Chapter 9 「アマバラ港」
パナマを出港して一週間。
交易船は次の中継地点、アマバラ港に到着した。
「なんか暑くない、ここ? 今は11月のはずだよね。パナマより暑く感じるんだけど」
「海流なんかの関係だろうな。どの道、赤道にかなり近いから年中夏だよ。それでも日本の夏に比べたらこれくらいリゾート感覚だろ」
「確かに。日本の夏の方がはるかに暑い」
世界地図を脳内で広げる。
ホンジュラスはメキシコの南。
コスタリカ、ニカラグア、グアテマラといったコーヒーの産地に囲まれた国だ。
現代の地球だと、カリブ海に面した北部はサンゴ礁を生かした風光明媚な観光地として開発されて、多くのアメリカ人が観光に訪れているはずだが、今回は北側に行く予定はない。
本場のコーヒーに興味はあったのだが、スペイン人がまだ侵略に来ていないこの世界だとコーヒーやバナナと言った農作物を育てる農園も存在していない可能性は高い。
そして、この世界では、ここがタウンティンの国境付近でもある。
おそらくこの先はジャングルと標高の高い山地が広がっているために、領土を拡大しきれなかったのだろう。
近代化のために鉄と石油は必須なので、将来的にはそれらを求めてメキシコ方面に領土拡大進めていくのだろうが、それは俺達とは関係ない話だ。
「おーい、こっちだー!」
船にかけられたラダーを降りるや否や、口と顎に髭を蓄えた初老の男が一人こちらに手を振りながら駆けてきた。
髪と髭は元々黒かったのだろうが、今は白いものが混じりマーブル模様になっている。
「おおリプリィちゃん久しぶり。大きくなったね」
「お久しぶりです教授。でも私はもう成人していますので、ちゃんはちょっと……」
「確かに。それは済まない」
何やらリプリィさんとは旧知の仲のようだが、何者なのだろうか。
「あの、こちらの方は?」
「こちらは大学で考古学を研究されているアンカス教授です。私との関係は叔父と姪にあたります」
「どうも、アンカスです。見ての通り、あちこちを飛び回って歴史の研究などやっている一介の研究員です」
「モーリスです。よろしくお願いします。こちらは仲間のラヴィ、エリス、カーターです」
モリ君が教授に握手で応じた後に俺達のことを簡単に紹介した。
全員で握手をするほどではないようなので、帽子を脱いで簡単に名前だけを名乗って会釈する。
「もしやこちらの方々は例の『神の戦士』?」
そういえば俺達のような召喚者は「神の戦士」と呼ばれているのだったか。
「私の妻は知事の娘……日系二世なのもあって『神の戦士』には非常に興味があってね。出来れば色々と話を聞かせてもらいたい。この世界には古くから、貴方達のような異界の人間が召喚されていたことから文化と文明の進歩に――」
「教授、ここではなんですので、どこかで食事でもしながら」
リプリィさんが慣れたものとばかりに、何やら早口で語ろうとする教授の話を途中で遮る。
おそらく語り出したら止まらないタイプ……現代のオタクに似た性質の学者なのだろう。
「おお、そうだった。研究のこととなるとつい多弁になってしまい申し訳ない。だが――」
「そこの店で良いですね、入りましょう」
また早口で語ろうとする教授の話を半ば強引に遮り、なし崩し的にレストランになだれ込むことになった。
◆ ◆ ◆
料理は蟹や魚をトマトソースで煮込んだような料理と、トウモロコシ粉で作ったナンのようなものが何枚か運ばれてきた。
各自がナンのようなもので料理を包んで食べろということだろう。
教授やリプリィさん。部下の軍人は手慣れたもので、蟹の殻を剥いて身を取り出してナンに包んで食べている。
真似して一口頬張ってみると、やたら唐辛子の辛みが強い。
そういえばタバスコやハバネロと言った激辛唐辛子はここから少しメキシコ側に行った場所で取れるものだったか?
