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Chapter 15 「盾」

 低予算を倒してからは拍子抜けするかのように何の敵に遭遇することもなかった。

 戦闘が行われた形跡どころか、長期間人が立ち入った形跡すらない。


「誰もいませんね」

「他のチームすら誰も通っていないのは、流石におかしくない?」


 それもそうだ。

 この遺跡の中には五十人ほどの人間が歩き回っていないとおかしいはずだ。

 ただ今までハセベさん達、襲撃者達、俺達の九名しか確認できていない。

 襲撃者の会話内容からして、他に最低一チームはやられている可能性はあるが、それでも十二名。四十人近くは行方不明である。


「まだ知らないルートがあるのか、それとも最初の部屋から転送された時にこの遺跡とは全く違う場所に飛ばされてしまって最初から会えないようになっているのか」


 考えてもそれを調べる方法はない。

 今は兎に角「ゴール」を目指すしかない。


 半日ほど遺跡を歩いただろうか。

 そろそろ休憩、もしくは野営という選択肢が頭によぎった時に、通路のはるか先の方から何やら高速で何かを叩くような音と人の叫び声のようなものが聞こえてきた。

 声の方は距離があるのと反響しているのとで、何を言っているのかはまるで分からない。

 ただ音の方には心当たりがある。映画などで聞いたことがある機関砲の連射音だ。


「なんで機関砲?ここってファンタジー世界ですよね」

「分からないが、誰かが戦闘しているのかもしれない。行ってみよう」


 遺跡の細い通路を進むにつれて音は段々と大きくなっていった。


 巨大なホールのような場所に着いた俺達の目に入ってきたのは、まるでSF映画に登場するような二足歩行しながら機関銃を乱射するロボットと、これまた西部劇から飛び出してきたようなカウボーイとの戦いの光景だった。


 まるで戦車の側面に工事用重機のアーム部分を足として無理矢理取り付けたような構造のそのロボは、移動する度にモーターの駆動が駆動するような音を立て、油圧シリンダーを上下させながらガシャンガシャンと移動している。

 幸いにも歩行速度は大したことはなさそうだが、問題は胴体の中心に取り付けられた巨大な機関砲だ。

 機関砲からはどこにそれほどの弾丸が装填されているのか不明なくらい弾丸を無差別にバラまいている。


 一方、対峙するのはテンガロンハットにベスト、背中にはライフル銃を背負い、両手に持った二丁拳銃を連射するカウボーイ姿の金髪の体格の良い男。

 カウボーイはその巨体にそぐわず機敏な動きでロボットの周囲を駆け回り、ある時は建物の柱や瓦礫などを利用して、ある時は体操選手と思うくらい柔軟な動きで身体を折り曲げたり飛び跳ねたり華麗な動きで機関砲の攻撃から身を守っているようだった。


「世界観どうなってんだよ!」


 何がなんだかわからない。この世界はファンタジー世界ではなかったのか?

 先程の低予算はまだギリギリファンタジーの代物だったが、このカウボーイとSFロボとの戦いはもはやファンタジーではない。最終ファンタジーだ。ジャンルが迷子だ。


「ロボットは強力な重火器で武装しているようだ。なので、ここはまずラヴィさんに遠距離から攻撃して隙を作ってもらいたい」


 全員が異様な光景に一瞬呆気に取られていたが、ハセベさんが一番最初に我に返った。

 そうだ、俺も落ち着け。世界観が迷子のよく分からない光景に惑わされるな。BeCoolだ。


「分かりました。俺がまず大技を当てるので、その隙にみんなは収穫に巻き込まれないように距離を取って!」


 ハセベさん、モリ君、エリちゃんが頷き、それぞれ飛び出していく。

 三人が散ったのを確認して俺は箒を構える。

 乱戦になったら味方を巻き込む可能性が出てくる以上は、初っ端から仕掛けるしかない。

 今朝の戦闘で浮かび上がった光る紋様は消えずに、まだ全身に残ったままなことは気になるが、今はそこらを気にしていられる状況ではないので仕方ない。

 群鳥五羽を召喚。そして二羽を解放(リリース)

