Chapter 13 「反撃」
目が覚めると最初に見えたのは、またも病院の天井だった。
「いくらなんでも命を燃やしすぎだろう」
自嘲するように呟く。
さすがに昨日今日で、気絶して病院に搬送など、命を粗末にしている自殺願望者だと罵られても返す言葉がない。
しかも今回の任務は巨人を誘導するだけで、後は軍がやってくれるという話だったが、結局巨人と真正面から殴り合いという無茶なことをやってしまった。
他に手段はなかったとはいえ、非力な魔法使いが殴り合いをする以外に助かる方法はなかったのか?
今回の勝因は、たまたま相手が俺を侮ってくれたこと、最初の一撃を食らった後は動揺したのか再生に徹してくれた上に、単調な攻撃を繰り返すだけだったので対処が容易だったことという、幸運が重なった結果に過ぎない。
なんとか最後まで決めることが出来たが、一歩間違えると確実に死んでいた。
流石にこれからは、もっと効率良く生きる方法を考えて行動しないと、命がいくらあっても足りないだろう。
もっと仲間に積極的に頼っていきたい。
俺は後ろの安全圏から攻撃と指示を飛ばして無傷で勝利という方が向いているのだ。
楽をするためにも、リーダーのモリ君をもっと成長させる必要があるだろう。
まずは習慣になっている紋様の状態の確認をするために腕を伸ばす。
光る紋様はまだ手の甲に残ったままだ。
どうやら、野戦病院で倒れてから目覚めるまで間にそれほど時間は経過していないのだろう。
ベッド脇を見るが、今回はモリ君もエリちゃんも不在だ。
例の蛆虫対策要員として駆り出されているのだろうか?
身体を起こそうとすると凄まじい倦怠感が襲ってきて、そのままベッドに逆戻りした。
下腹部からじんじんと鈍い痛みが襲ってきて起き上がる気力が沸いてこない。
頭もどこか痛む。
血の巡りがおかしくなっているのか、身体のあちこちが熱を持っていたり、逆にヒンヤリと冷え切っていたりと神経が色々とおかしくなっている。
まだ傷は完治していないのか?
ベッドに寝たままの状態で、身体のあちこちを触って傷の状況を確認してみるが、一番酷かったアバラ骨の骨折だかヒビだかを含めて、傷は全て完治しているようだった。
ただ、ベットのシーツは傷口が広がり、再度出血したのか血で汚れていた。
傷に関してはモリ君がヒールである程度は治癒してくれたのだろうとは思うが、それでも完全に治すことは出来なかったのだろうか?
眠っている間に着替えされられたであろう入院患者用の服にも血が滲みだしていた。
やはり最後の巨人に素手で殴りかかるという行為は予想以上に俺の身体にダメージを残したようだ。
またも下腹部あたりから鈍い痛みが差し込んできた。
あまりにも痛みが辛いので毛布に潜り込む。
幸い手足にはギプスなどの固定具は填められておらず、点滴もされていないので。身体をある程度動かすことは出来た。
何か身体が楽になる姿勢はないかと色々と姿勢を変えてみる。
片膝を曲げて抱え込む姿勢になると、少し楽になってきた。
俺がそうやってベットの上でもぞもぞしていると、そこに禿げた白衣を着た男が入ってきた。医者だろうか?
俺の意識が戻ったことを見ると、何やら駆け寄ってきた。
「ああ……落ち着いてください」
俺が辛い表情をしていることに気付いたのか、優し気な声で語りかけてきた。
「ここはどこですか?」
「首都の国立病院です。軍の野戦病院では限界があるために州知事からの要請で貴方を当院へ移送しました」
「そうですか、ありがとうございます。あれから何日経ちました?」
「ここに運び込まれて一日です」
一日か。紋様も消えていないし、まあそんなものだろう。
「しかし、あの回復能力は素晴らしいですな。通常だと半年はかかる傷があっという間に完治とは。ただ、体力はかなり低下しているようですので、しばらくは安静にしていてください。他に気付いた痛みなどはありますか?」
今も腹部から激しい鈍痛が続いている上に倦怠感があり、頭も痛く、貧血のような症状まで出ているので回復しているとは言いがたい、ベッドのシーツにも血が付いていたと今の症状を医師に伝えた。
俺の話を聞いた医師は何やら気まずそうな顔をしている。
俺の体調はそれほどに悪いのだろうか?
