Chapter 3 「謎の少女ドロシー」
波止場で頬杖をついて待っていると、聞き込みに向かったカーター達が戻ってきた。
「おかえり。収穫は有ったか?」
「お前もこんなところでサボってないで、聞き込みに参加しろよ」
「あれだけハッタリを噛ましてボロが出たらマズいだろ」
一応俺はタウンティンからやってきた正義のエージェントということになっている。
ここで色々と喋ってボロが出たら、また魔女狩りが始まってしまうだろう。
さすがにハッタリで切り抜けられるのは一度だけだ。
「それでワイバーンや北方面についての情報は?」
「あちこちで聞いた話なんだが、ここから北の方角に突然に謎の町が出現したらしい」
「謎の町?」
カーターの言っていることがさっぱり分からない。
謎の町というのはどういうことなのだろうか?
「なんでも2、3年前に急に知らない町が出現したらしい」
「普通に小さい集落が発展したとかじゃないのか?」
「いや、そこの住民は、まるで何十年……何百年もそこに住んでいたように振舞っていたらしい。逆に向こうの町の住民もマサトランの存在を知らなかったとか」
確かに不思議な現象だ。
今の話だけを聞くと、まるで町ごと異世界転移してきたように思える。
「それに、2、3年に出現したということは、流石にゲームマスターとは無関係か」
これが2、3か月ならば確実にゲームマスター……運営による何かの仕込みの可能性は高いが、俺達が召喚される前から、こんなゲームと何の関係もない場所で謎の仕込みをしているとは考えにくい。
別件だと考えるべきだろう。
「町が出来たということで、何人かの商人達が金儲けの種になるかもと向かったらしいんだが、そのほとんどが途中で逃げ帰ってきたらしい」
「俺達の聞いた話も同じでした。なんでも町の周辺に魔物が住み着いていて、怖くて途中で引き返してきたとか」
モリ君がカーターの話を補足してくれた。
「魔物が徘徊となると、ワイバーンもその北の町近くから飛んできた可能性が高いということか」
北の町についてのきな臭い噂はともかくとして、目的はシンプルになった。
どの道、北方向には行くつもりだったのだので、そのついでにワイバーン事件が解消されるならば何も問題はない。
それに、今回は依頼者は存在していない。
事件が解決したとしても、この街に戻ってくる必要はないので、ワイバーンを倒せばこの町に戻ってくる必要などなくそのまま先に進んでしまっても良いのだ。
「町はここから徒歩で一週間ってことらしいので、一日20kmとすれば140kmでしょうか?」
「頑張って1日30km歩けば4日で到着か」
分からないことだらけだが、とにかく行ってみないことには始まらない。
「それで、その街は何という名前なんだ?」
「城塞都市タラリオン」
◆ ◆ ◆
俺達が歩き始めたメキシコ北部からカリフォルニア州に広がるソノラ砂漠は年間降水量が極端に少なく、気温も熊谷や多治見に近い温度まで気温が上昇する過酷な環境である。
……いや、どうなってるんだよ21世紀の日本は。
「砂漠縦断の時期が冬で良かったよ」
夏場ならば毎日が熊谷になるはずだが、冬場だからなのか日差しは強いものの初夏くらいの暑さに留まっており、歩きやすい。
ただ、遮るものがないからなのか、それとも空気中に水蒸気が少ないからなのか、日差しはかなり強いので全員に帽子だけはしっかり被らせる。
見るからに暑そうだったモリ君の金属鎧は脱がせて袋にいれさせた。
嵩張って大変そうではあるが、付けたままだと体温調整に支障がありそうな上に焼けた金属で低温やけどをしそうで怖い。
「水分はしっかり摂るように。あと汗で塩とミネラルが不足しがちだから水を飲む時はドライフルーツも適量食べること」
「お前はおかんか!」
「はいはいおかんで結構。熱中症で倒れられたらみんな迷惑するからな」
砂漠地帯を歩く上での注意点はこれくらいだろうか?
