3-21 第五階層より第一階層へ
「え? まだ拗ねてるの?」
「拗ねてるというか、いじけてるっぽいかなー。そんなに深刻じゃないと思う」
扉の外で、プリエステラとメイファーラの声が聞こえる。
違う、そうじゃないと言いたいけれど、一度自分から引きこもってしまった手前、自分からは出て行きづらい。
私が意識を取り戻してから259,200秒、霊長類流に言うと三日ばかりが経過したけれど、依然として私は自室に籠もったまま。
といっても昏睡状態というわけじゃない。
据え置きの端末と睨めっこしながら、感応の触手で画面をひたすら弄り回しているのだ。
「ハルにすっごい駄目出しされてたもんねー。そりゃヘコむわ」
「あはは。で、エストの方はどう?」
「うん、ラーゼフって人も話わかる感じだし、あんまり大きな問題は起きてないよ。みんなそこそこ大人しくしてる」
「問題無し、とまではいかないんだ」
「そりゃあね。第五階層に行ったみんなもちょっと大変みたい。いずれ様子を見に行かないとって思うんだけど」
ティリビナの民たちの半数は、予定通り智神の盾の保護下に入ることになった。
プリエステラがまとめ役兼折衝役となって、その独自の技術や固有の文化性の供与と引き替えにティリビナの民の安全は保証される。
実のところ、これはかなりの綱渡りだ。
ティリビナの民も智神の盾も、共に槍神教という巨大な霊性複合体の内部で危うい立場に置かれている。
この計画を強引に成立させるために、星見の塔が介入したことは間違い無い。
ハルベルトの所属するカタルマリーナ派――別名を旧ディスペータ派は星見の塔内部で大きな力を有しているらしい。
数年前の勢力図変更によって分裂した派閥の大半を吸収して出来上がった呪文の派閥。
そこに所属するプリエステラとリーナの師、【緑の君】エクリエッテと【雲上姫】ミブレルらは異種族の保護に積極的であり、ティリビナの民を保護するために随分と尽力してくれたと後で聞いた。
ミルーニャの属する派閥と共闘することになった今、黒百合の子供たちは事実上一枚岩となってラクルラール派に対抗することになる。
ラクルラール派――当代最高の人形師、杖と使い魔の到達者が統べる派閥。
使い魔の座トライデントを擁する最大勢力である。
私たちもまた、三日後の決戦に向けて準備を開始していた。
「話は変わるんだけど、メイはどうしてここに?」
「智神の盾のお使いで、アズを呼びに来た。それとミルーニャさんに頼まれてリーナ探し」
「ミルーニャちゃん、そういえば昨日もリーナの事探してたね」
「新型呪具の試験だって。なんかラーゼフせんせと一緒に色々やってたよ。あたしはよくわかんないから雑用。アズの新しい武装も最終調整したいから一緒に呼んできて欲しいって言われて」
「ああ、それで」
納得したような声の後、ノックの音がした。
びくり、と室内で身体を震わせたのは、何も私だけではない。
この部屋には今、客人が訪れている。
寝台の上でだらりと寝そべっているのは、三角帽子にだらしない部屋着のリーナ・ゾラ・クロウサーである。
ここしばらくずっとマリー(私じゃなくてガルズのパートナーの方だ。思い出して初めて実感したが、非常にややこしい)の捜索をしていたのだが、まるで尻尾を掴めずに流石に疲れ果ててしまったらしい。
被害者たちは目の前で一人ずつ殺害されていく。
毎日毎日、それを止める事もできずに見せつけられるだけ。
無力感に苛まれてしまうのも仕方が無い。
このところ私たちは【チョコレートリリー】名義で借りている宿舎で寝泊まりしているが、私はハルベルトから頼まれた準備があるので部屋に籠もっている。
みんなが忙しくしている中、一人になりがちな私に気を遣っているのか、リーナはよくこうして私の部屋を訪れて意味も無くだらだらとしていく。
もしかしたら、彼女も彼女で疲れていて、この部屋に何らかの安らぎを見出しているのかもしれない。
端末を手にしきりに検索を続けているが、一向に収獲は無いようで虚ろな目で大学の友人と会話などをしていたようだ。
間をおいて、再び扉が叩かれる音。
「リ、リーナならいませんよー」
突然、リーナが妙な声を作って返事をする。
もしかして、私の声を真似したつもりなんだろうか。
