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3-18 激光(レイジ)

 透き通るような仮想アストラル光が満ちる広漠な空間。

 青空の下、白塗りの卓には茶器一式、緩く湾曲したデザインの椅子の上にはぬいぐるみにも見える小さなシルエット。

 細長い注ぎ口と取っ手、蓋を備えた陶磁器らしき容器には、無数の枝角や翼を戯画化した意匠が描かれている。

 大皿の上には様々な形の焼き菓子が載せられており、お茶会に華を添えていた――にもかかわらず、漂う雰囲気はひどく陰鬱。

 澄み渡る青空の談話室を作り出した当の本人は不在のまま。

 けして口数の多い方ではなかったけれど、小さな黒衣は紛れもなくその空間の中心だったのだと、誰もが痛感していた。

 談話室と呼ばれたその場所に、アストラル体をもうひとつの名ハンドルによって異なる形態アバターに変質させたものたちが集っていた。

 

「――それで? 使徒様の様子はどうなの?」


 椅子に拘束された少女の人形――緑色の頭髪と真紅の瞳を持つ【狂姫】が問いかけた。アバターの顔は人形めいており非常に整った造作だが、驚くほど人間味がある。人間味なる漠然とした質感を作り出しているのは、美しい顔を過剰なほど醜悪に歪めてみせる感情表現の豊かさゆえだろうか。


「まだ。もう一人の方――邪視のグロソラリアも昏睡状態のまま。おそらくアズの中に入り込んだまま、出てこられなくなってる」


 対面に座るのは斧槍を持ちフードを被った黒ウサギ。この談話室では見ない姿である。にもかかわらず、その【斧槍】の事は全員がよく知っていた。

 それどころか、ここにいる全員が古くからの知己である。


「それは残念。さっさと諦めて身体を明け渡してしまえばよろしいのにね? それこそが使徒様の役割なのだから」


「リールエルバ、次にふざけた事を言ったらその不愉快な顔にスパム呪石弾一括でブチ込んでやりますよ」


 凄んだのは【道具屋】――大きな鞄を肩からかけた白いカラスである。

 敵意を込めたメッセージを二重三重に送信するが、それを【狂姫】の隣にいる【聖姫】がにこやかに弾き返す。

 三角の獣耳が生えた少女人形が、デフォルメされた手から鋭い爪を生やす。


「姉様にひどいことはしないで下さい」


「姉様姉様ってウルサイですよセリアック=ニア。他人に依存しっぱなし空っぽ女。貴方のそういう所、昔っから吐き気がしてました。姉の方もどこぞのぽんこつきぐるみ女を連想してうんざり。つまり貴方たちがまとめて嫌いです」


「一緒にするなんてひどいわね。私はトリシューラとは逆の構想で培養されてるのだけれど。それに、依存しっぱなし、ねえ」


 緑の髪を揺らしながら、少女の赤い瞳が嗜虐的に揺らめく。精巧なつくりの唇を嘲笑の形に歪めて、【狂姫】は喉を鳴らした。


「何がおかしいんです」


「いいえ? ただね、あのメートリアンが誰かの為に怒りを露わにするということが興味深くって。ねえ、最近の貴方って使徒様の事ばっかりよ。それで――依存することがいけない、というのはどういう理屈なのだったかしら」


「私は相手に何もかも預けて寄りかかりっぱなしのそこの猫女とは違う。妙な挑発は止めることです、リールエルバ。そしてアズーリア様は容れ物じゃない。貴方たちの奉じる神がたとえアズーリア様の創造主であったとしても、その意思を圧殺する権利なんてありはしません。いいえ、たとえあったとしても私は認めない」


 【道具屋】と【狂姫】が睨み合う中、かたりと陶器が触れ合う音がした。

 暢気にお茶を楽しんでいるのは【目玉】だが、そのデフォルメされた眼球アバターはこの場から浮いている。比喩としても実際の意味でも。


「まあまあ、落ち着いてお茶でも飲もうよ。ここに集まったのは喧嘩するためじゃないんだしさ。あたしもアズがはやく元気になってくれたらなって思うけど、ドラトリア組にはドラトリア組の事情があるんだし。あ、遠慮しないでエストもお菓子とか食べなよ」


「う、うん。ありがと。えっと質問いい?」


「ほえ?」


「ここって基本的に本名を口にしたら駄目って聞いてたんだけど、違うの?」


 小さな鉢植えとデフォルメされた大輪の花、それが【植木鉢】のアバターだったが、目玉に押しつけられた焼き菓子を葉っぱの両手で抱えながら困惑している。


「うん、まあ基本そうだけど、今更じゃない?」


「そうなんだ。なんか、メイはいつも通りなのね」


 【植木鉢】ことプリエステラは【目玉】ことメイファーラの穏やかな口調に緊張感を解いたようだった。

 彼女もこの場所に来るのは初めてだったが、【道具屋】ことミルーニャに借りた邪視能力の矯正呪具である眼鏡によってこの談話室を訪れる事ができていた。


「それにしても、最初はびっくりしたよ。みんな、ずっとここで連絡を取り合っていたのね」


「別に、仲間はずれにしてたとかじゃないですよ? アズーリア様に呪力が『戻る』までは接触しようと思ってもできませんでしたし――それに昔の面々が集まったのも偶然です。私はフィリス目当てで監視してただけですし、そこのお気楽お目々も智神の盾としての監視任務でしょう。性格のねじ曲がったイカレ姉妹も私と似たような理由のはずです」


