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第六十四章 一番大きな買い物

「ま、まあ、気を取り直して行こう」


 リンゴの芯を捨てた後、とりあえず主要な店を全部回り、今度は色々と確かめながら大人買いをすることにする。



 最初に行ったのは、アイテムショップの隣にあったアクセサリー屋。

 店に行ってようやく、リンゴに指輪の装備を試すのをすっかり忘れていたことに気付いた。

 一応チャレンジさせてみたが、やはりリンゴにも指輪を3個以上つけるのは難しいようだ。

 無理にはめることも出来なくはないが、


「…なんとなくいやなかんじ」


 がするんだとか。

 どちらかというと装備はイベントフラグなどではなく、雷撃などと同じ、キャラの能力データに関わる部分だ。

 バグっているとはいえ、その辺りの設定はある程度残っているのだと考えられる。


 まだアイテムショップの失態も記憶に新しい。

 アクセサリー類は種類も在庫も多く、ついでに単価もそれなりにあるので、流石に全部買うのはちょっと無駄遣いが過ぎるだろう。

 適当に役に立ちそうな物を見繕って、俺とリンゴの最大装備数だけ買うことにする。


 肝心のチョイスだが、まずブッチャーを倒すのにも役立った属性系の指輪は外せない。

 ラムリックの店のレベルⅠ指輪では普通に使うだけではあまり大きな恩恵は期待出来なかったが、属性攻撃特化の指輪も店売り最高のⅢまでくればかなりの効果を望める。

 特化Ⅰは強化15%・弱化70%だったが、特化Ⅲでは強化45%・弱化50%で、その倍率が飛躍的に大きくなっているのだ。


 10個フルで属性特化をつけた場合、光属性攻撃特化Ⅰの闇属性補正は-6倍。

 これはかなりの倍率だが、素直に属性攻撃特化Ⅲをつけた場合でも、属性補正5.5倍までは行く。

 ついでに言えば指輪7個以下なら普通に特化Ⅲをつけた方が強いので、属性弱点が分かっている相手に対しては非常に有効と言えるだろう。

 まあ終盤辺りになると全属性無効がついてるモンスターがアホみたいに増えるので、最後まで有効に使えるかは疑問だが、備えあれば、という言葉もある。


 一方でリンゴの装備だが、本人とも相談した結果、雷撃の威力を向上させるため、筋力が激増する代わりに魔力が激減する、筋力特化系のアクセサリーを中心につけることにした。

 全般的に、反対属性の能力を大きく下げる特化系は、デメリットがない強化系の装備と比べて実に3倍程度の能力上昇率を誇る。

 その辺りのバランス感覚のなさは流石の『猫耳猫』クオリティだと言えるが、その分うまく利用出来れば大きい。

 元々の能力値の高さともあいまって、さらに強力な攻撃を繰り出してくれることだろう。


 その後、適当に能力アップ系なんかをそろえ、掘り出し物でよさそうだった、スタミナアップの指輪を買って、そそくさと次の店に向かう。



 次に俺たちが辿り着いたのは武器屋だった。

 流石に全武器買いそろえるとお金がどうとか言う以前にめんどくさいので、ラムリックの時と同じように、武器種ごとに最高級の品と、属性と付加効果がついた武器を片っ端から買い漁る。


 ただ現状、残念ながら王都の店売り武器にあまり強力な物はない。

 武器屋と言えば、端の方に最強の魔剣グランなんちゃらとかがこっそり置かれていて、プレイヤーがそれを偶然抜いてしまい……なんてイベントが起こってもいい所だが、『猫耳猫』に限ってはそんな都合のいい話が転がっているはずもない。