「あー、やっぱりここにいた」
「リーナ、アズーリア、開けてくれる? ほら、差し入れ持ってきたから」
声をかけられては仕方無い。
座りっぱなしで硬直した身体をゆっくりと持ち上げて扉に向かう。
寝台の上で毛布を被り出したリーナは見ない振りだ。
「お邪魔します――リーナ、何やってんの」
「おふとん虫なので返事ができません」
「小さな子供じゃないんだから。そんなこと大きくなっても言ってるのリーナだけだよ?」
――危うく声を出す所だった。
みんなの前では私の正体は口に出さないようにしよう、と誓ったその時、メイファーラが何気なく寝台を支える柱に手を触れた。
「んん――『今日のニュース――新種が発見されました。おふとんごろごろ目おふとんからでたくない科の生き物――』だって。わ、これリーナと同じ発想だ」
メイファーラの能力である過去視はこの部屋で起きた過去の光景だけでなく音声まで読み取れるようだ。
つまり、私の独り言が筒抜け。
恥ずかしい。
「何で言うのっ?!」
「アズーリア、それはちょっと――」
「てか私よりひどくね?」
メイファーラの接触感応からの過去視はもうちょっと個人情報の保護に配慮すべきだと思う。
さめざめと泣く振りをしつつ、私はのそのそと移動して来客の二人に椅子を勧めた。私自身は寝台に腰掛ける。
プリエステラが持ってきたのは軽食やお菓子、栄養剤といったもの。
野菜ジュースがあるのがありがたかった。
「調子はどう?」
「ううーん。あんまりー」
私がここ数日ずっと取り組んでいるのは、ハルベルトの呪術儀式を成功させるための下準備だ。
葬送式典で行われる歌姫Spearの呪術儀式。
それぞれ地上、世界の中心、地獄で行う必要がある、ハルベルトの勝利条件の第一歩。
葬送式典は迷宮で散っていった死者の魂を慰撫し、マロゾロンドの加護によって天の御殿に送るというものだ。
槍神教の神働術に基づいた儀式を半ば利用する形で、ハルベルトは最初の儀式である【過去の歌】を世界に響かせるのだという。
トライデントの目論見の全容は不明だが、その目的の一つにハルベルトの儀式の妨害があるのはほぼ間違い無い。
ガルズの遺志を受け継いだと思われるマリーが十三人の『見立て殺人』に成功すれば、あちら側の呪術儀式が成功してしまうだろう。
いわばこれは、呪術儀式合戦とでも言うべき戦いなのだった。
「っていうか、やっぱり釈然としないんだけど、アズーリアは生きてるじゃん。もう失敗してんじゃね?」
「それは私も考えたけど、間違い無く一度は殺害に成功したわけだから、儀式成功の要件は満たしていると考えた方がいいと思う。私はよく覚えてないけど、ハルベルトが特別な蘇生呪文をかけてくれたんだよね?」
リーナに問い返すと、何故か彼女は露骨に目を逸らしてそのまま布団にくるまってしまう。脱げた三角帽子を、私はなんとなく弄ぶ。
「えっとね――その、フィリスをあたしたちにも預けていたからこそできた術で、確かバックアップがどうとか」
「そうそう。確かハルはそう言ってた。それと、アズーリアの言うとおり敵側の儀式は不完全でも成功する可能性を想定しておくべきだと思う。十三人のうち一人でも欠けたら全てが台無しになるような類の儀式じゃなくて、欠けた分だけ効果が薄くなるような儀式ってそれなりにあったはずよ」
メイファーラとプリエステラが言葉を重ねるようにして私に捲し立ててくるけれど、どこか慌てているような気がする。
何だろう。怪しい。
問いかけようとしたが、そこで据え置き端末に連絡が入る。
画面を見ると表示された名前は【狂姫】――リールエルバだ。
「はあい、元気かしら、使徒様」
「一応生きてる。そっちは?」
「ニアをそちらに向かわせる為の準備中。エルネトモランは門前都市だから転移すればすぐだけど、国外だから手続きとか色々あってね。当日の朝には到着できると思うわ。それより、今の話だけど」
画面内で拘束された少女人形が口の端を歪めた。
今の話って、まさか盗聴でもされていたのだろうか。
肉体が不自由な分、情報の海を自在に泳ぐリールエルバならそのくらいやりかねないけれど。
