突撃、隣の女子更衣室

作者: uda

 この物語は男子更衣室で起きた下品で馬鹿らしい事件です。

【発端は彼の一言から始まった。彼から言わせればこれは私の英雄譚だという】





 プールの授業も終わり、塩素の匂いと男臭い更衣室も中学三年目になれば嗅ぎなれた匂いとなるだろう。もっとも、私はこの匂いは嫌いなのだがね。

 周囲はとても描写できない光景。敢えて言うならカーテンなどの仕切りのない薄暗く広い空間の中、私は隣で着替える友人に声高らかに宣言した。


「私は女子更衣に突撃してみようと思う!」


 ポンチョで体を覆う友人は何故か呆れたようなため息を吐くが私は構わず言葉を続けた。もはや、我慢の限界だったのだ。


「お前のせいなのだ」

「はぁ、なんでだよ」


 周囲の野郎どもは私たちの阿呆な会話を気にもとめない。大方、いつもの冗談なのだろうなと思っているのだろう。しかし、敬愛するクラスメイト達よ。残念だったな。今回の私は本気なのだ。

 予想通り、理由を求められ、私は答える。


「確認しておくが、誠に遺憾だが私は君のことを友人だと思っている」

「遺憾は俺の方なんだが」

「やかましい。そしてここからが重要なのだが」


 私はトランクスを履く友人を指差し言い放った。


「君はまるでラブコメの主人公のように周囲の女子生徒に恋愛感情を持たせているのだ」

「……んな、馬鹿な」


 話の内容を信じない友人。

 この唐変木め! やはり、信じないか。

 私は諦めかけた。しかし、意外なところから援護が来る。


「いや、このバカの言っていることは本当だぞ」

「そうだな。あの美少女転校生と食パンくわえてぶつかったしな」

「おまけに隣にはあのツンデレ幼馴染だろ」

「くわえて高嶺の花である生徒会長の右腕と言われる始末だ」


 なんという僥倖なのだろう。クラスメイト達が援護してくれるとは。

 感動で少し泣きそうになりながら私の隣では友人はさすがに戸惑っていた。


「え、いや、だが、あいつらは友人であって、向こうもそう思っているんじゃ」

「「「「はぁ! んなわけ無いだろうが」」」」

「お、落ち着いてくれ」


 友人の鈍感すぎる発言に耐え切れなかっただろう。何人かがパンツ一丁で友人に詰め寄ろうとした。私は慌てて二人の間に入り、肉団子のような彼らをその華奢な両腕で抱きとめる。


「どう! どうどう!」

「だ、だって、あいつだけ手作り弁当とか」

「ウゥ……俺、生徒会長のファンだったのに。ウグッ! ヒグッ」

「分かった! 君たちの言いたいことは、分かっている! だが、ここは私に全て任せてくれないか。幸いなことにここなら彼女たちが入ってくることはないのだ」


 マジ泣きをする男どもを私はもはや慣れた手際で彼らをなだめた。まったくこの程度で起こってどうするのだ。短気は損気。

 泣きたいのは私の方なのだがという発言はぐっと堪え、ドン引きする友人に振り返った。


「とにかく、このように君のせいで大変皆が苦しんでいるのだよ」

「俺のせいだっていうのか」

「いや、全ては君の人徳や運なのだ。それは悪いことではないその優しさや気遣いは良い事だと私は思いたい」


 というより、思わなければ私が発狂する。


「しかしだ。あえて、私情を言わせてもらうとだ。君の友人である私としてはとなりでハーレムパラダイスをさせられて非常に不愉快であるといえば嘘になるのだよ」

「はぁ……」


 気の抜けた友人返事に私は思わず、ズボンを履く友人に詰め寄り、両肩を掴むとガクガクと揺らした。


「『はぁ……』だと。コラ! なめてんのか! こちとら、貴様と飯食っているといつもテメエの両脇に女が集まってきてイライラしてんだよ。一方、オレの隣はいつでもフリースペースだ! つーか、最近そのせいでハーレム物のラノベが見れない謎の病気にかかって困ってんだ。あ? 喧嘩売ってんのか、このリア充やろう」

「落ち着け、馬鹿」

「そうだ。馬鹿、お前の気持ちは痛いほど分かる。分かるから」


 完全に頭に血が上った私をクラスメイトたちが無理やり引き剥がし、独り身の男たちの悲痛な訴えによって私はすぐさま落ち着きを取り戻す。

 すまない。クラスメイトの諸君、私としてことが冷静さを欠いてしまったようだ。


「とにかく、そういう訳でプールを挟んで反対にある女子更衣室に突撃しようと思うのだよ」


 声高らかに宣言した私の言葉に所々から拍手が聞こえる。ふむ。こういうのも悪くない。


「では、いざ」

「ま、待て」

「いや、待つものか」


 一陣の風となろうとした私の腕をTシャツを着た友人が掴む。途端に周囲から非難の嵐が生まれた。


「お前の悩みはわかったが、それと女子更衣室に突撃するのは違うだろ」


 友人の発言は日本刀の切れ味を生み出し、避難の嵐を切り裂き静寂を作り上げる。


「き、君は馬鹿か」


 私は口元の震えを隠すように気丈に振る舞いながら、両親から頂いて十五年となる灰色の脳細胞を高速に回転させ、一つの輝かしい回答を導き出す。


「言っただろ。いつも一緒にいる君の隣には女性が居る。しかし、私の隣には女性がいない。これでは平等ではない。しかし、だからといって残り半年となる中学生活で君のようにモテるのは無理な話だと流石の私も分かっている」