 起こるとすればせいぜい『触ったら呪われる武器』か『伝説の武器詐欺』とかのろくでもないイベントだろうが、今回はそんなイベントすら起こらなかった。


 手に入った属性武器は風と光のみで、攻撃力も黄金桜以下の物しか見つけることは出来なかった。

 当面の所は肉切り包丁さんの攻撃力に期待するしかなさそうだ。



 武器屋の次は防具屋に向かう。

 一番の目的はもちろん俺たちの装備の更新だ。

 これでようやく初期装備と装備なしという底辺に近い状況を改善出来ることになる。

 まずは後々役に立ちそうな、付加効果と属性防御がついた防具を片っ端からチェックして、それぞれ二つずつ購入。

 それからじっくりと本命の防具探しを始めることにした。


 掘り出し物にはそんなに防御力が高そうな物はなかったので、王都店売り最高級のオリハルコン系装備を買うことはすぐに決定。

 ただ、オリハルコン系と一口に言っても重さや補正によって色々な差がある。

 リンゴには魔法使い用のローブ系の方がいいかとも思ったが、筋力数値は明らかに俺よりも高いし、雷撃は物理攻撃なので魔法系ボーナスは無意味だ。

 結局は二人とも軽戦士用のセットを買って早速装備した。


「うん、いい感じだ」


 装備品のグレードは上がったが、装備重量はほとんど変わっていないので動きにくさはないし、その一方で防御力は飛躍的に上昇したはずだ。

 オリハルコン系の防具はレベル90相当の装備なので、ゴールデンを倒して二人ともレベルも上げたことも含め、これで中堅冒険者レベルの防御力は確保出来るだろう。


 そしてもちろん、装備は変えたが、鎧の下には引き続き例の紙を仕込んでおいた。

 一度は俺ではなくリンゴの方に仕掛けようかとも思ったのだが、紙がくしゃくしゃになってしまうのでやめた。

 あ、その理由はもちろん当然、リンゴの手先があまりに不器用ですぐ紙をぐしゃぐしゃにしてしまうからであって、それ以外の原因は特にない。


 ……うん。

 イーナと違い、リンゴには『そういう部分』がない訳ではないと、一番初めの時に分かっていたはずなのだが、いざ改めて意識させられると少し動揺してしまった。

 それからしばらく、俺はリンゴの顔をまともに見ることが出来なかったというのはここだけの話である。



 そんなピンクな気分を払拭しようと次に向かったのは魔法屋だった。

 店に着くや否や、俺は店の中心に大々的にディスプレイされている『癒しの杖』を100万Eで買った。

 たかだか杖一つに100万というのはびっくりな値段だが、これはここで買われることを想定していない値段設定だからだ。

 実はこの癒しの杖が店に並んでいるのはプレイヤーが一回目に来店した時だけで、その翌日以降に店に行くと、その時にはもう杖はなくなっている。


 杖がなくなってから来店すると、店主が「あの杖だったらお金持ちの貴族のお客さんが買っていったよ」と尋ねてもいないのに教えてくれて、「杖が欲しいならその人に直接交渉したらどうかな?」みたいなことを言うのでその貴族の家に行くと無理難題なクエストを吹っかけられ……と続くのだが、まあぶっちゃけそんなの知ったことじゃない。

 100万Eを払うから売ってくれと端的に告げて、余計なイベントが起こる前にさっさと購入した。


 その後は普通の買い物だが、まあアクセサリー屋などと違い魔法屋での買い物にそんなに考える要素はない。

 魔法が込められたジェムはアイテムショップの管轄で、魔法屋で売っているのは魔法の書と杖系の武器だけ。

 ラムリックになかった魔法書を全部買って、掘り出し物の杖の中に土属性がついている物があったので、それだけ購入しておく。


 こうして、魔法屋での買い物も終了した。




「よーし。これで一通り回ったな」


 いくらでも買えるなら買い物も楽しいかと思ったが、何でも買えるというのもそれはそれで結構めんどくさいものだ。

 まあこれはどうしても必要なことではあったし、これでしばらく買い物には行かなくてもいいだろう。


「結構使ったなぁ……」


 クリスタルを調べると、残金は3300万までに減っていた。

 かなりの出費だったと言えるが、しばらく店に行く必要がないことを考えれば許容範囲内という所だろうか。


(いや、まだ分からないな)


