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Chapter 2 「正義のエージェント」

 俺達はユカタン半島北部にある都市、マサトランに辿り着いた。


 クッキーは当初は2000枚の約束だったが、倍の4000枚を用意したので、礼としてドライフルーツ詰め合わせをいただいた。


 プラムのようなものから、日本でナッツ詰め合わせを買ったときに入っている謎の赤い実まで、正体不明の何種類かのドライフルーツが皮の袋の中にそれなりの量が入っている。


 店には出せない半端物らしが、非常食として有難くいただくことにしよう。


 俺が箱詰めしたクッキーは、この王国の貴族はもちろん、タウンティンの方にも売り込むという話だったので、もしかしたら知事のところにまで流れる可能性があるかもしれない。


 マサトランの街は建物こそ中世という年代相応の簡素なものが多いが、人口はそれなりに居るようで、港の近くにある市場からは賑やかな声が聞こえてくる。


 とりあえずクッキーを取り出して祈り、神に感謝して袋に詰める。


「ラビさん、もうクッキーは出さなくて良いんです」

「でも今日のノルマが……」

「ノルマは終わりました」


 どうやら、連日の作業でクッキーを出す動作が体に染み着いているらしく、つい気を抜くと無意識にクッキーを出してしまう。

 ただ、これは不審者以外の何者でもないので、早く正常に戻るために努力しよう。


「さて、問題はここからだけど」

「一番問題なのはお前だよ」


 カーターの言うことは無視して、クッキーを取り出して袋に詰めた後に、パナマで購入した地図を広げて一番左上を指差す。


「現在位置はここ。地図の端っこまでやってきた」

「別の地図が必要だな。そこらの店で売ってないのか?」

「多分ない」


 俺は肩を竦めてお手上げとばかりに両手をあげる。


「地球と同じで、ここから北は砂漠が広がっていて、人が住んでいる場所が極端に減る。小さい集落みたいなのは点々とは有るみたいだけど」

「さっきまでジャングル地帯だったのに急に水がなくなりすぎだろう」

「原因はあれ。海の向こう側にうっすらと見えるだろう」


 港の先にぼんやりと霞んで見える陸を指差す。


「バハ・カリフォルニアという物凄く長い半島が壁になっているせいで、太平洋で産まれた雨雲が全部手前で叩き落とされて、このカリフォルニア湾の内側にはほとんど雨が降らない」

「よくこんな場所の地理の話を知ってるな」

「バハって車やバイクのラリーレース開催地として有名なんだよ。パリダカ程じゃないけど、砂だらけの道を飛んだり跳ねたりで面白いぞ。日本に帰ったら観てみるといい」


 ラリーレースには興味があって色々と調べていたので、それなりには分かっているつもりだ。

 ここにいるのが俺一人だけならば、バハに渡り、箒に乗ってラリーレースごっこ&聖地巡礼に行っていたところだ。


「パリダカはアフリカのダカールを走るレースだっけか? そっちは知ってる」

「パリダカもアフリカが政情不安定らしいので何年か前から南米ペルーで開催してるぞ。前にゾス神の祭祀場に行った時に全然木や草がない地帯を歩いたと思うけど、あの辺りがスタート地点」

「ダカールはどこに消えた? ペルーレースじゃねぇか」


 ラリーレースについては色々と語りたいが、今はこれからの方針を決めないといけない。


 その時、突如として市場の方から騒がしい声が聞こえてきた。


 何事かと視線を向けると、人々が慌ただしく走り回っている。


「何が起こったんだ?」


 話を聞こうとするが、誰も立ち止まってはくれない。

 当然だ。

 怪しげな外国人の少女が何か言ったところで、余程のことがなければ足を止めてくれないだろう。


 途方に暮れてクッキーを取り出して袋に詰めていると、モリ君が一人の若者を止めた。


「市場の方で何が有ったんですか?」

「また化け物鳥が出たんだよ! 子供が掴まって連れていかれた!」

「また?」

「ウィツィロポチトリの祟りだよ!」

「なんて?」

「ウィツィロ……いや、こっちは急いでるんだ!」


 若者はそれだけ言うとモリ君の手を振り切って駆けだしていった。


 それで思い出されたのはホンジュラスの酒場で聞いた「ククルカンの祟り」だ。


 あの時も怪鳥が出ただの、探窟家が行方不明だのと言っていた。


 場所も違うし、祟りの主もククルカンからウッチャリポチポチとやらに変わっている。

 いや、何か違うな。ウッチロチロリト? ウツロイロボトル?


