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Chapter 16 「最強の援軍」

 蛙の神との戦闘は膠着状態が続いていた。


 地下で聞いたカエルの輪唱は何かしらの特殊な攻撃を発生させるものだったのだろう。


 だが、その効果を発生させていた不可視のカエルは、放たれた鳥によって封じられており、蛙の神は、殴る蹴るという単純な格闘攻撃しか行ってこない。


 かなりの速度と筋力(パワー)で振るわれるために、十分脅威ではあるのだが、シンプルだけに「(シールド)」で防ぎきることが出来る。


 しかし、蛙の神は想像以上に頑丈で、モリ君やエリちゃんの必殺攻撃を叩きこんでも薄皮一枚削るのが精一杯である。


 相手の攻撃はこちらに届かず、かといってこちらの攻撃を当てても軽症の域を超えない傷しか負わせることが出来ない。

 互いに決定打がないまま数分が経過していた。


 膠着状態と言っても、肉体的、精神的に疲労しているのはこちらの方だ。


 いくら攻撃を当てても効かないという焦燥感。

 スキルはMP的なものは何も消費しないとはいえ、スキルを使用するためにはそれなりの集中が必要なために、精神力はかなり消耗している。


 そして体力。


 蛙の神は当初から全く衰えた様子は見えないのに、俺達の動きは疲労から明らかに精彩を欠いている。


 このまま何の進展もないままだと負ける。どこかで勝負を仕掛けないと。


 その重苦しい空気を吹き払ったのは一発の銃声だった。



 銃声を聞いた時は、最初はカーター、もしくはリプリィさん達軍人が俺達の援護に戻ってきたのかと思った。


 だが、その期待は良い意味で裏切られた。


「おい、そこにいるのはラヴィ達か! なんでこんなところに?」


 階段上の踊り場でライフル銃を構えていたのは、テンガロンハットに革のベスト、腰には二丁拳銃というカウボーイスタイルの男。

 タウンティンの地母神の遺跡の出口で何処かへと転移されて行方不明になったはずのかつての仲間、ウィリーだった。


 ウィリーは蛙の神の頭部に何発か銃弾を浴びせた後に階段を降りてくる。


 ウィリーに続いて懐かしい顔ぶれが姿を現す。


 羽織袴、侍姿のハセベさん。

 魔法使い風のローブを身にまとったガーネットちゃん。


 いずれもあの遺跡で何処かへと転送された仲間達だ。


「無事だったか、ラヴィ君、モーリス君、エリス君」

「まあ、あんまり無事じゃないですけどね」


 モリ君が蛙の神の手刀を避けながらハセベさんに答える。


「『赤い女』はここにはいないのか? その怪物は何だ?」

「敵です!」

「まあ、それは見ればわかる!」


 階段を降りてきたのはかつての仲間達だけではなかった。


 最初に現れたのはこの熱帯ジャングルの遺跡だとどう考えても暑いだろうというビジュアル系ロックバンドのような裾の長い漆黒のレザーコートを身に纏った男。


 続いて上半身は軍服のようなジャケットを着ているのに、下半身はスカートをはき忘れたとしか思えないパンツ……いや、レオタード丸出しの変質チックな服装の痴女。


 そして、何故か水着にパーカーという全く空気を読めていない別の痴女。


 2/3が痴女という、異様な集団だが、これはもしかして以前に聞いた「恥ずかしい服装チーム」ではないだろうか?

 何故ハセベさん達が彼らと共に行動しているのだろうか?


