第五十五章 凱旋
「まさか、あんたらだけであのデカブツを倒しちまうなんてな」
紙がなんちゃらとかあれやこれややっている内に、ライデンが起きてきた。
傷も自分のポーションで治したようで、思ったよりも元気そうだ。
「色々と話をしたいとこだが、ここはまだ危ない。
さっさと街に戻ろうぜ」
大量発生が終わったということは、普通のモンスターが湧きだしてくるということでもある。
ライデンの言葉を受け、俺たちはそそくさとブッチャーのドロップを片付けて、街に戻ることにした。
さて、そのドロップアイテムだが、まず『肉切り包丁』はリンゴと二人で苦労して鞄の中に入れた。
何しろレベル150ダンジョンのボスモンスターが持つユニークアイテムだ。
いや、バグを使えば何本も手に入るので正確にはユニークではないのだが、ユニーク扱いの武器だ。
分類も補正が高い大剣で、素の攻撃力も抜群なのだが、一つだけ問題があった。
――この『肉切り包丁』、なんと重さが66もあるのだ。
それは標準的な剣の約6倍、俺の不知火の約8倍、ヒサメの月影の実に33倍の重さに相当する。
最後のだけは参考にならないにしても、もはや鉄塊とかに改名すればいいんじゃないかと思えるほどの重量だ。
それだけ重ければまともに扱えるはずはない。
言っちゃ悪いが、完全にネタ武器だった。
ブッチャーさんどんだけ力持ちなんだよという話である。
もう一つのドロップアイテム、『パワーシード』も使うかどうか迷ったが、結局は俺の鞄に入れた。
パワーシードは文字通り、食べると力が湧いてくる不思議な種で、筋力を永続的に上昇させる効果がある。
ブッチャーに限らず一度しか倒せないボスは何かしらのシードを必ず落とすのでそこまでレアという訳ではないが、やはりドーピングアイテムにはゲーマーを引き付ける妙なロマンがある。
ただ、シード系アイテムのステータス上昇値は微々たるもので、平原の至る所にブッチャーが湧いた旧バージョンにおいても、一日中ブッチャーを殺しまくってかき集めて一人にまとめて使ってようやく少し効果が出るかな、という程度らしい。
身も蓋もないことを言うと、正直レベルを上げた方がずっと早い。
こんな物を今一個だけ使っても効果は期待出来ないので、とりあえず鞄の肥やしにすることにした。
討伐大会の発表は大量発生から1時間後なのでまだ時間に余裕があるが、モンスターの相手をしながらきちんと街まで戻れるか、実はちょっとだけ不安だった。
だから護衛みたいなことを頼むのも視野に入れ、ライデンと一緒に三人で帰り始めたのだが、正直な所、その心配は全くの杞憂だった。
「あのお嬢さん、すげえな……」
モンスターが近寄ってきた傍から、リンゴが雷撃で片付けてしまうのだ。
ライデンに手の内を見せることは若干抵抗があったが、ライデンにはブッチャーを倒したことも、ゴールデンを90匹近く倒したことも、両方知られてしまっている。
雷撃も連射さえしなければ単なる珍しい魔法にしか見えないし、それなりにこちらの手の内をさらした方が逆に疑われないだろうと判断した。
黄金桜はリンゴに渡しているので俺が持っているのは回収した脇差だが、指輪の力で4倍になったアサシンレイジの攻撃力なら、ゴールデンやヒサメのような属性耐性持ち以外は問題なく倒せるはずだ。
俺が戦うという選択肢もあったはずだが、リンゴが俺が近付く暇を与えずに全部倒してしまうので仕方がない。
俺とライデンはのんびりと、リンゴのあとをついて街に向かって歩いていた。
道中、お互いの自己紹介などの当たり障りのない話をしながら街に向かっていたのだが、やがてライデンが少し険しい顔をしてこう話を切り出した。
「……あんたとオレは、命を懸けて同じ敵と戦った。
だからオレは、あんたを戦友だと思ってる」
「いや、それは……」
ブッチャーを出した原因がこちらにある以上、俺には負い目があった。
それに、一度は逃げ出したということも俺の口を重くさせる。
しかし、そんなことは関係ないとばかりにライデンは首を振って、話を続けた。
「戦友に無用な隠し事はしたくないから言うが、オレはあんたとブッチャーの戦い、実は少しだけ見ていた。
最後の最後、あんたがあの巨人を倒す所だけ、だけどな」
「俺の戦いを…?」
ライデンは重々しくうなずく。
話によると、ライデンが目覚めたのはブッチャーにリンゴが吹き飛ばされた辺り。
その時身体は動かなかったものの、俺がブッチャーに向かっていくのははっきり見ていたそうだ。
「姫さんがあんたを気にしていると知った時、オレはようやく姫さんにも春が来たのかと思った。
実際にあんたを見て、大して強くもなさそうだと思った時なんて、余計にな。
……しかし、それは違った」
ライデンの目が、こちらに向く。
そこには、ブッチャーに相対していた時のような、鋭い輝きがあった。
「いや、違うかどうかは分からないが、少なくとも姫さんがあんたに興味を持ったのは決して惚れた腫れたってだけの理由じゃないことは分かった。
あいつを倒した時のあんたの奇妙な動き、それから、あのデカブツを葬ったおかしな技。
どっちも、オレが今まで見たことがない物だった。
『奇剣使い』と姫さんが言った意味が、なんとなく分かるような気がしたよ」
どうやらヒサメは、『奇剣使い』というあだ名を王国中に触れ回るつもりらしい。
ある意味効果的な復讐だった。
色々と抗議したい所ではあるが、とりあえずそれは忘れることにして、一応ライデンに釘を刺す。
「出来れば、戦い方についてはあまり知られたくはないんだが……」
「分かってる。あんたは戦友だって言ったろ?
