Chapter 5 「群鳥」
一度大きく深呼吸して呼吸を落ち着ける。
冷静になれ。スキルは使えるように付与されているはずだ。
もし超越者が俺達を使って、何かしらのゲームを行おうとしているのならば、使えないスキルを付与するというゲームがつまらなくなる行為などはしないはずだ……多分。
身体への負担が大きいのは使い方を誤っていたために、無駄に燃費が悪かっただけだ。
無茶苦茶な理屈で自分を無理矢理納得させる。
この理屈が合ってるかどうかなんて分からない。
ただ、明らかに敵対意思を持って、こちらを襲ってくるワイバーンがいるのに、スキルが使いこなせないので諦めます。逃げます――などとは言ってはいられない。
そもそもスキルの説明なんて皆無なので、ある程度推測を立ててトライアンドエラーで色々と試してみるしか方法はない。
少し気持ちを落ち着けて能力について整理してみよう。
スキルのアイコンは鳥だった。
ただ、今回スキルを使って出てきたのは丸い光の玉であり、鳥ではなかった。
そこにスキルをうまく使えなかったヒントがあるはずなんだ。
目を閉じて更に思考を進める。
アイコンが示す通り、鳥の形をした「何か」を出すのがスキルとして正しい形だろう。
魔法使い……いや魔女が操る使い魔としての鳥か。
魔女が操るイメージの鳥とは何だろう。カラス? コウモリ? フクロウ?
自分の持っている知識を最大限に投入して思考を進める。
モリ君とエリちゃんの声や鳥の叫び声のような音が聞こえてくる。
どうやらワイバーンとの戦闘が始まったようだ。
だが重要なのはこの中途半端な状態で戦闘に参加することじゃない。
完全な形でスキルを発動させるようにして役立つ形で参戦することだ。
カラス……フクロウ……
ワイバーン……トカゲのような鳥
いや違う変なイメージが入り込んだ。やり直し
カラス……フクロウ……トカゲ
トカゲ?
その時、脳内に一つのイメージが浮かび上がった。
枯れ木ばかりの山の上に作られた環状列石が立ち並ぶ祭壇。
魔法陣の中心で儀式を行う魔女。
その周辺を飛び交う不気味な鳴き声の鳥の群。
大きな目とくちばしを持つ死を告げるという伝説を持つ不吉の象徴である鳥。
トカゲのような顔付きで眼は大きい。嘴は小さく見えるが、トカゲのように大きく開く不気味な鳥。
何かの映画で見たのか?
いや、この光景は以前から『知っている』
誰が?
《僕が》
不揃いだった歯車がカチンと噛み合う感触を得た。
目を開くと箒の先に五羽の青白く光る「鳥」が現れていた。
鳥はこちらから特に何も命令を出してはいないにも関わらず、まるで本物の鳥のように箒から飛び立ったり、《僕》の帽子や肩の上に飛び乗ったりと自由に動き回っている。
先ほど出現した光の玉とは全く違う、光で形成された「鳥」そのものだった。
目は大きく嘴は小さい。そのくせ開いた口だけは大きい。
カラスでもフクロウでもない、ハヤブサや鷹とも違う。
なんだろうこの鳥は。
先程と違い、脳内にウインドウのようなものは表示されなくなったが、その代わりに頭痛も吐き気もない。
機能は若干落ちるが、その分だけ体への負荷は小さいということだろう。
ラジコンのように手動で全て操作するのではなく、ある程度は自分の意志で動いてくれる鳥に必要最低限の命令を出すことでコントロールを行う。
このセミオート状態で発動させるのが正しいスキルの使用方法なのか?
否、セミオートではなく、まるで、僕と鳥との間に誰かが入り込んで、負担を肩代わりしつつ精密なコントロールも行ってくれている――そんな感触がする。
――いや今はそんな考察はどうでもいい。早く戦闘に参加しないと。
ワイバーンと二人の方に目を向ける。
モリ君とエリちゃんの二人はうまく戦ってはいたが、宙に浮くワイバーンを相手に攻撃が届かないために決定打を与えられず、逆にヒットアンドアウェイで攻めてくる相手に傷を増やしていた。
ごめんね、僕が不甲斐ないばかりに……
「飛べ」
五羽の鳥が頭上に舞い上がり、旋回を始める。
《行くよ、みんな》
練習代わりに五羽をそれぞれ違う方向に散開させる。
指揮棒のように腕と箒を動かして鳥に指示を出すと、鳥は僕の思い通りに動いてくれた。
牽制とコントロールの練習を兼ねて、鳥を敢えてワイバーンを掠めるくらいの至近距離で飛行させてみる。
ワイバーンは鳥の動きを目で追い、尻尾を振り回して鳥を叩き落そうとしてきたので、鳥を加速させたり、細かく旋回させるなどしてそれらの攻撃を避けさせる。
牽制数回それを繰り返した後に、二羽をワイバーンの後方下部、二羽を前方上部に回り込ませる。
残る一羽をワイバーンの手前で待機。
練習はこれで十分だろう。鳥の動きは僕の思うままだ!
