Chapter 13 「通りすがりの魔女」
「好きとか! 嫌いとか!」
頭にイソギンチャクを載せた男……寄生体が襲いかかってきたが、箒の先に浮かべた黒い球体を叩きつけて真っ二つに両断する。
「最初に言いだしたのは誰なんだよもう!」
更に居合の要領で空中に吹き飛んだ上半身を薙ぎ払い、霧化。
返す刀……もとい箒で倒れた下半身に対して黒い球体を叩きつけて、こちらも霧散させる。
後に残ったのは、加工されたので生命と見なされない寄生体……かつて探掘家が身に着けていたであろうボロボロの衣服だけだ。
寄生体を吸収したことでチャージが完了したのか、黒い球体の色が赤熱して真っ赤に染まっていた。
熱線をどこに向けて放てば良いか思案したタイミングで、天井を這ってきたであろう別の寄生体が二体飛びかかってきたので、熱線を放って跡形も残さず焼き尽くした。
寄生体を焼き尽くしてもなお、照射時間に若干の余裕があったので、適当に進行方向上の床や天井、壁などを焼いておく。
これならば罠などが仕掛けられていても、これで作動することはないはずだ。
おそらくこの寄生体達は恐らく、赤い女に誑かされてこの遺跡に招き入れられた探掘家の成れの果てなのだろう。
寄生生物はこの遺跡の中に蔓延している。
もし寄生生物が体内に侵入、侵食されてしまえば、誰かこうなってもおかしくはない危険な状況だ。
だからこそ気を緩めずに全てを遺跡の攻略に徹して欲しい。
徹して欲しいのだが――
「なんでこんな大変な状況で恋愛問題ですか? 思春期ですか? いや俺以外はみんな思春期の若者だったわ!」
俺が蚊帳の中に入れずに拗ねているわけではない。
むしろ蚊帳の中に入れられて「この夏一番の恋の物語」に参加してくださいと言われても困る。
「あの雨の中を走って叫ぶ映画シリーズは誰が観てるんだよ!」
そもそも、別に思春期の甘酸っぱい想い出をやるなとは言っていない。
ただ、せめてもっと平和な環境でやってくれないものだろうか?
「鳥を五羽解放!」
箒の先に黒い球体が出現すると同時に周囲の石畳や壁面のあちこちから黒い霧が立ち上る。
それらは寄生生物なのか、それとも無関係な小動物なのか? それは分からない。
だが、いちいち区別をしてはいられない。
一度綺麗に掃討した方が安心感は増すだろう
知らないうちに寄生生物に寄生されるかもしれないというリスクを回避するには、こうやって俺が生物特攻である『魔女の呪い』の事前動作である「収穫」が発動して単独行するのが最適解ではある。
《ほらね、魔女は孤独なものでしょう》
魔女の声が聞こえた。
「別に孤独じゃないだろう。射程外には他の仲間もいるし、何より俺とお前の二人がいる。頼りにしてるぞ相棒!」
《……》
通路をそうやってしばらく進むと、遺跡を下っていく石段が現れた。
道は階段で途切れており、降りていく他の選択肢はない。
「これは嫌でも降りろってことだよな」
腰にぶら下げている儀式用の短剣で年のために壁に目印を付けた後に、ひんやりとした空気が流れる暗い石段を慎重に降りていく。
1分ほど長い階段を降りると、やがて視界が広がり、円筒形の広場が現れた。
天井は高くホールのような構造になっている。
壁には星座を象ったであろう、特定の感覚で配置された球体が刻まれており、それらがどういう仕組みなのか微かに光を放っている。
部屋の中央には祭壇があり、それを取り囲むように8体の寄生体の姿があった。
触手を閉じたイソギンチャク状の球体を乗せているのは5体。
残り3体は皮膚が樹木のように変貌しており、靴やブーツを突き破って伸びた新たな足の先には蹄のようなものが付いている。
そいつらの腹にある亀裂が繊維のようなものを引き延ばしながらゆっくりと開いていき、ケケケケと蛙のような音を発する。
まさかあの亀裂が口の役目なのだろうか?
人間の形が失われてほぼ怪物と化しているが、「あれ」が寄生体の完成型か?
