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Chapter 16 「転移」

 来客用に甘いお菓子を用意する理由は諸説あるらしいが、とりあえず話を良い流れに持って行くのには有用らしいことは分かった。


「いや、本当に。久々のまともな食べ物は助かるぜ」

「そうですね。お菓子美味しいです」


 カウボーイ姿の[ウィリー SR]と柱の陰に隠れていた魔法使いの少女[ガーネット R]に


「ハロウィンです。クッキーをどうぞ」


 とクッキーを何枚か出して食べてもらいながら簡単に自己紹介などを済ませた。


 ウィリーとガーネット、そしてマークという男の三人は、最初の部屋を出た直後に、光が全くない闇の中……地下の洞窟に飛ばされた。

 幸いにもウィリーが「西部劇のガンマンならこれくらい持っているだろう」という()()のおかげで火打石やオイルランタンなどのサバイバル用品を持っていたので、その場で何も分からないまま全滅という事態は避けられたが、道中でマークは巨大蝙蝠の群れに襲われて命を落とすことになった。

 ただ、蝙蝠がいるということは、歩き続ければどこかで地上に出られるはずと信じて、三日三晩歩き続けて、ようやく日の光が入る人工の建物がある地上部分にたどり着いた。

 ようやく地上に出られた。これでゴールだ。

 そういう状況に現れたのが先程まで戦っていたSFロボ。

 このロボを倒せば助かる。報われると信じて最期の戦いだとばかりに必死で戦っている最中に援軍として俺達が現れたらしい。


 いきなりムカデの巣に投げ込まれたハセベさん達も大概酷いが、ウィリーさん達もスタートが過酷すぎる。

 山の頂上の小屋でワイバーンと戦うことになった俺達は如何に恵まれていたのかと神に感謝した。

 もちろん俺達をこの世界に呼んだ超越者などではない。本物の神様仏様の方にだ。

 

「俺達は山の頂上にある小屋から来ました。ここまでは基本的に一本道なので、地下からのルートを取ってきたウィリーさん達との合流ポイントなので、ここはゴールだと思いたいです」


 モリ君が今の情報をまとめてくれた。

 状況から考えると、このホールのような場所がゴールであり、先程のSFロボはそれを守るボスである可能性は高いだろうとは思う。

 だが、ボスキャラであるSFロボを倒しても何も起こらないというのはどういうことなのだろうか。


 それに、ウィリーさんの話には他のチームと遭遇したという話は一切でなかった。

 今のところ確認できているのは俺達、ハセベさんのチーム、ウィリーさんのチーム、襲撃者の合計四チーム十二人だ。

 襲撃者の話しぶりからして他のチームが狩られて犠牲になっている可能性はあるが、それでも十五+アルファ

 最初に五十一人いたのだから、半数以上の三十人近くは俺達の知らないどこかに潜んでいることになる。

 SFロボが既に他のチームによって倒されていた後ならば既にみんなゴールしたのだな納得出来るのだが、その痕跡もない。

 他の三十人はどこに消えてしまったというのか?

 もしかして、この遺跡ではない全く違う場所に飛ばされてしまったのだろうか。


「まずはあの扉を開けて進んでみようと思っている」


 ウィリーがホールの隅にある小さな扉を指さす。

 戦闘中はロボの方ばかり見ていて気にはしなかったが、ウィリーの言うとおり金属の扉がある。


「戦闘中もずっと気になっていたが、あのロボットの攻撃が激しくて近寄れなかった。こいつには隙を見て扉を開けて逃げ出せとは言ったんだが」

「あたしは走るのがそんなに早いわけじゃないから無理ですよ。魔法少女さんみたいに箒に乗って飛べたりしないし」


「魔法少女って誰だよ?」と疑問に感じて辺りを見回したが、該当しそうな人物は俺しかいないことに気付いた。


「魔法でお菓子も出せるし、箒に乗って空も飛べるし魔法少女さんですよね」


 魔法少女と呼ばれるのは、さすがに恥ずかしさしかない。

 キラキラと期待の目で見てくるガーネットちゃんに俺は淡々と答えた。


「魔女です」

「変身とかできますか?」


 エリちゃんの手を引いてガーネットちゃんの前にぐいっと突き出す。


「こちらが変身後となっております」

「えっ、私は全然魔法要素はないんですけど」

「でも地味な俺よりはファッショナブルなエリちゃんの方が、まだ魔法少女っぽいかと」

「すまない。この娘はまだ中学生になったばかりらしいので、色々と失礼なところはあるかもしれないが勘弁してやってくれ」


 ウィリーさんが会話に入ってきた。


「なったばかりじゃなくて、来年高校生です」

「やっぱり中学生じゃないか。そっちの魔女のお嬢さんと同じくらいだろ」

「二十三歳ですけど」


 ガーネットちゃんの顔立ちや体型こそ高校生くらい、俺やエリちゃんより年上に見えるにも関わらず、言動には妙に幼いところあがるとは思っていたが、実は年齢にそぐわないキャラクターに変えられたということか。