「私! 私は知らなかった! 先輩に誘われて来たけどこれっぽっちも事情とか知らずにテキトーに参加してたよ、なんか楽しくお喋りする所なのかなって!」


「ああ、貴方は怪しまれない為の煙幕です。お馬鹿さんと一緒に参加してれば、私が監視だとか利用しようとしているだとか想像もつかないでしょうからね」


「先輩ひっど!」


 騒がしい箒型アバターは言わずもがなのリーナ・ゾラ・クロウサーである。

 プリエステラは花の頭部を傾げた。


「意外ね。ならハルは一緒じゃなかったんだ」 


「ああ、そいつは基本見てるだけが専門の覗き魔です」


「言い回しが失礼。見守っていると言って」


 憤慨したような黒ウサギが斧槍の穂先を白カラスに突きつける。

 途端に険悪になる二人の間に、目玉と植木鉢が仲裁に入る。


「どうして参加しなかったの? ハルは昔、アズーリアと――マリーと仲が良かったじゃない。ここ数日のことだって――思い出して、昔と同じすぎてしっくりきたくらい。普通にお話したかったんじゃないの?」


「――だって」


「だって?」


「談話室って入っても何話していいのかわからない。ログはどんどん流れていっちゃうし、入室してるのに何も言えないと変だし。それに、あの子と話すきっかけが、その――」


 垂れ耳をぺたりと頬に貼り付けて、斧槍ハルベルトはうつむいてしまう。

 いつもなら自信に満ちた黒玉の瞳が「何か文句でもあるの」と周囲に問いかける所だが、今日は元気が無いようだった。

 ここ数日は、ずっとそうだ。


「そこのコミュニケーション能力に難がある人は置いておくとして」


「メートリアンに言われたくない」


「黙れヴァージリア。それで、これからの事ですが――」


「あ、はいはい! ぶっちゃけ私、今の状況よくわかってないので再確認したいんですけど――あ、ごめんなさい空気読んでませんでした蹴らないで下さい」


 リーナが箒の全身でぴょんぴょんと跳ねるので、埃のエフェクトが意味も無く散らばって隣のミルーニャが嫌そうに距離を取りつつ片足を上げる。

 くちばしから溜息を吐くと、仕方無いと呟いて、


「まあいいでしょう。情報を整理する意味でも現状を確認しておくとしましょう。別に馬鹿リーナの為ではありませんが」


 そう前置きして、ミルーニャは現在までの経緯――パレルノ山で起こったあの出来事を振り返る。

 この場にいない黒衣の英雄に思いを馳せながら。




 アズーリア・ヘレゼクシュはハルベルトが禁呪を使用した事で一命を取り留めた――しかし、意識は戻らなかった。

 復元された霊長類の形態のまま、どんなに呼びかけても目を覚ます様子は無い。

 逃走したマリー、奪われたままの【死人の森の断章】、無くなっていたガルズの頭部、意識を取り戻さないままのサリア。

 懸念材料は幾つもあるが、ハルベルトたちはひとまず迫り来る白焔の脅威から逃れるべく一度パレルノ山を脱出した。

 プリエステラを始めとしたティリビナの民たちの安全をラーゼフやイルスに任せ、ハルベルトたちはアズーリアを智神の盾が管理する病院に運び込んだ。

 ――が、医療修道士らの話ではアズーリアの心身――アストラル体にもマテリアル体にも異常は一切認められないとのことだった。

 そこでメイファーラが接触感応でアズーリアの精神の奥深くを探ることになった。そこで、最悪の事態が明らかになる。

 ガルズ・マウザ・クロウサーの【静謐】によって解体されたアズーリアの魂は確かにハルベルトの禁呪によって甦った。

 しかし、蘇生が行われるまでの間に、アズーリアの空になった身体に入り込もうとした存在がいた。

 その存在の干渉によって、禁呪によって存在を復元されたアズーリアの心が再び不安定にされていたのだ。

 それが黒衣の矮躯、静謐なる多弁者――大神院が定める天使の序列では第二位とされ、古い時代には神とされた存在。

 眷族種【スキリシア=エフェクの夜の民】の創造主、マロゾロンドである。

 地上では神や天使という存在は人々を守護するものだとされているが、それは実態を正確には言い表してはいない。

 神々はただ高次元において己の目的を追求しているだけであり、その達成の為に必要だから眷族種や信奉者たちに加護を与えているに過ぎない。

 マロゾロンドを信じ、敬うものたちはその大いなる存在をなによりも身近に感じ、祈りによって信仰心を摸倣子に書き込んでいく。

 世界に満ちたマロゾロンド信仰の摸倣子はマロゾロンドの存在強度を高め、そうして生み出された呪力が加護となって信者らに恩恵を与える。

 両者は一種の共生関係にあるのだ。

 マロゾロンドという天使もしくは神格は、槍神教の影響下にあっても第二位の天使であり、更にはヘレゼクシュ地方を始めとして東方の諸国家で根強く信仰されている。槍神教に屈して改宗したとはいっても、それは形の上だけのこと。

