95:フルムスの噂
「ふうん……」
メイグイからメモを受け取った私はフルムスのとある場所で一冊の本を回収。
ミラビリス神殿に戻ってから、その内容を確認した。
「私が知らなかっただけで、やっぱり色々とあったみたいね」
本の内容は『Full Faith ONLine』ではフルムスにどのようなイベントがあったのかと、『満月の巡礼者』フルムス調査部隊による現在のフルムスの調査結果、その両方がまとめられている資料。
その中には当然のようにファシナティオが自分の住居として使っている屋敷の見取り図も含まれている。
「まあ、悪徳ほにゃららをプレイヤーがどうにかするってのは、街中のクエストでは割とよくあったパターンよね」
さて、ファシナティオの屋敷だが、あそこは元々とある悪徳貴族の住居として使われていた建物であるらしい。
クエストの内容としては、その貴族の被害者から依頼を受けたプレイヤーが証拠を集め、貴族を捕まえるために警察と一緒に屋敷に侵入。
しかし、それを一足早く察した貴族は自分の屋敷の地下に広がる迷路状の通路から逃亡を図る。
なので、プレイヤーは一定時間内に迷路を抜けて貴族に追い付き、実はヤルダバオト神官でもある貴族を捕まえなければいけない。
と言う流れであるらしい。
「貴族周りは……別に特別なことは無いか。フルムスの状況は見ての通りだし」
なお、『Full Faith ONLine』における貴族とは、ある程度規模の大きい街で街の管理者として統治を行う一族に関りがあるものと言う扱いであり、そこまで権力があるわけではない。
これは『Full Faith ONLine』の世界『フィーデイ』では、国と言うのが七大都市とその傘下の街や村をまとめただけのものであり、税や兵役、法と言ったものよりも信仰で繋がっていて、高位の神官の方が影響力も物理的な実力もあるためだろう。
「で、この迷路には……ああ、ちょうどいい感じの空間があるわね」
話を戻す。
この貴族の屋敷の地下迷路だが、袋小路になっている部分は少し加工を施せば、そのまま牢屋として使えそうである。
また、何ヶ所か戦闘を行う場所として設定されたのか、広めの空間を有している場所も存在している。
私が気配の位置を探る限りでは……だいたい一致しているようにも思える。
「……。噂、ね」
さて、この地下迷路だが、一度クエストをクリアすると、幾つかある脱出口から遡る形で、自由に入れるようになるらしい。
そして、その広さと構造から、『Full Faith ONLine』であった頃から幾つかの噂があるようだ。
噂の内容としては……
『この地下迷路の何処かには強力なレイドボスが潜んでいる』
『この地下迷路には未知のエリアが存在している』
『この地下通路では極稀に強力なレアアイテムが入手できる』
と言った、よくあるものだ。
だが、そんな噂が立つ程度には、怪しい地形と言うか、後々何かを追加実装できそうな空間はある。
これらの空間を見たら、確かにそう言う噂と言うか与太話が生まれる余地くらいはあるだろう。
「未実装領域。まさかここで関わってくるとは思ってなかったわね……」
未実装領域。
それはルナリド様とメンシオスのやり取りでも出てきた、『Full Faith ONLine』ではまだ何も設定されていない範囲についての話だ。
「順当に考えれば……適当な何かで埋め尽くされているとみるべきよね」
何もないままになっている、と言うのは考えづらいだろう。
文字通りに何もない空間が広がっていたら、それこそ世界に異常を与えかねない。
それは『Full Faith ONLine』では立ち入れなかったガワだけの建物が幾つも存在している街や村に、何の異常も起きていない事からも分かる。
だから、順当にいけば、他の建物に合わせて適当に整えられた空間、空気あるいは土もしくは水、何かしらの施設維持に必要な配管類と言ったものが、世界が成立できるように存在しているはず。
で、これはファシナティオの屋敷の地下でも変わらないはずなのだが……
「どうしてか不安になってくるわね」
私はどうにも妙な感覚と言うのを覚えずにはいられなかった。
そして、経験上、こう言う感覚の源と言うのは、出来るだけちゃんと調べておいた方がいい物でもある。
「相手のメンバー構成……リポップ位置の調整……ルールの変更……」
私はファシナティオに味方しているであろう、フルムスとその周囲に存在しているモンスターたちの名簿と大体の能力を確認していく。
ファシナティオの屋敷の地下にあるヤルダバオト神官の気配がどうなっていくかも探れるだけ探っていく。
「何処かに集められている……一番はファシナティオ……死を恐れる者が死から逃れるなら……」
ファシナティオの性格に嗜好。
これまでの行動の内容に知的レベル、それから常識と言うものの具合。
そう言ったものから、ファシナティオがどういう行動をしようとするかも考える。
「発想に制限を設ける必要は無い……未実装領域……メンシオスとの関わり……」
その上で、出来るか出来ないかは考えずに、単純に発想として大量のヤルダバオト神官を利用することで何かが出来ないかを考える。
「ミナモツキ……複製……合わせ鏡に万華鏡……レベル……信仰……ゲーム……いや、まさかとは思うけど……」
そうして考えていくうちに、私は一つだけだが思いつく。
信仰をただの数字と見るならば可能かもしれない、一つの方法を。
だが、私の中の常識はそれを否定する。
それはあり得ない、一つの言葉でまとめる事は出来ても、その実態は千差万別なのだからと。
しかし、同時に私の中の知性はそれを可能性の一つとして肯定する。
既存の魔法やアイテムでは不可能でも、ヤルダバオトを含めた、この一ヶ月で生み出された新たな何かを用いれば可能性はある、と。
「最悪の事態を想定した場合……ルナたちを待っている余裕はないかもしれないわね」
私はルナたちフルムス攻略部隊を待たずに行動開始するための条件を策定せざるを得なかった。
フルムスの攻略開始まで……後36時間、と言うところだった。
06/20誤字訂正