Chapter 10 「ジャングル・ハイウェイ」
「通称嘘吐き爺ことシカップは元探掘家。現在60歳。15年前に息子を含む探索チームで遺跡の探査に赴いたが、何らかの事故に巻き込まれて街に戻ってきたのは爺さん一人。それをきっかけに探掘家を引退して、今では細々と漁師をやって生計を立てている……と」
「なんでもいいけど、お前って聞き込みに関しては凄いな」
「凄いだろう。もっと褒めていいぞ」
カーターが蟇の遺跡について何か情報を持っているであろう嘘吐き爺について早速調べてきたので、とりあえず頭を撫でてやる。
「いや、そういうのはいいから金を寄越せ……いや、クッキーを出そうとしなくてもいいから」
「だってお前は金を渡してもすぐに酒に変えるだろ」
「酒でも飲まなきゃやってられねぇよ。せめてお前の中身が本物の女でもっとスタイル抜群なら許せたというのに、何故に白アスパラなのか」
カーターを撫でていた手を縦方向に切り替えて脳天にチョップを入れておく。
ともあれ、カーターの情報を元に俺達は嘘吐き爺ことシカップの自宅があるという街外れの小屋を訪れていた。
まずはどうやって話を切り出そうか思案していると、釣り竿と魚籠を持った一人の老人がこちらに近付いてきた。
「また来たのか! もうお前達に話すことなんて何もない!」
老人は釣り竿を振り回して俺達を威嚇してきた。
この老人がシカップなのだろうか?
「待ってください。少し遺跡の話を聞かせてください」
「五月蠅い! 今度は子供を連れてきて何のつもりだ! こんな子供に探掘なんて出来るわけないだろう!」
もしや、カーターがゲームマスターと雰囲気が似ていることから、仲間だと思われているのだろうか? いや、ある意味では仲間なので間違いではないが。
老人を脅して無理矢理話を聞きだすのは簡単だろう。
だが、それでは何の解決にもならない。
ここは俺達も覚悟を見せる必要がある。
帽子を取って箒と一緒に投げ出して老人に近付いていき、釣り竿はあえて顔面で受ける。
鞭のようなしなった釣り竿が当たったことにより、激しい痛みが伝わってくる。
額が切れたのか、左目に血が垂れてくるが、ここで引くわけにはいかない。
何もなかったかのように振る舞い、更に老人に更に近付く。
二発目が飛んできたが、これも避けずに頭で受ける。
「話を聞かせてください。奴らの計画を阻止するために貴方の情報が必要です」
「なんでお前みたいな子供がそこまで……」
「蟇の遺跡とやらで何かの儀式が行われると、タウンティン本土で何か良くないことが起こります。そうなれば、無関係の人が沢山傷つくでしょう。俺達はそれを避けるために来ました」
俺と老人はしばらく無言でお互いの目を見ていたが、老人の方が先に折れて横を向いた。
「小屋に入れ。少しだけなら話はしてやる」
老人はそのまま俺達に背を向けて小屋の中に入っていく。
どうやら認めてもらえたようだ。
入れ替わりにモリ君が駆け寄ってきた。
「ラビさん、またこんな無茶をして……」
「無茶と言っても命にかかわるようなことではないだろう。それに、モリ君のヒールも頼りにしてるから出来たことだよ」
「はいはい、次からはヒールでお金を取りますよ」
「なんかカーターに似てきたな」
モリ君の顔を見ると、回復能力を使用する時に以前のような必死さがなくなり、落ち着いた表情になっている。
以前は中身が23歳男だと知っている俺に対してもユイがどうのとボソボソ呟いていたが、先の船の件で一応は決着がついたのだろうか?
