Chapter 3 「扉の向こうへ」
三日間食事なしだったという二人のために、クッキーを20枚ほど出してみた。
途中から何もないところからクッキーが出現するということ自体が面白くなってきたので、つい調子に乗って出しすぎてしまったというのはある。
二人はよほど腹が減っていたのか、黙々とクッキーを頬張り続けている。
「若い子はしっかり食べんといかんぞ」
クッキーはスキルの発動が完了した瞬間に何もない場所から無音で突然出現する。
特に何が消費された、何かが変わりに消えたということもないので、どういう原理でクッキーが現れるのかについては全く分からない。
少年君曰く。
「俺たちのスキルはMP的なものも触媒も何も消費することなく、一回使用した後はスキルごとの待機時間さえ待てば何度でも無条件で使用できます」
もしかしたら見えない何かを消費している可能性もあるが、ゲームやアニメのように、現在の状況をステータスとして表示したりする方法がないので確認する手段がない……らしい。
少年くんとエリスちゃんの二人は、この部屋に閉じ込められてから三日の間に自分達は何が出来るようになったのかを徹底的に検証したそうだ。
「質量保存の法則をガン無視してるんだけど、本当に大丈夫なのかこのスキル」
「多分制作者の人そこまで考えてないと思うよ」
真顔でなんてこと言うのエリスちゃん。
何もないところから食料を出すというのは、血肉からパンやブドウを出す立川あたりに住んでる人やら、琵琶湖の近くに住んでる龍神様から貰った無限米俵をバラ撒く人と同じくらいヤバい奇跡なのだが、エリスちゃんの言うとおり製作者は「ハロウィンなのでクッキーが出る」くらいしか考えていなさそうである。
バレンタイン限定キャラに無限にチョコを湧き出させたり、クリスマス限定キャラに無限プレゼント排出機能を搭載したりして世界観とメインシナリオの展開を崩壊させるのはソシャゲではよく見る光景なので、細かいことは気にしないのが一番なのかもしれない。
ちなみにスキルはアイコンの1番左側にある物は30秒、2番目が90秒、3番目は180秒ほど待てば再使用可能になるということらしい。
チャージタイムが設定されているというのは、いかにもゲーム的な制限だ。
やはりここはゲームの中の世界なのだろうか。
「俺は槍の穂先に青く光る力の塊を出す、青く光る壁を作る、傷を治すという三つのスキルを使えます」
少年君が俺が持っていたのと同じようなデザインのカードを見せながら説明をしてくれた。
[モーリス R]
Rというのレアリティだろうからモーリスが名前か。
下の方にはキャラ解説のようなものが書かれている。
[英雄にあこがれる村の少年。村の生き残りで幼なじみのリリィと共に冒険に旅立つ未完の大器。村の神官から教わった守護と癒しの力で仲間を守る]
「リリィって誰?幼なじみ?」
「幼なじみなんていない!」
モーリス君が急に大声を出したので目を見開く。
エリスちゃんも驚いた顔をしてモーリス君の方を見つめている。
「あ、いえすみません……それはゲームの設定で俺とは何の関係ありません。リリィが誰なのか心当たりもありません」
モーリス君が乾いた笑みを浮かべながら答える。
今の反応からして「幼なじみ」絡みで何か地雷を踏んでしまったのかもしれない。
もちろんカードのフレーバーテキストに書かれたリリィなる謎の人物のことではない。モーリス君になる前の少年君が日本にいた時の話だ。
まあ、本人が言いたくないなら触れる必要はないだろう。誰にだって言いたくない過去の一つや二つくらいあるだろう。
俺は人間関係のそういう面倒なことに足を突っ込むのは好きじゃない。今までもそうして生きてきたし、これからもそうするつもりだ。
しかし、ちゃんとした説明が書いてあるというのはうらやましい。
俺など「お邪魔するわよ」とばかりにクッキーの話が割り込んできたせいで、それ以外の情報が何もないというのに。
「オーラウエポン、プロテクション、ヒールと名付けました。スキル123だと俺も使う時に混乱するので」
「そういえばスキルってアイコンだけだから名前なんて分からないもんな」
スキルに名前を付けるのは、わかりやすさという意味でも重要そうだな。俺も何か考えておこう。
「ヒールは直接治したい場所に手を触れないと使えませんが、プロテクションは好きな場所に好きな形で出せます。色々使えるので便利ですよ」
「わた……オレはエリス」
エリスちゃんはいつまでその「元男」とかいうガバガバ設定を続けるつもりなのだろうか。
もう、その設定を信じているのは誰もいないと思うので、続ける意味は皆無だと思うのだが。
俺と同類の変態扱いをされてしまうマイナス要素しかないように思える。
カードに記載された名前は[エリス R]
[戦鬼と呼ばれ人生の全てを戦いに投じてきた少女はそれ以外の生き方を知らなかった。戦いを否定する者たちに自らの力を示すべく今日も戦場へと赴く。二種の打撃強化と速力強化を使い分けて戦う拳法使い。至近距離の戦闘を得意とする]
「戦いしか知らないって書いてるわりに服はオシャレなんですよね私」
エリスちゃんは設定を続けるのか続けないのか、ハッキリして欲しい。
急に設定を忘れて女の子に戻らないでください。
ただ、先程まではエリスちゃんが俺を見る目は、蔑みすら感じられる「未成年にセクハラをしかける変態おじさん」でしかなかったので、少しトゲが少し取れた気がするのは嬉しい。
三日間食事なしという状況で、食べ物を出してくれる相手が現れたこと、こちらに悪意や害意はないと分かってくれたことが大きかったようだ。
「能力は攻撃する時に手や足を光らせて攻撃力を上げたり、早く走れたりします。名前は付けてません」
格闘特化タイプか。分かりやすいといえば分かりやすい。
「ところで、なんでこんな部屋に三日も閉じ込められていたんだ?」
気になっていたことを尋ねる。
モーリスとエリス……リス部分が被って呼び辛いので、分かりやすくモリ君とエリちゃんと呼べばよいだろうか。リス部分はリスキリングによりチタタプされました。
この炭鉱跡のような部屋に二人は三日間閉じこめられていたというが、何故出て行こうとしなかったのか? 出ていけない理由があったのか?
