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第七章 ショートカット

 『猫耳猫』、もとい、『New Communicate Online』の世界では、商品の売買には『エレメント』と呼ばれる魔力通貨が使用される。

 専用のクリスタルに溜めた魔力をお金として使って、買い物や取引をするのである。


 魔法文明が発達したこの世界では、物を作るにも火を起こすにも魔力が必要になる。

 貴金属や宝石などよりもよっぽど実用的で、安定的な価値を持つ魔力という存在は、特にこのような地域においては通貨として流通させるのに適していたのだ。

 つまりこれはファンタジーならではの独自設定……などと言いたい所だが、実際には電子マネーに慣れ切った現代人たちが、どうにかゲームでも同じことが出来ないかと考えた末の苦肉の策らしい。


 寒い話ではあるが、とはいえ、買い物は電子マネーが主流になり、紙幣や硬貨なんていった物がほとんど駆逐されてしまった現代の日本人が、ゲームの中でいちいち金貨だの銀貨だのの数を数えて買い物をするのは苦痛だろう。

 正直、俺だってめんどくさいと思う。


 払う金額を決めてクリスタルをぶつけるだけで買い物が済ませられるなら、それが一番いい。

 そう思いながら、俺は――



「ありがとうございましたー!」



 ――昨夜手に入れた『盗賊メリペの遺産』である宝石類を売り払い、たっぷりエレメントの溜まったクリスタルを握りながら、その店を出たのである。




 ゲーム生活二日目。

 宿屋を出た俺が、一番に向かったのはアイテムショップだった。


 結局他に安全な持ち運び方が思いつかず、俺はメリペの遺産を箱に入れたまま、店に向かった。

 中に入っていた宝石類を売り払い、指定されていた額のエレメントが俺のクリスタルに移されるまで、本当に気が気ではなかった。


 曲がり角を曲がる度にひったくりが出て来るのではないかとびくびくしたし、見る人みんなが俺の箱を狙っているんじゃないかと思ってしまった。

 全く真希を笑えない。


 店に入ってからも、俺の出した宝石を見た途端、店主が金の亡者と化して俺に襲い掛かってくるんじゃないかとか、何でこんな物を手に入れられたのか詰問されるんじゃないかとか、足元を見てふっかけられるんじゃないかとか色々と心配したが、そんなことはなかった。


 もちろんはっきりとした数値は分からないが、ゲームの時と同じだと思われる金額がきちんと支払われ、アイテムショップの店員は見事な営業スマイルで、


「ありがとうございましたー」


 と言って俺を送り出してくれた。

 ……そういえばどの町に行ってもアイテムショップだけは店員が女性なんだけど、どうしてだろうね。


 とにかく、これで一安心。

 宝石だったら奪われる心配もあるが、一度自分のクリスタルに入れたら俺の許可なしではエレメントを奪えない。

 これで盗まれる心配はなくなった。


 まあ、本当のことを言えば、クリスタルは持ち主が死ぬとその制限も消えるので、「殺してでもうばいとる」って輩もいるのだが、それは考えないことにしよう。



 これで、俺の持っているエレメントは175300。

 最初に持っているエレメントが500だということを考えれば、相当な大躍進である。


 クエストの報酬は、基本的にクエストの難易度によって決定される。

 中盤以降のクエストで、しかもクリアまでにダンジョン三つと謎解きが要求される『盗賊メリペの遺産』クエで手に入る報酬は、当然ながら初心者プレイヤーには分不相応な程度には高い。

 まあ『猫耳猫』においてはそのバランスだって当てにならないので、散々苦労してしょぼい報酬しかもらえなかったりもするのだが、『盗賊メリペの遺産』のクエストについては苦労に見合う金額と言えるだろう。


