第二十一章 ぼっちの輪舞曲
「その、やっぱり一人で冒険だとどうしても気が抜けませんから、いつもびくびくしてるんです。
特に地図に載ってない隠し部屋なんかを見つけた時なんて、普通だったら喜ぶところだと思うんですけど、何か間違ったかと不安になって……」
「あーあるある! そういうことあるよ!
俺も大学の人ゴミで一人で食事するのはあれだから、穴場っぽい日当たりのいい外階段とかでパン食べたりしてたけど、なんか無駄に後ろめたい気分になるんだよな!
何も悪いことしてないはずなのに、近くで人の話し声とか聞こえると反射的に隠れちゃったりして!」
「え、えと、そう……ですね?」
「あ、あとわたし、ソロで冒険してる割にはうまくやってると思うんですけど、ほかの冒険者の人がわたしをどう思ってるのかとか考えるとどうしても落ち着かなくて……」
「あー分かる分かる! 分かるよその気持ち!
俺も友達いないから授業はずっと最前列で、そのおかげで成績はいいし教授の受けとかは悪くないけど、やっぱ周りの目とか気になるよな!
後ろで女の子グループが話してる声が聞こえると、そんなはずないのに自分の陰口言ってるのかと思って聞き耳立てちゃうし!」
「え、えと、それはちょっと違うような……」
「そ、それに、時々酒場とかで冒険の成功をみんなで祝い合ったりするのを見ると、やっぱり羨ましくなっちゃいます。
お互いに名前で呼び合って親密そうだし、わたしもあんな風に、って感じで……」
「あーうん、お祝い系は基本だよね!
一年の必修クラスで一番の人気者の子が、同じ授業の奴ら全員に飲み会の誘いかけてた時のこと思い出すよ!
他のみんなは名前呼びなのになぜか俺だけ名字呼びで、『相良君は飲み会、やっぱり不参加でいいんだよね?』って訊いてきたんだよな!
あれ、何で断るの前提、っていうか、もしかして参加するなって圧力かけてるの、とかって思っちゃうよね!
いや、うん、まあ、どうせ行かないし、一応尋ねてくれただけありがたいとは思うんだけどね……けどね……」
「え、えと、元気出してください…?」
という感じで、トレインちゃんとぼっちトークで盛り上がった。
まあ俺自身、言うほどぼっちを苦にしてなかったというか、文句を言いつつそれなりにぼっちライフを楽しんでいたので大学での面白ネタを話しているノリだったのだが、話をしている内になぜだか相談してきたはずのトレインちゃんに、
「ソーマさんも、つらかったんですね」
と慰められた。
……あれ?
ともあれ、いいこともあった。
トレインちゃんと話す時は、心持ち強面系のキャラを作って話すように心掛けていたのだが、彼女の衝撃の告白からしばらく、俺はすっかりいつもの調子で彼女と話すようになっていた。
そのおかげで彼女とは結構打ち解け、その結果、なんとなく彼女のぼっちの原因も分かったような気がした。
――恐らくではあるが、トレインちゃんに友達が出来ないのは、ゲームの設定のせいではないかと思うのだ。
この世界は、ゲームにも現実にも成り切れていない不思議な場所だ。
現実と変わらないリアルな世界を作ろうとしながらも、ゲームの設定も忠実に守ろうとしている。
『リアル』志向と『ゲーム』志向。
この二つの意思がぶつかり合って奇妙に混ざり合ったのが、この世界という訳だ。
この世界の人たちは、通常時においてはゲームの住人というよりは現実の人間のように、『リアル』にふるまっていると思う。
実際ラインハルトさんだってトレインちゃんだって、この前のマリエールさんだって、ゲームではやらなかった行動をしている。
しかし一方で、ラインハルトさんはゲームと同じように町を案内してくれたし、マリエールさんは懺悔室を使わせてくれた。
特に、トレインちゃんの魔物トレインイベントについては、これは単なる偶然としては片付けられないほど不自然に、『ゲーム』そっくりの出来事が起こっていた。
つまり、日常においてはある程度『ゲーム』っぽさを無視してでも『リアル』であるように世界は動くが、逆にゲームイベントに関することでは、多少『リアル』から離れていても『ゲーム』と同じように事態が動くように、何らかの強制力が働いていると考えることが出来る。
で、その上でトレインちゃんのイベントを考えてみよう。