「あの壁のところにある扉を見てください」
モリ君の指す先には金属製の大きな両開きの扉があった。
装飾などは一切なく、取っ手以外の突起物はない。
蝶番らしい部品も壁の中に埋め込まれているのか見当たらない。
「あの扉は、人数が三人揃わないと開かない仕組みなんです」
「なんでこんなことが分かるんだ?」
「最初は五十人が一斉にこの部屋に集められたんです」
完全に予想外の答えが返ってきた。
モリ君とエリちゃんと俺。合計三人しか喚ばれていないと思っていたが、全部で五十人……いや、俺も含めると五十一人もここに喚ばれていたというのか。
「合成音声のような抑揚のない機械的なアナウンスが流れました。『扉を開けてゴールにたどり着いた方のみをここから解放します。扉は三人一組でチームを作ると開きます』」
「それ以外の説明はなし?」
「ありませんでした」
なんだその不親切な運営は。
一時期流行った理不尽系デスゲームマンガでも最初にもう少しルールの説明はあったぞ。
「さすがに状況が全く分からず、最初は酷いパニックになりました。ただ、しばらくすると冷静になった人達が三人組を作ってあの扉を開けて出て行きました。早く出て行った人たちはすぐに気付いたんでしょうね。これは椅子取りゲームだって」
なるほど椅子取りゲームの喩えはわかりやすい。
3×16=48
五十人いるのに枠は四十八で最後には二人余ってしまう。椅子の数が足りないのはすぐに分かるから、余裕があるうちに動いた方が正解だ。
……うん?何かおかしいぞ
疑問が浮かぶ。
五十人集めれば、二人余るなんて小学生でも瞬時に計算できる。
俺達をここに喚んだのは、人の体を好きなように作り替えて、更に物理法則も常識も越えたスキルまでも付与できる力を持った神――
いやあまりそんな奴を神とか呼びたくないな――超越者とでも呼称するか。
超越者ならば、最初から四十八人呼べば済むところを、何も考えずに五十人呼んだら二人余りましたテヘッ というガバガバな計算をするだろうか? さんすうにがてか?
「二人だけでなんとかあの扉を開けて出ようとしましたがダメでした。」
扉の手前には、曲がった鉄の棒のようなものが落ちている。
扉の表面にもススや黒いシミのようなものが無数に付いているが、あれが抵抗した痕跡なのだろう。
「何のスキルをぶつけてもビクともしなくて……扉が壊せないなら壁を! と思ってもやっぱりそっちも壊せなくて」
「壁にヒビを入れたら水が湧いてきたのが唯一の救いでした」
更に違和感がある。
超越者に何でも出来る能力があるならば、「今回は特別です。二人だけで出てください!」と二人だけで追い出す措置が出来るだろうに。
超越者にとっては、最後に余った二人など放置しても気にならない存在だったのか、それとも超越者でも突破できないルールがあるのか。
自ら考えを否定する。
放置しても気にならないという説はないだろう。
最初から放置する気ならば、明らかに人数調整である俺を追加でわざわざ喚ぶ理由がない。
端数を出したくないのなら最初から四十八人を呼べば済む話だ。
――いや違うな。
最初に五十という規定数があって、超越者はこの数しか喚ぶことが出来なかった。
いざゲームをスタートしたら超越者も知らない三人チームを作らないとスタートから出られないというルールが設定されていたので二人余ったと考える方が自然か。
そうなると俺達を召喚した超越者Aとこのゲームを主催している超越者Bは別の存在であるという可能性がある。
俺が喚ばれるまで三日かかったことも何か関係がありそうだ。
「私たちは端数だった……」
「端数は俺だよ。完全な人数調整枠なんだから」
なにはともあれ今からやるべきことは分かった。
あの扉を三人で開けてこの部屋から出る。
扉の先に何があるのかは分からない。
ゴールと呼ばれる場所に着いたら具体的に何があるのかも分からない。
何もかも分からないことずくめだが、先に進むしかない。
仮に扉を開けて先に進むこと自体が罠だとしても、この部屋に留まって何もしないで朽ちていくよりははるかにマシだろう。
それに、この二人はただの高校生だ。未成年だ。
ペーペー社会人とは言え、最年長の俺が引っ張ってやらないでどうするんだ。