戦友を裏切るようなことはしない」
「……助かるよ」
なんというか、当て馬キャラはどこ行ったってくらいのナイスガイだ。
だが、ナイスガイの言葉はそこで終わりではなかった。
「とはいえ、本当に強い者は遅かれ早かれ人々の注目を浴びる。
『奇剣使い』の噂が王国中に広がるのは、そう遠くない未来だろうがな」
「勘弁してくれ」
もし本当にこれがヒサメの嫌がらせなら、それは大成功を収めていると言えよう。
俺がげんなりしていると、そこでようやく街の門が見えてきた。
「やっと戻ってこれたな」
出発してからまだ2時間しか経っていないはずだが、何だか無性に懐かしく感じる。
少し先行していたリンゴと合流し、三人で門をくぐる。
「さて、オレは広場で仲間と合流するが、あんたらはどうする?」
門を抜けると、一気に人々の喧騒が辺りに満ちる。
平原にいた時よりも心持ち大きな声で、ライデンがそう尋ねてきた。
俺も同じくらいの音量で返す。
「俺たちも広場までは一緒に行く。
そこからすぐに報告しに行くつもりだから、そこで解散だな」
通常、依頼はバウンティハンターギルドのカウンターに直接届けるものだが、討伐大会だけは特別イベントなので別扱い。
街の中央広場で討伐報告と発表が行われるのだ。
特に大会のポイント上位三名については特設ステージに呼ばれ、そこで討伐数と納品数、総報酬額が読み上げられ、たくさんの人間の前で誰が優勝か明かされるという演出がなされていたはずだ。
それはライデンも当然分かっているようで、ここからでも見える大きなステージを見て、言った。
「ま、解散って言っても発表の時にすぐに会うことになるだろうがね。
姫さんがやりすぎたせいで、今回の大会は討伐数が偏ってる。
姫さんとあんた、それにオレのチームで1、2、3位は確定だろう」
「へぇ、そうなのか」
本当だとしたらそれはいいニュースだ。
思わず顔をほころばせる俺に、ライデンがにやりと笑って言う。
「あんたは戦友だが、勝負となれば手加減はしない。
オレたちも全力で勝ちに行かせてもらうぜ」
「受けて立つよ、って言いたい所だけど、もう大量発生は終わっただろ?」
倒すべき敵もいないのに、ここから全力を出してもしょうがない。
俺がそう返すと、ライデンは苦笑した。
「…そうかもしれないな。
まあ、単純に心構えの問題だと……おっと、仲間が迎えに来てくれたようだ」
途中で言葉を切ったライデンの視線の先には、いかにもやり手そうな男女の二人組がいて、こちらを見つめていた。
あれがライデンの仲間なのだろう。
「じゃあ、また壇上で会おう!」
「ああ。またな!」
元気よく挨拶してそちらに歩いていくライデンを、リンゴと二人で見送る。
「……また壇上で、か」
ライデンは手加減しないなんて言っていたが、悪いが俺たちの2位以上は確定だろう。
最後の2匹は取り逃したものの、俺たちは最終的に74匹ものゴールデンを首尾よく討ち取ることに成功した。
ヒサメには勝てないかもしれないが、それ以外の相手に負けるとは思えない。
それに、ライデンは確か、『オレは21匹倒した』と言っていた。
それで3位だというのなら、他の参加者についても警戒する必要はないことになる。
(ん…?)