「看護師!」
医師が声をかけると奥から女性の看護師が早足で駆けてきた。
「どうなさいました?」
「彼女に今の状況の説明を」
何故、看護師なのだろう?
何故、医師が直接教えてくれないのだろうか?
その疑問はすぐに解消した。
「具体的に今の症状を申し上げますと、生理です」
えっ?
言葉の意味が理解できない。
いや単語の意味は理解できる。知性では理解できるのだが、理性では理解できない。
だが何一つとして理解できない。
「生理です」
「そんな馬鹿な?」
生理とか女じゃないんだから、別の症状の間違いだろう。
……あれ?
でも、今の俺の身体って女の子だよな……
いや、でもそんなまさか。
この手の召喚者は「人間っぽいけど、実は人間じゃない生体兵器みたいになっているので生殖能力とかなくて、困惑する」というパターンが定番のはずだろう。いい加減にしろ!
と憤慨するが、割と最近に知事とリプリィさんという、召喚者とその孫である日系三世と会ったのを思いだした。
思い出してしまった。
生殖能力あるじゃん。
生殖能力って誰が産むんだよ?
……俺だよ!
巨人との戦闘後、体内の「全て」の臓器が何としても生きるという意思を実行するために、活性化するのを確かに感じていた。
脳も、心臓も、肺も、腎臓も、全てが生きるためにフル稼働したのだ。
そう、とりあえず生命維持に必要な活動だからお前は呼んでいないぞ、という空気を全く読まず
「みんな助かるために必死だし、タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと」
と張り切ってしまった困ったちゃんがいたのだろう。
いやお前のことだよ子宮。
「下腹の辺りから鈍い痛みがやってくる」
「はい」
「貧血気味の症状になる。頭も痛い」
「はい」
「暑かったり寒かったり調子がおかしい」
「はい」
頭が働かないので、機械的に返す。
「生理です」
「アッハイ」
「今日の定期検診で今朝から生理が始まったのを確認しております。ただ、若干重いようですので、楽になるように薬を用意しておきますね」
「アッハイ」
「下着とシーツは後で取り替えましょう」
「アッハイ」
「今日一日ゆっくり寝ていれば明日から元気に動けるようになりますよ。ただ、生理後の二、三日はお腹の中が傷つきやすいので、過激な運動はしないようにしてくださいね」
「アッハイ」
「アッハイ」
……なんというか、あれだ。死にたい。
つい最近俺は死なないなどと言ったが、あれは嘘だ。
今すぐ死にたい。
巨人と戦う前は何があっても死んでたまるかと決意を固めたが、それはそれとして、もう死にたい。
つい生殖能力だの子宮だのという言葉を思い浮かべてしまったが、冷静に考えるともうあれだ。
――うん。もう死のう。
最近は絶望を感じることがあまりにも多い。
やはり魔女の呪いからは逃れることは出来ないというのだろうが。
それにしても、こういう時に相談できる相手がいないというのは困る。
エリちゃんやリプリィさんはどこに行ったんだ?
ああ、モリ君は来ると多分デリカシー皆無の発言をして、ろくなことにならないと思うので、来なくていいです。
というか来るな。男は来るな。絶対に来るな。いいか、絶対にだ。
◆ ◆ ◆
「それで、なんであなたが来るんですか?」
「もちろんお祝いですよ。赤飯でも炊いてご用意いたしましょうか?」
最初に見舞いへやってきたのは、よりにもよって州知事だった。
こちらの気も知らず、何か面白いことでも有ったかと言わんばかりにニコニコしているのが腹立たしい。
「赤飯を炊いて」うんぬんも完全に嫌がらせで言っているとしか思えない。
「貴方の仲間に同世代の男子がいたでしょう。彼はここには来ないように手を打っておきましたから安心なさい。今の状況で会いたくはないでしょう」
「同世代じゃなくて年下ですけどね」
そもそも、何をどうしたらこの国のトップクラスの人間が俺なんかのために見舞いへ来る事態になるのか?