「ちょっと待て、お前ら今何をやった!」
小屋に入っていったと思った老人がいきなり俺達の方に駆け寄ってきたので、俺は前髪をかきあげて額を見せる。
「傷を治す力……まるで神の御業……」
「俺達はあなた達の言うところの『神の戦士』と呼ばれる、異世界から来た様々な能力を使える特殊な人間です」
俺の説明に老人は呆気にとられたような顔でしばらく固まっていたが、
「――いや、世の中不思議なことはいくらでもあるということか」
どうやら納得して貰えたようだ。
「確かにお前達ならば、ワシの話も少しは信じるだろうな」
◆ ◆ ◆
「この港町の近く、チョカンの街から北に40kmほど進んだ場所に大きな渓谷がある。そこの断崖絶壁を降りて行く途中に蟇の神殿はある。名前は、入り口にヒキガエルのような像が岩を削って彫り込まれてあることからそう名付けた」
「40kmなら意外と近いですね」
「とんでもない。ジャングルだぞ。恐ろしい虫や毒蛇は襲ってくるし、道は凸凹してまっすぐ歩くことなんてとても出来ない。それを少しずつ歩みを進めていくんだ」
確かにジャングルを地道に歩いていたらそうなるだろう。
だが、俺達には時間制限があるので一応は別の方法を考えている。
まあ、それは出発の日に公開で良いだろう。
「石を削って作られた神殿だが、石の切り出し方や積み方、石像などはオルメカ文明ではない独自の物だ。建立年代は相当古いということ以外はわからない」
「例えばどのような特徴が?」
アンカス教授がメモを片手にシカップ爺さんに食いついた。
独自の文明という言葉が気になったようだ。
「パナマの方で出土した巨大な石の球があるだろう、あれと似たようなものがあった」
「ディキスの石球か!」
何やら教授が一人で納得しているが、こちらには何のことやらさっぱり分からない。
「それは何ですか?」
「ここから南のジャングルの中で巨大な石で出来た真球に近い球体が発見されたのだよ。25t近いその石をどうやってそこまで運んだのか、どうやって当時の技術で加工したのかは謎で、私を含む調査チームで調査したこともある」
記憶を辿って思い出す。
そういえば南米コスタリカで巨大な石球が見つかり、世界遺産に認定されたという話を本で読んだ記憶がある。
地球と同じものが、こちらにもあるのだろう。
「球のようなものを信仰対象にする文化が合ったのだと思われる。星座を象ったものなのか、それとも別の球状の何かなのかは分からないが」
シカップ爺さんは話を再開した。
「その神殿はまるで迷路のように入り組んでいた。普通神殿ってのは訪れた信者を奥に通すためにわかりやすく作られているはずだが、そこは決して奥には通さないと言わんばかりの迷宮になっていた。まるで、ナワトルの伝承にあるマヤの死の迷宮だ」
侵入者を通さないとなると、もしかしたら普通の神殿ではなく、墓所なのかもしれない。
エジプトのピラミッドなどと同じく盗掘者避けと、万が一死者が復活しても簡単に地上に出られないようにするという二つの意味だ。
「ワシらが人跡未踏、未盗掘の遺跡を見つけて、これで一財産だと浮かれてたというのはある。入り口に積まれていた石をツルハシで取り除いて神殿内に踏み入った。注意して進もうと仲間に呼びかけたが、その中の一人が『カエルが呼んでる』と一人で迷宮の奥に駆け出して行ったんだ」
「カエルが呼んでる?」
意味が分からなくて鸚鵡返しする。
「ワシらには何のことだか分からなかった。だが、そいつにだけは『何か』が見えたらしい。迷わないようにロープを張りながら迷宮を奥まで進んでいくと、広場のような場所に出た。そこで待っていたのは、変貌した仲間だった」
シカップ爺さんはここで頭を両手で抱え込んだ。
「仲間の……息子の頭のあった場所に、触手を閉じたイソギンチャクのよう丸い物体が載っていた。そしてその中央には大きな目があって、ワシら睨んできた」
イソギンチャクのような頭の中央に目と聞いて瞬時に思い当たったものがあった。
タウンティンで戦ったあの巨人の頭部だ。
もしかしたら、あいつの眷属がユッグ以外にいるのかもしれない。
「息子だったものは恐ろしい速度でワシらに襲い掛かってきた。仲間にはワニや恐竜でも倒せるほどの腕自慢がいたが、アレには為す術なかった……息子は格闘技など出来なかったというのに」
「それで息子さんは?」
