Chapter 17 「それぞれの別れ」
戦いは終わった。
「はい、動かないでくださいね」
戦闘で負った傷はマリアの回復スキルのおかげで治癒された。
モリ君のヒールもそれなりの回復能力はあるが、やはり専門家は違うのだろう。
俺が受けた傷は最後に高所から飛び降りて負ったものも含めて見事に完治した。
「回復ありがとうございます」
「いえいえ、あなたのおかげで強敵を倒すことが出来ましたから、せめて私にも出来ることをと」
確かに旧神の印による弱体化の効果は完全に決め手になった。
これを教えてくれたカーターにも後で礼を言うべきだろう。
「しかしラヴィ君達が無事で良かった。あの後、私達を追いかけて転移してくるでもなく、それでいて近くに現れたという話も聞かなかったので心配したんだぞ」
「すみません、こちらも色々ありましたので」
俺達はハセベさん達との再会を祝した。
別れてから起こったことを順を追って説明していく。
遺跡を出た先に現代の地球で言うところのペルー……タウンティンで邪神と戦ったこと。
ゲームマスターの存在。
それを追ってパナマ、ホンジュラスと移動してきてここの蟇の神殿に来ることになったことなどだ。
ハセベさん達はあの遺跡からキューバ島に飛ばされて、そこでクロウ達と会ったらしい。
そしてしばらくは島で海から現れる怪物達と戦っていたが、ある時、人間に寄生する奇妙な化け物と遭遇。
その正体と、発生原因に関わっている「赤い女」を追っているうちにこの遺跡に辿り着いたのだという。
パナマで聞いた「北の島の事件」とは、ハセベさん達が関わった事件のことだろう。
おそらくこの遺跡から送られた赤い宝石がパナマ経由でタウンティンに届けられるはずが、何らかの事故を起こしてキューバ島で作業員に取りつく事故が発生してしまったのだろう。
「というわけで、これから俺達は日本へ帰るための情報を調べるために、アメリカのサンディエゴを目指すつもりです」
「日本に戻るための情報があるという話は実に興味深いな」
クロウが話に参加してきた。
「日本に帰りたいという点はオレ達も同じだ。なので、せっかくだからその旅には同行したい……と言いたいところだが、残念ながら船を返しに行かないといけなくてな」
「船?」
船とは何のことだろう?
チャーターでもしたのだろうか?
「オレ達はキューバの漁師に個人所有のヨットを借りていて、それでここまで来たからな。その船を持ち主に返しに行かないといけない」
「私としてはこのままヨットを頂戴しても良いかと思うのだが」
「レオナ、それはダメに決まっているだろう。借りたものは必ず返さないといけないに決まっている」
「だが」
「それに、無理な航海で船をあちこち壊してしまったので、その修理代の補填と謝罪も必要だ」
「何もそこまで……」
クロウは風貌から荒々しいチョイ悪系だと勝手に思い込んでいたのだが、実はかなり生真面目な性格のようだ。
レオナに色々と説教する内容からそれが伝わってくる。
少なくとも悪人ではないことは分かる。
「カッコいいでしょう、クロウさん」
マリアが俺の肩に手を置いて、まるで自分のことのようにクロウを褒め称え始めた。
「私って(水着)じゃないですか。そんな恰好だからみんなに見られていたところを『それの何が悪い』って言ってくれて」
「ああ、そういえばマリアさんは(水着)なんですね。俺は(ハロウィン)です」
「えっ? 名前の後ろにカッコ付きの人って私の他にいたんですか?」
「うん、まあ。多分、俺達二人だけだと思うんだけど」
俺は改めて肌の大半を露出しているマリアの姿を見て改めて思う。
(ハロウィン)で良かったと。
(水着)でなくて良かったと。
「はい、ハロウィンですよ。クッキーをどうぞ」
(ハロウィン)であることを証明するために俺はクッキーを取り出してマリアに差し出す。
本当はカードも見せられれば良かったのだが、残念なことに俺のカードはランクアップ時に全てが文字化けして全く読めないものになっている。
それを見せたところで何がどうなるものでもないだろう。
マリアは俺が出したクッキーを喜んで受け取ってくれた。
「凄いですね、このスキルって」
「まあ、戦闘では全く使えないので万能ってわけにはいきませんけど」
「私もお菓子を出すスキルが欲しかったな……私なんて出るのは水なんですよ、水!」
(水着)だから水が出るのだろうか?
