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第六十七章 駆け足の解決

 ――恐怖の夜から一夜明け、俺とリンゴはとある民家を訪れていた。


「ありがとうございます、ソーマさん。

 あなたが何度もお見舞いに来てくれたおかげで、息子のミハエルもこんなに元気になって……」

「いいえ、奥さん。お礼を言われるのはまだ早いですよ。

 あなたの依頼は『息子さんを元気にさせること』ではなく、『青い鳥を見つけること』でしたよね?」

「え、ええ、そうですけど。

 でも、息子が元気になったのなら、それで……」


 言い募ろうとする彼女を制して、俺は言った。


「青い鳥、見つけましたよ」

「えっ!?」


 その俺の言葉に真っ先に反応したのは、俺と話をしていた女性ではなく、その『息子』の『ミハエル君』だった。

 その様子を含みのある顔で見つめてから、俺は言った。


「……青い鳥は、この中にいます」

「この中? この部屋にいるってことですか?」


 ミハエル君の母親が、何を言っているのか分からないと、きょとんとした顔を見せる。

 対照的に『ミハエル君』の、いや、『ミハエル君と呼ばれている少年』の顔色は悪い。

 何かを悟ったかのように蒼白な顔で、俺の言葉を待っている。


「そう。この部屋には俺と仲間のリンゴ、そして、あなたともう一人しかいません」

「だ、だったら……」

「だったら、答えは分かるでしょう?」


 俺の言葉に、彼女も気付いたようだ。


「まさか……」


 と言いながら、自らの息子を、息子であるはずの存在を振り返る。


「分かったみたいですね」


 その姿に苦い思いを押し隠しながら、俺は改めて彼に向き直った。

 そして、告げる。


「そろそろ観念したらどうかな、ミハエル君。

 いや、青い鳥!!」


 ビシ、と突き出した俺の指の先には当然、震える『ミハエル君』が、いや、『ミハエル君に化けた青い鳥』がいた。


「ち、違うっ!

 僕は青い鳥なんかじゃない!

 ……そ、そうだ、証拠!

 僕が青い鳥だって言うなら、何か証拠を見せてよ!」


 動揺して騒ぎ立てる『ミハエル君』。

 しかし、ここまでの展開も俺の予想の範疇だった。


「……なら、訊こうかミハエル君。

 君は、この『青い鳥の羽根』を、庭で拾ったと言ったね?

 それは間違いないかな?」

「そ、そうだよ!

 もしかして僕がその羽根を拾ったから青い鳥扱いしようって言うの!?