「まずは飛行能力を奪う!」
指示通り、ワイバーンの後方下部に回り込ませた二羽の鳥は左の翼の皮膜へと突撃する。
ワイバーンの巨体が一瞬右側に大きく傾く。
だが、この二羽の突撃だけではワイバーンの翼の皮膜を突き破るような攻撃力はないようだった。
ギチギチと皮膜を押す音は聞こえてくるが、それだけでは被膜が破れてくれる気配はない。
……思ったより弱いな、このスキル。
当初の見込みでは、二羽ずつ分けて攻撃させることで、ワイバーンの両翼を奪って無力化させるつもりだったのだが、出来ないのならば仕方がない。
《作戦変更》だ。
前方上部に回り込ませた二羽に指示を出し直して、今度は上方向から左翼の皮膜へと突撃させる。
上下両側からの同時攻撃でようやくワイバーンの左翼の皮膜を破ることが出来た。
翼を失ったことで、滞空状態を維持できなくなったのか、ワイバーンが金切り音のような叫び声をあげながら高度を落としていく。
「今がチャンスだ!行けるなエリス!」
「誰に向かって!」
ワイバーンの体勢が崩れた隙をついてモリ君とエリちゃんが動いた。
「言ってんのっ!」
「プロテクション!」
モリ君が青白く光る壁を頭の上に掲げた手の平の先に作り出した。
エリちゃまずモリ君の肩に足をかけ、そこから壁――いや足場に飛び乗った。
更にそこから高く跳躍する。
靴から放たれた青白い光が軌跡としてエリちゃんの動きを追う。あれば脚力強化スキルの光だろうか。
疑似的な二段ジャンプにより、エリちゃんは、まともに飛行出来なくなったワイバーンよりも更に上空へと舞い上がる。
……いやプロテクションってそういうものだっけ?
僕がプロテクションの意味を考えている間にも戦いは進んでいた。
エリちゃんが青白い光を足にまとわせたまま、空中で身体を丸めて前方向に宙返りを行う。
靴底から更に強い光が溢れ出した。
回転の勢いを残したまま身体を伸ばし、足を開脚。そこから脚を槌のように振り下ろし、靴の踵をワイバーンの脳天に蹴り込む。
全体重と宙返りの回転による遠心力、それにスキルの青い光を加えた強烈な踵落としだ。
ワイバーンの頭蓋骨が破壊される乾いた音が、ワイバーンの絶叫と共に辺りに響き渡った。
「こいつはオマケだ!とっときな!」
いざという時の予備として旋回させていた光る鳥の残りの一羽をワイバーンのアゴの下に突撃させる。
エリちゃんの踵落としと光る鳥とのサンドウィッチだ。
これで効かない訳がない。
ワイバーンは石畳の上に轟音を立てて叩き付けられた。
エリちゃんは踵落としの反動を利用して体操選手のように後方宙返りを決め、ワイバーンよりワンテンポ遅れて華麗に着地する。これが体操競技なら十点満点をあげたいところだ。
ワイバーンは地面に叩きつけられてからもしばらくは痙攣を続けていたので、起きあがって暴れだすのではと警戒をしていたが、時間が経つにつれて痙攣は収まっていき、やがて動かなくなった。
「終わったのか?」
「多分ね」
二人ともあちこちに、ワイバーンから受けたであろう傷が多数付いている。
あまり大きな傷がないのは幸いだが、僕だけが完全に無傷なのは申し訳が立たない。
「本当にごめん。僕が最初からうまくスキルを使えていれば」
「うん…まあ次から、うまくやってくれたら良いかな」
「そうですね。それにラビさんの魔法も最後の決め手になってくれたので」
なんて良い子達なんだろう。
エリちゃんの言うとおり、次はもっとうまく立ち回って二人を助けないと。
「それよりもエリス、ラビさん」
モリ君が右手を肩くらいの位置で構える。
「ハイターッチ!」
エリちゃんがそこに掌をたたき付ける。
僕も続いてハイタッチ。
最後に僕とエリちゃんでハイタッチ。
色々あったが、僕達チームの初勝利だ。
その時ワイバーンの体が光り輝く。
「こいつ、まだ動くのか?」
モリ君とエリちゃんが身構える。
だがワイバーンが再び動き始めることはなく、光はすぐに小さくなって消えた。
ワイバーンの死体の前には五百円玉ほどの大きさの銅色のメダルが現れていた。
箒の先で突いてみるとチャリンという音を立てて石畳の上を転がる。
触れたら爆発とかそういう類のものではなさそうではある。
おそるおそる指で摘まんでみる。
メダルの裏表両面には「R」の刻印が刻まれていた。
ゲームだと何かのアナウンスが流れたりするところだろうが、そういったものは一切なかった。
「R? レアってことなのかな?」
二人にもメダルを見せる。
「この世界のモンスターが全てこういうアイテムを落とすのか? それともこのワイバーンが特別なのか?」
「この世界で初めて倒したモンスターだから分からないですね」
「集めると何かと交換できるとか、お金の代わりに使えるとかでしょうか?」
「今は何も分からない。他のチームが何か情報を持っているかもしれないから、まずはその他のチームとの合流を優先しよう」
《僕》達三人は遺跡を更に進む。