味自体は美味しいのだが、まず辛さが来るのでなかなか食は進まない。
飲み物として出された甘いココナッツミルクで流し込むも、甘さのおかげで逆に辛さが増したように感じる。
普通の真水が欲しい。
「今回は北の遺跡を調査するとか」
「はい。今のところ蟇の遺跡という名前以外の情報はありませんが」
「この辺りは遺跡だらけだけど、そんな名前の遺跡は聞いたことがないな。多分正式名称じゃなく誰かが勝手に名付けただけなんじゃないかと」
教授が紙の大きな地図を広げた。
そこにはあちこちに赤いペンで書き込みがなされていた。
ペンで記載された場所は十数個は有るように見える。
これらの遺跡を全て調査するとなると何日……いや、何年かかるだろうか?
俺達がこの街に滞在していられるのは船が出航するまでの一週間だけなので、その間にカタを付ける必要が有るが、回れてもせいぜい2、3か所だろう。
総当たりするにはあまりに時間が足りない。
「この辺りはオルメカ文明の遺跡が多いのだけれど、他に何か特徴は?」
本で読んだだけだが、オルメカはヘルメットを被った巨大な頭の像「オルメカヘッド」で有名な、ユカタン半島で発見された文明だ。
スペイン人が来た頃には既に滅んでいたので詳細は不明という、あらゆる意味でも謎の文明である。
ただ、生贄などの儀式を行うのは、ここから更に北のマヤ文明やアステカ文明で、オルメカはそこまで儀式をするタイプではないのは確かだ。
「オルメカとは少し違う傾向の遺跡だと思います。怪しげな儀式をしているタイプの。マヤとかアステカとか」
「いや、アステカというのは聞いたことはないが、オルメカ以外でもそれなりの数があるからな……他にヒントは?」
名前以外の情報はないのだ。
現状を正直に告げる。
「少し聞き込みをしたいと思います。それで情報が入れば、細かく絞り込めると思いますので」
「それならば、探窟家達が集まっている酒場が近くある。そこなら色々と情報が集まるだろう」
「今から行っても大丈夫でしょうか?」
「いや、あそこは夜からの店だ……それに……まあ、少し……いや、かなり品は悪いから若いお嬢さん方には刺激が強すぎるかもしれない」
教授の話を聞いて、脳内で映画などでよく見る荒くれ者どもが集まるストリップバーのような映像が思い浮かんだ。
おそらくそこまでイメージとは乖離していないと思う。
そういう場合はリプリィさんの部下であるランボーとコマンドーに付いてもらえれば、変にウザ絡みしたやつがやられるという「洋画で見た」という光景になるので、まあ大丈夫だろう。
リプリィさんは軍の手続きがあるとのことでチョカンの街の軍部に向かったので、夜を待ってアンカス教授と共にその酒場を訪れることにした。
◆ ◆ ◆
「許してくれ! 生活のためにどうしても金が必要だったんだ。遺跡を壊すつもりなんて本当になかった。頼まれてやっただけなんだ!」
怯えた声で部屋の隅に逃げていく男の肩に俺は鳥を一羽乗せる。
「いや、そんなことは聞いていない。だから質問に答えて欲しい」
「命ばかりは……」
何故こうなった?
それには少し時間を戻して説明が必要だろう。
――俺達は教授に紹介していただいた酒場を訪れたのだが、まず下卑た男達が俺を完全スルーした揚げ句、エリちゃんに群がって下品なセリフを吐き始めるという、やはり「洋画で見た」という光景が始まった。
仕方ないので、やはりランボーかコマンドーを呼んできて話を円滑にまとめようと思った時に、破落戸の一人が
「なんでこんなところにドラム缶があるんだ? キッズはママのところに帰れよ」
などと決して許されざる暴言を放ったので、軽く脅してやろうと鳥を呼び出した結果がこの惨状である。
たいしたことはしていない。
ただ薄暗い暗い店内で青白く光る鳥を五羽呼び出して、鳴き声を出させながら店内を飛び回らせたら、恐れ知らずのはずの破落戸達数名が露骨に怯え始め、
「ククルカンの祟りだ!」だの
「魔女が呪いをかけにきた!」だの
大騒ぎを始めただけである。
確かに「洋画で見た」シーンに違いはないのだが、刑事ドラマやアクションの聞き込みシーンではなく、ホラー映画の導入で怪しげな魔術師が登場するシーンである。
どうしてこうなった?
