Chapter 8 「勇気の翼」
鋼鉄の箒――震電の試運転から戻った俺は、作戦についての説明があると司令官に呼び出された。
「今回の作戦は、まずこのダム建設予定地の谷に巨人を誘い込む」
机の上に地形図が広げられる。
更にその地形図の上に碁石のような石が数個置かれた。
石はそれぞれ俺達の現在位置、巨人の位置、そして作戦ポイントであるダム建設予定地を示しているのだろう。
「この作戦地点には既に数カ所に爆弾を設置している。巨人がこの地帯に入ったことを確認したら、設置した爆弾に点火させる手はずになっている」
「私が、この谷に巨人を誘い込めば良いのですね」
「その通りだ。爆弾はこの欠床谷……V字型の谷になっており、山と山の間が極端に狭くなっている。ここで爆発を起こすと、爆発の衝撃は外に逃げにくいために、平地で発破をかけるよりも効果は増幅される」
「その上で周辺への被害も最小限になると」
「そうだ。それに、爆破だけで倒せなかった場合も両岸の岸壁を崩して土砂で押し潰すことも出来る。二段構えの作戦だ」
「なるほど」
「その二段構でもなお、巨人が生き残るということならば、他の州からの援軍が来るまで全戦力による飽和攻撃をしかけて、奴をこの谷に釘付けにする。以上だ」
作戦としては悪くない。
巨人をダム建設予定地に誘い出すということは前に聞いていたが、その作戦の概要はこういうことだったのかと膝を打つ。
ダムの建設予定地ということは、ここで巨人が散々暴れたり、軍隊が少々強力な兵器を使用しても周辺の住民に影響が出ることはないだろう。
「爆弾はかなり強力なので、巨人が圏内に入ったのを確認したら速やかに離脱して欲しい。我々は君の安全よりも確実に巨人を倒せるタイミングを優先する」
ようは俺が逃げ遅れたとしても、作戦は中止はしない。
もし巻き込まれたとしても、だが私は謝らないということだろう。
SF映画で避難が遅れた一般人のせいで攻撃に失敗して敵キャラに逃げられるという展開をよく見て腹立たしく感じたことがないとは言えないので、俺としてはそこは問題はない。
「もし君が途中で撃墜、もしくは誘導に失敗した場合には歩兵部隊で巨人を誘導してこの谷間に追い込むことになる」
「その場合は歩兵部隊は?」
「君の場合と同じだ。なるべく速やかに退避させる計画ではあるが、最悪の場合は兵士の安全よりも確実に巨人を倒せるタイミングを優先する」
「そうならないように、私だけでここに誘い込んでみせますよ」
俺が失敗すれば、俺自身が危険な上に兵士の生命も保証が出来ないということか。
それは猶更失敗などできない。
町とダム建設予定地と巨人の現在位置を頭に叩き込んでいく。
最悪、町から巨人を人里離れた場所まで誘導できれば成功。
ただ、可能な限りはダム建設予定地まで誘導することが勝利条件だ。
誘導した後は速やかに作戦地点から離脱。
実際の巨人への発破は軍がやってくれる。今回俺に求められているのは誘導だけだ。
なるべく戦闘は避けて安全に行きたいところだ。
特に作戦に対しての質問事項などはないので、作戦の説明はそれで終了した。
飛行機の工廠の前にモリ君とエリちゃんがやってきていた。
「やっぱり無茶をするんですね」
「寝ていてくださいって言っちゃじゃないですか」
モリ君は不安そうな表情。エリちゃんに至っては泣きそうになっている。
こちらも気まずくなるので、せめて明るく見送って欲しいのだが。
これだとまるで俺が死んでしまうようだ。
別に特攻隊員になったつもりはないぞ。
「でも、これは俺にしか出来ないことだから。これが終わったらゆっくりさせてもらうよ」
モリ君とエリちゃんにそう答える。
「ラビさんは何もしなくても軍人の人達がやってくれるんですよね」
「それでも巨人は俺を狙っている。俺がこの町に残ったままだと、町に被害が出る。だから、俺が巨人の誘導をやるしかないんだ」
「でもラビちゃんは『町の人なんてどうでもいい、自分は非情な人間だ』って」
「あれは嘘だ」
「嘘って……」
「それに有名な魔女の名言にあるだろう。逃げれば一つ、進めば二つ手に入るって。逃げたら自分の命が助かるだけだけど、進めばこの国の人達も助かる」
「そんな名言なんて初めて聞きましたけど」
そうか、最近の女の子はロボアニメは視ないのか。
――そうか……
「俺は弱い人間だから、こういう状況だと、雰囲気に流れされて貧乏くじを引いちゃうんだよ。だから君達は自分の意思をしっかり持って、こんな大人にはならないように」
いや本当になんでこんな貧乏くじを引く羽目になったのやら。
もっと効率良く自分のことだけ考えて生きていたいのに、何故こうなってしまうのか?
