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第十一章 トレインちゃん

 たまに、RPGのレベル上げのシステムに奇妙なほどの憎悪を燃やす人間を見かけることがある。


「あのさ。素朴な疑問なんだけど、レベル上げて簡単にボスとか倒して楽しいの?

 戦い方とか装備とか工夫したり、うまく勝てたり時々負けたりするのがゲームの面白さなんじゃないの?

 何で作業みたいなつまんないことに時間かけてまでわざわざゲームをつまらなくすんの?

 悪口とかじゃなくて、純粋に意味分かんないんだけど」


 うるせえよこっちは俺TUEEしたいんだよそんなに言うならお前はレベルとかないゲームやっとけよ、と俺なんかは言いたくなるが、こういうことを考えている人間を俺はまた発見してしまった。



 ――何を隠そう、『猫耳猫』の製作者である。



 じゃあ何でお前ら、わざわざレベル制のRPGなんて作ったんだよ!

 悪口とかじゃなくて、純粋に意味分かんないんだけど!!




 ……さて。

 ファンタジー系のSLG、あるいはSRPGと言われるようなゲームには、同じマップで延々とレベル上げなどをしていると、明らかに通常プレイでは倒せないような強敵が出て来てプレイヤーチームを惨殺し始めることがある。

 お前らこんなとこで立ち止まってないでさっさと先に進め、という制作陣からのメッセージな訳だ。


 ただ、大抵はレベル上げ込みでバランス調整がされていて、あるいはレベル上げという行為が楽しみの一つと認識されているRPGというジャンルにおいて、そのようなプレイヤーを急かすような敵が出て来ることはまずない。

 しかし、『猫耳猫』は違った。


 単純作業によるレベル上げは悪だとばかりに、序盤でレベル上げをするプレイヤーの許には必ず死神が訪れるのである。

 正確にはラムリック周辺のマップで長時間のレベル上げをしていると、奴がやって来るのだ。

 『リザードマンの罠』に続く『猫耳猫』からの第二の刺客、通称『トレインちゃん』が!



 『トレインちゃん』という名前を見た時、勘の良い人、あるいはMMORPGの経験が長い人はすぐにピンと来る。

 なるほど、MPKか、と。


 MPKとは『モンスター・プレイヤー・キル』、もしくは『モンスター・プレイヤー・キラー』の略で、モンスターをたくさん引き連れて他のプレイヤーになすりつけて殺すこと、あるいはそういう行為を行う人のことを指し、大量のモンスターを引き連れることから『トレイン』という別名を持つ。

 実際、この『猫耳猫』の『トレインちゃん』とは、MPKを行うNPCの呼び名である。


 そして、それを知った大抵のプレイヤーはこんな風に考える。


 MPKとは物騒だな。

 事前に知っておいてよかった。

 でも町の近くでしか戦わないし、そういう奴が出てきたら急いで逃げれば平気だろう。


 しかし、この考えは甘い。

 はっきり言って、甘すぎる。

 そんな中途半端な考えでは『猫耳猫』開発スタッフの悪意から逃れるなんて到底かなわない。


 そういう見通しの甘い人間に対して、トレインちゃんを実際に見たプレイヤーが頻繁に口にする言葉がある。

 すなわち……。


 ――『トレインちゃん』からは、逃げられない!!





 砂煙がどんどんと近付くにつれ、明確になっていくモンスターの大群に追われて先頭を走る少女の姿と、



「たぁすけぇて、くぅだぁさぁああああい!!」



 彼女の叫びを聞いて、俺ははぁっと大きく嘆息した。



 ――『リザードマンの罠』以上に悪辣と言われる『トレインちゃん』だが、このイベントの悪質さは、本人が悪質でない所にある。


 モンスターを引き連れながら逃げている時のトレインちゃんの逃げっぷりは見事の一言で、チート級の素早さとスタミナ、それに後ろに目がついているのではと言いたくなるような回避のテクニックを持ち、どんな敵からも逃げてみせる。