そして――
「また会ったわね、お嬢ちゃん。随分とお早いお着きで」
――寄生体の中心、祭壇の真横にはパナマで出会った「赤い女」が立っていた。
深紅のドレスに帽子を顔が隠れるほど深々と被った姿は以前と全く同じだ。
周囲の石造りのモノトーンの遺跡の景観の中に、鮮血のような色彩がより強調され、まるで今からパーティーでも始まるかのような衣装も相まって、更に異質さを強調している。
「お前も大変だな。街中での工作が専門分野だろうに、こんなカビ臭くて薄暗い場所に駆り出されて」
「仰る通りだけど、白鳥は水面下では必死で脚を動かして居るものよ」
「慣用句なんだろうけど、水鳥って全然脚を動かさないぞ。スイーっスイーっと最低限の動きで最大限の効率で水を掻くだけだ。羽毛の油分だけで浮けるんだから無駄に足を動かす必要はない。その点ではお前と完全に逆だ」
赤い女が口を噤んだ。
やはり赤い女も、わざわざ遺跡の奥へと向かって工作をする今の行為は効率が悪く無駄だらけで面倒だと思っていたのだろう。
誰に命令されたのか分からないがご苦労さまだ。
「頭にマリモを乗せた8体のキノコ軍団を率いて直接戦闘とか、それは本当のお前の適職か? それに、そのうちの3体は人間の原形がなくなりかけているみたいだが、失敗作か?」
後ろに控えている仲間に状況を伝える意味も込めて、なるべく大声かつ説明的な内容で女に皮肉を飛ばす。
この声が少しでも届けば、今の状況をある程度把握した上で援軍に来てくれるだろう。
「確かにそうね。もう熟れて収穫には良い頃合かしら」
赤い女はそう言うと、変異が進行した寄生体の頭部の球体を軽々ともぎ取った。
赤い女の手の上で球体はみるみると萎んでいき、やがて手の平に収まるような小さい赤い宝石へと姿を変えた。
女は同じように残り二体の頭部をもぎ取り、宝石へ変えていく。
「これで『収穫』完了。綺麗な実でしょう」
「まさか、パナマでお前が受け取ろうとしていた荷物とやらはその宝石もどきなのか?」
「その通り。前に発注したものは輸送中のトラブルで失われてしまったようだけど」
ようやく赤い女の一連の行動について理解できた。
赤い宝石は寄生生命体の実……いや、種だ。
種に寄生された人間は変異して寄生体となり、更にその寄生体は周囲の人間へと侵食して仲間を増やす。
寄生体は成熟すると赤い宝石という実を残す。
接触で他の生命体に寄生する方法だと棲息範囲を拡大するのはなかなか難しいが、赤い宝石という形を取れば、宝と勘違いした人間が勝手にあちこちに運んでくれるので、そこからまた棲息範囲を拡大出来る。
悪意の塊のような植物兵器だ。
「貴女がこんなに早く来なければ、もう少し種を増やせたというのに、どんな魔法を使ったの?」
「お前だって転移を使っただろう。だから、こっちも反則を使っただけだ」
時間を稼ぐために喋りながらゆっくりと階段を降りる。
まずは寄生体の駆除が優先だ。
寄生のリスクがある状態だと、仲間が全力で戦えない。
逆に寄生体さえ全滅させてしまえば、後は全員で赤い女を叩くことが出来る。
効率を考えると、俺が寄生体を先に全滅させる方法が良さそうだ。
「貴女ほどの力があるならば、もっと好きに生きられるでしょうに、何故あの国の犬のような真似を? あの国で成り上がりたいの? 欲しいのはお金? それとも名誉?」
赤い女が見当違いのことを言い始めたので、時間稼ぎも兼ねて俺の活動指針を教えてやろう。
スーパー説教タイムだ。
「この世界で必死に生きている人達がいる。そんな人達をゲーム的に邪魔だとか盛り上がるとか、そんな理由で、人生を無茶苦茶にしようとしている連中がいる。そんな鼻持ちならない奴らを一発殴ってやりたい。ただそれだけだ」