 今日の買い物はこれで終わりではない。

 むしろ、今日の最大の目玉はこの後にあるとさえ言える。


 これから俺たちが買いに行く物。

 それは人生最大の買い物にして、成金趣味が最も色濃く発揮される物。


「それじゃ、リンゴ。これから家を買いに行くぞ!」


 ――『自宅』の購入である。




 多くのゲームがそうであるように、このゲームでも家を入手して自分の拠点とすることが出来る。

 家と言っても単にコレクション倉庫や宿屋代わりにするだけなら基本的に俺は興味を持たないのだが、家のグレードによっては冒険に役立つ様々な施設が付いていたりするのだ。


 実は、俺が戦士ギルドや魔術師ギルドにそんなにこだわらなかったのは、ここにも理由がある。

 高ランクの自宅を購入することで、本来は戦士ギルドや魔術師ギルドに加入しないと行えないはずの、武器や魔法のカスタムまでが可能になるのだ。


 ゲームでの俺は、別に家で過ごす訳でもなし、そもそも一人で過ごすのに広い家は必要ないからと、武器や魔法のカスタムなどの最低限の機能がついた、300万Eの家で満足していた。


 しかし、今回はあの時とは状況が違う。

 俺が無言で振り返ると、


「…………えだげ、ある?」


 突然の凝視に首を傾げる、俺の仲間がそこにはいた。


(やっぱり、広めの家を買った方がいいよな)


 さっきの防具屋での一件でもないが、リンゴと一緒に狭い家で暮らすというのはそれはそれで危険性が高い。

 ここは500万E出してもワンランク大きな家を、いや、もういっそ、2000万E出して最高級の家を買ってしまってもいいような気がしてきた。


 リンゴにも意見を尋ねると、


「…ん、どこでも」


 と実に力強い返答が返ってきた。

 まあリンゴの場合、どんな家にいても隅っこに座ってひたすらぼーっとしているような気がするし、広さとか設備とか、全く意味がないのかもしれない。


 なら、決めるのは俺ということになる。

 俺もそんなに家に対する希望がある訳ではないが……。


「もう、この際だ! 一番高い家に決めちゃおう!」


 俺のやけくそ気味な気合の声と共に、俺たちの自宅が決定したのだった。




 家の購入や引き渡しには問題は起こらなかった。

 2000万Eを一括で払い、代わりに家の所持者として登録して、鍵を譲り受ける。

 俺とリンゴは家に入居者登録をしたので、家に入ったりする分には鍵なんて要らないのだが、それはむしろ、入居者同士の間で使う物らしい。

 今の所は必要性は感じないが、その辺りは後で話し合わないといけないかもしれない。


 しかしとりあえず、今はこの家である。

 2000万Eという大金を出して買ったこの家は、王城の近く、つまり王都の中心、一等地に建てられた大豪邸だ。


 馬鹿みたいな高値がついているこの家だが、ゲームではかなりの数のプレイヤーが購入し、その情報がネットに流れることも多かった。

 評判は上々で、辛口の意見が多いネットにおいても、『とにかく凄い場所』と絶賛されていた。


 それも、実際にその家を目にしてみると納得出来る。

 敷地面積なんかは分からないが、無駄に広いのに三階建て。

 中には20以上の寝室と、馬鹿広い食堂にプールに浴場、それに各種の生産用施設などが詰まっているそうだ。


 そんなに豪華だと盗難なんかも心配になってくるが、この家はセキュリティも完璧以上で、侵入者撃退用のトラップや、泥棒ホイホイ、アイテムの持ち出しを禁じる仕掛けなんかもあるという話である。

 ゲームが現実になってしまったこの世界。

 安心して暮らせるというのはゲームの時以上に重要なことだと思う。



 だが、本当に驚いたのは、建物の中に入ってからだった。

 まず、施設の装置を動かすための動力として、入り口のクリスタルに魔力、つまりエレメントを込める。

 これで照明をはじめとした各種の設備が動き始めたはずだ。


「それじゃ、最初は二人で開けようか」


 それからリンゴと呼吸を合わせ、同時に正面の扉に手を触れる。

 俺たちを家の正当な持ち主だと認識したその両開きの扉が、ゆっくりと開いていく。


「んなっ…!」


 その奥に見えた光景に、俺は口を半開きにした。

 扉を開けた途端、いきなり視界に人工の泉と噴水が飛び込んできたのだ。


「す、すごい……」


 思わず、そんな言葉が漏れた。

 何が凄いって、噴水の大きさの割に泉の大きさが足りないので、周りの床がびしょびしょになっているのが凄い。

 俺は家に入り、あわてて噴水を止めた。


 ――中に入って一歩目からの『猫耳猫』クオリティに、ワクワクが止まらない!


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