 いつしか、私は演説家のように長々とした語りをし始めていた。

 周囲で着替えていたクラスメイト達は着替えるのをやめ視線を私に降り注ぐ。ブリーフやトランクスなどが散りばめられた中、私の弁に熱が篭っていく。


「だが、だがだ。 このまま諦めるは日本男子として実に恥ずかしい振る舞いだ。ハーレムという男の夢百点を取れなくてもせめて五十いや、四十点を取ろうと頑張るのは自然の摂理、いや、常識なのではないのか!」

「ま、まぁ、そうだな」


 何人かが頷く中、私は捲し立てた。


「では君たちの中で言う五十から四十点というのは何か?」

「か、彼女を作るかな」

「好きな人と同じ高校じゃね」

「義理の妹かな」

「馬鹿者! 正直になれ!」


 腑抜けた返答に私はつい声を荒げる。義理の妹というのはなかなか見所があるかもしれないが、しかし今は本筋が違うので悔しいが否定せざる負えない。

 私は小さな溜めを作ったあとゆっくりと彼らに説き伏せた。


「正直になれクラスメイト諸君。私たちの年でなら、なぜ最初に女体を見たいと思わないのだ。思春期なら見たいだろ」

「そ、そりゃ、まぁ」

「ええい。恥ずかしがるな。そして私の中で言う四十から五十というのが所謂ラッキースケベ。つまり、間違えて女子更衣室に入っちゃった。ごめんね♪ということなのだ!」


 私は周囲の反応を見る。納得したものは半分ぐらいである。意外な程うぶなクラスメイトに向かって私は最後のひと押しをする。


「想像してみるがいい。いつもの気さくな女性が恥ずかしがり、おっとりした女性がわたわたとし、男勝りな女性が乙女のような悲鳴をあげる姿を……見たくないはずがないであろう」

「けど、覗きは……」

「心配するな。私のクラスメイト(女子)の好感度は友人の隣にいなければ〇に等しいものだ。今更マイナスになろうと怖くない」


 嗚呼、思い出す。いつも話しかけてくれたあの子が俺のこと好きなんじゃね? と思っていたら、やはり私の友人が好きであったこと。

 街でたまたま友人の幼馴染に挨拶をすれば、不審者扱いされ、次の日友人の前では普通に接していたこと。


「頼む。後生だ。残り半年の人生をここで不意にしても構わん。行かせてくれ」


 気が付けば、私の目から涙がこぼれ落ちていた。

 私の表情に驚いたのか、ドン引きしたのか友人は握っていた手を緩めた。

 次の瞬間、無数の腕が友人の腕を、体を包み込んだ。


「行け、行くんだ馬鹿」

「お、お前ら」

「最後まで行ってこい」

「臆病者の俺たちに構わず、自分の道を突き進め」


 な、なんとクラスメイト諸君たちが友人に組み付いたのだ。

 汗とプールの水を含んだ無数の腕は友人の体に這い回り、気持ち悪さに耐え切れず私は目を背けた。

 そして、聞こえる友人の悲鳴を背にし私は走り出した。輝く扉。男子更衣室出口に向かってだ。


 だが、運命というものは最後まで残酷であった。


「キサマら、さっさと着替えんかい!」


 突如、扉が乱暴に開かれ中からゴリラ、いや、体育のゴリ講師が現れたのだ。

 扉の前に仁王立ちする姿はもはや鬼、悪魔のように光る眼光はクラスメイトたちを一撃で石像にしてしまう。

 しかし、私はそこで諦めるわけにはいかなかった。

 ここで諦めればすべてがなかったことになるかもしれない。もしかすれば、天文学的な確率で私に彼女ができるかも知れない。

 だが、それでは助けてくれたモテないクラスメイト諸君達にも申し訳が立たない。何より、一五歳である私が暴走した欲望をここで自重する術など持ち合わせていなかった。


 今こそ、今こそ、私は勇者になるのだ。あらん限りの声を出し私は扉を守るゴリラに突撃した。


「ゴリ講師、覗きの邪魔だぁあああああ! そこをどけぇええええ!」

「アホかぁああああ!」


 迫る講師のゲンコツ。避けられないと分かったところでようやく冷静になった私は重大なことに気がついた。


「し、しまった、全裸であったか」


 そして、げんこつを受けた私は不運にも男子更衣室から転がりだした。そんな所を着替え終わった女子生徒に目撃されてしまい、これではどちらが覗かれたのかわからない。

 結局、私が得たものといえば数箇所の擦り傷、先生様の拳骨とありがたい説教、女子生徒の冷たい目線であったというわけだ。

 




 そういえば、友人はあれから彼女を作り女性関係もいろいろ整えていると言っていた。果たして彼女は誰なのか。恥ずかしがって私にも紹介してもらえないのが実に残念である。


 嗚呼、そうだ。もうひとつ得たものがある。それは全裸で男子更衣室から出て行ったことに対して、クラスメイト諸君から与えられた名誉ある称号であった。

 とはいえ一週間ほどしか呼ばれなかったが、私にとっては一生の思い出になるだろう。


【――こうして皮肉にも彼は英雄として崇められた】



二時間ほどで書き上げた作品です。

プロットもなくただ書きなぐった。反省しかない。

楽しんでいただければ幸いです。


けど、覗きはダメです。今は犯罪ですので……