 土地に根付いたマロゾロンド信仰と宗教文化の形を変えることは難しい。ゆえに崇拝の対象を主神から天使に変えただけというのが実情である。そして、大神院が定めた序列二位の天使ならば公然と祈りを捧げても問題が無い。

 地上に深く根を下ろしたマロゾロンドという強大な高次元存在――その『格』はかつてアズーリアたちが対峙した第五位のペレケテンヌルよりも上だ。

 そして、マロゾロンドはおそらく魔将エスフェイルを倒し、金錐神ペレケテンヌルを撃退した自らの子に目をつけたのだろう。

 神々の眷族には一世代に必ず一人以上の霊媒――巫女や聖女などと呼ばれる強い力を与えられた個体が誕生する。

 樹木神レルプレアの巫女であるプリエステラがそうだし、金錐神ペレケテンヌルの祝福者であるミルーニャもまたかつてはそうだった。

 霊媒は自らの身に超越的存在――神や霊といった不確かな『何か』を降ろし、その言葉を『代弁』する。

 それは時に預言や託宣とも呼ばれ、人々に大いなる恩恵を与える。

 そして、霊媒としての適性が優れたものならば限定的に神や霊の存在を身体に浸透させ、その力を引き出すことすら可能になる。

 その適性が極限まで高まれば、神は現世に降臨する。

 マロゾロンドはアズーリアの身体を奪い、そして第二位の天使という座から更なる高みへと上り詰め、己の存在強度をより確かなものにしようとしているのだろう。なぜならば、あらゆる神の目的はその『世界観』を強固にして世界に押しつけること――つまり世界の創造だからである。

 更新された世界で新たなる槍神となったマロゾロンドの治世は恐らく夜の民を始めとした信奉者たちにとっては居心地の良い世界なのだろう。

 だが、その為にはアズーリアが器になり犠牲にならなくてはならない。

 ハルベルトはそんなことを断じて容認できなかった。

 今はコルセスカの使い魔であるサリアが瀬戸際で食い止めているが、それもいつまで保つか。

 そもそもサリアに命がけでアズーリアを守る義理は無い。

 繋がりの希薄なサリアがアズーリアを助けようとしていることがハルベルトには奇妙に思えたが、恐らくマロゾロンドの顕現によって生じる主への不利益を考慮したのだろう。

 だとすれば、いざ命の危険が迫れば主の貴重な使い魔を失わせることを避けようと考えるはずだ。

 自分たちでどうにかするしかない。

 ハルベルトはそう考えた。

 方法は二つある。

 一つは、サリアに加勢してマロゾロンドを撃退すること。

 この案はリーナから出されたが、余りにも無謀だった。

 ペレケテンヌルの時はより上位の神格であるマロゾロンドの力を引き出して撃退できたが――マロゾロンドは第二位という高い格を有する。 

 これより上位となると第一位の天使か槍神の加護、あるいはその他の加護をまとめてぶつけるしかないのだが、主神たる槍神の加護を引き出せる者など皆無と言って良い上に、できたからと言っても所詮は人の身、勝てるとは限らない。

 下位の神格を同時にぶつける案も同様の問題を抱えている。

 リーナは霊媒というわけではないが、序列第一位の空の民として、守護天使の力を引き出してアズーリアを救ってみせると豪語した。

 が、ミルーニャに頭を叩かれて涙目になる。

 不勉強なリーナは知らなかったが、第一位の守護天使【睥睨するエクリーオベレッカ】は人格神ではない。天の御殿と呼ばれる建物であり、死した人々の魂の行き先と言われる空間だ。

 直接その力を引き出すことはできず、またそのような具体的な力を持たない。

 ガルズのように個別の霊魂を操ることはできるが、ただの人の魂を幾ら束ねてもマロゾロンドには太刀打ちできないだろう。

 更に言えばマロゾロンドというのは地上で彷徨える魂を天の御殿に送り出すという権能を有しており、一説には天の御殿の管理者とも呼ばれる存在だ。

 その力がマロゾロンドに通用するはずもない。これこそが第二位の天使にして事実上最高位の天使と呼ばれる所以である。 

 いずれにせよ、マロゾロンドと直接対決するのは分が悪いと言わざるを得ない。

 そこでもう一つの案である。

 ハルベルトはその下準備として星見の塔への各種申請を済ませ、今までずっとアズーリアの傍らでその歩みを見守ってきた小さな白黒兎に平身低頭して許可を取り付け――そしてかつて同じ場所で学んだ仲間たちを呼び集めた。

