Chapter 14 「蛙の神」
赤い女が倒れてひとまずの安全が確保出来たので、一度地上に戻ってカーターと教授、パタムンカさんを回収して再度祭壇まで降りてきた。
教授とパタムンカさんに寄生生物が寄生していないことは既に『魔女の呪い』で確認済である。
「なるほど、確かにこの遺跡は興味深い。この大陸の文明とは全く異なる技術で作られている。もしかしたら、義母の話にあったアフリカという東の大陸からの移民が作ったものかもしれない」
教授は広場に掘られた彫刻、祭壇の紋様などを細かくスケッチをしている。
「アフリカの影響ねぇ」
「そうだ、君達はアフリカの文明について何か知らないか? 少しでも特徴を教えてもらえると参考になるかもしれない」
「残念ながら専門家でもなんでもないので」
「そうか残念だ……」
「しかし、宝石や金の装飾品くらい出てくると思ったんだが」
こちらはパタムンカさんだ。
彼女は探掘家だけあって、やはり俺達が出すガイド料だけでは不満で、何かしらの報酬――売却出来るような宝物が何かないかを探しているようだ。
「金の装飾品がないのは、おそらくこの遺跡は金属の精製技術が発展する前の石が中心の時代の遺跡だからだな。それでも宝石の類が一つもないというのは珍しいが」
「赤い宝石にだけは注意してください。あれは寄生生物の種……卵のようなものです。所持していると、それに寄生されて変異体になってしまいますので」
「それは流石に高く売れようと触りたくないねぇ。苦労して持って帰っても偽宝石な上に自分に被害があるとか」
パタムンカさんが露骨に嫌悪感を示した。
「ところで、このミイラは貰っていいのかい?」
それはかつで「赤い女」だったミイラだ。
俺達の敵であり、戦った関係ではあるが、ゲームマスターの犠牲者だった可能性もある。
そう考えると、日本人的な考えではあるが、土に返してやるのが正解ではないだろうかと思えてくる?
「そのミイラは古代のものではあるが、他所から持ち込まれたものだぞ。出所不明のミイラを買い取る古物商はいないだろう。偽物かもしれないのに」
「確かにそうか」
教授の言葉に納得したようだ。
そういうことならば「赤い女」は俺達が後でどこか適当な場所に埋葬するとでもしよう。
「一応石像やら何やら売れそうなものはあるが、重いものばかりだし、後日に荷車と人足を揃えてから回収だな。この場で一人で運ぶのは無理だ。まあ、それなりに儲けさせては貰うよ」
「繰り返し言いますが、赤い宝石だけは――」
「はいはい、こちとらプロだ。それくらいは分かってるさ」
念のために口が酸っぱくなるほど警告はしておく。
俺達が見逃した赤い宝石を雇われで事情が知らない人足が見つけて街に持ち帰ったことによりパニック……B級ホラー映画では頻繁に見るような展開だ。
いくら俺達とは直接関係ないこととはいえ、そのような事故が起こったとなれば目覚めが悪い。
「それで、この祭壇の下にある隠し扉は調べたのか?」
パタムンカさんから声をかけられた。
隠し扉の存在など知らなかったので、俺は慌ててパタムンカさんが指差す祭壇の下を覗き込む。
分かりにくいように偽装されてはいたが、確かに四角い切込みが入っている。
微妙に石が削れて出来たであろう砂がこぼれているので、最近開閉した形跡はあるようだ。
切込みの横には何かをはめ込むような小さな窪みがある。
鍵穴のようにも見えなくもないので、鍵を差し入れれば扉は開くのかもしれない。
「意外と単純な構造だな。これならば手持ちの道具で簡単に開錠出来るかもしれない」
教授は俺と同じように祭壇の下の扉を見た後に自身ありげに言った。
「この手の隠し扉を見るのは初めてじゃないが、経験上、開けると半々くらいの可能性で酷い目に遭う。その上で確認なんだが、あんたはどう思う? 開けるべきか開けないべきか?」
パタムンカさんに突然意見を求められた。
「俺としては調べないという選択肢はありません。この下に何か別の祭壇があって、邪神の類を呼び寄せるような仕組みがあると、悪用されかねないので」
「私も手ぶらで帰る気はないので、宝がある可能性がある内部は調べておきたい。これで決まりだな」
「では私が開錠してみよう」
教授はそう言うと、鞄の中から何やら道具を取り出して扉の横の窪みに細工を始める。
様々な道具を取り出して試行錯誤しているうちに、突然にカチャリという音が鳴り響いた。
「開くぞ」
教授とパタムンカさんが石造りの扉を横にスライドさせると、ゆっくりとだが中の様子が露わになった。
扉の向こう側は地下へと降りて行く階段になっていた。
階段の先は暗黒が広がっており、その先に何があるのかを見通すことは出来ない。
パタムンカさんが慣れた動きで移動させた扉に楔を打ち込んでいく。