「私の方でもトライデント側の呪術儀式については調べてみたわ。クロウサー家で過去行われた儀式を中心に、降霊術や死霊使役術、第一位の神働術なんかまで含めて検索しまくってたら時間がかかっちゃって」
リールエルバは肉体的には黒百合の子供たちの中でも一番ひ弱で、恐らく腕力では日中の私にすら勝てないだろう。
だが、こと広範囲に渡る情報収集能力という点に関してならば、下手をすると過去視ができるメイファーラ以上だ。
呪文の座を巡って最後までハルベルトと争っていた実力は本物である。
「結論から言うけど、クロウサー家に伝わる【十三階段】の儀式は破壊と殺戮の大呪術よ。日時、場所、生贄が一定の条件を満たし、術者が高位の死霊使いでなければ不可能な高難度の儀式。処刑の段取りを踏む事で、天の御殿から霊魂を逆流させて現世の人間の霊魂にぶつけるという力業。ぶつかり合って破壊された霊魂が辺りに散らばり、後には魂無き哲学的ゾンビの群れが残るのみ」
「そっか、葬送式典の日は天の御殿が一番現世に近付く瞬間だし、開催される第一区は天に近い高々度。生贄は全員クロウサー家にある程度関係している人で、皆高位の神官や呪術師。条件は合うね」
「そうね。でも、それだと辻褄が合わないことがある」
「それは?」
「【死人の森の断章】よ」
リールエルバが口にしたのは、私が第五階層でミルーニャの父に託されて以来、その持ち主が転々としてきた黒い魔導書の名前だった。
確か、ガルズはあれをフィリスと同じ紀元槍の制御盤だと言っていた。
「あれは単純に呪術の代理演算装置としても優れているけれど、その真価は別にある。暗号化されて隠されている真の章には、失われた神ハザーリャとその眷族種である再生者について記されているはず」
ハザーリャ――それは確か、死ざる女神キュトスが七十一に引き裂かれてその存在を零落させた時、同時に大神院に否定された神格だったはずだ。
地母神に随伴する死と再生を司る男性神。
キュトスの従属神、泡沫のハザーリャ。
「あーっ、それ知ってる! あれでしょ、祭具が男根のメタファーな奴!」
「リーナちょっと黙ってて」
子供か。
――とはいえ、リーナの言った事は大体合っている。
メタファーというかそれ自体を象ったものまであると、かつてディスペータお姉様の授業で習った記憶がある。
あの恐ろしくも美しく淑やかなディスペータお姉様が、にこやかに霊長類男性のあれを模した呪具を扱うのを見て、なんだか神妙な気分になったものだ。
連想して、第五階層に突如として現れた全裸を思い出してしまい、憂鬱になる。
彼はいま何をしているのだろう。そして、ちゃんと服を着ているのだろうか。
思考がどこかに飛びそうになったので、頭を振って切り替える。
ハザーリャが象徴するのは死であると同時に生命の誕生。
冬が終わり春の訪れを祝福する聖婚。
平たく言えば生殖の暗喩。
もしくは、蘇生。
「なるほどね。私たちティリビナの民が使ってもそこそこ効果が発揮できそうだけど、それを死霊使いに持たせたらまさしくメクセトに神滅具って感じ」
「エスト、それ頭がおかしいって意味――」
「先輩とかにぴったりだよねー」
リーナ、ミルーニャがいないからって好き勝手言ってるなあ。
後ろが賑やかな一方、リールエルバは淡々と説明を続けていく。
「死霊使いが大量殺戮を目論んで、更には死者蘇生の魔導書を手に入れた。連想できる結末は一つよねえ」
「沢山人を殺して、死んだ人達を復活させて操る。そして、そのまま死人の軍勢を率いてエルネトモランを攻め滅ぼす、とか?」
「あるいは、それより最悪な何か」
リールエルバが想定しているのは、私が考える最悪の更に先らしい。
赤い瞳の先には、一体どんな未来が映し出されているのだろう。
「トライデントの扱う禁呪、融血呪は二つのものを一つにすると言われているけれど、それだけだとは私には思えない。恐らくなんらかの相乗効果が生み出されるはず。でなければ到底禁呪の名には値しないわ。だとすれば、大量死、大量蘇生という二つの大呪術を融合させるということも可能かもしれない」
「呪術を融合して、より強力な呪術を生み出すってこと?」
「恐らくはね」
リールエルバの言葉は推測に過ぎないが、充分にありそうな話に思えた。
それにしても、リールエルバはやけにあの魔導書について詳しいような気がする。これも調べた知識なのだろうか。