 光り輝く鳥の二羽が霧と化して宙に消える。

 残り三羽は頭上に移動させて旋回で待機。


「いっけええええ!」


 箒から放たれた虹色の光はロボの表面に当たったが、表面を少し燻らせただけで消えた。



「あ?あれ? 黒い球体は? チャージは? 収穫は?」


 箒から発射されたのは単なる三番目のスキルの極光である。

 魔女の呪いの発動させると出現する黒い球体も現れず、収穫も始まっていない、

 二羽消費だけだと発動にエネルギーが足りないのか!?

 それともこの魔女の呪いもチャージタイムが必要で、チャージ中を示すサインがこの身体の紋様なのか?

 理由は分からない。

 ただ、魔女の呪いの発動を完全に失敗したことだけは分かる。

 そして、失敗の原因を検証する時間などない。


 今までカウボーイの動きを追っていたロボは足をバタバタと動かし、こちらを向いた。

 ロボの胴体に取り付けられた機関砲も当然こちらを向いている。

 まずい、あれを発射されたらこっちは逃げ道がない。

 三人は収穫を避けるためとロボに近接戦を仕掛けるための二つの理由で俺とはかなりの距離があり、フォローに入って貰える状況ではない。

 カウボーイともかなり距離が離れているし、面識もないので助けに入って貰えるのは無理だろう。

 今の俺を助けられる者は誰もいない。


 ラヴィの足で逃げられるか?

 いや無理だ。ラヴィの脚力などたいしたことない。

 逃げるために走り出したところで機関砲の的にしかならない。

 このままだとあの弾丸の雨を食らって――死ぬ。

 何か、何か手を考えろ――


 極光は使ったばかりで再始動には三分の待機が必要。

 クッキーはこの場合役に立たない。

 鳥も出したばかりであと十数秒は待機が必要……。


 頭上を改めて見上げる。

 そこには旋回させて待機させている鳥が三羽。今の俺に使えるカードはこれだけだ。


 三羽の鳥を俺とロボとの直線上の位置に移動させる。

 鳥を壁代わりにしたところで、どれほど機関砲による攻撃を防げるかは分からない。それでもないよりはマシのはずだ。

 少しでも弾丸の直撃を防いでくれたら、即死は免れるかもしれない。

 三羽を盾に――


 《まだ力の使い方が分からないの?》

 《(シールド)


 誰かの声が聞こえた。

 誰だ? 誰の声だ?


 ロボに装備された機関砲からタンタンタンと弾丸が発射された。

 思わず両手で頭を覆ってうずくまる。


 いつまで経っても銃弾は来なかった。


 ロボに装備されている機関砲から発射された弾丸は、三羽の鳥の間に作られた正三角形の光る壁に阻まれて俺にまで届いていなかった。

 飛来する弾丸は、光の壁の手前で全て斜め方向に弾道を逸らされていた。まるで見えない何かに当たって弾かれているようだ。

 自分で出しておいて何だが、こんなことまで出来るのかよこの鳥は……超越者はマジで事前に説明しろ!

 ハロウィンでクッキーを配る以外のことの情報がはるかに重要じゃねえか!