「ただの八つ当たりで命をかけるような真似を? 何の特にもならないのに? 貴女は英雄にでもなったつもり?」
「俺は……俺達は英雄でも、聖女でも、勇者でも、救世主でも、もちろんゲームの駒でもない」
先端に黒い球体を携えた箒に構えて女に見得を切る。
「俺は、通りすがりの魔女だ。覚えておけ!」
階段を飛び降りて、挨拶がてらに一番手前にいた寄生体一体を箒で袈裟切りにする。
黒い球体の直撃を受けた変異体、そして床に這っていたミミズのようなものはそれで霧散消滅した。
そこまで接近戦が得意ではないし、体力や持久力もない俺は、このまま奇襲で先行し続けるしかない。
まずは避けられる前提での雑な横薙ぎによるフェイントで相手に反撃の機会だと思い込ませる。
もちろん相手は避けるがこれはカウンターのための布石だ。
正眼で待ち構えて、突っ込んできたところをカウンター気味の兜割りで二体目を真っ二つに引き裂く。
そして、二体目の霧化が始まる前に箒を前に突き出して、真後ろにた変異体を串刺しにする。
まさか味方の体を貫通して攻撃が来るとは想像も出来なかっただろう。
これで三体が霧化により消滅した。
残り五体。
三体を屠ったことにより、「魔女の呪い」のチャージが完了したので箒に掴まり、全速力でバックさせる。
その分かりやすい動きに対して、寄生体達は馬鹿正直にまっすぐ最短ルートで追いかけてきた。
「お前達、そんなわざとらしい罠に飛びつくな!」
赤い女が怒鳴り声を飛ばすが、寄生体はそんなことを気にせずに俺を一直線に追いかけてくる。
寄生体の身体能力は大したものだが、やはり脳が破壊されているからか、単純な行動しか出来ないようだ。
俺の誘いになどのらずに、普通に高い身体能力と、数で勝っているという利点を生かして連携攻撃を仕掛けられればひとたまりもなかっただろう。
だが、何も考えていない力任せの突撃しかしないのであれば、いくらでも対応策はある。
鳥を三羽解放して、盾を突撃する寄生体達の目の前に形成した。
案の定、勢いがつきすぎた寄生体は急に目の前に出現した盾を避けることが出来ず、盾に体当たりしては跳ね返され、後続がまたそこにぶつかるという玉突き事故を起こした。
「一網打尽だ!」
5体が一塊になったところ目掛けて熱線を放ち、その全てを塵一つ残さず焼き払う。
「何故もっと頭を使って戦わない……」
「使うための頭はお前がもぎ取ったんだろ! 寄生体はもういないぞ! 残るはお前一人だけだ。無駄な抵抗はせず諦めろ!」
今の状況が伝わるように、精一杯の大声を張り上げる。
「いちいち大声を上げないと何も出来ないの?」
「だって大声を上げないと伝わらないだろう……俺の仲間達に」
厄介な寄生体を掃討した以上は俺の役目は終わりだ。
先程と同じように箒を掴んで引きずられるように階段近くまで後退する。
俺の役目はひとまず終わりだ。
「後は任せた――」
「――俺達」
「――私達が!」
現場に到着したモリ君とエリちゃんの二人が階段から飛び降り、俺と入れ替わりに赤い女の方向に向かっていく。
モリ君が放った鋭い槍の突きが女の帽子を貫く。
本体を狙ったのであろうが、残念ながら帽子しか捉えることが出来なかったようだ。
だが、赤い女が回避運動でバランスを崩した隙を見逃すエリちゃんではなかった。
すかさず懐に飛び込み、赤い女の腕を取って柔道の一本背負いで豪快に投げ飛ばす。
「派手なアクション狙いなんだろうけど、いちいち隙が大きすぎるんだって!」
動作の終わり際の隙を狙われてカウンターを入れられるのは、パナマに続いて二度目のはずだが、こいつには反省という言葉はないのだろうか?