 必要なのは、世界に刻まれた記憶。

 アズーリアは度重なるフィリスの使用によって浸食を受けていた。

 世界そのものを浸食する寄生異獣――その存在は紀元槍に刻み込まれている。

 世界の構造。無数の視座。重なり合う世界観。その連関と構造。 


「バックアップが残っているとすれば、それは紀元槍」


 ハルベルトは集った面々に説明していく。

 アズーリアを救う方法を。


「すなわち、アズーリアを知る私たちの記憶から彼女を再構成する」


 アバターの姿のまま、ハルベルトは呪文を詠唱した。

 そして、消去されたと思われていた記憶が復活していく。


「失われた私たちの記憶――その封印を解除した」


 一人欠けて七人になった彼女たちは、ハルベルトの言葉を耳にしたことで全てを思い出した。

 精神に施された記憶の錠。そこに差し込まれた呪術の鍵。

 消去ではなく封印された記憶が蘇り、黒百合の子供たちは再び集結した――実際は半数が記憶を失っていなかったのだが、それはともかく。

 ハルベルトはアズーリアの置かれている状況を説明した上で、全員に懇願した。


「思い出話をしたい。みんなに手伝って欲しい」

 

 アズーリアは今、ガルズに存在を否定され、マロゾロンドに自我を脅かされたことで心が不安定になっている。

 ハルベルトの禁呪によって完全な崩壊は免れたが、今一歩の所で意識を覚醒させることができずにいる。

 そしてマロゾロンドというアズーリアの心を侵す病魔は強大極まりなく、とても駆逐することはできそうにない。

 ならば、アズーリア本人の抵抗力、免疫力を高めることで自力でマロゾロンドを克服してもらう他は無い。

 心を侵され、存在が不確かになっているのなら。

 心に働きかけ、存在を強固にすればいいのだ。

 言うならばこれは、マロゾロンドとアズーリアの存在をかけた闘争と言えた。


「アズーリアという存在をできるだけ昔から語り直すの。それは外側からの視点であるほどいい。世界という構造、関係性という連関の中で、存在は強固になる」


「なーるほど。自己像ではなく他者から見た自己像で使徒様の自我を補強しようというわけ。承認欲求に働きかける心理療法みたいね」


 どこか面白がるような反応。

 遠く離れた東方からアストラル体を送信している緑のリールエルバは、祖国が動乱の最中にあることを微塵も窺わせぬ落ち着きを払ってそう言った。


「既にアズーリアの故郷にいる両親と家庭教師でもあったという村の長老に連絡をとって、本人宛の手紙メールを預かっている。これに加えて、幼馴染みであるハルたちがアズーリアの来歴を語り、再解釈を加え、より強固にする。そうすることで、存在を確立したアズーリアに自力でマロゾロンドを拒絶してもらうの」


 本来、霊媒は神を降ろすかどうかを任意に決定できる。

 神から神託が下される場合でも、本人の同意が無ければ情報が欠損してしまう。

 自分という存在を確信し、『私はマロゾロンドではなくアズーリアである』という認識を強く持てばそれだけで危機は脱することができるのだ。

 呪術儀式としての思い出話。

 毎夜順番に一人ずつ過去の物語を語り、それを録音する。

 そして最後にその呪術的な記録を手にした一人がアズーリアの精神に潜り、本人に聞かせることでその存在強度を高めるという計画。

 ハルベルトの提案に即座に応えたのはミルーニャだった。

 そこからハルベルト、プリエステラと順番にかつての黒百合宮での思い出を語っていく。

 仲間たちから見たアズーリア――かつてマリー・スーと呼ばれた存在について。

 そしてメイファーラが接触感応で読み取った本人視点の過去が代理で語られて、ハルベルトによって録音された思い出話は確たる質量を有した『物語』として完成していく。

 メイファーラが話している途中、自分の番では秘密にしていたマリーとの会話について暴露されてハルベルトが羞恥にのたうち回るという事があったが、誰も大して気にしなかった。

 そうして、パレルノ山の出来事から四日が経過した。

 そして遂には遠く離れた地にいる姉妹姫の番となったのだが――そこで、リールエルバは歪んだ笑みと共にこう言い放った。


「嫌よ」


「と姉様は仰っていますので、セリアもお断りします」


 今まで口を挟むことなく、夜ごとの思い出話に付き合っていたリールエルバとセリアック=ニア――グリーンとイエローは、ここにきて協力を断った。

 予想していた事ではある――が、ハルベルトはあえて訊ねた。


「どうして」


「協力する理由がどこにあるのかしらね。今現在もなお私たちの国に災厄をもたらし続けている言震ワードクェイク――その切っ掛けとなった相手を助ける理由、できれば教えていただきたいわねえ」