 コートの男と軍服の女の二人は階段を律儀に降りてくるのが面倒になったのか、途中で飛び降りて俺のところに駆け寄ってきた。


「『赤い女』について調べに来たんだが、このカエルの化け物は、赤い女と何か関係があるのか?」


 ロックバンド風の男が俺に尋ねてきたので、部屋の隅に倒れたままになっているミイラを指差す。


「『赤い女』はもう倒しました。あのミイラがそれです」

「ということは、こいつはまた別のボスだと」

「クロウ、危ない!」


 軍服風の服を着た痴女が俺達と蛙の神との間に飛び込んできて、左手に構えた盾で攻撃を食い止めた。

 どうやら先程モリ君と戦っていた蛙の神は、こちらにターゲットを切り替えたようだ。


「戦場で気を抜くな!」

「すまんレオナ!」


 レオナと呼ばれた女性は、蛙の神の初撃を見事に食い止めていた。


 だが、蛙の神の攻撃が二発目、三発目と攻撃が続くにつれて、段々と力負けして押されている。


「油断するな、こいつ強いぞ……」

「何か防御型スキルは?」

「ない! 私の盾は攻撃専門だ!」


 盾の存在意義について疑問が浮かんでくる。

 パンツ丸出しの服装といい、盾メインに見せて盾を生かす気がないスキルといい、全体的に巫山戯ているとしか思えない。もっと真面目にやって欲しい。


(シールド)!」


 蛙の神が拳を振り上げてきたタイミングに合わせて俺が盾を展開する。


 蛙の神はちょうどストレートパンチを出そうとしたのだろう。

 だが、そうやって体を捻ったところで盾によって体を曲げる動きを封じられたことにより、変なポーズのまま固まっていた。

 そうやって一瞬動きが止まったところ目掛けてクロウが剣を振りかざした。


 無防備な状態への袈裟斬り。

 普通ならばそれなりのダメージが入るはずだが、やはり先程のモリ君、エリちゃんの攻撃と同じく、薄い筋のような浅い傷が付いたのみである。


「確かにこの敵は厄介だ! 全員フォーメーションを組みなおすぞ!」


 クロウが叫ぶと、レオナとハセベさんが反応した。

 今のハセベさん達のチームのリーダーがこのクロウという男なのだろう。


「君達も協力してくれ。今は連携プレーでこいつを倒すことに専念したい」

「分かりました。エリスとラビさんもその通りで!」


 モリ君がクロウの要請に応えた。


 確かに、俺達とクロウ達のチーム、複数がバラバラで行動するよりも、ここはクロウを暫定リーダーとした一つのチームとして動いた方が効果的だろう。


「レオナはそこのスポーツ少女と一緒に牽制を頼む」

「クロウ、何故私が前衛ではダメなんだ?」

「適材適所だ。この謎の敵に対しては、レオナよりも攻守のバランスの良い方が良さそうだ」

「スポーツ少女じゃなくてエリスって名前があるんですけど」

「オレはクロウだ。この敵を倒すまでの間はよろしく頼むエリスちゃん」


 エリちゃんがレオナと一緒に一歩離れた場所に並び立つ。


「そこの魔女っ子は後ろに下がって、マリアと一緒に防御系スキルでの援護を頼む」

「マリアって誰だ?」

「私でーす!」


 水着を着た痴女が後ろで手を振っている。


 箒に掴まって低空飛行して水着の痴女のところに近寄る。 


「マリアです。一緒にサポートをすることになったみたいなので、よろしくね」

「ラヴィです。よろしく」


 簡単に挨拶を済ませる。

 戦闘中でなければゆっくりと自己紹介がてら話でもと思うが、今は戦闘中なので後回しだ。


 それにしても、レオナもマリアもどちらも胸が豊満な一族だ。

 今のところ出会った元日本人女性はみんな豊満タイプだ。

 50年前に呼ばれた度会知事もその例から外れない。


 ならば、平坦な一族の俺の立場は一体何なのだろうか?

 俺だけが違うタイプなのには何か意味があるのだろうか?


「ハセベさんとそこの騎士の少年はオレと一緒に前衛で戦ってくれ。ウィリーとガーニーは後衛から遠隔攻撃を適度に」

「心得た」

「騎士って俺のことで良いんですよね」


 モリ君が自覚なしに尋ねた。

 ランクアップ時に騎士風の装備になったことにあまり自覚がないようだ。


「他に誰がいるんだ?」

「分かりました。俺も前に立ちます」


 そうしてクロウ、ハセベさん、モリ君の三人が蛙の神を取り囲んだ。


「それでは戦闘開始だ!」


   ◆ ◆ ◆


 クロウ達が加わっても、蛙の神に対してあまり有利を取れたようには感じられなかった。

 やはり攻撃がまともに効かないのだ。


 特撮のおもちゃのような電子音が派手になるクロウの武器や、ハセベさんの斬撃、ウィリーの銃撃。

 その全てが直撃しても浅い傷しか入らない。

 さすがにこれは何かのバリア的な物に守られているとしか考えられない。


「ラビさん!」


 モリ君が突然大声を上げた。


旧神の印(エルダーサイン)を試してください。人数が増えた今なら、ラビさんのフォローに入れます」

「でもあれは何の実証データもないし、どこまで効果があるか分からないぞ!」

「やってください。リーダーからの命令です!」


 モリ君からの「指示」に俺は胸を打たれた。


 今までは都度都度、俺に「どうします?」と聞いていたモリ君が、俺に指示を出すまでに成長出来たのだ。


 何があったのかは詳しくは知らないが、リプリィさんの件で一回り大きく成長出来たようだ。

 男子三日会わざれば刮目して見よというやつか。

 