 魔法使い風の白いローブの下は緑色のワンピース。

 ローブのデザインもベルトやポケットが付いていたり、各部に刺繍や飾り布などが縫い込まれるなど装飾なども凝っている。

 高価で上等な服といい、顔立ちといい、育ちの良い大人のお嬢さんという雰囲気だが、そうか年下か……。

 黒一色で装飾なしの貫頭衣という、古典的な魔女の服ではあるが、作画に優しいがファッションセンスは皆無の服を着ている俺は一体何なんだと疑問が浮かんでくる。


「芦屋などにお住まいで?」

「家は東京ですけど」

「俺は横浜だから近くかな」


 モリ君も会話に入ってきた。そうか君は関東か。


「エリちゃんは?」

「うちは……西の方。えっと、神戸とか」

「なんだ、エリちゃんは近所だったのか。俺は加古川」

「えっと、加古川ってどこだっけ?」


 エリちゃんが真顔で聞いてきた。


「やれやれ、これだから神戸市民は困る。明石の隣が姫路だとか、六甲山を越えたら日本海だと思ってるんだろう、この神戸っ子め。播磨町ぶつけるぞ」

「えっ、何の話?」

「しかし、三人娘で見事に大中小だな」


 ウィリーさんが俺、エリちゃん、ガーネットちゃんの三人を指して言う。

 確かに俺は一番身長が高い。続いてエリちゃん、ガーネットちゃんの順番だ。

 この身体にされる前の日本にいた時の年齢もその並びだ。大中小と称されるのはわかる。


「この並びだと小大中では?」


 ハセベさんも会話に入ってきた。


「いやいや、小中大だよ。ゆったりしたデザインの服で分かりにくいだろうが、三日間一緒にいたオレだから分かる。正直、実年齢が中学生と知らなければ手を出していた。そちらは比較対照が小さいので相対的に大きく錯覚しただけじゃないか」

「いや、比較などしなくとも見れば一目瞭然だろう」

「つまり小大大」

「そ・れ・だ」


 ハセベさんとウィリーさんの二人が突然握手をして肩をポンポンと叩き合い始めた。

 会話の意味はさっぱり分からないが、仲良くやっていけそうなのでよろしい。

 とりあえず「もしもしポリスメン」発言は聞かなかったことにして、ニコニコと笑みを浮かべておこう。


「話を戻そう。あの扉の形だが、見覚えがないか?」


 装飾などは一切なく、突起物は取っ手だけの金属製の大きな両開きの扉。

 あの最初の部屋に取り付けられていた物と酷似している。


「また三人揃わないと開かない扉なのか?」

「三人揃うと開いてしまうかもしれないので、まずは私達二人で行ってみる。みんなはここで待機していてくれ」


 ハセベさんとウィリーさんの大人の男性二人組が扉に近付いていく。

 二人は扉の前で取っ手を持って押したり引いたりした後に何やら話し込んでいた。

 やはり最初の扉と同じだったのだろうか?