 ただ、子供が連れていかれたというのは気になる。


 全員で市場の方へと足を向けた。


 叫び纏う人々の中を掻き分け、通りを進む。


 市場の露店がひっくり返され、果物や野菜が散乱している。

 子供たちが泣き叫び、大人たちが彼らを必死に守ろうとしている。


「一体何があったんだ……」


 市場の中央であろう広場に辿り着いた時、それらの惨状を引き起こした怪鳥の姿が露わになった。


 タウンティンの地母神の遺跡でも出会った因縁の相手……

 翼が生えた巨大なイグアナ、ワイバーンだった。

 数は二匹。


 今は怯えまどう人々を無視して、元は店先に並んでいたであろう魚をついばんでいる。


 どちらのワイバーンも魚に夢中のようだが、子供が連れていかれたという話はどこから出たものだろう?


「こんな町中にシャンタクかよ。どうなってんだここは?」

「シャンタク? ワイバーンだろ」

「いやこれはシャンタク……いや、もうワイバーンでいいや」


 カーターが何やら言っているが、別に名前などなんでも良いだろう。ワイバーンはワイバーンだ。 


「子供を連れ去ったというやつはどこに?」


 物陰に隠れていた中年の女性に聞くと、無言で空の彼方を指差した。

 俺に目には何も見えないので、視力サポートのために鳥を呼び出す。


 そのうち一羽を使い魔モードに切り替えて視界を中継させると、はるか彼方に飛翔する一体のワイバーンの姿を目視で確認出来た。

 子供がさらわれたというのは嘘やデマではないようだ。


「ここの広場の奴の相手はみんなに任せる。俺は子供を連れ去った奴を追ってみる」

「ラビちゃん一人で大丈夫?」

「そうは言っても飛べるのは俺だけだろ。子供の安否が気になるし、今すぐ行ってくる」


 背負っていた荷物を下ろして道の脇に置き、箒に跨がって浮上すると、周囲からどよめきの声が上がった。

 人間が空に浮かぶのはそれ程珍しいことなのだろうか?


 だが、ギャラリーにいちいち能力の説明などしていられないので無視だ。箒の穂先から虹色の光を噴き出しながら、最大加速で一気に飛び出す。


 おそらくワイバーンも子供を運びながらでは、全速力で飛行できないのだろう。

 原付ほどの速度しか出ていなかったので、こちらは五分ほど全速力で追いかけるだけで追い付くことが出来た。

 鋭い爪が付いたその足の指にはぐったりとした5歳くらいの男の子が抱えられている。


 微妙に動いているので今は生きているようだが、この先どうなるかは分からない。

 速攻で決める必要が有るだろう。


 ワイバーンを追い抜きつつ、鼻っ面の前に鳥三羽で盾を形成する。


 案の定、ワイバーンは急に出現した盾を避けられず、正面衝突事故を起こした。

 甲高い叫び声を上げながら、その巨体を震わせて悶えている。


 痛みに耐えかねたのか、足で掴んでいた子供が宙に投げ出された。


「今は子供が優先っと……」


 ここまでは予想通りの動きだ。子供を空中でキャッチした。


 子供は捕まえられる時に爪で引っかかれたのか、浅い傷が入っている。致命傷ではないようだが、決して無視して良い傷ではない。


 呼吸はしているので、死んではいないようだが、呼びかけても意識はない。

 早く街に戻って治療する必要が有るだろう。


 このまま子供を抱えて街まで戻るのがベストなのだろうが、残念ながら、俺の腕力だと長時間子供を抱え続けることは出来ない。


 一度地面に着陸。

 周囲に他のワイバーンがいないことを確認して、子供を木の陰に寝かせた。


浮遊(フロート)


