがあるだろうから、更に4くらいプラスで」
「数の根拠は?」
「倒したのが3。確認できているのが13なので、4足すとちょうど20でキリがいい」
何のキリが良いと20になるのかは分からないが、少なく見積もって油断してしまうよりはマシだろう。
「ラビさん、鳥はなるべく使わないで! 火の息を防ぐための盾に集中して欲しい」
「分かった」
「エリスは今まで通り投石に集中。近くへ寄って来た敵は全部俺が叩き落すから」
「じゃあ近くは任せた」
「ドロシーは俺の後ろに。カーターさんは銃で支援を頼みます」
フォーメーションは決まった。
エリちゃんは投石を続けて、俺とモリ君が背を預ける形で、接近してくる敵に備える。
カーターは後方支援。
ドロシーは庇護対象なので特に何もしなくてもいい……いや、なんで連れてきたんだよ?
あとはひたすら反復作業だ。
エリちゃんが石を投げて直撃すると、それでヘルハウンドが絶命する。
回り込んできたヘルハウンドの攻撃を俺の盾とモリ君のプロテクションで防いで、モリ君の槍やカータの銃撃で仕留める。
これを地道に繰り返すだけ。
単体の戦闘能力は大したことはないので苦戦はしないが、数が多いので体力と精神力だけは削られる。
小一時間は戦闘しただろうか?
「今何匹目?」
「14」
ようやくヘルハウンド達の襲撃が止んだ。
辺りにはヘルハウンドを倒した時に漏れ出したであろう硝煙の臭いが充満していて、むせる。
念のために再度、鳥を使い魔として呼び出して再偵察を行うが、周辺に動いている生物の気配はないようだ。
「確認漏れがなければこれでフィニッシュだ」
「ならこれが確認漏れだ。これで15体目」
カーターの射撃によって撃った弾丸が崖の上からまさに飛び降りてきたばかりのヘルハウンドの脳天を貫いた。
「キリの良い数は18だったらしい」
「すまん、俺の不注意だ」
「いやいや、よくやってくれてるよ」
確認漏れがあったので、再度周囲を警戒するが、今度こそ敵の姿は確認出来ない。
「今度こそ終わりか……」
「流石に疲れたよ。ちょっと休憩したい」
珍しくエリちゃんから弱気な言葉が出ている。
仕方ない。一時間ほどそれなりの重さのある石を投げ続けていたのだから、疲労が溜まっても仕方がない。
この後にケルベロス戦が控えていることを考えると、少しでもコンディションを回復した方が良いだろう。
「一段落付いたみたいなので休憩にしよう」
「賛成」
持っていたドライフルーツを配る。
出来ればお茶も欲しいところだが、今のところ茶葉やそれに代用できそうなものは手に入っていない。
調達しやすい穀物ならコーンが有るので、コーン茶にチャレンジしてみるべきか?
「ラビちゃん、うちはプラムが欲しい」
「プラムはもうないな。リンゴでいい?」
「リンゴ好きー」
ドロシーはリンゴを摘まんでモリパパとエリママへ見せびらかせに行った。
子供は分かりやすくてよろしい。
「ラビちゃん、オレもリンゴが欲しい」
「はいクコの実」
カーターの手のひらに小さい赤い実を3個乗せる。
「これ厳密にはクコの実じゃなくてクコの実っぽい何かの種だろ! もっと果物らしいやつをくれよ!」
「残念ながらドライフルーツはこれで品切れです。またの入荷をお待ちください」
「ならせめてクッキーを」
「ほらよクッキーだぞ。ありがたく食えよ」
ドライフルーツは意外と好評で栄養補給にも良いので、また買っておいても良いだろう。
素材を買って干して作るのも良いかもしれない。
なるほど、あの船の商人は、こうやって少量のサンプルを配ってリピーターを増やしていくのかと気付いた。
なかなかに商売が上手い。
「では、そろそろ狩るか」
なお、俺達が恐れていたのは連携攻撃と奇襲によって軽傷を積み重ねることだったので、中途半端な強さのモンスターであるケルベロスはエリちゃんのワンパンで無事に沈みました。
「やっぱり2つある頭の付け根が弱点じゃないか!」