「水の補給はどうします? 今のペースだと1日で水筒の水を飲みきりますよ」
「そこらのサボテンを切って絞った液を沸かして水分を取り出すか、最悪はマサトランの街まで戻って汲んでくるよ」
「俺達ってなんで歩いてるんでしたっけ?」
それは全員が飛べないのだから仕方がない。
「同行を使用! マサドラへ!」と全員で飛んでいくことなど出来ないのだ。
今までは船で楽をしてきたが、これからは一歩一歩を踏みしめる歩き旅だ。
サンディエゴまで約500km。行程は約一か月。
当面の目的は、北に突如出現したという謎の街、タラリオンである。
今のところ魔物が徘徊しているという以外全てが謎だが、街というからには食料や水の補給は出来るだろう。
1日目。
特に何もなし。
サハラ砂漠のような砂だらけの場所を想像していたが、実際は乾燥した短い草やサボテンの生えた赤土の砂漠だった。
意外と歩きやすい。
2日目。
上空にワイバーンらしき影が見えたので、町に向かう前に叩き落とした。
それ以外特に何もなし。
命を無駄にするのも忍びないので焼いて食べようと試みてはみたが、固いし臭いしでとても食べられたものではなかった。
香草と一緒に煮込めば美味しく調理出来るかもしれないが、煮込むための水がない。
仕方ないので放置していると、翌朝にはどこからか臭いを嗅ぎつけただろう、コンドルやキツネ、蟻などがワイバーンの死体に群がり、彼らのパーティー会場と化していたので良しとする。
生態系とはこうやって回っていくのだろう。
3日目。
カーターがこの砂漠にはサキュバスはいないのかよと愚図りだした。
どこのベガリット大陸なんだよそれは。
ここはアメリカだ。
ついに水が尽きたので夜中の涼しい間に箒でマサトランまで水を汲みに戻った。
住民に「まだ町にいたのか?」と不審がられたが、適当に誤魔化した。
まさか町から約100km離れた場所からちょっと水だけ汲みに戻ってきて、すぐに帰るとは言えない。
水を汲んで戻ってくると、モリ君から
「なんで俺達って砂漠を歩いているんでしょう?」
と当然出るであろう質問をされたが、適当に誤魔化した。
全員が飛べないのだから仕方がない。
本当に全員で乗ることが出来る乗り物が必要だ。
4日目。
俺達は早朝から自分の手も見えない程の濃霧に包まれていた。
霧は水分飽和がなければ発生しないはずだが、砂漠の真ん中で濃霧を発生させるような水分がどこから出現したというのか?
「エリスー! ラビさーん! カーターさーんいますかー?」
視界不良の中、モリ君の声が聞こえてきた。
一度集まった方が良いだろうと声のする方向に歩いていくと、不意に左手を誰かに掴まれた。
「これ誰の手? ラビちゃん?」
声の主はエリちゃんだった。
どうやら、はぐれないように手を掴んでくれたようだ。
俺もその手を握り返す。
「俺だよ。何も見えないし、一度モリ君のところに集まろう。手は絶対に離さないで」
「分かった」
「うん」
返事が一人分多かった気がしたが、濃霧による視覚不良の悪影響が聴覚にも不調をもたらしているのだろうか?