「そんなのっ、アズーリア様が悪いわけじゃない! やったのは私、全て私の責任で引き金を――」


「メートリアン、それは違う。やったのはハル」


「同じ事よ」


 互いが自分こそが悪いのだと言い合うカラスとウサギを冷ややかな瞳で見据えて、リールエルバは言い放つ。


「原因がなんであれ、ドラトリアは引き裂かれた――その事実が全てじゃないかしら? ねえ、それどころか私たちには、全国民を代表して使徒様を八つ裂きにすることすら求められているのでは? ああ、けれどそんなことをしたら今度は私がマロゾロンド回帰主義者に狙われてしまうわね」


「そんなことさせません。姉様はセリアがお守りします」


「いい子ね、私のニア」


 唯一自由な緑色の長髪を蠢かせ、リールエルバは妹の頭を撫でた。

 嬉しそうにごろごろと喉を鳴らす三角耳の少女人形は姉の言うことだけを聞き、姉の判断に盲従する。リールエルバが協力を拒否したならばセリアック=ニアの協力も得られないということだ。


「――あなたが怒るのは当然だと思う。けど、それは全てハルがやったこと。だから、どうかアズーリアを」


 震える声で懇願するハルベルトを見ながら、リールエルバは可笑しそうに喉を鳴らした。それから笑い声は大きくなっていき、ついには哄笑に変わる。


「やだもう、そんなに怯えないでってば。可愛い垂れ耳を更に垂れさせちゃって、私の密かな小動物好きにつけ込もうって言うの?」


「そんなつもりは――」


「冗談よ、冗談、そんなに固くならないで頂戴」


 破顔するリールエルバの表情に敵意や怒り、憎しみと言った負の感情は見当たらない。ハルベルトはおずおずと訊ねる。


「怒って、ないの?」


「怒ってるに決まっているでしょう」


 笑い声がぴたりと止む。鋭く放たれた声はまるで刃のようだ。

 リールエルバは真紅の目を細めて烈火のごとき口調で告げる。


「原因とか責任とかそういう問題じゃあないのよ。ただお前たちが憎くてたまらないわ。よくもやってくれたわね。私の愛する祖国、私の愛する国民、私の愛する秩序――その全てを、粉々に破壊したお前たちを一人残らず許さない。可能ならば皆殺しにしてやりたい」


 リールエルバは激昂していた。

 ハルベルトたちを貫く視線の熱量の凄まじさは、もはや邪視が発動して事象改変を始めるのではないかと錯覚しそうになるほどだ。

 燃え上がるような真紅の瞳に宿るのは、純粋な殺意。

 これが自らが行ったことの代償、当然の報い――それも、おそらくはほんのひとかけらに過ぎないのだ。

 その重さに押し潰されそうになったその時、リールエルバから放射されていた熱量が不自然に霧散する。


「なーんて、うっそよー。冗談に決まってるじゃなぁい。そもそもあの時の取引で禁呪の代償としてあの場所を指定したのはこのわ、た、し、だものねぇ。むしろ諸悪の根源というのに相応しいのは私の方じゃないかしらぁ」


 一転して晴れやかに、そう言ってのける。

 意外な事実に、ハルベルトとセリアック=ニア以外の全員が唖然としてリールエルバを見つめる。


「ああ清々した! この私を地下千メフィーテに幽閉し続けるあのクソ虫どもが今まさに絶望の中に叩き落とされているかと思うと愉快でたまらないわ! 連中、今更になってこの超天才の頭脳を借りに毎日やってくるのよ。地に頭を擦りつけて、惨めったらしくお願いしますリールエルバ様ぁ、なんてね」


「姉様が仰る通りです。セリアも清々します」


「ハルベルトも、ちゃんと忘れずに私たちに事前連絡してくれてありがとう。いずれ必ず訪れるこの事態をあらかじめ見越していた私たちは、この未曾有の混乱の中で最善の立ち回りができる。この機に乗じて勢力を拡大し、いずれ私たちはあの国を完全に掌握するの」


 興奮した様子で喋り続けるリールエルバはたがが外れたかのように上機嫌で、躁状態のようである。ハルベルトはやや気圧されつつも、どうにか言葉を返す。


「そ――そう。それなら」


「だとしても私的な感情と王族としての立場は別だわ。私は民の怒りと嘆きを代弁しなくてはならない。今まで言った事は全て本心よ。リールエルバという個人の感情は置くとして、ドラトリアの王族として貴方たちへの協力はできない」


 急に冷静になったリールエルバは、静かにそう口にすると目を伏せた。

 その答えに再び悄然としたハルベルトに、明るい声がかけられる。


「でも同じ黒百合宮で学んだ魔女として、幼馴染みとしての情は捨てきれるものじゃないわ! やっぱり私、使徒様を見捨てるなんて無理! それに貴方たちの友情を裏切りたくないの!」