 箒を再浮上させて、まだ空中で悶えて続けているワイバーンの近くに移動する。


「あの遺跡では三人がかりでやっと倒せた相手だったけど……スキルの熟練とランクアップでどれくらい楽に戦えるようになったか」


 鳥を五羽召還。


 二羽ずつを翼に向かって突撃させて、両翼の皮膜を突き破る。


 遺跡の時点では片側の皮膜を突き破るのに四羽の鳥の同時攻撃が必要だったが、現在は四羽で両翼を破壊。

 確実にランクアップによる攻撃力の強化の恩恵を受けている。


 両翼を失ったことで滞空状態を維持できなくなったワイバーンは頭を下に真っ逆様に落下していく。

 概ね勝負は決まったが、念には念をだ。


 落下するワイバーンの脳天にトドメとばかりに、残る鳥を一羽叩き込んで頭蓋骨を粉砕。

 ワイバーンはそのまま地面に激しい音を立てて激突し、ピクリとも動かなくなった。


 メダルは……出現しない。


「メダルが出たり出なかったり、そういうことはハッキリしてくれよ」


 愚痴ってみるが、やはりメダルがごめん忘れていましたとばかりに遅れて現れることなどない。


 そういえば遺跡内でも蜘蛛などはいくら倒してもメダルが出現することはなかった。

 野生動物……ゲームマスターが関与していない敵は、いくら倒してもメダルは出ないということなのだろうか?


「まあいい。子供を街まで連れて帰ろう。モリ君のヒールで治れば良いけど」



   ◆ ◆ ◆


 俺と子供が街に戻ると、現れていたワイバーンは既に駆除され、死体の撤去作業が始まっていた。


 どうやらワイバーンに止めを刺したのはモリ君なようで、まるで英雄が現れたように人々から賞賛の声を受けている。


 ちょうど良かったとばかりに、その場に着陸。

 子供を抱きかかえて降ろすとモリ君が慌てて駆け寄ってきた。


「ラビさん、大丈夫でしたか?」

「俺は無傷だけど、この子は怪我をしている。すぐに看てやってくれ」

「わかりました」


 モリ君がヒールをかけると、みるみるうちに傷は癒え、子供は目を覚ました。

 ヒールで回復できるレベルの軽い傷だけで本当に良かった。


 子供が所在なく立ち尽くしているのを見て、群衆の中から一人の女性が飛び出してきて、子供を抱きかかえた。この女性が母親なのだろうか?


「俺のヒールだけだと、全快したかどうかは不安なので、念のため後で医者には看てもらってください」


 モリ君が母親らしき女性に声をかける、更に群衆から大歓声が上がった。


 傷の治癒という分かりやすい能力が奇跡に見えたのか

「救世主だ」「神の化身だ!」などの声が飛び交っている。

 

 こうやって英雄嘆は生まれるんだなと思い、一息付こうとした時、俺に石が飛んできた。

 速度が速いわけではなかったので、箒を振って落とす。


「魔女め!」


 一人の男が俺に向かって叫んだ。

 どうやらその男が俺に向かって石を投げつけてきた張本人のようだ。


 だが、意味が分からない。

 確かに俺は魔女だが、何故石を投げつけられないといけないのか?


「不気味な白い髪に赤い目! 空を飛び回る奴が怪鳥を操っていたに違いない!」


 とんだ言いがかりである。

 何故俺がそんなことをしないといけないのか?


 すると、今度は別の方向から石が飛んできたので、盾を形成して防いだ。


「見たか! 光る鳥を喚びだしたぞ!」

「光る壁もだ! 俺達を怪しげな魔術で呪うつもりか!」


 それを皮切りに、群衆の中から次々と石が飛んでくる。

 やはりこの国は中世なのだと確信できた。

 中世の魔女狩りが今まさに行われようとしているわけか。


 だが、石を投げるという行為は本当に意味が分からない。

 もし俺が本当に悪い魔女なら石を投げて刺激するのはマイナスではないだろうか?