俺は自嘲気味に二人に微笑む。
「俺達も陸軍のサポートという形で協力することになっています。もし作戦に失敗した場合は、俺達で巨人が町に侵入しないように白兵戦を仕掛けて、迎撃することになりました」
町に近付いてくる巨人を止めるためにモリ君達にも声がかかったのだろう。
だが、あの巨大な巨人を相手に非力な人間が小さい武器を振り回したところでどれだけのダメージが入るのかは疑問だ。
逆に反撃を受ければ命にもかかわるというのに。
しかし俺が誘導に成功して、軍による爆破作戦が成功すれば、その分だけ仲間の負担も減る。
「尚更俺が作戦を成功させるしかないな」
「俺達に出来ることは何かないですか?」
「おそらくあのデカブツを倒せば、金、もしくはそれ以上のレアリティのメダルが出るはずだ。もし、俺のダメージが想定以上でモリ君のヒールで回復仕切れないものならば、ランクアップで俺を回復させてほしい」
俺へのダメージと聞いたエリちゃんが前に出ようとするのをモリ君が腕を伸ばして制止する。
「現状は銀が三枚です。もし、その巨人を倒したことで金色のメダルが出たとしてもまだ銀メダルの数が二枚足りません」
「不足分は知事に請求していいよ。この依頼の勝利報酬でメダルは貰えることになってるから、正当な権利のはずなので」
「わかりました」
話は終わった。
俺は二人には与えられた迎撃作戦に戻るように伝える。
鋼鉄の箒――震電と名付けたそれのシートに座る。
震電は試運転の時点で既にエンジン部分が震動で外れかけており、なおかつフレームに若干だが歪みが出てきているという問題が発覚したので、それほど長時間は使用できないだろう。
震動と歪みの対策として、無骨な鉄骨を無理矢理に補助フレームとして溶接して補強がされたということだったが、それもどこまで効果があるかは不明である。
何しろこの飛行機のエンジンはまだまだテスト段階のものなので実証データがほぼないのだ。
そもそもこれはまだ試作段階の模型のようなもので、本来は人を乗せて空を飛ぶような代物ではない。
それを無理矢理魔女の力で飛ばすのだから、無理が出ても仕方がないのだ。
「課題点が色々と分かったので、今後の開発の参考にします」
「ということは、俺の試運転はテストですか?」
「すみません、大変申し上げにくいのですが、今からの出撃もテストです。破損状態も含めて良いデータが取れることを期待しています」
この技師さんは歯に衣着せずに割と好き放題言ってくれるので、逆に好感が持てる。
それならば、こちらもデータ取得のために頑張らせて貰おう。
「こちらもすみません、おそらくこれは無事な状態で持って帰れないかもしれません」
「大丈夫です。今回のテストの結果を生かして次はもっと良い物を作りますので、派手に壊してきてください」
「派手に壊すと俺も死ぬんですけどね」
「大丈夫ですよ。人間はそうは簡単に死にません」
良い話を聞いた。
人間はそうは簡単に死なない。
仲間が待っている。
日本でもあの生活力がない友人が俺の晩飯を待っている。
こんな訳の分からない世界で、訳の分からない理由で死ぬわけにはいかない。
技師がエンジンに点火すると、エンジンの轟音とプロペラの回転音が大きすぎて、他の声は何も聞こえなくなった。
「浮遊」
箒がふわりと浮き上がる。
技師の一人が誘導するための旗を振ってくれている。
技師の方は現地人だから、飛行機の発進シークエンスなど知る由もないのだが、このような情報も五十年前の神の戦士とやらから伝わったのだろうか?
そもそも、俺の箒は航空力学に縛られることなく垂直離陸が出来るので、滑走などは必要ないのだが、あえて空気を読んで滑走路上に箒を移動させる。
まずは右手で敬礼。その後に指二本を立てて振る。
「やっぱりあの台詞を言った方が良いんだろうな」
本来存在しない場所にあるボタンをポチポチと押す作業を行った後に、横には動かないスロットルレバーを横に動かすフリをした後にレバーを少しずつ上げる。上、左、上だ。
「ラヴィ(ハロウィン)、震電行きます!」
スロットルレバーを一気に上げるとエンジンが唸りを上げ、箒の速度が加速された。
滑走路上を進んで、適当なタイミングで箒を離陸させて飛び出す。
一度箒を工廠の上空で大きく無駄に旋回させた後に一気に直進する。
箒の軌跡を白煙とエンジンを包んだ虹色の光がそれを追った。
「……あの人やっぱり女の子じゃなくて、思いっきり男の子ですよ。無駄に男のロマンを全部詰め込んで出て行きましたよ」
「男ってやっぱりバカですね」