 だが、その光の壁は攻撃を受ける度に青く輝く粒子を散らしながら、どんどんと薄くなっている。あまり長く持ちそうにない。


 《僕》は箒に跨がる。この際、食い込んで痛いなどと言ってはいられない。

 幸いにもこのホールのような場所は意外と天井が高いので、箒で飛び回って逃げるのにはちょうど良い。


 僕が全力で飛翔したのと、バリアが消えたのはほぼ同時だった。

 離脱すると同時に今までいた場所に機関砲の弾丸が着弾した。煙をもうもうと上げながら石畳を削っていく。

 僕への追撃は……ない。

 箒を宙返りさせて真下にいるロボットを見下ろすと、機関砲は胴体に据え付けのために斜角を変更できないということに気付いた。

 ロボットは僕を攻撃したいのだろうが、空中にいる僕に攻撃を当てる術はない。

 これは欠陥品。まともに正面から相手をする方が無駄というもの。


「隙だらけだ!」


 注意が僕に向いている間にロボとの距離を詰めたハセベさんが刀に青白い光を纏わせ、右足のシリンダーに対して激しく切りつけた。

 刀の刃がミシミシと音を立てながらインナーシリンダーに食い込んでいる。一刀両断とは行かなかったが、インナーシリンダーにあれだけ大きな傷が入れば、サスペンションはまともに動かなくなる。

 ロボのバランサー機能に大きな影響があるはずだ。


「まずは足を潰すぞ!」

「分かりました」


 モリ君が青白く光る斧を右肩に構えて跳躍し、ロボの右足の付け根部分に力任せに振り下ろした。

 攻撃は金属の装甲に阻まれて傷が入っているようには見えないが、衝撃は伝わったのかギィと何かが軋んだ音がした。


 ここでようやくロボのターゲットが僕からハセベさん達に向いた。

 ロボはハセベさん達が攻撃を仕掛けている右後ろへと振り向こうとその巨体を動かす。

 だが、その速度は非常に緩慢だ。明らかに動きが先程よりも遅い。

 ハセベさんが攻撃した右足のシリンダーからはオイルが流れ出しており、ただ旋回運動をしているだけにも関わらずギシギシと金属同士が擦れ合う酷い音がした。

 右足がダメージにより正常に駆動していないようだ。

 ロボがもたもたと振り返った時には既にハセベさんもモリ君も既に別の場所に移動しており、そこにはいない。

 ターゲットが再び僕に向く前にその場から距離を取る


「お嬢ちゃん達は味方ってことでいいのか?」


 カウボーイが滞空している僕に声をかけてきた。


「味方です。細かいことは戦闘が終わったら説明します」


「分かった。そこらの柱の陰にオレの仲間の魔法使いがいるので助けてやってくれ。機関砲を避けきれる足がないので隠れてもらっている」


 カウボーイは二丁拳銃を構えて銃を乱射しながらロボに駆け寄っていく。

 ……いやカウボーイさん、あなたの武器って拳銃だよね。

 なんで銃を構えたまま接近戦かけようとしてるの?

 僕の疑問に答えるように、ロボの機関砲による攻撃を宙返り、身体反らし、スライディングなど、無駄だらけの無駄な動きで巧みに回避していく。

 ああ、拳銃で近接戦闘かけるタイプのキャラね。

 それでカウボーイの仲間とやらはどこにいる?

 少し浮上してホールを上から俯瞰で見下ろして探す。

 ロボと反対側の柱の陰に白いローブのような服を着た少女がいるのを見つけた。あれか。

 ロボの動きには警戒しつつ少女の近くに移動する。


「大丈夫?怪我とかない?」

「あたしは大丈夫ですけど……魔法少女の方ですか?」

「魔女です」


 さすがに魔法少女というのは何かが違う。

 僕はあくまでも魔女――


 うん?


 軽く頭を叩く。

 先程バリアを展開した時から何か思考が少しおかしい。

「俺」は一体何をしていた?