ゲーム内でのトレインちゃんの魔物トレインイベントの時、トレインちゃんは必ず一人だったし、事情の説明でも仲間がやられたなんて話は全くなかった。
と、いうことは、である。
ゲームのイベントを再現するためには、トレインちゃんに仲間がいては困るのだ。
つまり、俺の考えが正しいとするなら……。
――トレインちゃんは一生ぼっちを貫かなくてはいけない、孤高の
それを確かめるべくいくつかの質問をすると、やはりトレインちゃん、他人と普通に話をする分には大丈夫らしい。
しかし、特にパーティを組むみたいな話に持っていこうとすると、ちょっとありえないレベルの妨害が入ってうまくいかなくなってしまうそうだ。
「事情は大体分かった、かな」
俺が大きくうなずくと、トレインちゃんが期待に満ちた顔をして俺を見る。
「じゃ、じゃあ」
「うん。……俺じゃ、あんまり力にはなれそうにないな」
「そうですか、よかっ――ええぇ?!」
あいかわらずいいリアクションだった。
しかし、ここまで来てトレインちゃんを助けたくないという訳でもない。
何しろぼっち仲間であるし、もういっそ手助けした方が面倒がない気がするからだ。
「まあ、考えてもみてくれ。
たぶん一番いいのは、俺が君の仲間作りに協力してあげることだが、これは出来ない」
「ど、どうしてですか?」
どうしてか?
そんなの決まってる。
トレインちゃんの体質がどうとか言う以前に……。
「俺もぼっちだからだ!」
「あ、はい……なんかすみません」
謝るなよ!
なんか悲しくなるから!
「で、でも、だったら素直にソーマさんがわたしと、と、友達、になってくれたら……」
何で友達でそんなにどもる!
どんだけぼっちレベル高いんだよ、と思いながら、俺は首を横に振った。
ゲームでもプレイヤーならトレインちゃんを仲間に出来た訳で、そう考えると俺が彼女の友達になってあげるというのは最も単純な解決法と言える。
しかしそれは、根本的な解決にはならない。
なぜなら……。
「俺は近い内にこの町を出て王都に行くつもりなんだ。
だから君とはそんなに長く一緒にいられない」
「だったらわたしも一緒に……」
「王都の近くの敵は最低でも50レベル以上だぞ。
それに確か、この町に病気の母親がいるんだろ?
母親を置いていけるのか?」
「う……」
彼女が冒険者になったのも、その病気の母親のためだったはずだ。
それに……ゲームのトレインちゃんが自力でラムリックの町を離れたことはない。
トレインちゃんを王都に連れて行くことは出来ないと考えた方がいいだろう。
「だから……」
うつむいて意気消沈している様子のトレインちゃんに、俺は言った。
「だから俺には、君をソロでも冒険者としてやっていけるように鍛えることしか出来ない」
「…え?」
顔を上げてきょとんとするトレインちゃんに、かみ砕くようにもう一度伝える。
「俺は、他の人が知らないことを色々知ってるんだ。
たぶん、君をぼっちから救ってあげられなくても、ぼっちでもやっていけるように強くすることは出来ると思う」
「ソーマさん……」
トレインちゃんの目が潤んでいた。
俺は慌てて言い添えた。
「も、もちろん、こっちが一方的に教えるだけじゃない。
見返りとして、俺が知らないことを教えてもらったり、ちょっとした実験に協力してもらうつもりだから……」
「大丈夫です!
わたし、何でもやります!
もうなんだったら今からでもやります!!」
立ち上がったトレインちゃんが、俺の両手を取った。
何か仲間が出来た嬉しさのあまり暴走しているっぽい。
「あー、いや、別にそんなに急を要することでは……」
その勢いに腰を引かせながらそう言ったのだが、トレインちゃんがそれを許さない。
「大丈夫です!
わたし頑張りますから、何でも言ってください!!」
キラキラとした目で俺を見てくる。
この調子では本当に何でもやりそうだ。
まあもちろん、俺はそんな無茶なことを要求するつもりはないが、もし俺が悪人とかだったらどうするつもりなのか。
(仕方ないな……)
このままでは収まりがつかないだろう。
別に今すぐである必要などないのだが、一番簡単そうな実験をやってもらうことにした。
「――じゃあとりあえず、両手両足縛るから何時間か草原に転がっといてくれる?」
「はい?」