 ハルベルトが何かを言おうとするが、それを遮って、


「ああ、大いなるマロゾロンド神よ! 敬虔なる信徒として、私はあなた様の降臨を心より望んでいるのです! ですが、その為に古い友人を見捨てなくてはならないなんて! これは試練なのですか、世界の安寧のために小を切り捨てよと?! なんてこと、胸が苦しいわ。けれど、これを乗り越えた先に万民の幸福があるというのなら、私は我が心の痛みに耐えて見せましょう!」


 と敬虔を通り越して狂信的な言葉が発せられる。

 そんなことが何度も繰り返され、いい加減にミルーニャが痺れを切らす。


「ちょっと、ハルベルトをからかうのも大概にして下さい!」


「からかう?」


 ぎょろり、と。

 リールエルバの真紅の瞳が動く。ミルーニャの本来の瞳と同色にも関わらず、その色味はどこか異なる。

 ミルーニャの瞳が血の赤なら、リールエルバの瞳は狂騒の赤。

 具体的な質感ではなく、漠然とした感覚を想起させる曖昧な瞳。

 つまるところ――焦点が定まっていない。


「からかうって何? 私、何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ」


「や、やめて下さい! そういうのですよ、そうやって長々と話を引き延ばして、結論を出そうとしないで――堂々巡りじゃないですか!」


 全員がその二つ名ハンドルを思い出す。本国で付けられた異名。

 【狂姫】という、地下に幽閉される原因ともなったその性質。

 彼女は、いつだって本気だ。

 真剣に仲間たちと向き合っている。


「そっちこそ何よ! 貴方がやらせたんでしょう、貴方がハルベルトに強制さえしなかったら、こんな、こんなひどい事には! ああ、どれだけの人が苦難に見舞われたことでしょう。民の事を考えると、胸が張り裂けてしまいそう。たとえ私を地下に幽閉し続けている国民だとしても、責任があるのはごく一部の薄汚い権力者たちだけ――だからといってこの溢れんばかりの憎しみが消えるものですか! 知らなかったで済まされるか屑どもめ! 私が全身を拘束されて惨めに暗い地下に幽閉されている間に、のうのうと地上で暮らしている連中は悶え苦しんで死ね! ざまあないわね言震の引き金を引いてくれて本当にありがとうメートリアン、ああ今はミルーニャだったっけ? どちらであっても貴方は大事な幼馴染みよ、他のみんなも同じ。だから使徒様も大事に思ってるわ。大事なマロゾロンド神の寄り代である使徒様を大事に思ってるわ。大事な寄り代としてしっかりとマロゾロンド神を降臨してもらって我がドラトリアに繁栄をもたらして欲しいものだわ。憎いゴミ虫どもにマロゾロンド神の加護を与え給え! そうしたら私が圧政を敷いてマロゾロンド神もぶち殺して民を絶望させてやるの! そうしたらアズーリアも取り戻せてみんな幸せじゃない、ねえ私ってやっぱり超天才、素敵素敵最高の閃きよキャッハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「姉様の仰る通りです。セリアもそう思います」


 朗らかにセリアック=ニアが追従して、二人の意見表明は終わった。

 けたけたと笑うリールエルバとにこにこと笑うセリアック=ニア。

 それを見ながら周囲では、


「ああ、そうでした。こういう人たちでしたね」


「えっと、でもあたし思うんだけど、人の感情ってそんなにはっきりとしたものじゃないから、色々な考えが混在する事もあると思うんだ。本人視点で流れを追っていけばそんなに不自然じゃないことも多いんだよ」


「ニアちゃんフィルター無いと飛ばしまくりだからね、リールエルバは。私の記憶だと、まだ幽閉される前の社交パーティーとかでもこんなんだったよ」


「そっか、リーナは一番付き合い長いんだっけ。じゃあこれ、幽閉されて精神が――とかじゃなくて、素なんだ。そっか」


 などと言葉が交わされる。

 ハルベルトはしばらく瞑目し、ようやく一言だけ絞り出す。


「協力についてはもういい。ただ、みんなにお願いがある。禁呪の代償について、アズーリアには秘密にして欲しい。その為だったら、ハルは何でもする。だから、どうか」


「そう、じゃあ取引ね」


 途端、延々と続く哄笑をぴたりと止めて、リールエルバは真剣な表情でハルベルトを見つめる。


「以前にも言ったけれど、私たちはドラトリアの権力闘争を生き延びねばならない。これは文字通りの意味でね。今後政情が不安定になる中で、私たちは命を脅かされることでしょう。その為には力が要る――末妹候補になろうとしたのも、星見の塔に近付いたのも、そもそもはそれが理由よ」


 理性的に言葉を紡ぐリールエルバはあくまでも冷静に、度を失うことなくハルベルトに協力を要請した。


「私たちは末妹候補になることを諦める。その代わり、貴方はいずれ必ず末妹になって私たちの支援者となる。もちろん、こちらから可能な助力は惜しまない。太陰の王族である貴方とドラトリアの王族である私たちの個人的な繋がりはいずれ必ず武器になる――今は力のない私たちが順調に勢力を拡大できればの話だけれど」