いくらなんでも安直すぎると思うのだが、今更それを言っても仕方ないだろう。
ただ、旅をする上で水が出し放題というのは、それはそれで役に立ちそうだ。
攻撃にも使える上に、飲料水としてもOK、風呂も入り放題、洗濯もやり放題は羨ましい。
「もう少し早く知り合えれば友達になれたと思うんですけどね」
「いや、今からでも大丈夫。同じ日本人同士なんだから仲間でしょう」
「なら、私達は友達ってことで」
「ああ、よろしくマリアちゃん」
「そうだねラヴィ……ラビちゃん」
俺を「ラビちゃん」と呼ぶ仲間が増えてしまったが、まあいい。
ラビ助よりはマシな呼び方だと信じたい。
それに仲間……友達が増えるのは良いことだ。
「まあそういうわけだ。オレ達も別ルートからサンディエゴに向かおうと思う。君達と同行は出来ないが、約束しよう。近いうちに再会すると」
「はい、よろしくお願いします」
クロウと握手をする。
サンディエゴに向かうということなので、現地で会えることもあろうだろう。
「では、ハセベさん達もお元気で」
「そうだな。私達もすぐに追いつく。だから、サンディエゴで会おう」
ハセベさんには遺跡の頃から世話になっている。
一緒に行けないのは名残惜しいが、今回の別れは以前のようにお互いの安否すら解らないようなものではない。
同じ目的地を目指す、再会を約束した一時的な離脱だ。
「短い付き合いだったけど、オレは仲間だと思ってるからな」
「皆さん、また会いましょう」
ウィリーさんとガーネットちゃんとは短い付き合いだが、俺達も仲間だと思っている。
再開したら今度こそ一緒に冒険をしよう。
そしてクロウ達とはこの遺跡で別れることになった。
今は一時的な別れだが、またすぐに再会できるだろう。
そのためにも俺達は向かわなくてはならない。
アメリカのサンディエゴへ。
◆ ◆ ◆
クロウ達が帰っても、俺達の仕事はまだ微妙に残っていた。
遺跡内に寄生体や赤い宝石が残っていないか、「魔女の呪い」の「収穫」で完全に霧に変えて調べる調査だ。
案の定、祭壇の下の地下通路には数個の赤い宝石……寄生生物の種が残っていたので、根こそぎ駆除しておいた。
ついでに蛙の神の死骸も霧化して消滅させておいた。
巨人と同じパターンならば、魔女の呪いで霧化させてしまえば、二度と復活は出来なくなるはずだ。
これで、この遺跡をゲームマスターが悪用してタウンティンを攻撃することはもう出来ないだろう。
後は俺達が離れてしまえば、奴がタウンティンを攻撃する口実は全くなくなる。
タウンティンの文明をリセットするというのを考えたとしても、俺達というゲームでかつショーの駒のいない場所で地道な活動はさすがにしないはずだ……多分。
「私とパタムンカさんはこの遺跡をもうしばらく調査してみようと思う」
「この遺跡で発見出来たものは私の取り分ってことで良いんだよな」
「赤い宝石については絶対に取り扱いに注意してください。一通りは破壊したはずですが、まだ俺の見逃しがないとは限りませんので」
「それは分かっている。どうせ偽宝石なんだろう。そんなもので金儲けなんてするつもりはない」
アンカス教授とパタムンカさんはこの遺跡の調査をしばらく続けるということで、ここで別れることになった。
「赤い宝石」はもう残っていないとは思うのだが、まさかということはある。
念には念をという意味を込めて、口を酸っぱくして言っておく。
「教授もお元気で。もし知事に会うことはあれば、よろしく伝えておいてください。色々と助かったと」
「ああ。この遺跡の調査が終われば、一度本国に戻るつもりだから、その時に伝えておくよ」
短い間だったが、教授やパタムンカさんにも世話になった。
本当に感謝したい。
「赤い女」のミイラは遺跡の近くに穴を掘って埋葬することにした。
色々とあったが、死んでしまえばただの屍というのは日本人的な価値観なのだろうか?
どこの誰なのか、出身地がどこなのかは知らないが、博物館や古物商に売られて見世物にされるよりは、まだ埋葬されて土に帰る方が良いだろう。
「こいつは結局何だったんだろう」
「無貌の神の模倣だろうな。トラペゾヘドロンもどきを使うところまで模倣」
カーターが相変わらずよく分からない話を始めた。
何故こちらが知っている前提でよく分からない単語を交えて話すのか。そこが分からない。
「カーターは何か知っているのか?」
「いやもう終わったことだ。気にするほどのことじゃない」
そう言われると余計に気になるのだが、まあ確かに終わったことだ。
もうこんな奴を相手にするとこはないだろう。
◆ ◆ ◆
それから一日半かけてチョカンの街に戻った。
リプリィさんが、まずは軍部に今回の任務の報告があるということで、一時離脱していった。
ただ、夜までには戻ってくるらしい。
その間に、俺達も報告に向かった。
相手は遺跡の情報提供者であるシカップ爺さんだ。
「おい、まだ5日だぞ! 途中で諦めて帰って来たんじゃないだろうな」
「いえ、遺跡は全部攻略してきました。あの寄生体も駆除してきましたので、もう存在しません」
「でもどうやって……」
「魔法の力です」
魔法ではないが、こう答えておくのが良いだろう。
何か証拠の品のようなものがあれば良かったのだが、全部駆除してきたので特に何も持って帰ってこれるものはなかったので証明出来るものはない。
「でも、今はパタムンカさん……女性の探掘家の方が調査を行っています。もうしばらくすると街に戻って来るので、そうすれば遺跡の所在とシカップさんの話が嘘ではなかったと証明されます」
シカップ爺さんはそれを聞くと眉に皴を寄せたまま無言で壁の方を向いて「そうか」と呟いて酒を飲み始めた。
「全く、余計な真似を……今日は酒を飲んで寝るからもう帰ってくれ」
どうやらもう帰れということらしいので、俺達はシカップ爺さんのいた小屋を後にすることにする。
ドアを閉めて小屋を出ていく直前に声がかかった。
「ありがとうな」
これで俺達の遺跡探索話は終わりだ。