 逃亡中のトレインちゃんが殺されたという話はほとんど聞かず、その数少ない目撃報告もバグ関連だけだった。


 これならわざわざ助けなくてもいいんじゃないかなと見ている者は思うだろう。

 しかし、その優れた逃亡技術は、自分を助けてくれそうな人間、つまりプレイヤーと遭遇した途端に失われてしまうのだ。

 彼女の逃げテクはある種の火事場の馬鹿力であり、誰かに会って安心した瞬間に気が抜けて満足に動けなくなってしまう、という設定らしい。


 ―ーそれはつまり、彼女を見捨ててプレイヤーが逃げれば、彼女は確実にモンスターに殺されてしまう、という事実を意味する。



 彼女が真に悪質なMPK、わざとモンスターを引き連れてプレイヤーを殺そうとする人間だったなら、見捨てることは容易だっただろう。

 だが、トレインちゃん自身にはMPKの自覚などない。

 それどころか、プレイヤーさえ存在しなければ特別な所など何もない彼女がMPKなど起こすはずもない。

 彼女は必死になって優秀な冒険者になろうとしているただの駆け出し冒険者で、なぜかプレイヤーが長時間フィールドでレベル上げした時だけ『偶然』、大量のモンスターに囲まれてやむを得ず逃げ出すことになってしまう被害者なのだ。

 むしろこのMPKイベントを何度か乗り切ると、こんなにプレイヤーに迷惑をかけるなら冒険者なんてやめてしまおうか、と悩み出すレベルの善人である。


 また、彼女は絶対にプレイヤーを見捨てない。

 一人だけ先に逃げてくれ、あるいは町に行って助けを呼んできてくれ、と頼んでも、


「あなたを置いて先になんて行けません!」


 と主張して、頑として動こうとしない。



 故に、プレイヤーに残された手段は二つ。

 後味の悪さを覚悟してトレインちゃんを囮にして逃げ出すか、苦戦を覚悟でトレインちゃんを守りながら戦うか、その二択だけだ。


 前者を選んだ場合、その場を切り抜けることは造作もない。

 トレインちゃんが連れてくるのは足の速いモンスターの場合が多いが、攻撃をしかけない限り全てのモンスターはトレインちゃんをターゲットにしている。

 また、相手がトレインちゃんの場合に限って、モンスターは相手をすぐに殺さず、じわじわといたぶりながら殺すようにプログラムされている。

 トレインちゃんが泣きながら助けを呼ぶ声と、その声がどんどん弱々しくなって、最後に「ごめんね、おかあさん……」なんてつぶやくのを無視出来るのなら、こんなに簡単なことはない。


 もちろん普通の神経の人間がそんな苦行に耐えられるはずないので、ほとんどの人間はすぐにリセットボタンを連打するか、生き延びた代償として精神的に大きな傷を負う羽目になる。


 ――『トレインちゃん』からは逃げられない、と言われる所以である。



 では仮に、戦うことを選んだ場合はどうなるか。

 プレイヤーはトレインちゃんの連れてきた十数匹の敵と戦うことになるだけでなく、トレインちゃんという大きな足手まといを抱えて戦わなくてはならないことになる。


 狩り場に出て来るようなモンスターでも、十数匹に同時にかかられてはほとんど勝ち目はない。

 なのに、トレインちゃんはプレイヤーと合流した途端にほとんど動けなくなってしまうので、プレイヤーは常に彼女に気を配りながら戦わなくてはいけないのだ。

 彼女を助けながら戦おうとすれば、ただ普通にソロで戦うより難易度が上がってしまう。


 逆に、ソロの時の感覚で戦っていると、無防備なトレインちゃんはあっさりと殺されてしまう。

 その事実に動揺したプレイヤーの隙をついてモンスターが襲ってきてやっぱりプレイヤーも殺されて、というのがよくある展開だ。


 もう一つのよくあるパターンは、トレインちゃんを気にし過ぎた場合。

 彼女を守ろうと気を配るあまりにプレイヤーは普段の実力を引き出し切れず、トレインちゃんより先に殺されることになる。

 ただその場合、プレイヤーは「死んでしまったけど女の子を守る為に戦ったんだから後悔なんてない」と清々しい気持ちで死んでいく……なんて甘い展開はこのゲームでは待ってはいない。


 なぜなら――彼女は絶対にプレイヤーを見捨てない。


 HPが0になってから身体が消えるまでの間に、若干のタイムラグがある。

 その時に、プレイヤーは否応なく目撃することになるのだ。


「しっかり! しっかりしてください!

 そんな、わたしのせいで……」


 そう言って、泣きながら自分にすがりつくトレインちゃんの姿と、


「ギャハ!」


 そのせいで動きの止まったトレインちゃんの首に、凶刃が振り下ろされる瞬間を。



 ――正直、めっちゃトラウマである。




 まあその結果、このイベントを経験したプレイヤーは、『トレインちゃん』だけはやばい、との認識を持ち、同じフィールドでのレベル上げを控え、素直にゲームを進めたり、狩り場をこまめに変えながらレベル上げしようとするのだが、ゲームではしばらくラムリックの町に行っていなかった俺は、『トレインちゃん』のことをすっかりと忘れていた。


「……さて、どうするか」


 トレインちゃんの姿はどんどん近付いてくる。

 その移動速度は神速キャンセル移動並み、とは言わないが、俺が走るよりは速いだろう。

 そして、


「マッドハウンド、か」


 その後ろをついてくるのは十数匹のマッドハウンド。

 他は足の速さの関係で脱落していったのだろう。

 だが、マッドハウンドはこのフィールドで一番厄介な相手だ。

 他のモンスターがいないことは、慰めにもならない。


(見捨てる、か?)


