第十八章 出来ること
ゲーム生活三日目。
爽やかな朝だった。
昨日はかなりの重労働をした記憶があるが、ゲーム世界の仕様なのか、疲れは全く残っていない。
俺はご機嫌な気分で部屋のドアを開けて、
「おはようございます、ソーマさん!
あの、昨夜一晩考えたんですけど、ソーマさんのことを見極めるために今日からつきっきりで――ええぇ?!」
即座に踵を返して部屋の窓を開けて外に飛び出した。
地面に着地するとすぐに天覇を使って近くの建物の屋根に上り、ステップで屋根を渡って移動する。
我ながらほれぼれするような逃げっぷりだった。
ほんの十数秒で、あのトレインちゃんから完全に逃げ切ることに成功する。
「しまった…!」
いくらか距離を稼ぎ、地面に降り立ってから気付いた。
なんか反射的に逃げ出してしまったが、考えてみれば今日は店を回って買い物をする予定だった訳で、トレインちゃんを同行させても全く問題はなかった。
むしろ一度逃げ出したことで顔を合わせづらくなり、鉢合わせの可能性が高い、店の並んだ表通りなどには行き難くなってしまった。
完全に失策である。
しかし、部屋の扉を開けていきなり話し掛けられたりしたら、本能のレベルで逃げ出してしまうのが真のぼっちというモノではないだろうか。
「つまりこれが、ぼっちの
なんとなく厨二っぽくまとめてみたものの、あんまり自慢になることでもなかった。
それに俺のぼっちは大学に入って人付き合いよりゲームを優先した結果であるからして、結構歴史は浅い。
生涯抱えていく気もないし。
というか俺は起床の時間をいちいちあいつに教えたりはしていなかった訳で、だとするとトレインちゃんは恐らくずっと扉の前で待っていた訳で、それは普通に怖い。
何だか逃げて正解だったような気もしてきた。
第一、出会ってからなんとなく懐に入り込まれてばかりいる気がするが、今の所俺に仲間を増やすつもりはない。
今は出来る限り他人と距離を取りつつ、自己の強化に努めたいのだ。
これでトレインちゃんと距離が出来るなら、それは願ったり叶ったりだと言えるだろう。
そうやって気持ちを切り替えて、これからの予定を模索する。
やるべきことはたくさんあるが、何をするにしろとりあえずはトレインちゃんを回避する方向でやっていこう。
また前のように聞き込みをされた時のことを警戒し、俺は目立つミスリルの装備を外し、初心者装備を身に着けた。
これで俺を特定する要素は大分減ったはずだ。
しかし、フィールドに一定時間留まれば、自然とトレインちゃんを召喚してしまうことは既に分かっている。
本当に振り切るのが難しい奴だと思いはするが、今回に限ってはそれだって別に問題はない。
なぜなら、俺はしばらくこの町から出るつもりはないからだ。
――絶対ひきこもり宣言である。
なんて大袈裟に言ってはみたものの、要は武器の熟練度が上がるまではあまりキャラのレベルを上げたくないのだ。
俺が松明を使って武器熟練度を効率よく上げられるのは、俺のレベルが低いからだ。
レベルを下げる手段が現状存在しない以上、外で戦闘なんてしてこのメリットを潰すのは惜しい。
まあ240のレベル差が200に変わってもそこまで大きな違いはないかもしれないが、町で出来ることがあるのならことさらに頑張って外に行く必要もないだろう。
「……町で出来ること、か」
何気なく浮かんだ言葉を、繰り返す。
町で出来ることというフレーズで、鮮烈に頭に浮かぶ一つの光景があった。
『猫耳猫』のキャラクターの成長要素は大雑把に言えば三つ。
キャラレベル、武器熟練度、そしてスキル熟練度だ。
RPGなので当然だが、キャラクターのレベルはモンスターを倒して経験値を稼げば上がる。
モンスターの持つ経験値は、モンスターの種類ごとに決められた経験値倍率に、モンスターのレベルを掛けた物になる。
基本的に、ボスなどの強敵やレアなモンスターほど倍率が高く、雑魚ほど低く設定されているはずだが、そこは『猫耳猫』クオリティ。
この辺りの設定は適当なので、明確においしいモンスターや明らかに不毛なモンスターがいたりする。
また、HPのあるアイテムはこの経験値倍率が0になっているため、残念ながらいくら壊してもアイテムでレベル上げは出来ない。
経験値はトドメを刺した人間が総取りする仕様なので、そういう意味ではレベル上げにはアタッカーが断然有利だ。
逆にヒーラーはどれだけ献身的に仲間を回復しても一切経験値は入手出来ない最悪の不遇職となる。
もし『猫耳猫』がMMOだったら、パーティ組んだら全員アタッカー、なんていう悲劇がそこかしこで起こっていたに違いない。
『猫耳猫』がMMOにならなくて本当によかったと思う瞬間である。
少し話が逸れたが、今の所キャラレベルを上げるつもりはなく、武器熟練度上げについては松明さえあればいつでも出来るので、わざわざ町に出てやる必要はない。
そうなると、残るのは最後のスキル熟練度上げだけということになる。
スキル熟練度とは何かというと、ステップなどのスキルに個別に設定された熟練度だ。
スキルを使うと消費するスタミナゲージだが、これはレベルが上がっても上昇しない。
ならばスキルを連続して使える回数はどれだけ鍛えても同じなのかというと、そうではない。
ここで関係してくるのがスキル熟練度だ。
同じスキルを使い続ければスキル熟練度が上がっていき、熟練度に応じてスキルの性能は上がり、消費するスタミナの量は減っていく。
スタミナの最大値は同じでも、スキルで消費するスタミナの量が変わるため、ベテランプレイヤーは初心者プレイヤーより多くの回数、連続でスキルを発動することが可能になるのである。
そしてスキル熟練度の上がり方だが、これは一番単純で、『そのスキルを使った回数』がそのまま熟練度になる。
攻撃が当たったかとか、ダメージが入ったのかとか、相手のレベルが高いか低いかなどとは全く関係がない。
ボスに当てようがキャンセルしようが空撃ちしようが、とにかく使いさえすれば一律で1ずつ上がっていく。
実に単純明快なシステムである。
しかしだからこそ、一番抜け道の少ない分野でもある。
高レベルモンスターを倒して一気にレベルアップ、とか、高レベルアイテムを殴り続けて高速レベルアップ、なんて裏ワザが使えないのである。
それでも効率的にやろうと思うなら……。
「やっぱり『マリみて道場』に行くしかないか」
分かり切った結論を口に出して、重い息を吐く。
正直に言えば、『マリみて道場』は少し苦手なのだ。
対人コミュニケーション能力にとぼしく、更に言えば特殊な趣味もない俺にはあれは地味にハードルが高い。
特にあれを現実でやると考えると、それだけで胃が痛くなりそうである。
「でもまあ、行くだけ行ってみるか」
そうして俺は、進路を町の外れに向ける。
そっちには店は何もないが、古くて大きい、この町唯一の教会があった。