 何かしらの反撃があると考えないのだろうか?


 だが、仕方ない。

 民衆がそういう態度を取るならば、こちらにも考えというものがある。


 最初に石を投げてきた男にポケットからカードを取り出しながら近付いていく。


「はいはーい、皆さん。私は南の国タウンティンからやってきた刑事……じゃない、正義のエージェントです」

「お前、何を……」

「タウンティンには凄い機械が有ることは皆さんご存知ですよね。盾も空飛ぶ箒はその機械の一つです」


 群衆に嘘の身分を騙りながら身分証のようにカードを見せると、どよめきが走る。

 カードは文字化けして意味が分からないだろうが、ハッタリにはちょうど良い。


「タウンティン? そう言えばあの国は変な機械が山ほど有るって聞いたことある」

「家くらいの大きさのトカゲも町中を歩き回っているらしいぞ」


 狙ったわけではないが、群衆の中から「トカゲ」というワードが出た。

 これは話を進めやすい。


「そうトカゲ! 先程も街中で暴れていた、あの空飛ぶトカゲですが、タウンティンの領土内から逃げ出した個体が繁殖しているらしくて、我々が密かに調査を行っておりました。目的は奴らの駆除です」


 もちろん全て嘘である。


 とにかく言葉をまくし立てて、相手に思考させる時間を与えないことで、あからさまな嘘とハッタリで煙に巻く。

 洋画の刑事ドラマでよくやっていた戦法だ。


「ということは、あの鳥は祟りじゃなかったのか?」

「もちろんです。祟りなどありません。あれはただの空飛ぶトカゲです」

「トカゲ?」

「そう、トカゲ」


 トカゲという単語を強調した後に、ここでクッキーを取り出して男に手渡す。


「あんたの見た目は、伝説にある魔女そのものじゃないのか?」

「いえいえ、タウンティンは私のような服装の人間はいくらでもいますので。海外旅行の際にはいちいち突っかからないように注意してくださいね。お巡りさんが来ますよ」


 いくらでもいてたまるか。どこの魔境(ビッグサイト)だよそこは。


「それに、エージェントというには少し若いように見えるが」

「私はこれでも私は23歳です。全然見えないでしょう」

「嘘だろ! 十代の女にしか見えんぞ」

「えっ? 十代の女にしか見えない相手に石を投げたんですか?」


 俺がそう言うと、群衆が一気に静まり返った。


 やはり十代の少女に石を投げつけるという行為には多少なりとも罪悪感が有ったのだろう。

 その罪悪感を忘れさせて暴走させるとは群衆心理、恐るべしである。


「私達はもうしばらくこの街の周辺で調査を継続予定です。これから北の方に調査に赴く予定ですので、もし宜しければ情報提供頂けるとありがたいです。私達は事件の早期解決を望んでいます」


 高らかに呼びかけると、群衆たちは顔を見合わせた後に、興味を失ったかのように去っていった。


 一段落付いたところでカーターが近寄ってきた。


「お前って日本に居たときは詐欺師だった?」

「サラリーマンですけど」

「嘘だろ! そんなサラリーマン居ねえよ!」

「ビバリーヒルズコップ観たことない? さっきの調子でハッタリだけで家も車も手に入れるぞ。名作だから観ろよ」

「映画の真似かよ!」


 さて、問題はこれからだ。


「ラビさん、無茶苦茶ですよ。タウンティンの名前を出したらリプリィさんに迷惑がかかるでしょ」

「知事なら分かるけど、何故そこで一介の軍人のリプリィさんの名前が出るんだ? モリ君はリプリィさんのこと好きすぎない?」


 俺がそういうとモリ君があたふたし始めた。これはやっぱり全然振り切れていないな。

 ユイユイ言っていた頃よりはマシだと思うけど、まだ一人前には至らずか。


「出来ればさっきの嘘がバレる前に逃げ出したいところだけど、ワイバーンの件は片付けないと目覚めが悪いな」


 これからは日本への帰郷ルートだけを考えていけると思ったのに相変わらず問題山積みである。


 全く正義のエージェントは辛いよ。


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