 新しい能力を発動させる度に魔女(ラヴィ)からの精神への干渉が酷くなっている気がする

 今のところは俺の意思とそう変わらない行動を取ってくれており、仲間に対しても友好的でもあるので良いが、この問題は近いうちに何とかする必要があるな。

 まあ、今はこの少女の安全の確保が優先だ。


「もうちょっと隠れてもらっていて良いか? あとは仲間がやってくれるはずだ」


 助けてやってくれと言われたので来てみたが、すぐに治療をする必要などはないようなので、ここは放置で大丈夫そうだ。

 じっと隠れて貰っている方が安全だろう。

 俺は箒を再び浮上させてロボの近くに戻る。


「逆の足も潰しておく?」


 エリスは疾走した勢いを利用して左肘をロボの左足装甲に打ち付ける。

 そのまま肘を伸ばして手の甲を打ち付ける裏拳。

 伸ばした左手に擦るように右手をスライドさせての正拳打ち。

 スキルを発動した際に放たれる青い光はなく、単なる通常攻撃にも関わらず、ロボの左足装甲は大きく凹んでいた。


 攻撃はまだ終わっていない。

 エリスは右拳を握りしめて大きく振りかぶる。

 右拳に青い光が灯った。その光は低く唸るような音と共にどんどん輝きを増している。

 攻撃用スキル二種の重ねがけによる威力の強化――


「これが私の――すごいパーンチ!」


 名前のセンスは最悪だったが、威力は圧倒的だった。

 技自体はあくまでただのストレートパンチである。

 体重を乗せて渾身の力で打つだけの、何の変哲もないただのストレートパンチ。

 ランクアップによる強化で金属塊を粉々にする攻撃力と速度を持っただけの、ただのストレートパンチ。

 その攻撃範囲がスキルによって数倍に拡大されただけのストレートパンチ。


 そんな平凡なストレートパンチを受けたロボの左膝から下は、まるで砂で作った城を崩すように金属の破片となって飛び散った。

 先に受けていた傷と、飛び散った破片が直撃したことにより、パンチが当たっていない右足の方も音を立てて崩れていく。

 足を失っただけでは衝撃を殺しきれず、ロボの胴体はそのまま数メートルほど吹き飛ばされて横向きになって止まった。


 だがまだロボは機能停止はしていない。

 残った両足の付け根部分をバタバタをさせてなんとか立ち上がろうとしている。

 否、立ち上がるのではなく、反撃のために機関砲の砲塔の向きを変えようとしているのかと気付く。


 狙っているのはすごいパンチを撃ったポーズのまま隙だらけで立っているエリちゃんだ。

 技の反動がそれなりにあり、すぐには動けないようだ。


「させるか!」


 群鳥の再発動は既に可能になっている。

 三羽の鳥をエリちゃんをカバー出来るように等間隔に配置し、先程覚えたばかりの盾を形成させる。

 ロボが発射した機関砲の弾丸は青白い壁に阻まれ、エリちゃんには届かない。

 その隙にまたもロボの死角に回り込んだハセベさんとモリ君が背後から攻撃を仕掛ける。


 それ以降は全員で囲んで、たまに俺のバリアでロボの攻撃から仲間を防いで部位破壊していくだけの戦闘……いや、もはやただの作業だった。


 ロボは攻撃を受ける度に動きを鈍らせていき、三回目のエリちゃんの「すごいパンチ」の直撃により、ロボは機能を停止して銀色のメダルを落とした。

 俺達の勝利だ。


 箒の浮遊を解除して地面に着陸する。


「全員無事ですか?」

「私は大丈夫です。擦り傷くらい」

「俺も大きな怪我はなしです。他に怪我している人がいたら言ってください。ヒールをかけるので」


 エリちゃんとモリ君も特にダメージはないようだった。

 傷も自己申告の通り、飛び石や軽い打撲だけのようなのですぐにモリ君の治癒能力で回復できるだろう。

 ハセベさんも俺の方に駆け寄ってきた。

 一応はこれで一段落になるのか。

 ロボが落とした銀色のメダルを摘まみあげる。


「ボスらしき存在を倒したのに銀か。金が出てくれると思ったけど、思っている以上に渋いぞ」


 戦闘が終了したのを確認したからか、カウボーイと魔法使いの少女もこちらに駆け寄ってきた。

 まずは自己紹介と情報交換が必要だな。それにあたって必要なものと言えば……まああれしかないだろう。


「まあまあクッキーどうぞ」

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