 ここから、町の門まではそう離れていない。

 彼女さえ犠牲にすれば、無事に逃げ切れることは確実だった。


 この世界は、ゲームではない。

 失敗したからといって、リセットしてそれで済むような世界ではないのだ。

 実際問題、冒険者の流儀としては、ここで彼女を見捨てても文句は出ないはずだった。


「なんてね」


 どうせ自分にそんなことが出来ないことは、自分が一番分かっていた。

 幸い、スタミナは全快だし、HPもほとんど減っていない。

 マッドハウンドくらい、ちょっと相手をしてやってもいいだろう。

 緊張ににじむ汗を感じながら、俺は不知火を握り込む。


 いよいよ、トレインちゃんが近付いてくる。


「たすけて、助けて、ください!」


 息も絶え絶えなその言葉に、


「任せろ! 俺の後ろに!」


 出来るだけ力強い言葉で返す。


「は、はいっ!」


 驚いたようにトレインちゃんが返事をして、俺の横をすり抜け、背後に回って……そこで力尽きたように倒れ込んだ。


 だが、それでいい。


 追いかけてきたマッドハウンドたちは、俺を警戒して立ち止まる。

 俺とトレインちゃんを中心に、ちょうど半円、いや、扇状に十数匹のハウンドが配置される格好になった。


 マッドハウンドは狡猾なモンスターだ。

 人間の武器の間合いを知っているから、一定距離より先には近付こうとしない。

 攻撃されないギリギリの位置を保ちながら、仲間が背後に回り込むのを待って、同時にしかけようとするのだ。


 だから、マッドハウンドが動く前にこちらからしかける!

 不知火を左に流しながら、前方にステップ。


(こんなに早く、人前で奥の手を晒すつもりもなかったけど……頼むぞ、不知火!)


 一番後ろの敵まで、目測で3メートル程度しかない。

 これなら、行ける!

 ステップをショートキャンセル、いまだ反応出来ないハウンドたちに向かって、スキルを発動!



「インビジブル・ブレイド!!」



 叫んだ瞬間、不知火の先から不可視の斬撃が繰り出される。

 それは一番左端、先頭にいたハウンドをたやすく両断し、


「あ、あぶなっ……えぇっ?!」


 当然それだけでは終わらない。

 不知火が当たってないように見えるその背後の敵、隣、斜め後ろ、二つ隣……瞬くほどの時間で進路上のハウンドたちを次々と切り裂いていき、


「……ふぅ」


 俺が剣を振り抜いた時、十数匹いたハウンドは全て真っ二つになっていた。




 一応追ってきた敵は全部倒したはずだが、途中で脱落したマッドハウンドより足の遅いモンスターが万一合流してきたりしたら、面倒なことになる。

 まだまともに歩けないトレインちゃんに肩を貸して、そそくさとその場を後にすることにした。


「……あの、さっきの攻撃、すごかったです!」


 たっぷりの謝罪と感謝の言葉を受け取った後、彼女はそんなことを言ってきた。

 見ると、瞳がキラキラしている。


「あんなスキル、見たことないです!

 ものすごく強いんですね!」

「あ、あははは……」


 べた褒めである。

 これは居心地が悪い。


 ちなみにだが、魔法ならともかく、武器で広範囲を攻撃するスキルを覚えるのはかなり大変だ。

 普通にプレイしていれば、レベル50程度でやっと覚えるかという所だろうか。


「わたし、まだレベル27なんです。

 早く一人前になりたいんですけど……」

「へ、へぇー」


 乾いた笑いで話を合わせながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。


 言えやしない。

 言えやしないよ。


 まさか、俺はレベル10そこそこの初心者冒険者で、


「がんばってるんですけど、まだ武器スキルだって、四つしか覚えてなくって……」


 さっきの『インビジブル・ブレイド』も、本当は範囲攻撃じゃなくて単なる近接攻撃で、しかもスラッシュと同じで武器を握っただけで誰でも使える基本スキル、


「でも、わたしも早く強くなって、あなたみたいに立派な冒険者になりたいです!!」


 単なる『横薙ぎ』だなんて、言える訳ないよね!!


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