「この鳥はどういう仕組みで動いているんだね?」
「仕組みは分かりませんが、俺の自由に動かすことが出来ます」
鳥の一羽をアンカス教授の肩に止まらせると、興味深そうに羽を撫でたりひっくり返して腹を触るなどを始めた。
俺と鳥が触覚を共有していたら大惨事になるところだが、そういうことはないので特に支障は発生していない。
「すごいな。何かのエネルギーで構成されているのは分かるが、体構成自体は野生の鳥そのものだ。義父や義母の能力以上に輪をかけて何も分からない。日本人というのはみんなこういうことが出来るのか?」
教授がまたも早口で語り始めた。
それにしても、教授の中の日本人像は一体どうなっているのだろうか?
まさか日本人は超能力者の集団とでも思われているのだろうか?
「いえ、この世界へ召喚されたら出来るようになっただけです」
「ということは、義母と同じで、この技術について何も分からないし、継承も出来ないのか……惜しい、実に惜しい」
教授には簡単に答えておく。
どの道この力は運営に急に押し付けられて使えるようになった力なので、原理を聞かれても分からないので答えようがない。
――そして、話は冒頭に戻る。
「私達は蟇の遺跡というものを探していますが、聞いたことはありますか?」
「名前だけ言われてもわからねえよ。何か他にないのか?」
破落戸に質問したが、当然の答えが返ってきた。
別にこれは破落戸が悪いわけではない。俺の質問が悪いのだろう。
別の方向で攻めてみよう。
「カーター……そこの背の高い男と似たような服を着た奴がこの近くに居たどうか聞きたいんですけど」
「それなら二週間前に来た。カエルかどうのとか言って意味不明だったが、町外れに住んでるジジイが吹聴している話に似ていると言ったら、そっちへ会いに行くと言って消えた。それ以降は知らない」
「そのジジイというのは何者なんですか?」
「嘘吐き爺だ。マヤの遺跡と違う巨大な神殿を見つけたと言ってるが、そんな巨大な神殿があればみんな盗掘に行ってるはずだ。なのに誰もそこに行った奴がいないってことは、そのジジイが嘘をついている以外考えられない」
やはりゲームマスターはここに来ていた。
そして、カエルがどうのというは赤い女が言っていた蟇の遺跡とやらのことだろう。
ゲームマスターが動いているならば、嘘吐き扱いされているその人物が言うことは、信用されていないだけでまあ本当の話なのだろう。
そして、おそらくゲームマスターは、その神殿とやらで何かの工作をしている。
ただ二週間前というのが微妙なところだ。
ゲームマスターが律儀に俺達を遺跡の奥で二週間も待っているような暇なことをしているとは思えない。
ボスキャラがダンジョン最深部でいつも待ちかまえているのはゲームの中だけだろう。
なので、ゲームマスターの企みを潰すことは出来ても、流石に身柄確保は諦めるしかないだろう。
「次の質問だ。深紅のドレスに赤い帽子を深々と被った美女を観ませんでしか? 派手な見た目だからすぐ分かると思います」
「それなら先週に街で見かけた。ただ歩いているのを見ただけで、それ以上は何も知らない!」
やはり、赤い女もこの近くに来ているようだ。
女がこの町にいたのが先週の話ならば、もしかしたら遺跡内部で会えるかもしれない。
「色々と迷惑をかけてすみませんでした。ハロウィンですよ。クッキーをどうぞ」
お詫びとしてクッキーを手渡すと、男にガタガタ震える手でそれを受け取った。
「おいラビ助、それでどうすんの、この惨状?」
「知らないよ。俺は鳥を呼び出しただけだぞ」
「やっぱり、俺一人で聞き込みに来るのが正解だったんじゃねぇかな」
カーターはそう言うと酒場の席に座って酒を注文した。
さすが店主は堂々としたもので、パニックになっている破落戸など最初からいなかったように、酒を提供している。
酒場内を見回すと、やはり動じずに酒を飲んでいる客もそれなりにはいるが、多くがパニックになり、落ち着かない。
「この酒場への迷惑料も一緒に払うから金をくれ」
「まあ仕方ないか」