 そんなの、誰にだって……」


 興奮する『ミハエル君』をなだめながら、俺は『ミハエル君』の部屋に置いてあった『ある物』の所まで歩いていった。

 おもむろに、手に取る。

 それを見た『ミハエル君』が、驚きの声を上げた。


「あっ! それは今日三回目のお見舞いの時に僕にくれたくまのぬいぐるみ!!」

「ああ。実はその時から君の正体については薄々勘付いてはいたんだ。

 だから悪いとは思ったが、こんな物を仕掛けさせてもらった」


 俺が手を伸ばすと、可愛らしくすぼめられたくまの口元がニタァ、と広がり、中から小型の魔法装置が出て来た。


「それは…?」

「映像記録器、ですよ。

 これがどんな物かは、まあ見てもらった方が早いでしょう」


 ミハエル君の母親の質問に答えながら、俺はアイテムショップの掘り出し物で買ったその映像記録器を操作する。

 すると、目の前の何もなかった空間に、数時間前のこの部屋の様子が投影された。


「だ、ダメだっ!」


 『ミハエル君』は叫ぶが、映像は止まらない。

 その映像には『ミハエル君』が青い鳥に変身し、その羽根を抜くところがはっきりと捉えられていた。


「ミハエル、あなた……」


 ミハエル君の母親が、信じられない、という顔でうなだれた少年を見る。

 激昂した彼女が、さらに何かを言おうとする前に、


「待ってください」


 俺は、彼をかばうように彼女の前に出た。


「彼の話を、聞いてあげてください。

 ……ちゃんと自分で、話せるね?」


 前半は母親に、後半は少年に向けて言った。

 俺の言葉を受けた少年、青い鳥は、ぽつぽつと話し始めた。


「ミハエル君は、僕の友達だったんだ……」


 彼とミハエル君は庭で出会い、種族の差を越えて仲のいい友人となったが、やがて生まれつき病弱だったミハエル君の病気が悪化してしまう。

 青い鳥もその癒しの力で必死に回復を試みたものの、その努力は実らなかった。


「ミハエル君は、最後に僕に言ったんだ。

 『僕の代わりに、母さんのことを頼む』って。

 だから、だから僕は……」


 泣きながらそう話した青い鳥を、ミハエル君の母親が抱きしめた。


「お、おばさん……。

 ご、ごめんなさい、僕、僕はずっとおばさんを騙して……」

「いいのよ。

 本当はずっと、分かっていたわ。

 ミハエルがもう、死んでしまったということは。

 ……ごめんなさいね。

 わたしのせいで、あなたには辛い思いをさせてしまったわ」


 彼女の言葉に、青い鳥の頬から大粒の涙がこぼれる。


「お、おばさん、ぼく、僕は……」

「いいの、いいのよ。

 あなたはわたしやミハエルのために、精一杯のことをしてくれた。

 そんなあなたを、わたしが責められるはずはないわ。

 ……ねぇ、あなたの本当の名前はなんて言うの?」

「ブルー。僕は、ブルーって言うんだ」


 その名を聞いて、ミハエル君の母親は微笑んだ。


「そう。ブルー、いい名前ね。

 ブルー、あなたはわたしの恩人で、わたしの……もう一人の息子だわ。

 そう思っても、いいわよね?」

「お、おかあ、さん…!」


 その言葉に、青い鳥の目からぶわっと涙が噴き出し、二人はきつく抱き合った。


「……行こうか」


 それを見て、俺はそっとリンゴを促して、家の外に出た。

 しばらくは、二人きりの時間が必要だろう。


 最後に振り返った時に目に映った二人は、まるで本物の親子のように見えた。




「本当に、本当にありがとうございました、ソーマさん」

「ありがとうございました、ソーマお兄ちゃん!」


 深々と頭を下げる二人に、俺は頭をかいた。


「いえ、俺は大したことはしてません。

 それに、ちゃんと報酬ももらいましたしね」


 苦笑してから、続ける。


「それよりも、二人で仲良く暮らしてください。

 それが、何よりの報酬ですよ。

 ああ、それと……」


 まるで今ちょうど思い出したかのように、さりげなく言った。


「ブルー君に贈ったくまのぬいぐるみは、大切にしてください。

 世界に一つしかない貴重な物なので、絶対に手放さないように」

「うん!」


 元気にうなずくブルー君にちょっとだけ罪悪感を抱きながらも、その答えにほっとする。

 幸せになれよ、と願いつつ、


「……くまさん」


 と未練がましく家の方を見るリンゴの手を引いて、俺たちはミハエル君の家を後にした。




「はぁぁ。結構苦労したけど、うまく行ってよかったぁ……」


 角を曲がり、ブルー君たちの姿が見えなくなった所で、俺はようやく緊張を解いた。


 覚えているだろうか。

 この『ミハエルの青い鳥』のクエストは、青い鳥が化けたミハエル君を元気にして青い鳥が見つからないままクエスト失敗にするか、偽ミハエル君に身体に悪そうな物ばかりを与えて殺し、その正体を暴いてクエストをクリアするかという、理不尽な二択を強いるクエストだった。


 しかし、ゲームが現実っぽくなった以上、その間を取る選択肢も取ることが出来るようになった。

 クエストを進行させるために今日だけで13回もミハエル君の家に訪れることになったが、そのおかげもあって偽ミハエル君、つまり青い鳥のブルー君を生かしたまま、クエストを達成することに成功したようだ。


 というか、1日に13回も見舞いに来た奴を不審に思わないのだろうか。

 げに恐ろしきはゲーム補正、と言った所か。

 うまく行ったのはよかったけど疲れたなぁ、と今回の一件を振り返っていると、


 ――ぽんぽん。


 疲れた俺をねぎらってくれているのか、右の腰の辺りを慰めるように叩かれた。

 リンゴはやっぱり優しい。

 お礼の言葉をかけようとしたが、


「ありがとう、リンゴ。でも俺は大丈……」

「…ソーマ、わたし、こっち」


 リンゴの声は左側から聞こえた。


(え? じゃあ今俺の腰を叩いたのは……)


 嫌な予感に突き動かされ、俺は腰が叩かれた右の方を見た。

 そこには、見覚えのある黄色いシルエットがあって……。



 ――ニタァ。



「ぎゃあああああああああ!!」




 クエスト『ミハエルの青い鳥』……クリア!!