思えば、ミルーニャも何か知っている様子だった。
再生者というのは確か前時代に存在した、一度死んでから復活した眷族種の名前だ。その性質上、生前の種族が存在する二重の眷族種。
「いにしえの言語支配者が一人、死人の森の女王ディスマーテル・ウィクトーリアが紀元槍そのものに対して行使した絶対遵守の呪い、おそらくはそれが【死人の森の断章】の正体よ。その本来の力は、再生者をこの世に甦らせること」
「それって、一つの眷族種を復活させると言うこと?」
「紀元槍に対してどの程度の干渉が行われるかにもよるけれど、あの制御盤によって世界全体の改変が行われるのだとすれば、そのくらいは可能かもしれないわ。その先に待つのは全生命の死か、あるいは恒久的な不死か――」
猛烈な既知感。
それは、確か私たちと対決したミルーニャが口にした理想ではなかったか。
彼女はあの時、命脈の呪石というメクセトの神滅具を用いて全人類の不死を達成するというような事を言っていた。
その為にあの魔導書が必要なのだとすれば。
【死人の森の断章】には、やはり世界規模での改変が行えるほどの力が眠っていることになるのではないか。
ミルーニャ宛にメールを送って確認すると、すぐに返信が来た。
『私はあくまで杖の手法で不死を実現しようとしただけで、邪視系の降霊術は専門ではありません。なので断言はできませんが、恐らく可能です。リールエルバの推測はほぼ正しいでしょう。正直、考えが至らなかった自分が恥ずかしい限りです』
父の遺品に対して思い入れを持つミルーニャは、自分よりもリールエルバの方がその可能性に先に思い至った事で少し落ち込んでしまったようだ。後で慰めてあげないと。
リールエルバは誇るでもなく当然と言った態度だった。
「それはそうよ。私以上にあれの本質を正確に理解できている者がいてたまるものですか。大体、元はと言えば――」
そこでリールエルバは言葉を切った。
私はどうしてか居心地が悪くなって身動ぎする。
ややあって、
「いえ――確証は無いのよ。だから不用意に確定させたくない。変な揺らぎ方をされても嫌だし――」
リールエルバは意味がよく分からない事を、半ば独り言のように呟いた。
それから真剣な口調で私に懇願する。
「ねえ使徒様。お願いがあるのだけれど、もし戦いの最中に【死人の森の断章】を手に入れる機会があったなら、その内容を私に転送して、使用者権限を付与して欲しいの」
「それはいいけど。何のために?」
「もちろん、その場で使ってトライデントに対抗する為の力にするのよ。それと単純な知的好奇心と――そうね、メートリアンやリーナと同じ、思い入れ、かしら」
一瞬だけ、リールエルバの口調が切なげになって、静かに溜息を吐く。
それからいつもの調子に戻って、
「メートリアンのお父上の遺品だと言うことは理解しているわ。だから、魔導書そのものを寄越せとは言わない。けれど、黒百合の子供たちの中であれを最も有効に活用できるのは間違い無く私よ。お姉様の下で、私は誰よりもハザーリャと再生者について学んできた。ガルズだかマリーだか知らないけどね、私が一番【死人の森の断章】を上手く使えるのよ」
それだけ捲し立てて、リールエルバはそれ以上の追求を拒絶するように通信を終了してしまった。
いずれにせよ、相手側の儀式は極めて大規模なものらしい。
それが正しいかどうかは私には判断ができないが、いずれにせよハルベルトの障害になるのなら私はその阻止の為に全力を尽くさなくてはならない――のだが。
私はぐったりとした。
呪文を一から再解釈していくという作業は神経をすり減らす。
そう、私はハルベルトの使い魔として、彼女が唱える長大な呪文の微調整作業を担当することになったのだ。
場合によっては、自分自身で呪文を構築していかなければならない。
要求されている量をこの短期間でこなすことは、霊長類には物理的に困難である。ゆえに、呪文を感覚的に操作できる――つまり指で打鍵するよりもずっと速く情報の入出力ができる夜の民が適任と言うことになる。
つまり私がやるしかないのだけれど、出来上がったものをハルベルトに送る度にやり直しになってしまう。
気力は萎えかけていた。