本当は俺はこういう面倒なことはやりたくないんだけどな。
早く誰か頼れる本当の意味での大人を捜して任せてしまいたい。
「モリ君は誰か他の人が扉の先で待ってるとかそういう話はしなかった?」
「モリくん?」
モリ君は一瞬呆気にとられた表情を見せる。
「すみません、その『もりくん』と言うのは、止めて貰って良いでしょうか? ちょっと昔のことを思い出してしまいますので」
「え、ダメかなモリ君?」
「それいいですね採用。日本人っぽくて呼びやすいしね。これからもよろしくねモリ君」
エリちゃんも乗ってきてくれた。
ほら分かる人にはわかるだろう。
「わかりましたよラビさん」
モリ君が俺にすかさず返してる。わかるよヴィって言いにくいもんな。
「本名の佑でもいいよ。いつもタスクがタスクに追われてるって言われてる」
「クッキーちゃんとラビさんのどっちがいいですか?」
人の話聞けよ、この高校生バカップルめ。
そもそもクッキーは俺の自由意志ではなく強制されたものなので、さすがにクッキーをアイデンティティにしたようなクッキーちゃんだの、ス○ラおばさんだの、そういう呼称には反対したい。
「クッキーちゃんと呼ばれるくらいなら、まだラビさんの方が…」
「よろしくラビちゃん」
「ちゃんはやめて」
「はいはい。ではモリ君エリちゃんラビさんで」
話が完全に逸れたな。
モリ君に話を再開するように促す。
「四番目に出て行ったチームのリーダーの方とは話をしました。扉を開けた先で合流することが出来たら一緒に行こう。最初だけ三人チームで制限されたとしても、こういうのは人数が多い方がきっと有利だって」
四番目か。
チーム数は十六あるのだから、かなり序盤のうちから動けていることになる。
その上で、短い時間で「人が多いことが有利」と分析した上で、チームを組んで他人に声をかけるというのはなかなか判断力があるリーダーなのだろう。
そういうリーダーシップを持った人が率いるチームなら加わって協力することに異論はない。
またここで疑問が浮かぶ。
逆に言うとモリ君はかなり最初のうちから冷静に分析と行動をした上で、自分が優位になるように何らかのアクションを取っていたことになる。
それが何故、最後の二人になるまで取り残されてしまったのか。
モリ君はパーソナルスペースが広くて誰にでもグイグイ行くタイプということは分かる。
会話の内容から察するに、それ程、頭が悪いとも思えない。
レアリティ低くて選ばれなかった可能性はあるが、スキルは攻撃防御回復と便利なものが一通り揃っているので、他人とチームを組めない程ではないだろう。
まあ、モリ君の事情をあまり気にしても仕方ないか。
「ただ、合流しようという話をしたのは三日前なんです」
「なるほど。扉の先がどうなっているのか分からないが、三日も経てばもうゴールしてしまっている可能性は十分有りうるか」
ただ、今のところは先行きも他に見えない。
行き当たりばったりで行動するのには色々とリスクがある。
「こういう時には大目標、中目標、小目標を決める」
「目標ですか?」
「大まかな方針だよ。それをどうやったら達成できるか考えたら、悩んだときにどうすれば良いのかの参考になる」
「もしそれが間違っていたら?」
「その都度修正すればいい。むしろ間違っているのにそれを続けていたら変な方向に行っちゃうから早めに修正するのが良い」
「なるほど」
「最終目的は全員でこの訳の分からない世界から日本へ帰ること」
モリ君とエリちゃんが頷く。
「そのために中目標としてまず『ゴール』とやらに向かう。それを達成させるために、第四チームの人達と合流するのが小目標」
「そんな感じのざっくりとしたので良いんですね」
「ただの方針だからね」
あまり緻密な計画を立てても何の情報もないのだから修正が大変になる。こんなもので良いだろう。
「決まりですね」
モリ君エリちゃん、それに俺の三人が扉の前に立つと独りでに重い金属製の扉が開いていく。
「準備はOK?」
「とっくに済んでます。僕達は三日間、あなたが来るのをここで待ってたんですよ」
「ラビさんは忘れ物とかないですか?」
「もちろん。俺の荷物はこの箒だけだ」
三人で扉の先へと歩みを進める。
「俺たちの戦いはこれからだ!」