「わかっている。あの時の約束を忘れたことは無い」


「いい答えね。それじゃあ早速なんだけど、これから一週間後にニアがそっちに行くわ。私もアストラル体を送るつもり。その時、貴方に協力を頼みたいのよ。智神の盾の一人として、そして太陰の王族として、ついでに歌姫としてね」


 一週間後。

 その日には、大掛かりな式典が行われる。

 エルネトモランの第一区で開催される葬送式典。

 死者の魂を慰め、天の御殿に送るという儀式だ。


「葬送式典には各国の来賓も招かれるわ。その中にニアの名前をねじ込めたのは、そっちのマロゾロンド神関係の祭儀を執り行う総責任者、夜の民の群青司教が殺害されてしまったことで、高位の神官に欠員が出たから。東方の聖姫と謳われ、第二位の神働術に深い造詣のあるニアなら充分に役割をこなせる。これは関係の悪化した槍神教とドラトリアの繋がりを再び作り出す為の儀式でもあるわ」


 ドラトリアの世論は槍神教を敵視する方向に向かっているが、地上を覆い尽くす最大勢力を敵に回せば最後に待つのは『聖絶』だ。

 ティリビナの民のような末路を迎えるよりは、と自国の生き残りを模索する一派が、どうにか国内世論と折り合いを付ける形で槍神教と接触しようとしていた。

 リールエルバはその動きに乗じて、自らの妹姫という札を切ったのだ。

 セリアック=ニアの来訪はその為の外交の一環、ということらしい。


「自国内の反槍神教派から、そして槍神教の反ドラトリア派からも妨害が予想される。まあニアなら大抵の暗殺者くらい返り討ちにできるけれど、現地で協力者がいると助かるのよ。できればハルベルト以外にも協力願いたい所ね」


「――わかりました。私に異論はありません」


 ハルベルトは当然だという風に無言で頷き、ミルーニャもまた了承した。他の面々も頷いていく。

 リールエルバは色よい返事に口の端を笑みの形にして、目の前に長方形の札を出現させる。カード型の情報構造体の表面に、無数の文字列が走っている。


「いいお返事ね。これ、私たちの分の思い出話よ。といっても私たちは使徒様との間に際立ったエピソードなんて無いから、記憶に残っている黒百合宮の念写画像や動画などに変えさせて頂いたわ。昔の授業のノートも私の頭の中にあったから、それも含めてある。黒百合宮の学舎としての側面を思い出す助けになれば幸いよ。それと、これ」


 リールエルバの視線の動きに従って、もう一つの情報構造体が出現する。


「ここ数日でアストラルネットからかき集めた、夜の民とマロゾロンド神に関しての詳細なデータ。それも、杖的な生物としての資料ではなく、神話や伝承といった物語――呪文としての資料よ。儀式の補強材料にはなるんじゃなくて?」


 二つの情報を受け取ったハルベルトは、リールエルバを見て、それから深く頭を下げた。


「ありがとう」


 今のハルベルトには、ただそれしか言えなかった。

 背負ってしまった途方もない罪を償う術は、今のハルベルトには無い。

 それでも、アズーリアを救うという事だけは諦められない。

 被害者であり加害者であり共犯者であるリールエルバの助力に、ハルベルトの言葉は余りにも無力だ。

 報いは、ただ行動によって為されればいい。

 真紅の瞳が、狂気と理性によってそれを告げていた。


「それとね、ハルベルト。あまり気に病まないことよ」


 リールエルバは、最後にそう付け加える。


「あれはいずれ吹き上がる火種だった。禁呪はその切っ掛けに過ぎない。所詮地上の平穏とはかりそめの秩序で強引に取り繕っただけのものよ」


「でも、それでも実際に災厄を引き起こしたのは――」


「そうね。貴方が引き金を引いて、憎しみ合った人々が自らの感情と思考に従って争っただけ。そうして破壊された槍神教の秩序、太陰の秩序、地上の秩序――ねえ、地獄からこの地上がなんて呼ばれているか、知っている?」


 天地に広がる二つの大地。

 下方勢力を地獄と呼ぶのは、もちろん上方勢力のみである。

 下から見れば巨大な天蓋、浮遊する世界である地上の下方勢力から付けられた呼び名とは果たして何か。

 その問いに答えたのは、どうしてかメイファーラだった。


「天の獄――」


「そう。ここはひっくり返して蓋をしただけの地獄。綺麗に整えられた秩序の内側には混沌が押し込められている――ねえハルベルト。私は責任を感じるな、と言っているのではないの。気に病むな、と言っているのよ。そうして貴方の為すべき事ができなくなることこそを、私は恐れる」


 リールエルバは瞳に真摯な想いを乗せながら語る。

 いや、メイファーラの言うとおりならば、彼女はいつだって感情と理性に従って、素直な本心を口にしているだけなのだ。


「呪文の座を私たちは諦めた。呪文のメソッドによって紀元槍に至り、ほんとうの意味で世界に秩序をもたらすという奇跡。そのための資格、そのための禁呪。確かに貴方に預けたわ。だから私は貴方をもうヴァージリアとは呼ばない」