 そう考えていると、二人は戻ってきた。


「結論から言うと、あの扉は壊れている。歪んだ扉の隙間から外の光景が見えるくらいだ」


 全員で扉の前に立つ。

 ハセベさんが言う通り、扉はかなり歪んでおり、微妙に隙間が開いている。

 頑張れば人一人くらいなら出られそうだろうか。

 扉の隙間からは外の景色――シダが多く生えた森のような景色が僅かに見えた。

 そして、扉が歪んでいるからだろうか。

 最初の部屋と違い、全員で扉の前に立っているにも関わらず、扉は自動的に開く気配はない。

 三人限定ならばどうだろうかと試しにと俺、ハセベさん、ウィリーさんの三人だけで扉の前に立ってみるが、やはり自動的に開くようなことはない。


「外から何か強い力を受けて歪んでいるようだな。ここまで変形すると扉というよりただの蓋だ」

「そうなると力任せに開けることになるか」


 俺、ハセベさん、ウィリーの三人でエリちゃんの顔を見る。


「えっ? なんで私?」

「いや、この中で力自慢と言ったらなぁ」

「私ってそういうキャラじゃないですけど」


 エリちゃんが不満気な態度でパーカーのポケットに両手を突っ込んだままの扉の前にやってくる。

 そして、まるでその鬱憤をぶつけるかのように無造作な蹴りを金属製の扉に入れた。

 大きな音が鳴り響いて扉に大きな凹みが出来た。

 数度蹴りを繰り返すとその度に凹みは大きくなっていき、ついに扉だった金属の塊はついに外側に向かって倒れていった。

 さすがランクアップしたエリちゃんの攻撃力はすごい。ほんとうにすごい。

 モリ君は決して夫婦喧嘩なんてしないように。死んじゃうよこれ。


 扉の外は鬱蒼と茂った森になっていた。

 日本の森と違い、ブナやヒノキのような見慣れた木は見当たらず、代わりに巨大な幹を持ったシダ系の植物が立ち並んでいる。

 耳を澄ますと風が木を吹き抜ける音に混じって、今まで聞いたことのない奇妙な鳴き声が聞こえてくる。おそらく森の奥には何かの動物が棲息しているのだろう。

 山頂の山小屋付近から裾野を見下ろした時に森が広がっていたのを思い出した。

 眼前の後継とも一致するので、この扉の先は遺跡を抜けた先の麓であるという認識に間違いはなさそうである。


「それで、これからどうします?」

「もし転送の能力が有ったとしても、扉が破壊されたことで転送機能も壊れている可能性は高いが、もしもということがある。まずは私とウィリーさんの二人で外の様子を見てみよう」

「よし来た!」


 そう言うと二人の大人の男は扉が破壊されて出来た外に飛び出していく。

 さっき出会ったばかりだというのに、すっかり意気投合したようだ。


 二人が穴を抜けても特に何も起こらなかった。

 まずはキョロキョロと周辺を見回した後に、エリちゃんが蹴り倒した扉だった金属板や、周囲の地面を何やら調べている。


「大きな足跡があるな。相当大きな四つ足の動物が歩き回った形跡だ。このサイズだと象かカバか?」

「いや、尻尾を引きずった跡もある。象やカバは尻尾が短いからこのような跡は残らないはずだ」

「何にせよ、足跡から推測するに、4tトラックほどの巨大な生き物がこの扉に体当たりをしたのは間違いないだろう。その衝撃で扉は半壊した」


 象でもってカバでもない巨大生物と聞いて最初に思い浮かんだのはワイバーンだが、あれは前脚が翼のようになっていたので二足だ。四つ足とは違う。

 何かが引っかかる。この遺跡のどこかでそんな巨大生物を見た記憶がある。

 蜘蛛ではない。ムカデでもない。

 記憶を辿っているうちに気付いた。

 泉の広場に有った女神像の台座に彫られていたレリーフの生物。あれは確か恐竜のトリケラトプスだったはずだ。

 そもそもワイバーンや巨大昆虫や低予算SFロボなどがいる世界だ。ここに恐竜が加わったところで特に大きな問題はないだろう。


「ガーネット、ちょっと来てくれ。ここのところだが風の魔法で飛ばしたり出来ないだろうか?」

「分かりました、ウィリーさん」


 ウィリーが声をかけるとガーネットちゃんが俺の横を通り過ぎていく。


「いや、ちょっと待って。まだ検証が済んでいないのに三人で揃って外に出るのは――」


 そこまで言った時に扉があった場所から眩い閃光が放たれた。

 俺は眩しい光を防ぐために帽子のつばを掴んで目深に被る。

 ややあって光が消えた。


「何の光なの、今のは?」


 扉があった場所に出来た穴から外を覗くが、そこにはハセベさんもウィリーさんの姿も、そして穴から出ていこうとしたガーネットちゃんの姿が見受けられない。

 扉? 光? まさか転送!?


「何があったんですか? ハセベさんは?」


 モリ君が扉が破壊されて出来た穴に近づこうとしたので、すかさず鳥を呼び出し、そのうちの一羽をモリ君の足元に叩きつけるように落とす。


「扉に近寄るな!」


 俺は怒鳴るように二人に言う。

 突然の俺の大声に驚いたのか二人がたじろいだ。


「……二人とも扉から離れるんだ。俺も離れる。三人で扉に近づくのはまずい」


 今度はなるべく平静を装って諭すように言うと、二人は後ずさりしながら扉があった場所に出来た穴から遠ざかっていった。

 俺も穴の先を見据えながら後ずさりして距離を取る。


「この扉は壊れたのに、転送機能だけはまだ生きているみたいだ。今みたいに三人で通過すればどこかに飛ばされる」


 ボス? を倒したことで油断があったのは認めよう。

 二人だけで通過しても何も起こらなかったことが油断を生んだのは間違いない。

 だが、俺達をここに喚び付けた連中の底意地の悪さは分かっていたはずだ。

 調査をするにしても、もう少し慎重にあたるべきだった。


「どこに飛ばされたのか分からない……ですよね」

「そもそも原理も分からないからな」

「俺達三人であそこに飛び込んだら、ハセベさんと同じところに飛ぶ……という可能性は?」

「ハセベさんと同じところに飛ぶ可能性も、それこそ危険な場所に投げ込まれる可能性も……どちらもありうる。そんだけだ」


 考えても結論など出るわけがない。

 情報が圧倒的に足りないし、試しに飛び込んでみるということが出来ない以上は、仮定に仮定を重ねるだけで不毛なだけだ。

 三人とも無事でいてくれれば良いが……

 どこかに飛ばされた三人もそうだが、残された俺達も問題を抱えていた。

 もう出口は見えて眼と鼻の先なのに、ここからは出られない……どうすれば良いんだ。


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