「仲間の腕自慢と相打ちだったよ……仲間がそのイソギンチャクを叩き割ったら動きが止まった。だが、球体が割れても息子の頭部はどこにもなかった。ワシは命からがらその神殿から逃げ出した。それで話は終わりだ」
シカップ爺さんはここまで話すと机の上に置いてあった、おそらく酒が入ってあるであろう瓶を口にして、中の液体を飲み干した。
「ラビさん、どう思います?」
「さっきの教授の話にあった球状の何かを信仰する文明ってのと、イソギンチャク? との関連や『カエルが呼んでる』という言葉が気になるな。球状の何かは寄生生物みたいだし、カエルうんぬんは何かの精神操作の能力も有りそうだ。何にせよ、そんなものを町中に持ち出されたらとんでもない混乱が起こるはずだ」
「どちらにしろ危険ですね」
何にせよ、これで遺跡の場所と詳細な情報は分かった。
あとは一週間でその遺跡を攻略して戻って来るだけだ。
シカップ爺さんに礼を言って小屋を後にする。
◆ ◆ ◆
蟇の遺跡あらため、蟇の神殿には翌日朝に出発となった。
俺達四人、リプリィさんと軍人二人、教授、そして探掘家のパタムンカさんで合計9名。
過去最大人数のパーティーになった。
「それで目的地は北に40kmの遺跡で良いんだな。一日8kmを目指して移動する」
「いえ、1日20kmです。一日半で到着を目指します」
俺はパタムンカに訂正する。
「待て、このジャングルは虫や毒蛇だって多数あるし、地形だって凸凹している。歩き辛いからそんなにすぐには進めないんだぞ! これだから素人は」
「いえ、今からここに真っすぐでかつ平坦で歩きやすい道が『出来ます』。だから俺から50mほど離れてください」
「ちょっとラビさん、まさか……」
「そのまさかだよモリ君。今の俺達にはゆっくりとジャングルを探索している時間の余裕はない。速攻で遺跡に辿り着いて攻略完了する」
モリ君の肩に手を置く。
俺の意思の強さは分かってくれたようで、モリ君とエリちゃんが他のメンバーを連れて俺から距離を取っていく。
半径50mに誰もいなくなったのを確認して、俺は箒を構えて鳥を五羽呼び出し即解放。
「自然破壊と怒られるかもしれないけど、今は急ぎの旅なんだ。ちょっとショートカットのバイパスを作らせて貰うぞ!」
箒の先に黒い球体が発生した同時に、目の前のジャングルの草木が黒い霧と化して消えていく。
霧化の範囲はどんどんと広がっていき、50mに達したあたりで黒い球体は一度大きく膨らんだ。
以前の「魔女の呪い」はここで一気にサッカーボール大までに収束したのだが、今回は収束することなく10mほどの黒い球体は赤、緑、青へと色を変えていき、ついにはそれらが複合された……極彩色の光を放つ。
「これがランクアップ後の『魔女の呪い』。果たしてどれくらい火力が上がっているか、乞うご期待!」
巨人を狙撃した十羽解放時の『魔女の呪い』を使用した時と同じく、射線上に放電の触手が走った。
「これはまるで伝承にある空虚の神……」
教授の声が一瞬聞こえたような気がしたが、それは直後に発生した獣の呻き声のような響きによってかき消された。
赤熱した状態から虹色に変化した球体は、激しい閃光と共に熱線へと姿を変えた。
熱線の範囲は半径10mほどあるだろうか。
地面を抉りながらジャングルを貫き、30秒ほど照射されたところで止まった。
抉り取られたジャングルの地面は高熱によって一部ガラス状に融解し、それが固まったことで舗装されたように凹凸のない平らな道へと変わっていた。
空気を含む様々なものが焼かれたことにより、名状しがたき悪臭が辺りに漂う。
「このまっすぐな道を歩けば、遺跡まで片道二日あれば充分着きます。遺跡内部の調査に二日。次の出航日までの六日のうちに方を付けます」
探掘家のパタムンカとアンカス教授に伝える。
俺の全身へと浮かびあがった虹色に輝く紋様を見た二人は恐怖とも驚愕とも取れる顔付きだったが、ようやく事態を飲み込めたようで口を開いた。
「今まで呪いなんて信じちゃいなかったが……これを見ると信じざるを得ないな。確かにククルカンの祟りと言いたくなる気持ちはわかる」
「『神の戦士』と称される理由がようやく理解できたよ。いや、これは神の信徒なのか?」
「では行きましょう。今は時間が惜しい」
俺達9名はジャングルの奥地にあるという蟇の神殿へと出発した。