これは早く集合した方が良いだろう。
モリ君の呼び掛ける声を頼りに歩いていくと、霧の向こうにうっすらと二人の男の影が見える。
こちらはモリ君とカーターで間違いないだろう。
「この霧、なんとか出来ないんですか?」
「とりあえず火を焚けばその周りくらいは霧が晴れるはずだ。カーター、お前火のスキルを使えただろ。遺跡でユッグを焼いたやつ」
「まあ出来ることは出来るが、長持ちはしないぞ。一瞬吹き出して終わりだから」
「何もしないよりはマシだ。なんでもいいからやってくれ」
カーターに頼むと、やや置いて突然目の前に火柱が吹き上がった。
それと同時に周辺の霧が薄まり、視界がクリアになっていく。
霧が晴れることにより、モリ君とカーターの顔が見えた。
俺とエリちゃんの顔も霧の中から浮き上がってきた。
そして、俺とエリちゃんに両手を繋がれている10歳くらいの少女が一人。
「……この子何処の子?」
「さあ?」
俺がエリちゃんと思って繋いでいた手は、この少女のものだったようだ。
同じようにエリちゃんも、この少女を俺と思って手を繋いでいたのだろう。
昨晩までは間違いなくこんな子供は存在しなかった。
現在位置は街中ではなく砂漠の真ん中ということを考えると、マサトランあたりの住民が迷い込んできたというのも考えにくい。
あからさまに怪しい。
理性では距離を取って警戒しろと判断しているのだが、何故か手をふりほどけない。
その手をふりほどいてはいけないと考えてしまう。
「あなた、どこの子?」
エリちゃんがしゃがみ込んで少女に話しかけるが、怯えた表情でうつむいたまま何も話そうとしない。
白のブラウスにジャンパースカートという現代の子供にしか見えない服装は、とても砂漠を旅してきたとは思えない上に、この世界、この時代では違和感の塊でしかない。
金髪に白い肌も、南米では見かけた記憶が全くない。
やはり、俺達と同じ召喚者で姿を変えられた元日本人なのだろうか?
「お腹は空いてない? はいクッキーをどうぞ」
俺はクッキーを取り出して差し出すが、少女は首を横に振った。
「なら水はどうかな?」
コップに水筒に入っていた水を注いで差し出すと、俺からコップを奪い取るように取り上げると、がぶがぶと一気に飲み干した。
水筒から水を継ぎ足した上でドライフルーツを手渡すと、それを一口で食べた後に、コップをまた空にした。
更に先程は拒否したクッキーを奪い取るとまた一口で頬張り、水で流しこんだ。
「まあ、水がないとクッキーは辛いよな」
少女はそれで満足したのか、目を擦ったと思うと、そのまま眠ってしまった。
ただ、顔が紅潮しており、やたら息遣いも荒い。疲れて眠ったようには見えない。
額に手を当ててみると、かなり熱っぽいようだ。
「モリ君、ヒールを!」
「俺のヒールは怪我専門で、病気なんかは治せませんよ」
「それでも何もしないよりはマシだ」
モリ君がしゃがみ込んで少女にヒールを掛ける。
だが、光るだけで特に何も改善したようには見えない。
病気に関しては俺達は素人である。ここで何をどうして良いものやら分からない。
対応について思案をしていると、ヒールをかけていたモリ君が、唐突に少女のスカートをまさぐり始めた。
「あんた、何やってんの!」
「そうだぞセクハラ魔人、ついにロリまで毒牙に掛ける気か!」
「いや違う、違うって!」
モリ君は弁明しつつ少女のスカートに付いていたポケットから1枚のカードを取り出した。
[ドロシー R]
完全に俺達と同じカードのフォーマットだ。
カードを所持しているということは、やはりこの少女も召喚者で元日本人で間違いないだろう。
「これで思い出しました。この子は俺達の直前、16番目にあの部屋から出て行った子供達です」
16番目。
つまり、モリ君とエリちゃんが最初の部屋に二人取り残される直前に出て行ったということになる。
「俺とエリス、それに中年の男性と子供二人の5人が最後に残ったんです。そうしたら中年の男性が俺達に『悪いが子供達だけをここに残すわけにはいかない』と言って3人で扉を出て行って……」
モリ君が何とも言えない表情をした。