俺達の活動資金は知事から貰った金のみで、この後に入手できる機会がどれだけあるかは分からないのだから、なるべくは無駄金を使いたくはない。
だが、今回ばかりは仕方がない。
カーターにある程度、金を握らせておく。
「ここにいる連中は、古代の神の祟りに怯えつつも遺跡に潜って盗掘をしているからな。そんな時に祟りとしか思えない現象が起こったので、ついに神の呪いが自分のところにやってきたと思うのだろう」
教授がざわついた酒場内を見回しながら言った。
「そんなに盗掘が多いんですか?」
「古代遺跡からの発掘品は高値で売れるからな。だから、一攫千金狙いや、脛に疵を持つ連中が危険なジャングルに踏み込んで盗掘を繰り返している」
教授は大きなため息をついた。
「本来なら貴重な遺跡を傷つける彼らの行動を規制したいところだが、ジャングルの中に命をかけて突っ込んで遺跡を掘り当てるなんて、盗掘屋……もとい、探掘家がいなければ何一つとして進まない。それに彼らの生活基盤を国として奪うわけにもいかない。困った話だよ」
「でも大丈夫なんですか? こんな光る鳥を見たくらいでこの怯えっぷりで、とても遺跡に潜れるメンタルがあるとは思えないんですが」
「確かにそれは気になる。私の知っている探掘家はもう少し豪胆な連中が多かったはずだが」
「呪いだよ」
突然奥の席から声がかかった。
破落戸どもと違い、全く動じずに酒を飲みながら食事をしている一人の女性が座っていた。
二十代くらいだろうか?
一見すると男と間違うくらい筋肉隆々で鍛え上げられた肉体だということが見て取れる。
胸は大きいことは大きいが、その大半は筋肉だろう。
余程の修羅場をくぐってきたのだろう。頬にある大きな傷以外にも腕などにも細かい傷が無数に付いている。
それに、この治安の悪い酒場で破落戸達に絡まれることなく、性別関係なく一人前の探窟家とやっているというだけで、只者ではないと分かる。
「一月ほど前から、遺跡を掘りに行った連中が奇妙な鳥を見かけた、襲われたと騒ぎになっていた。実際、それなりの実力があったはずなのに、町に戻ってこず行方不明になった探掘家が増えている」
そのような事情があるならば、これほど「鳥」に対して恐怖を感じているのは分かる。
急に謎の光る生物が現れたのならばそういう反応にもなるだろう。
「ところで、さっきから興味深い話をしているな? ヒキガエルの遺跡? そいつは嘘吐き爺以外誰も知らない遺跡なんだろう?」
女性が立ち上がった。
「私を雇わないか? その遺跡から発掘される宝を分けてさえもらえれば、お前達と一緒にその遺跡の調査に行ってやる」
「どうします、教授?」
遺跡の専門家であるアンカス教授に確認する。
「どの道、ジャングルを進むのと遺跡の調査のために探掘家は雇おうと思っていたところだ。そこらで怯えまわっている連中より肝が据わっていて安心できる。雇った方が良いだろう」
「モリ君はどう思う?」
リーダーであるモリ君に意見を確認する。
「俺達は素人ばかりなので、専門家は必要だと思います。ラビさんも聞き込みの件で人はそれぞれ得意分野があるって分かってますよね、カーターさんの件でも」
確かにその通りだ。
聞き込みなどではカーターが優秀。
素人の俺が参加した途端にこの惨状なので全く向いていないのは間違いない。
近接戦闘はエリちゃん、回復と防御はモリ君、探索と最大火力は俺。
一人で頑張るよりも専門分野で分ける方が効率は良い。
そう考えると、ジャングルと遺跡の調査と言う未知の部分に関しては専門家に任せるのが良いだろう。
「というわけです。俺達は雇うことに賛成です」
教授に俺達の意見を伝える。
教授の方も、既に結論は出ていたようで、女探窟家に握手を持ちかけている。
「私はアンカス。歴史学者だ。君を正式に雇いたい」
「私はパタムンカ。見ての通り探窟家だ。遺跡への出発の日になったら教えてくれ。私はここで待ってるよ」
とりあえず女探掘家と約束を取り付けた。
次は蟇の遺跡の情報を持つという嘘吐き爺とやらに会いに行くとしよう。