 黒百合の子供たちの最後の二人――遠く離れた異国の地下で囚われ続けている姫君は、歪んだ笑みを見せながらこう言った。


「ハルベルト。その名を背負ったからには、必ず世に真なる秩序をもたらしてもらうわよ。貴方に果たすべき責任があるというのなら、ただそれだけ。けして贖いきれぬ罪に潰されるよりも、世界救済の英雄になってみせなさい」


 ――たとえ、その過程で大量の屍を積み重ねたとしても。

 狂気と崇高を綱渡りする道を古い友人に託し、リールエルバは怒りと憎しみと友愛と歓喜に満ちた敬虔な笑みを浮かべる。

 それは整ったアバターの顔の上で不思議に調和した、混沌とした笑みだった。




 そんなやり取りがあったのが、昨夜のこと。

 アズーリアが昏睡状態に陥ってから五日後の晩、談話室に集まった面々はこれまでの出来事を整理し終えた。


「――で、心ここにあらずのリーナはちゃんと聞いてました?」


「うん。わかってる。ごめんね、なんかぼけーっとしてて」


「いえ、まあ貴方の事情を考えれば仕方無いですけど」


 リーナは箒のアバターで無意味にあたりを掃除しているが、かえって埃が巻き上がるだけで周囲に迷惑をかけている。

 ミルーニャの声は嫌そうではあっても、いつものようにその顔を蹴り飛ばすようなことまではしない。

 リーナの心は、傍目から見てわかるほどに沈んでいた。

 表面上は常のように騒がしく振る舞っているが、ふとした拍子に沈み込む。

 心ここにあらずな理由は明らかだ。

 目の前で、ガルズ・マウザ・クロウサーがアズーリアを殺害した事。

 そして、その直後にサリアによって無惨に引き裂かれた事。

 その二つの余りに衝撃的な光景に加え――事態がまるで終息する気配を見せないことがリーナの心を苛んでいるのだ。

 ガルズが宣告した名簿の十三人。

 一日につき一人を殺害すると宣言したその凶行は、ガルズの死によって終わりを迎えるとハルベルトたちは考えていた。

 だが止まらなかった。

 それまでと同様に、名簿に記された者が順番に殺害されていく。

 あのパレルノ山での戦いの日だけは順番が狂い、名前に線が引かれたのはアズーリアだったが、それ以降は名簿の上から確実に殺されていた。

 誰もそれを阻止できない。

 あらかじめ定められた運命のようだった。

 恐らく、生き残ったマリーが殺害を実行しているか、もしくは術者が死亡した後も自動的に呪殺が実行されるような儀式が行われていたのだろう。

 このまま行けば、葬送式典の前日には歌姫Spear――すなわちハルベルトが殺害され、最終日にはリーナの祖父であるサイリウス・ゾラ・クロウサーもまた餌食となる。そうして十三人を生贄にして引き起こされる大規模な儀式呪術が一体どんな災厄をもたらすのか。

 その事を考えているのだろう。リーナは大学に行きもせず、端末に齧り付いてテロ関連のニュースが入ってきていないかしきりに確認することばかりしている。

 毎夜の思い出話も、残すところリーナ一人のみ。

 いよいよ自分の番というところで、彼女はすうっと息を吸って、それからちょっとした前置きを口にする。


「あのね。私、ここ数日ずっと考えてた。アズーリアに、殺された人たちにどうやって償えばいいんだろうって。私が生かして捕まえたいなんて考えずに、見つけ次第ガルズを殺していればこんなことにはならなかったんじゃないかって」


 沈んだ口調。いつものような軽さ、明るさはそこには無い。

 親しかった従兄弟との記憶。甦った幼馴染みとの記憶。

 荒れ狂う感情の中で、リーナは答えを探し続けていたのだ。


「でも、やっぱ私、頭悪いからさ。どうすればいいかなんて自分では考えつかなくて。だから、私はアズーリアにまた会いたいよ。会って話して、謝って、それで――それで、まず目の前の事を片付ける! マリーをどうするかとかは後で考える! っていうかアズーリアとみんなに相談する!」


 まとまらない思考を吐き出して、リーナが出した結論はそれだった。

 周囲は彼女の言葉を静かに受け止める。


「それじゃあ、話すね。もうみんなが大体話しちゃったから、私が話すのは終わりのあたりかな。それまで私はアズーリア――マリーとはあまり話さなかったんだけど――その頃になって、私はマリーとようやく筆談するようになった。共有できた話題は、お互いが関心のある事柄」


 ――私たちは、青空について話したんだ。

 そして、リーナの話が始まった。

 それは、澄明のマリー・スー・ヘレゼクシュという存在の終わりであり。

 同時に、アズーリアという名前の始まりでもあった。









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