子供を護るためには自分達が残るしかないという割り切りと、それでも自分達が何故取り残されて犠牲にならないといけなかったのかという悔しさ……様々な気持ちがあったのだと想像は出来る。
「でも、なんで最初の50人に戦力外の子供が2人も混じってたんだ? いや、見た目が子供なだけで中身は子供じゃないのかもしれないが。そこのところどうなんだ運営の犬?」
「だから俺は事情を聴いているだけで運営には関わっていないっての」
俺がカーターに聞くと何度も聞いたテンプレートのような回答が返ってきた。
だが、これがどこまで本当かどうかは怪しい。
「ただ、召喚は老若男女無差別完全ランダムのはずだから、極端に若かったり、逆に年寄りが混じっていてもおかしくはない……もちろん子供もな」
ここでカーターに怒っても何も解決しないのは分かっている。
分かってはいたが、運営の悪辣さには反吐が出る。
「ただ、ある程度は元の人間に合わせるので、子供キャラの場合は中身も子供の可能性は高い。見た目は子供で頭脳は大人なんてまずはないはずだ」
「年齢も性別も何も合ってない実例がここにいるわけだが何か一言?」
「だから本当に知らないんだって」
もうカーターに聞いてもそれ以上の情報は出てこないだろう。
ドロシーのカードを改めて見る。
スキルのアイコンは3つ。
イラストは水滴、川、間欠泉。
アイコンから推測するに、ドロシーは水系統の魔法使いだろうか?
カードの記載されたフレーバーテキストにも村の子供だの、村の賢者に師事する若き見習い魔法使いだのという説明が記載されている。
「これからどうします?」
「なんでこんな砂漠を一人で歩いていたのかは謎だけど、まずは町でゆっくり休ませて、それから詳しい話を聞いてみたいところだ」
一度、マサトランの町まで戻るか、それともタラリオンを目指すかは悩むところである。
「何にせよ、この霧が晴れないことには」
「ラビさんの極光でどうにからならないんですか?」
「俺の極光は、ようはレーザー光線だから、霧の中では拡散すると思うんだよな。一応やってはみるけど」
試しに手の平から極光を放ってみるが、やはり放った直後に霧で乱反射して、そのまま拡散して消えてしまった。
まともに飛んだのはせいぜい2メートルと言ったところか。
「なら魔女の呪いで何とかならないんですか?」
「そちらの高熱ならば霧を晴らすことは出来るだろうけど、熱線が何かの間違いで町の方に飛んで行ったら大惨事になると思う。建物だけならともかく、人間に当たったら間違いなく大惨事だ」
「ならダメですね」
当然だ。セーフな要素がない。
俺の能力は魔女らしく社会から排除されるような能力に偏っているのだ。
「というわけでカーター、火の噴射を頑張ってくれ」
「なんでオレが!?」
「だって、火炎放射を出して霧を消せるのはお前だけだし」
「だからあの炎は90秒に一回だけなんだって」
「それは、90秒に1枚しか出せないクッキーを4000枚出し続けた俺に対する嫌がらせか?」
それだけ言うと、カーターはようやく観念したように肩を落として怠そうな顔で懐から銀色の鍵を取り出した。
そして、スキルによって炎を噴出させて、霧をわずかでも晴らし、視界が確保されたら全員で少しずつ進む。
そうやって歩いているうちに、ようやく霧が晴れて視界がクリアになってくる。
霧の彼方に石を積み上げて作った石垣のようなものがぼんやりと見えてきた。
「もしかして、これがタラリオンの町か?」
霧に包まれて全貌は把握できないが、石垣……いや、城壁は数キロに渡って続いているようだった。
城壁の高さは20mほどか?
ごくわずかだが、城壁の向こうに建物の屋根が顔を覗かせている。
「見たところ、魔物もいないし、怪しげな雰囲気は何も感じないが……霧で見えないだけなのか?」
「霧の時点で怪しいんですよ」
モリ君が正直な感想を漏らす。
確かにその通りだが、ここで霧に対して文句を言っても何も始まらない。
魔物のことは気になるが、まずはドロシーがゆっくり休める場所に行かなければならない。
俺達は城壁沿いに歩いて、街への出入り口……城門を探し始めた。