恐らく扉が自動的に閉じる仕組みが備えられている場合に閉じ込められることを防ぐための措置だろう。
「この先には誰が行く? もちろん私は行くが」
「私も当然行くべきだろう」
パタムンカさんと教授は更に地下に赴くつもりのようだ。
「俺達が行かないという選択肢はないでしょう、ラビさん」
モリ君も地下の調査については前向きのようだ。
「ただリプリィさん達はここに残っていてください。どんな危険があるかわかりませんので」
「わかりました。ヒロカズさんも気を付けて」
リプリィさんがモリ君だけに手を振る。
「いやちょっと待ってくれる。なんでリプリィさんがこいつの本名を?」
ここでエリちゃんがリプリィさんに絡むように近寄って行った。
「私はリプリィさんも友達と思っているから正直に聞くね。何があったのか教えて」
「ヒロカズさんに気持ちを伝えて、正式にフラれました。それだけです」
リプリィさんは爽やかに答えた。
エリちゃんはしばらく無言でリプリィさんの目を見ていたが、突然に笑みを浮かべた。
「うん、まあそれなら良いか」
「はい。だから後はエリスさん、お願いします」
「別に私はあいつどうって関係なわけじゃないけど、リプリィさんの頼みだし、分かったよ。後は任せて」
2人の中では今の短いやり取りで何かが解決したようだ。
だが、俺には何が起こったのかすら理解出来ない。誰か詳しく説明して欲しい。
「なっ、女ってのは男には理解できない生き物だろう、ラビ助」
難しい顔をしていたところを突然にカーターに肩を叩かれた。
「本当に理解できんぞ。やっぱり俺は女として生きていくのは無理だわ」
結局、リプリィさんと軍人二人。そして暗いのは嫌だというカーターの4人が居残りに決まった。
カーターは本当に仕事をしない奴だと呆れつつも、知識と経験があるパタムンカさんを先頭に、俺達はそれぞれ松明を持って階段を降りて行く。
◆ ◆ ◆
ゆらゆらと揺れる松明の灯りだけを頼りに長い階段を5分ほど降りると、細く長い通路に到着した。
幅は狭く、二人が横に並ぶとそれだけで通路は埋まってしまう。
ただでさえ狭い通路だというのに、左右には様々なポーズのカエルの像が設置されており、その目の部分には何をはめ込むような窪みがあった。
蛙の像がある場所は2人横並びで進むのは難しいだろう。
「防御スキルを使える俺が前に出ます。パタムンカさんは後ろに付いてきてください。ラビさんは最後尾で後ろから何か来ないか警戒を」
「任された」
モリ君がついに自主的に指示を出してくれるようになった。
危険な遺跡内で突然に思春期イベントを始められた時は少し頭を抱えたが、そのおかげで人間的に一回り成長出来たと考えると、そこまで悪い話ではなかったのかもしれない。
このままどんどん成長して、もっと俺を楽にさせて欲しい。
俺は楽なのが好きなのだ。世の中効率が良いのが一番だぞ。
「それで、この赤い宝石が危険なやつなんだよな」
パタムンカさんがカエルの像の一体を持っていた松明の先で指した。
カエルの像に埋め込まれた赤い宝石が松明の炎で反射して不気味な輝きを見せる。
「何も知らなければ、ここは宝物庫と勘違いして、この赤い宝石を持ち帰ってもおかしくないか」
カエルの像のすぐ脇には、探掘家の所持品であったであろう鞄がいくつも転がっていた。
寄生体にされた探掘家が生前使用していたものであろう。
あの「赤い女」に騙されて、この通路に案内された探掘家連中は、喜んでこのカエルの目玉に埋め込まれた赤い宝石……寄生生物の種を抉り出したところ、そのまま寄生されて変異し、寄生体に変えられたということか。
「これ見よがしに目立つところに置いてあるのは罠だな。金目のものがあるかもしれないと手を出した奴に対して何かを仕掛けるパターンだ」
パタムンカさんはその荷物に一切手を出そうとはしなかった。
「寄生生物なら俺が後で駆除しますよ」
「寄生生物だけならあんたに任せれば大丈夫だろうか、それ以外の爆弾とか毒とかそういう仕掛けがあれば解除は出来ないだろう」
探掘家というのはそこまでやるものなのかと呆れる。
「他人に渡すくらいならば……という礼儀のよろしくないのが大勢いるのが探掘家という人間だ。形見くらいは持って帰ってやろうと善意を見せた途端にドカン……まあよくある話だ」
「あまりあって欲しくはない話ですね」
「全くだ」
通路の一番奥には大理石で作られた石の玉座があり、そこには首から赤い宝石をかけた不気味な生物のミイラが鎮座していた。
胴体と繋がった丸い頭に飛び出た巨大な二つの目。
シルエットこそカエルに似た首のない丸っこい形をしているが、頭部からはイソギンチャクの触腕のようなものが垂れ下がり、山羊から移植したような細くて長い蹄のある足が生えている。
寄生体の変異体と共通する部分があるが、これも変異体のミイラなのだろうか?