 しかしどうでもいいが、初期金額が500って少なすぎないだろうか。

 昨夜宿に泊まるだけで200も使ったので、俺は二日分とちょっとの宿代だけを持って旅を続けていたことになる。

 全く無謀な男である。


「これで装備が買える……けど。

 その前に、チュート爺さんの所に行かなきゃ駄目か」


 チュート爺さんというのは引退した冒険者で、その名の通りお助け用チュートリアルキャラ第二号だ。

 昨日のラインハルトの案内でも名前が出て、何か分からないことがあればこの人を訪ねろと勧められた。

 プレイヤーに冒険者の心得を教えてくれて、同時に冒険者の必須アイテムを譲ってくれるというありがたいキャラなので、行かないという選択肢は、まあ、ない。


 チュート爺さんが譲ってくれるアイテムは三つ。

 見た目よりもたくさんの物が入れられて、実質インベントリの代わりになる『冒険者の鞄』。

 ほぼ無制限に物が入れられて、実質倉庫の代わりになる『アイテムボックス』。

 そして、クエスト用のアイテムである『謎の紙切れ』。

 どれもゲームプレイには不可欠なアイテムだ。


 特に装備品を買うなら『冒険者の鞄』は必須だ。

 初期で持っている『冒険者のポーチ』も同じようなアイテムではあるが、こちらはよく使う消費アイテムを入れるための物なので、6種類までしか物が入れられない。

 ついでに言えば、装備品などの大きな物を入れることも不可能だ。


 そして、『冒険者の鞄』といえども入る容量は無限ではない。

 そうなると、やっぱり『アイテムボックス』も欲しい。

 正確には町にあるアイテムボックスの一つを使う権利がもらえる訳だが、使わない装備品なんかを放り込むのには非常に便利だ。


 最後の一つ、『謎の紙切れ』もかなり重要だ。

 見た目にはなんかよく分からない字で落書きみたいのが書かれているだけの紙なのだが、これがシナリオを進めるのに必須のクエストアイテムだったりする。

 あまり重要そうな物には見えないため、鞄が一杯になった時などについ捨ててしまったりするのだが、そうなるとシナリオの途中で詰まる。

 更に悪いことに、通常、アイテムは捨てて一定時間が経つと消えてしまうので、そうなると二度とゲームがクリア出来なくなるという不具合があった。

 今ではパッチで捨ててもなくなったりしないように修正されており、そういう意味でも注目のアイテムだと言える。


「……うーん」


 正直あのお爺さんは苦手なのだが、行かない訳にもいかないだろう。

 いや、アイテムもらう立場で文句を言うなんて、図々しいと分かってはいるのだが……。


 結局俺は次の目的地をチュート爺さんの家に定め、方向転換。

 一路、爺さんの家に向かって歩き出した。



 その後、チュート爺さんの許を訪れた俺は無事にアイテムを譲ってもらったのだが、特に真新しい情報はなかったので割愛する。

 チュート爺さんはこっちの世界でもやっぱりチュート爺さんだった、とだけ言っておこう。





「これで装備品が揃えられるな」


 手に入れたばかりの冒険者の鞄を軽く叩く。

 冒険者の鞄も、ポーチと同じ感覚で自由にアイテムを出し入れすることが出来た。

 装備を買ってもこれで安心だ。


 しかし、どうするか。

 このラムリックの町には大した装備は売っていない。

 それでも初心者冒険者には過ぎた代物で、それだけでレベル上げにかける時間を大幅に短縮出来るとは思うが、どうせならもう少し上を狙いたい。


 最初の町だけあり、ラムリックの周辺の敵は低レベルで、クエストも序盤に発生する物ばかりだ。

 だが、『盗賊メリペの遺産』のように、中盤以降に発生するクエストが存在しない訳ではない。

 極端なことを言えば、メインシナリオクリア後に開放される、町の郊外の地下にある隠しダンジョンには当然ゲームトップクラスの敵が出て来る。


 まあもちろん、今のレベルや装備でそんなダンジョンをクリアするなんて絶対に不可能だろう。

 しかし、そういうクエストの報酬を狙えば店売りの装備品よりも強い装備品を手に入れることも不可能ではないということだ。


「となると、やっぱりあそこ、か」


 そこまで思案を巡らせた俺の頭には、とある一軒の家屋が浮かんでいた。




「また、ここに来ることになるとは……」


 おぼろげな記憶を頼みに俺が辿り着いたのは、町の中心から少し外れた場所にある普通の一軒家。