 ならば、俺も一人の男として、それに応えてやる必要があるだろう。


「何か作戦があるのか?」


 クロウからも俺に声が飛んだ。


「この膠着状態を打破出来るならやってくれ。サポートはこちらでも入る」


 ダブルリーダーからの要素ならば、尚更失敗は出来ない。


「マリアさん、盾でのサポートは一時抜けるので、その間はみんなのガードを頼みます」

「はい、こちらは任せてください!」


 俺は箒にまたがって一度天井ギリギリの高度まで上昇して、滞空している鳥達に呼びかける。


「みんな、お食事会は一時中断だ。鳥15羽で(シールド)五枚を展開!」


 自由飛行させていた鳥達15羽を5方向に散らして、5枚の盾を展開。

 蛙の神を取り囲むように配置する。


「極光!」


 5枚の盾のうちの1枚に向けて箒の先から虹色の光を照射する。


「全員、今の光を斜め方向に跳ね返せ!」


 最初の1枚の盾が指示通りに、対角線上にある別の盾に向けて光線の向きを変えた。


 同様に2枚目の盾が3枚目に、3枚目の盾が4枚目に。

 4枚目の盾が5枚目に。

 そして最初の盾に光線が戻ってくる。


 虹色の光の軌跡が五芒星の形を作り出した。


 盾の間隔を調整し、光の五芒星を蛙の神に密着する程小さくする。


 これで旧神の印の8割方は完成した。

 最後は星の中央へ目を刻み込めば完成だ。


 腰の儀式用短剣を引き抜くと、熱線の照射を続ける箒から飛び降りた。


 普通に考えれば、高いところから短剣を構えて飛び降りるだけという単純極まりない攻撃がまともに入るとは思わない。

 少し身体の軸を横にずらされたら、ただ俺が着地失敗による自爆で終わりだ。


 ただ、それはあくまで普通の状況ならばの話だ。

 今の俺には仲間……信頼できる友達がいる。

  

 俺の意図を察してくれたであろうモリ君が蛙の神の右腕、エリちゃんが左腕にしがみついて奴の動きを封じ込めた。

 長くは持たないだろう。だが、一瞬でも動きが止まれば俺の狙いは決まる。


「グラッチェ! モリ君、エリちゃん!」


 短剣を両手で構えて、頭上高く振り上げる。 


「全く……無茶をするところは何も変わっていないんだな」


 蛙の神が二人を振りほどこうとしたところに、ハセベさんが刀から青白い光を放ちながら切りかかり、それを阻止しようとしているのが見えた。

 攻撃はまともに通用しないが、全くの無視は出来ない。

 そのことが蛙の神の動きを一歩遅らせた。


(モリ君とエリちゃんだけではなく、遺跡でわずかな時間だけ仲間になってくれたハセベさんまで力を貸してくれるのか……)


 みんなが力を貸してくれている以上は、この攻撃は絶対に失敗できない。


《そうだよ。みんなが頑張っているのに僕も何もしないわけにはいかないよね》


 最後の仲間……魔女(ラヴィ)も力を貸してくれるらしい。


《儀式用の魔方陣の書き方なら僕が知っている。最後のトドメは僕が》


 魔女を信じて身体の主導権を明け渡して最後の攻撃を任せる。


 僕は落下の勢いを利用して、蛙の神目掛けて賢人(バルザイ)の偃月刀を振りかぶり、脳天に深く突き刺した。


 僕の腕力と所詮は銅の儀式用でしかない偃月刀で攻撃したところで、本来ならば旧支配者に傷など負わせられるわけがない。


 だけど、この一撃は物理的な斬撃ではない。

 これは魔術的儀式の一環だ。


 儀式の効果により、この一撃は物理を超越する現象を起こすことが出来る。


 儀式刀は脳天からまっすぐに奴の腹までを縦一文字に切り裂いた。


 今までは然として構えていた蛙の神がここに来て初めて青い血を噴き出してのたうち回っている。


「やったよ、みんな!」


 儀式刀を蛙の神に突き刺したのがある程度のブレーキになったものの、高所から飛び降りたことにより、足に激痛を感じて僕はその場に倒れ込んだ。


 足の腱が切れたのは間違いないだろう。

 もしかしたら骨にもヒビが入ったかもしれない。


「やったの……きゃっ」

「エリス! ……うわっ」


 蛙の神が暴れて両手を力任せに振り回したことで、モリ君とエリちゃんの二人が跳ね飛ばされた。


 蛙の神は跳ね飛ばした二人には構わず、傷を入れた僕の方へまっすぐ向かってくる。

 傷を与えたことにより、僕が驚異だと判断したのだろう。


「いや、これ本当に貧乏くじだね」

「だが、よくやってくれた。後はオレ達に任せろ!


 蛙の神からの激しい一撃を覚悟した僕の前にクロウが飛び込んできて、カウンター気味に剣の一撃を入れた。


 するとどうだろう。今までの攻撃が嘘のようにあっさりと蛙の神に大きな傷が入った。

 それを見たクロウは口元に笑みを浮かべたまま、剣の鍔に付いているリングを高速回転させる。


 リングを回転させる度に電子音声が何回も再生される。


『Finish Attack SwoSwoSwoSword!」


「後はオレ達がやる。お前達は休んでいて良いぞ!」

「クロウ、ようやく私の出番が来たようだな」


 牽制役に回っていたレオナがクロウの横に並び立った。


「ああ、レオナ。頼りにしているぞ!」


 傷が入るようになってからは完全に流れが変わった。


 一度傷ついた蛙の神はクロウとレオナの二人による連続攻撃を避けきれず、どんどん傷を増やしていった。

 苦し紛れの反撃もマリアによる防御スキルにより、完全に防がれ、やがて動きを停止した。


 メダルは出現しなかった。


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