本当に状況を説明して欲しい。
「それで何の御用ですか?」
「あの蛆虫についての続報です。治療が済んだら来なさいと言ったのに、いつまで経っても来ないものですから、こちらから来ました」
「それについては申し訳ございません」
「事情は分かっています」
なるほど、確かに仕方がない事情とはいえ、知事の約束を破ってしまったことにはなる。
それについては謝罪が必要だ。
蛆虫が何なのか、あれからどうなったのかについては俺も気になっていた話だ。
あの蛆虫は一体何なのか? どこから来たのか。
「あの虫の呼称はユッグ。伝承によると、あの巨人……イソグサの眷属とのことです」
「眷属……」
眷属……まあ部下のようなものだ。
ボスである巨人が倒された直後に急に現れたということから、二つの予想が出来る。
一つはボスが倒されてしまったので、その仇討のために暴れだした。
ただ、それだと今までは何をしていたのか?
何故ボスが倒された後から動き出したのかという謎が残る。
そしてもう一つ。
あまり考えたくはないが、あの巨人は単なる使い魔でしかなくて、代わりに今度は眷属を用意した可能性。
その場合は、眷属を倒し続けていると、やはり蛆虫ではダメだと巨人のおかわり、もしくはまた別の強力なモンスターを投入される可能性がある。
「ユッグはあの巨人の通り道から次々に現れました。松明のようなもので燃やすと簡単に体内のガス袋が弾けるという弱点はありますが、何せ数が多い」
「ということは、私が眠っている間にかなりの数を討伐されたのですか?」
「弱点が分かってからは、武器を切り替えて対応しました。ただ、倒しても倒しても次々に現れるのでキリがありません」
巨人は超強力な再生能力を持つタイプだったが、この眷属は超強力な増殖能力による物量作戦が特徴か。
「おそらく、あの巨人では特に成果を上げられなかったので、自らの眷属を第二陣として投入したのでしょう」
やはり知事や、この国の政府や軍は俺が思いついた予想のうちの二つ目。
イソグサの本体、もしくは召喚者は別にいると推測したのだろう。
この国を滅ぼすだけならば、あれ一体を投入すれば十分だと思ったら、あまりにもあっさりと倒されてしまったので、増援として眷属を投入することにした。
この説が正しいのならば、下っ端をいくら倒してもキリがない。
本体、もしくは召喚者を倒して根から断たないとこの戦いが終わることはない。
「それでは、またあの巨人が再度現れる可能性も?」
「もちろん。ただ、それは今すぐの話ではないと思います。何故なら、それが可能ならば蛆虫……ユッグではなく、戦闘力で勝る巨人を複数呼び出して暴れさせるはずですので」
それもそうだ。
それに、やっぱり出来ます。巨人を複数並べて攻めます。
と言って、あの強さの巨人を何体も集めて面制圧などされたらたまったものではない。
巨人に地均しなどされてたまるか!
「ユッグは街や、それを繋ぐ街道で暴れています。今はまだ良いですが、このまま街道を封鎖し続けると、この国の経済活動は停止し、それによって疲弊して自然に崩壊するでしょう」
「何か阻止する手はあるのですか?」
知事の言い方から察するに、おそらく何か腹案があるのだろうと、疑問をぶつけてみる。
「あの巨人と蛆虫は何の前触れもなく突然現れました。そのことから、魔術的な儀式でこの世界に呼び出されたと推測されます。ならば、その魔術的な儀式を行った場所を特定し、そこにいるであろう召喚者を叩いて、根本から原因を断ちます」
「その話をわざわざ私のところに持ってきたということは、つまり」
「召喚者が潜伏しているであろう場所について概ね特定出来ました。作戦決行日は明後日です。それまでに体調を万全にしなさい。今度はこちらから討って出ます」
傷はモリ君のヒールで完治している。
あとは体力の回復と生理痛さえ解消すればすぐにでも動ける。
ならばやるしかあるまい。
今までは守勢だったが今度はこちらの攻撃のターンだ。