 だが、一見なんの変哲もないこの家に、俺的強武器ランキングベスト3に入るだろうというユニーク武器『不知火しらぬい』が眠っているのだ。


 まあユニーク武器というと強そうに聞こえるが、要は他での入手が出来ない一品物というだけ。

 『猫耳猫』はオンゲではないのでぶっちゃけ同じ武器が何本もあっても無駄だし、ユニークであるというだけではそう珍しいものでもない。

 極論を言えば、俺が初期装備として持っているラスティロングソード(攻撃力3)も、他で入手出来ないのでユニーク品という扱いになる。


「懐かしいな……」


 この家に住んでいるのはラングという老人で、チュート爺さんとは対照的に、かなり物静かで寡黙な人だ。

 このラングさん関連の連続クエストを果たす形で俺の欲しい刀、不知火を手に入れられるのだが、これがまた、なかなか面倒なクエストだった。


 まず、ラングさんの所に通い詰めて親しくなり、ラングさんから王都にいる息子宛の手紙を預かる。

 王都に行ってラングさんの息子に手紙を届ける。

 すると息子さんから頼みごとをされるので、それを解決する。

 息子に手紙の返事を書いてもらって、ラングさんに渡す。


 という流れで進行し、ようやく最後、息子の手紙を受け取った後で、


「そういえば祖父のコレクションに武器があった。

 わたしには必要のない物だから持って行ってくれ」


 みたいなことを言い出し、その武器の中の一つとして、ようやく不知火を入手出来るのだ。

 一苦労どころの話ではない。



 ただ、間違いなく同レベル帯では最強の武器である不知火を抜きにしても、このクエストにはやる価値がある。

 『猫耳猫』のクエストにしては珍しく、シナリオがいいのだ。


 口下手なラングさんの、都会に出て行った息子に対する心配りとほの見える愛情。

 そして、都会に出て行った息子の、父に対する後ろめたさと葛藤。

 すれ違った二人の想いが手紙が通して氷解していくさまは見ていて小気味よく、そして感動的でもあり、俺も思わずほろりと来てしまった。

 クリアした後に、やってよかったと素直に思えた素晴らしいクエストである。


 ただ同時に、もう一度やってみたいかと訊かれるとやはり二の足を踏んでしまうクエストでもある。


 個人的な意見を言うと、最初のラングさんと仲良くなるまでが最高につらい。

 手紙を託されるほどに親しくなるには最低5回はラングさんの話を聞かなければならないのだが、それが非常に難しいのだ。

 確か俺は、10日ちょっとこの家に通うことになった。


 ラングさんは気難しいという訳ではないが、どちらかというと無口な人で、うまく相槌を打たないと話が終わってしまう。

 話が途切れるとそこで会話終了。

 「また来てください」と言われて実質家を追い出され、翌日また同じ話を聞く羽目になる。

 何で同じ話をするのこの人ぼけてるのとゲームをしながら思っていたものだが、こっちの世界でも同じなんだろうか。


 ちょっと試してみたい気もするが、とりあえずはそのつもりはない。

 不知火入手が今の俺の最優先事項だからだ。

 今は何よりも不知火を手に入れることを第一に考えるべきだろう。


「しかし、困ったな……」


 ラングさんの家の前で、逡巡する。

 はっきり言って、これは俺にとっては高難度ミッションだ。


 引きこもってゲームばかりしていた大学生活で、俺のコミュ力はずいぶんと下がってしまっている。

 そうでなくても交渉事とかははっきり言って苦手だ。

 きちんと、ラングさんに話が出来るだろうか。


「いや!」


 弱気は禁物だ。

 黒い箱だって手に入れられたじゃないか。

 今回だってきっと大丈夫だ。


「……すぅぅ、はぁぁ」


 大きく深呼吸をする。

 何事も初めが肝心。

 最初にうまくやれば、そこから一気に不知火ゲットにこぎつけられるはずだ!


 覚悟を決め、俺は元気よくラングさんの家をノックした。



「すみませーん!

 この家に名刀があるって伺ったんですけど、俺に売ってもらえませんかー?」










 そして、数分後。

 俺の前には、一振りの刀があった。




不知火[剣・大太刀]


攻撃力:91

重さ:8


付加属性:なし

特殊能力:なし




 ねんがんの しらぬいをてにいれたぞ!



 いやー、お金の力って本当に偉大ですね!!



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