「……くまさん」


 と言いながら、リンゴは嬉しそうにくまのぬいぐるみを左手に吊り下げていた。

 その様はまるで獲物を仕留めた猟師のようで、歩く度にぬいぐるみの身体がゆらゆら揺れてちょっと怖い。

 その持ち方は正直どうかと思うが、吊られている本人も楽しそうにニタァ、と笑っているので、これはこれでよしとしておこう。


 それに、何より、


「…ソーマ、がんばろ」


 こうやって上機嫌なリンゴを見ていたら、俺のせこい考えが失敗したことなんてどうでもよくなってしまう。

 俺は頭を振って、意識を切り替える。


「あ、ああ。この調子でどんどん行こうか」


 確かに俺たちは大量のお金を持っているが、クエストの報酬の中にはお金では買えない貴重なアイテムも眠っている。

 今日一日で、それを出来る限り回収するつもりでいた。


 俺は頭の中に、この街で発生する全てのイベントを思い描く。

 ゲームを開始してから、あるいは王都に着いてからの経過時間、今のレベルや能力、それにイベント消化数などを鑑みて、現在フラグが立っているイベントは……。


「そうだな、じゃあ、次は……」







 ――そこは、とある貴族のパーティ会場。

 一人の恰幅のいい男が音頭を取り、今まさに華やかな宴が始まろうとしていた。


「それでは、我が兄リチャードの記念すべき62歳の誕生日を祝して、かんぱ――」


 そこに、


「待ってください!!」


 時ならぬ声がして、宴は突如として中断される。

 声を発したのは、会場にいる誰もが見知らぬ一人の男。

 そう、それはもちろん……。


 ――俺である。



「な、何だ君は、いきなりやってきて……」


 代表で挨拶をしていた男が、俺に食ってかかる。

 だが、俺は逆にその男を指差し、弾劾した。



「まだ事件は起きていませんが、あえて言いましょう。


 今日、兄であるリチャードさんを毒殺し、明日その長男のラグさんを館の仕掛けを利用して殺し、明後日その妻を自殺に追い込み、三日後の夜にメイドを利用して三男のルグさんを殺害、四日後の朝に長女のラナさんを言葉巧みにバルコニーに誘導して壊れた手すりによりかからせて瀕死の重傷を負わせ、同日の昼に二男のリグさんにモンスターをけしかけて殺されるように計らい、五日後の未明に次女のリナさんと三女のルナさんを疑心暗鬼に陥らせて殺し合うように仕向け、六日後に五男のログさんの夕食に毒々サンマのエキスを混ぜて中毒死させようとした、この連続殺人事件の犯人は……。


 グレッグさん、あなただ!!」


「……はぁ?!」



 会場にいたほぼ全員が、「何言ってんだこいつ」という目で俺を見る。

 俺はそれを気にせずに続ける。


「それだけじゃない。

 二年前、あなたの父親を殺したのもグレッグさんですね。

 証拠は、この庭の一番大きな木の下。

 そこに彼の遺した本当の遺書と……」

「もういい! やめろ!」


 俺の言葉を止めたのは、グレッグの兄、リチャードだった。


「弟が私を殺そうとしているなどと妄言を吐くだけでは飽き足らず、父まで殺しただと!?

 馬鹿なことを言うな!!

 弟は、グレッグは……」


 しかし、リチャードのその弁舌を遮った者がいた。



「――わたしが、やりました」



 弁護された当人の、グレッグである。


「え、ちょ、グレッグ、ちょ、えぇ!?」


 動揺するリチャードを置いてけぼりに、


「だが、わたしは後悔はしていない!

 あいつは、あいつは悪魔のような男だった!

 あいつも、あの男の血筋も、全て絶やさなければならない!

 ならなかったんだ!

 そうでなければ、死んでいったマチルダに、わたしはどう詫びればいい?

 どうやって、わたしは……うわぁあああああ!!」


 パーティ会場に、グレッグの慟哭が響き渡る。

 男泣きを続けるグレッグと、ぽかんとしているパーティ参加者を見て、俺は堪え切れずにこう漏らした。


「哀しい、事件だった……」


 ――こうして、リヒテル王国の名家、スウィフト家の愛憎と血に塗れた七日間の復讐劇は、始まる前に幕を下ろしたのだった。



 クエスト『ドキッ! 貴族だらけの連続殺人事件』……終了!!