その上、敵の姿すら判然としないままだ。
トライデントという組織の全容、マリーの思惑。
まだ見ぬ細胞が襲撃してくる可能性だってある。
私が【静謐】によって解体された後、ガルズは死んだと聞いている。
正確には、サリアが殺した、と。
彼女は何度も私を救ってくれた。どれほど感謝を重ねればいいのかすらわからないほどだ。
力を使い果たしたサリアはアルマが回収していった為、私が起きてから話す機会は無かったけれど、この件が片付いて落ち着いたら一度話したいと思う。
「なんかアズもリーナも疲れてる感じだね。外に出て気分転換とかしたら?」
「実はさっき二人で空中散歩をしてきたばっかり」
「あらら」
メイファーラは肩をすくめつつ、複数ある紙パックの野菜ジュースを手に取る。
彼女もそれなりに忙しそうだけれど、疲れた様子はまるで無い。
きっと基礎体力が違うのだろう。
「まあでも、十二日目に歌姫が殺されて、十三日目はサイリウスお爺さま、ってなったらきっと大混乱だよね。それは絶対阻止しなきゃ」
リーナが意気込んで、再び端末で情報収集を始める。
張り込みや狙われている人物の身辺警護、呪術での追跡が全く意味を為していないので、打てる手がほとんど無いのであった。
リーナはほぼ現実逃避するようにずっと端末を弄って検索を繰り返している。
私もまた気合いを入れ直そうとしたその時だった。
「およ」
リーナが妙な声を出して、寝台から身を起こした。
どうしたんだろうと視線を向けると、リーナは端末の立体画面を拡大表示して私たちに見せた。
「なんか、アズーリアが呼ばれてるっぽい」
「はい?」
そして、私はこの上なく奇妙な――そして意外なものを目にする。
画面にはこうあった。
「えっと、【サイバーカラテ道場第五階層支部(仮)】――ってなにこれ」
プリエステラがぽかんとしているが、私はそれ以上にぽかんとしていた。
あらゆる言語を管理する太陰の【神々の図書館】に登録された新言語――【日本語】によって表記された通信道場名。
何故かやたらとお洒落な飾り文字の下で腰を低く落として正拳を突き出す男性の姿に、私の目は釘付けとなっていた。
実のところ、顔を正確に覚えている訳ではない。
映像の彼は、白い単純な構造の衣服(胴着というらしい)を身につけて黒い帯を締めているため、かつて見た全裸にマントという姿からはかけ離れている。
だが、左腕が無く、右側の腕が金属質に輝いているというような特徴的な人物がそう何人もいるとは思えない。
なによりも。
「あ、なんかこれ動画になってるね」
リーナが端末を操作すると、トップページの映像が動きだし、武術の型らしき動きをなぞる。
そして、右腕を深く後方に引き付けると、ぐっとその全身に力が込められる。
「発勁用意」
かつて聞いた時には全く意味が分からなかった異世界の言語。
それが打撃を放つ直前のかけ声なのだと、私は今更のように納得していた。
右の掌が、凄まじい勢いで突き出される。
「NOKOTTA!」
その奇声を、確かに覚えている。
大狼に苦戦する私たちの目の前に現れた謎の外世界人。
カインは彼をこう呼んだ。
鎧の腕。
「アキラ――?」
もはや間違えようも無い。
シナモリ・アキラがそこにいた。
突発的に始まった、ディスペータお姉様による
『あとでテストに出ますからね』コーナー
(説明が大雑把なのは仕様です)
【死人の森の断章】:「なんか凄い魔導書ですよ~。生とか死とか操ったりしちゃいます」
【死人の森】:「大昔に存在した再生者たちの王国です。再生者は、妖精の女の人が大好きな甘えんぼさんたちですね。お母さんが恋しいのかな?」
【ディスマーテル・ウィクトーリア】:「大昔に死人の森を統治していた女王で、上記の魔導書の著者でもあります。再生者は皆、女王の言いつけを良く守り、平和に暮らしていたそうです。法律違反は仮死と異界追放刑でめってしちゃいますよー」
【サイバーカラテ道場第五階層支部(仮)】:「(仮)なんて付けずに、堂々としていれば良いと思うのですが――これもジャパニーズ奥ゆかしさなのでしょうか? 本部は情報的な枠組みとしてのみ存在するとのことです。ちなみに胴着の色は自由に選択可能で、アキラ様のおすすめは迷彩色だとか」