なんとなく違和感を覚えたが、俺は首を振って現実に意識を戻した。
何かおかしな所を見つけたような気がしたが、ことさらに気にかけるほどのことではないだろう。
「それじゃ、俺たちも行こうか」
「……ん」
今まで黙ってついてきたリンゴにそうやって振ると、リンゴは小さく返事をしてくれた。
人見知りしているのかなんなのか、リンゴは他の人がいると本当にしゃべらない。
いや、よく考えれば俺と二人きりの時でもあまりしゃべらないので、大して変わらないのかもしれないが。
「ここか」
討伐大会の報告は専用のテントで行われ、外から見えないようになっている。
まだ30分ほど時間の余裕があるが、早いに越したことはないだろう。
そう思って報告用のテントに近付くと、今度は見覚えのない若者が歩み寄ってきた。
「よぅ! こんな時間まで粘るなんて、あんたらずいぶん頑張ったんだな」
やけに親しげに話しかけてくる。
服装から向こうも冒険者だと分かるが、明らかにこの世界では初対面で、その証拠に名前を思い出せない。
が、確か仲間にもなる冒険者として『猫耳猫』のゲームにも出てきていたはずだ。
「ああ。まあね」
たぶんそっちが想像した100倍以上頑張った、と言いたい所だが、それは単なる八つ当たりだろう。
同業者とは仲良くしておくべきだ。
俺は無難にそう答えた。
若者の軽薄な笑みが深くなる。
「そっかそっか。頑張るってのはいいことだよな。
……ところでよ。あんたが一緒に歩いてたのって、ライデンさんだよな?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
たぶんこちらが本題だったのだろう。
その若い冒険者が声をひそめて切り出してきた言葉を、あえて普通のトーンの声で返す。
しかし、その冒険者が気にした様子はない。
むしろ悪だくみでもしているようにもっとわざとらしく声をひそめ、
「やっぱりか。……で、いくらもらったんだ?」
「は?」
訳の分からないことを訊いてきた。
いきなり何を言っているのだろうかこいつは。
そんな風に思ったのだが、そいつは俺の反応をまるっきり無視して、もどかしそうに言った。
「だから、金貨の話だよ。買い取ってもらったんだろ?
俺はライデンさんの仲間に3割増しで買い取ってもらったんだけど、他の人が一体いくら上乗せしてもらったのか、どうしても気になってさぁ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
何の話をしているのだか、分からない。
分からないが、どうもこの話は俺にとってあまりいい話ではないような気がした。
(そういえば……)
そして、同時に思い出す事実がある。
今『ライデンさんの仲間』という言葉を聞いたことで、さっきの違和感の正体が分かったのだ。
ゴールデンの討伐数の話題になった時、ライデンは『ちなみにオレは21匹やったぜ!』と先回りするように自分の討伐数を話していた。
しかし、仲間とチームを組んで一緒に倒したのなら、『オレは』なんて言い方をするだろうか。
――だとしたら、ライデンの21匹という記録は、『ライデンのチーム全体の討伐数』ではなく、『ライデン個人の討伐数』だという可能性が出て来る。
そもそも、ライデンは自分の戦果を自慢げに話し出すような人間ではない。
それが訊かれてもいない自分の討伐数を話し始めたことからして、既に怪しい。
もし俺の考えが正しいとしたら、ライデン、とんでもない食わせ者である。
(なるほど。茶飲みだけに一杯食わされたってことか)
ちょっとうまいことを考えながらも、俺は緩みかけていた気を引き締める。
この世界は、ゲームであってゲームではない。
これから俺が競わなければいけないのは、プログラムだけで動く人形ではない。
知識もあれば知恵もある、生身の人間なのだ。
「な、なぁ。だから、一体いくらで……」
「悪いけど、そういう質問なら他を当たってくれ。
じゃ、俺たちはここに用があるから」
さらに食い下がろうとする若い冒険者を躱して、リンゴと一緒にテントの中に入る。
テントの中には、バウンティハンターギルドの職員と思しき人が待ち構えていた。
「討伐大会参加者の方ですね。
お待ちしていました。
では、討伐用クリスタルと納品アイテムをこちらに」
未曾有の盛り上がりを見せたこの討伐大会も、あとは結果発表を残すのみ。
『ゴールデンはぐれノライム討伐大会』、いよいよ大詰めである。