 ――その地下室には、それだけで場の空気を支配するほどの量の数々の薬品と、その素となる素材が粗雑に置かれていた。

 その中にあるためか、あるいは本人の人相の悪さのためか、こけた頬と炯々と光る眼を持つその錬金術師は、ひどく危うい雰囲気を醸し出しているように見えた。


 彼は、その姿かたちを裏切らない、冷静を装っていながらも、どうしても狂気を窺わせるような切実な声音で、俺に訴えかける。


「……はい。娘の病気を治すには、どうしても『還魂の秘薬』が必要なんです。

 けれど、あの薬の市場価格は200万E。

 魔術師ギルドに出回っているのは知っていても、とても庶民の私に買えるような物ではありませんでした。

 ですから私は、自分で材料を集めて薬を調合することにしたんです」

「なるほど、なるほど」


 その錬金術師の言葉に、俺は重々しくうなずいてみせた。


「数年に渡って世界各地を回り、五つの材料の内、四つまでは集めました。

 しかし最後の一つ、北部の山脈に住むという飛竜の素材、『蒼飛竜の爪』だけは、どうしても手に入れられなかったのです」

「ふむ、ふむ」


 続く錬金術師の言葉に、俺は深々と相槌を打ってみせた。


「あなたを冒険者と見込んでお願いします。

 どうか私の代わりに蒼飛竜を倒し、その爪を持ってきては下さらないでしょうか?」

「……お話は、分かりました」


 聞きたいことは聞いた。

 こうなれば、時間が惜しい。

 俺は素早く立ち上がった。


「で、では、娘のために『蒼飛竜の爪』を取って来て下さるのですか?」


 そして、縋りつかんばかりの勢いで俺に問いかける男に、俺は笑顔で告げた。


「いえ、ギルドで薬買ってきます」

「えぇー?!」



 クエスト『錬金術師の悲願』……達成!!






「最近、家族みんなが夢見が悪くて、この前も変な……」

「あ、それはこの呪いの古時計が原因なんで回収しておきまーす」


 クエスト『時計屋敷の異変』……解決!!






 ――そして、本日最後のクエスト。


「あー、アニーのやつ、ぶじに家まで帰れたかなぁ……」

「ケニーは心配しすぎじゃないか。

 ケニーはアニーのお兄ちゃんだろ?」

「兄貴だから妹の方向オンチが一番わかるんじゃないか!」


 なるほど、至言だ。


「だけど、大丈夫だって。

 道標だってたくさん置いておいたから、流石に見失うってこともないさ」

「だと、いいんだけど……。

 あいつの方向オンチは、すじがねいり、だからなー」


 そう、今日俺が最後に受けたクエストは、『迷子の道標』。

 方向音痴な女の子アニーを、兄妹の遊び場である森の小屋から家まで無事に帰らせることが出来ればクエストクリアだ。


 とはいえ、これはそんなに大変なクエストという訳ではない。

 小屋から家まではそう遠くもないし、道標に出来るアイテム『お洒落しゃれ髑髏しゃれこうべ』はたっぷりと持っている。

 辺りが暗くなってきているので、真っ黒なドクロが見えなくなる可能性も考え、25個でいい所を奮発して250個も並べておいたのだ。

 道標とかを通り越してほとんど線になっているので、あれで迷える方がおかしい。


 が、その時、


「お、おにいぢゃーん」


 突如として小屋の扉が開いたと思うと、家に向かったはずのアニーが泣きながら飛び込んできた。


「あ、アニー! どうしたんだ?

 まさか、やっぱりまた道に迷って……」


 兄のケニーが訊いたが、アニーはぶんぶんと首を振った。


「ぢ、ぢがうのー!

 いえにいっだら、おがあざんが、いえにはいるなっでぇ」

「家に入るな?

 それってどういうことなんだよ!」


 アニーが泣きながら話してくれた所によると、こういうことらしい。


 ドクロを辿ったおかげで何とか家までは辿りつけたが、そこには仁王立ちして肩をいからせた母親が待っていた。


 母親によると、道に並べられたドクロのせいで人々の交通は阻害され、街の一角は大混乱。

 一部では、このドクロは邪教の祭具なのではないかという話まで出て、大きな騒ぎになっているらしい。


 何しろあまりの禍々しさに人は近付けないし、馬が怯えるせいで馬車も横切れない。

 撤去しようとした勇気ある者もいたが、結局はドクロに手を触れることすら出来なかったそうだ。


 そして、そのドクロの線の一方の端はケニーとアニーの家に、そしてもう一方の端はケニーとアニーの遊び場である小屋に通じているのだから、これを仕掛けた犯人が誰なのかはもはや明白だ。

 カンカンに怒った両親は、「ドクロを全部片付けるまで、家には入れません!」と宣言したそうだ。


 家から追い出されたアニーは泣きながらドクロを回収しようとしたのだが、結局不気味すぎて触れられず、こうして小屋まで逃げ帰ってきたという。


「…………」

「…………」

「…………」


 なぜだろう。

 沈黙が耳に痛い。


 槍よりも鋭い視線がぐさぐさと俺に突き刺さる。

 俺の味方のはずのリンゴまで、なぜか冷たい目で俺を見ている気がする。


 その針のむしろのような沈黙に耐えかね、俺は仕方なく口を開いた。


「あー、えっと、とりあえず、あれだな」

「とりあえず、なんだよ」


 あたたかみゼロのケニーの言葉が俺に放たれる。

 その剣幕に少々ビビりながらも、俺は言った。



 クエスト『迷子の道標』……大・成・功!!





※このドクロは依頼終了後、スタッフが責任を持って移動させました。



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