第四章 ラインハルトという漢
盗賊を身動き出来ないように拘束した後(そのまま町の衛兵に突き出すらしい)、親切なリザードマンの商人さんが、
「マチマデ、イッショニ、ノッテイカナイカ?」
と訊いてくれたので、これは渡りに船とばかりに同行させてもらった。
いや、まあ、そうくるだろうと思ってたけどね。
これは既定路線。
スタートイベントからのゲーム進行と同じ流れだ。
ただ、この世界がゲームでなくなってから……いや、ちょっと違うか。
このゲームそっくりな世界に入ってきてから、NPCだった人たちの行動についてはゲーム通りだと思わない方がいいとは考えている。
少なくとも女盗賊に真っ先にプレイヤーを狙ったり、ステップ後の硬直で敵を仕留めるなんて思考パターンは組まれていなかったはずだ。
イベントと無関係な時にはゲームと全く違う行動を取ると考えた方がいいだろうし、イベント時にだってゲームと同じような反応を示してくれるとは限らない。
NPCだとかゲームキャラクターなんていう考え方は捨てて、普通の人間と接していると考えた方がいいだろう。
そんなことを考えながら馬車に同乗させてもらうと、さっき声をかけてくれたリザードマンが俺の隣に座った。
「アリガトウ。オカゲデ、タスカッタ」
リザードマン特有のかすれた聞き取りにくい声でそう言ってくる。
さっきのイベントでも、本来なら「テツダッテクレ」と呼びかけてくるのだが、俺も最初プレイした時は威嚇音を出されたのかと思って斬りかかってしまった。
聞き取るのは正直骨だが、ゲームで慣れたので今では問題はない。
「いえ、困った時はお互い様ですから」
当たり障りのない言葉で返す。
すると、そのリザードマンは心なしか声をひそめて訊いてくる。
「シカシ、サッキノ、タタカイハ、スゴカッタ。
アレハ、ドレガホントウノ、スキル、ダッタンダ?」
続く言葉に、一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐに理解した。
つまり目の前のリザードマンは、俺がスキルを使ったフリをしたのだと考えているのだ。
ある意味では合理的な思考だ。
思い返せば、ゲーム内のNPCはスキルをキャンセルして使ってくることはなかった。
であれば、スキルを連続で使用出来ないというのはこの世界の常識なのだろう。
だから俺がスキルを使ったのではなく、スキルと似た動きを生身で再現した、と考えているのだ。
確かにそういう戦術があってもおかしくはない。
例えば「ステップ」と叫びながら後ろに跳べば、相手は技後硬直を狙って攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
そこで本当にスキルを使ってもいいし、普通に反撃してもいい。
どちらにせよスキル後の硬直で動けないだろうと油断した相手を襲えば、勝つことも容易だろう。
もちろん実際にはスキルを連続で使っただけなのだが、この勘違いを利用させてもらうことにした。
「すみません。あれ、俺の奥の手なんです。
種が分かっちゃうとまずいので、他の人には秘密にしてもらえませんか?」
ゲーム内でもNPCと対決することはあったが、どいつもこいつも強敵揃いだった記憶がある。
そいつらに何とか勝てたのは、死んでも無限にチャレンジ出来たことと、俺がスキルのキャンセルを初めとしたゲームの技を知っていたからだ。
まあスキルのキャンセルはそれなりに難易度の高いテクニックで、しかもその根底にはVR空間特有の操作に慣れている現代人の感覚が絶対条件として存在している。
この世界の人間が簡単に使いこなせるとも思えないが、とりあえず方針が定まるまでは秘匿することにした。
「フム、ソウカ。
イヤ、アンシン、シテクレテ、イイ。
オンジンヲ、コマラセル、ツモリハナイ」
俺の嘘はついていないけど限りなくグレーなその言葉に、リザードマンの商人は気前よくうなずいてくれた。
ちょっと罪悪感だが、仕方がない。
その後、お互いに軽く自己紹介をした。
俺と話をしていたリザードマンが一行のリーダー格で、名前はラインハルトと言うらしい。
めちゃくちゃかっこいい名前だった。
さっぱりした性格といい、かっこいい名前といい、もしやこの人、リザードマン界ではイケメンなんじゃないだろうか。
いや、残念ながらリザードマンの顔なんて正直あんまり見分けがつかないのだが。
言い忘れていたが、『New Communicate Online』ではたくさんの亜人が普通に人間と一緒に生活していて、リザードマンなんかはその筆頭だ。
その背景についてはゲーム内でも説明書などでも全く補足説明はないが、まあそれが『猫耳猫』クオリティ。
そういう世界観なんだなと俺は既に割り切った。
ちなみに、リザードマンの他にも獣人とか魔族とかが普通にいて、しかもうまくデザインされているのに、なぜかプレイヤーがキャラメイク出来るのは人間だけ。
まあ、頭に猫耳つけただけの猫耳族(?)ならいくらでも作れるのだが。
ちなみに自キャラの外見は『New Communicate Online』本体ではなくて、付属でついてくる専用のキャラメイクソフトで好きなようにカスタマイズ出来る……ことになっている。
実際にはリアルでの自分の外見データをほぼそのまま使うことしか出来ず、実質やれるのは肌や髪の色を変えるか猫耳つけるかの二択しかないという残念なソフトなので、俺は使わなかった。
つまり俺の外見はリアルのまま、ということになるのだが、ゲームの性質上、洋風なキャラクターが多いここでは、俺は人種的にこの国の人間には見えないらしい。
ラインハルトにはその辺りをやんわりと突っ込まれた。
それをリザードマンが言うなよとか思ったが、俺は素直に自分がこの辺りの出身ではないことを明かし、ゲームの設定を思い出して、冒険者を目指してこの町まで旅をしてきたとも付け加えた。
ちなみにゲームではこう言うと向こうから「町を案内する」と提案してくれるのだが、そう都合よくはいかないだろう。
ラインハルトと話をしていてはっきりと感じた。
やはりこの世界の住人は、ゲームのキャラクターではない。
自由意志を持った、本物の人間なのだ。
とまあ、そういう覚悟でいたのだが、そこからの流れはゲームとほぼ一致した。
このイベントは要は町のチュートリアルであり、助けたリザードマンに同行すると町の施設を案内してくれるのだが、この世界でもラインハルトは俺にラムリックの町を案内してくれた。
もちろんゲームで町の施設は知り尽くしているのだが、いちいち店に入って俺のことを紹介してくれたのがありがたかった。
ゲームだった時ならともかく、ほぼ現実の世界であるここでは店員もリアルだ。
初めてだと入りにくい店なんかもあったが、紹介してもらったおかげでその心配もなくなった。
最後に宿屋のチェックインまで手伝ってもらって、そこで握手をして別れた。
ゲーム世界では名前すら聞かなかった相手だが、実にいい人だ。
再会を約束して、去っていくラインハルトたちを手を振って見送った。
「さて、と」
このまま宿に戻って眠ってもいいのだが、町を歩いていて一ヶ所だけ、どうしても気になった場所があった。
どうせもう宿の部屋は取ってある。
もう一頑張りしても構わないだろう。
外はもういい感じに暗くなっている。
別に後ろ暗いことをする訳ではないが、これからすることを考えると、このくらいの時間帯に行動を起こすのがいいだろう。
「よし!」
俺は一つうなずくと、薄闇の中を歩き出した。