その時、そのミイラの右腕がゆっくりと動いて俺達を指差した。
「ゲコ」
静寂をカエルの鳴き声が切り裂いた。
それは静かな通路全体に反響し、静かな空気を揺るがせた。
「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」
カエルによる輪唱が俺達を取り囲んでいた。
鳴き声は通路に反響し、まるで何万匹ものカエルに取り囲まれているような錯覚を覚える。
誰かが何かを言っているようだが、もはやカエルの鳴き声以外は何も聞こえない。
思わず目を耳を塞ごうとして――その手を止めた。
いつの間にか立ち上がったミイラがパタムンカさんに手を伸ばし……それをエリちゃんが両腕でガードして食い止めていた。
エリちゃんが苦悶の表情を浮かべている。
ランクアップ後はSFロボ、赤い女と言ったボス格相手にも接近戦で一切苦戦することがなかったエリちゃんが、このミイラ相手には力負けしている。
明らかに異常な事態が起こっている。
一瞬、「魔女の呪い」を使用することが頭を過ったが、今の状況ではそれを使用は出来ない。
この狭い通路では味方を誤射する可能性も高い上に、天井が崩壊して生き埋めになる可能性がある。
それに、熱線は対象を焼くだけではなく、周辺の酸素も大量燃焼するはずだ。
このような密閉した場所で使用すると酸欠や一酸化炭素中毒も引き起こしかねない。
「盾を展開! 残り二匹は体当たりだ!」
二羽の鳥をミイラの顔面に直撃させるが、何のダメージも入ったようには見えない。
ただ、ミイラとエリちゃんの間に形成した盾については有効に働いた。
盾の存在を何かの攻撃と思ったのかミイラが手を引いたおかげで、ミイラとエリちゃんとの距離が微妙に開いた。
その隙にエリちゃんはバックステップでミイラと距離を取る。
そしてモリ君がすかさずエリちゃんに近付き、ヒールを施している。
「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」「ゲコ」
カエルの輪唱はまだ続いており、耳がおかしくなってくる。
箒を持っていない左手を耳に当てる。
「全員退避! 一度引き返して体勢を……」
全力で叫ぶが、カエルの輪唱によって、それはかき消されてしまう。俺の声が届いたとは思えない。
ただ、教授とパタムンカさんは自主的に逃走を開始したようだ。
二人で肩を支え合いながら階段の方へと駆け上がっていく。
「せめてこの輪唱を止めないことには……」
効果があるか分からないが、単体発動の第3スキル「極光」を放ち、通路に設置されていたカエルの像、探掘家の荷物が入った鞄、赤い宝石など、怪しそうなものを一通り薙ぎ払う。
赤い宝石は砕け散り、探掘家の鞄は吹き飛んで中身をぶちまけた。
パタムンカさんの言う爆弾などは仕掛けられていなかったようで安心だ。
虹色の閃光による石像の直接破壊は出来なかったが、それでも石像を台座の上から落として、衝撃で破壊することには成功した。
何個か石像を破壊すると、今まで喧しく鳴り響いていたカエルの輪唱がピタリと鳴り止み、通路内に静寂が戻ってきた。
「この狭い通路だと戦うのは無理だ。二人とも一時退避を!」
「わかりま――」
モリ君の返事は、再開した輪唱によってかき消されたが、その前に俺の言葉は伝わった。
モリ君はミイラの前にスキルで青く光る壁――プロテクションを出現させた後に俺の方へと走ってくる。
音は聞こえないので指で指示し合い、俺達三人は階段を全力で駆けあがっていった。