案の定、受け身も防御姿勢も取れず、赤い女はもろに背中から床に叩きつけられた。
衝撃で石畳が割れてめり込んだようになって動きを止めている。
「おのれ……」
「また隙だらけ!」
今度は立ち上がろうとしたところに肘打ち……エルボードロップを顔面に受けて悶絶している。
最後はトドメとばかりに赤い女の両足を掴んで力任せに振り回すという大技、ジャイアントスイングが仕掛けられた。
プロレスのジャイアントスイングと決定的に違うのは、脚力強化のスキルにより、竜巻を起こすような高速回転をしていること。
そして、回転による遠心力を生かして、数回転に一度、赤い女の頭部を堅い石畳に頭を叩きつけていることだ。
たまに地面への叩きつけを防御しようとしているのか、魔方陣の光が一瞬だけ浮かぶのだが、地面への力任せの叩きつけというシンプルすぎる物理攻撃には何の役にもたたないようだった。
エリちゃんは30秒ほどジャイアントスイングで振り回した後に、まるで砲丸投げのような山なりの軌道で赤い女を投げ捨てた。
赤い女は何回か地面にバウンドした後にうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。
そして、バウンドした時に零れ落ちたのであろう。
どこかに隠し持っていたであろう赤い宝石が三つ、大理石の床の上へと転がり落ちた。
「その宝石が寄生生物を増やすための種だ! 破壊を!」
「承知!」
すかさず階段上からリプリィさん、ランボー、コマンドーの三人がライフル銃を発砲した。
銃弾は正確に宝石を射抜き、粉々に破砕させる。
赤い女は首だけを上げ、目も鼻もない卵のような顔面で、赤い宝石が砕ける様を見つめていた。
無貌である故にその表情についてはうかがいしれないが、今までの努力と苦労が水の泡と消えたことを嘆き、呆然としていたのではないだろうか?
「もはやこれまでか……」
赤い女が呟くと、足下に淡く光る魔法陣が現れる。
パナマの時と同じよう転移でこの場から逃走するつもりだろうか?
「モードチェンジ『鎚』!」
しかし、それを阻止せんがために、モリ君が槍の穂先にプロテクションで作り出した壁を作り出して、巨大なハエ叩きのような形状へと変えて飛び込んできた。
「なんだその武器は!」
赤い女はその巨大ハエ叩きの横薙ぎの攻撃を避けることは出来ず、豪快に薙ぎ払われて広場の壁際まで吹き飛ばされていった。
魔法陣の光は赤い女がその場からいなくなっても少しの間、虚しく光り続けていたが、やがて何の現象を起こすこともなく消滅した。
赤い女の逃走は失敗したようだ。
ダメ押しとばかりに階段上からの三人から壁際で倒れ伏している赤い女に対して、ライフル銃による銃撃を容赦なく浴びせる。銃弾が命中する度に赤い女はヒクヒクとその体を痙攣させた。
「やったか?」
銃声が止んだのを確認して、俺とモリ君、エリちゃんの三人でそろそろと赤い女に近寄る。
赤い女はヨロヨロと遅い動きで転がり、うつ伏せから体を捻って仰向けの体勢になった。
「私は……ただ……生きたかっただけなのに……」
赤い女は右手を真上に高く掲げた。
一瞬、何かの攻撃が始まるのかと身構えたが、女は右手を掲げた姿勢から動くことはなかった。
今まで瑞々しかった体はどんどん乾燥していき、全身が茶色く乾燥したミイラと化した状態で完全に硬直して動かなくなった。
女の胸の上にいつの間にか出現していた銀色のメダルを摘んで拾い上げる。
「こいつも敵ユニットという役割が与えられただけの、ただのゲーム駒だったということか」
赤い女はミイラ化したままその場に留まっている。
もしかすると、このミイラの姿こそが本来の姿であり、それを無理矢理蘇生させられて駒として使われいたのかもしれない。そう考えると、ある意味、犠牲者なのかもしれない。
「これで終わったんでしょうか?」
「一応はこれで一段落のはずだ。あとは、この遺跡でゲームマスターが再利用出来るものが残っていないかを調べたら、それで終わりだ」
赤い女の企みは潰した。
これでタウンティンを攻撃する術はしばらくはなくなるだろう。
もしかしたら、ゲームマスターが何かを目論むかもしれないが、それは俺達の知るところではない、別の話だ。