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94:フルムスの中を歩く-2

「今更な話かもしれませんけど、今日はまるで絡まれませんね……」

「確かにそうね。三人一緒だからと言う以上に、変なのが寄ってこないわ」

「そうなの」

 私たちはフルムスの街中を三人揃って、周囲を警戒しつつ歩く。

 当然の話として、フルムスにはファシナティオに魅了された兵士と自分の意思で従っている者たちが不審者と言う名の適当な獲物を探してうろついている。

 それに加えてモンスター、日々の糧を失って餓死寸前な浮浪者、単純に悪徳を好む犯罪者と言った危険な存在もうろついている。

 だから、二人のシュピーの言うとおり、女三人で歩いていたりすれば……まあ、普通は変なのが寄ってくる。


「地下の件、かなり厄介な事になっているのかもしれないわね」

 だが、私が探った限りでは、ファシナティオの兵士たちどころか、そう言う変なのも含めて私たちに寄ってくる気配はない。

 それどころか、街頭に立っている見張りの兵士の数すらも目に見えて減っているようだった。

 そのため、私たちは現状、敵地とは思えないほどに自由に動けている。


「と言うと?」

「確認だけど、元々兵士や住民の中にはミナモツキによる複製体が混じっていたんじゃない?」

「えーと、はい。住民の方は分からないですけど、兵士の方は複製体の方の方が多かったと思います。でも、それが今の状況にどう関わるんですか?」

 何故そんな事になっているのか。

 その理由を考えた場合、状況は厄介な方向に進んでいると判断できるだろう。


「それはつまり、今のファシナティオには兵士となる人間をミナモツキで複製している余裕が無いって事になるわ。ファシナティオがどうしようもないくらいに馬鹿で阿呆で間抜けだってのは分かっているけど、それでも敵陣に攻め込むための兵士の生産を怠ると言うのは、幾ら何でも考えられないから」

「なるほど……」

「そうね、それなら確かに厄介ね。だって、兵士の複製と言う大事な仕事以上の事をミナモツキに任せている、あるいはミナモツキを使っている可能性があるんだから」

「!?」

「大正解よ。シュピー本体」

「だから、その呼び方は嫌だって言っているでしょ……」

 シュピーの本体が言うとおり、兵士の増産以上に大切な事にミナモツキを利用していると考えられるのだから。


「まあ、問題はファシナティオの性格と知識レベルだと、そのファシナティオにとって大切な事が私たちには至極どうでもいい事である可能性が否定できないと言う点だったりするのよねぇ。逆に私たちの急所を的確かつ防ぎようがないレベルで突いて来る可能性もあるけど」

「「……」」

 が、その内容は作業を行っている現場であろう屋敷の地下に行かなければ、決して読み取れないだろう。

 ファシナティオの頭の中はそう言うものになっている。


「と、この辺がいいわね。じゃあ、雑談よろしく」

「はいはい。じゃ、適当に喋りましょう」

「うーん、エオナさんが何をする気なのかがまるで読み取れない……」

 そうこうしている間に私はこれから行う作業に的確な場所……フルムス全体で見れば西の方に辺り、元は公園または広場として多数の樹木に草花が植えられていたであろう場所を見つけ、先程の『満月の巡礼者』の根城前でやった時と同じようにその場で屈む。


「読み取ろうなんて思わない方がいいわ。スィルローゼ神官の中でも規格外扱いなんだから」

「そうなの?」

「『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・アインス』」

 で、フードの下で周囲から見えないように、アイテム欄から今朝貰った持ち手に加工を施した短剣を出現させると、『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・アインス』によって短剣を地中へと移動させていく。


「そうよ。と言うか、それくらいは私と記憶を共有していたんだから、分かりなさいよ」

「えーと、どうしてか私の記憶には所々抜けがあるみたいで……」

「ああ、それで私なのに私じゃなくなっている感じもあるのね。納得だわ」

「えへへ……」

 それと同時に踵から根を生やし、靴の裏の隙間から直接地中奥深くへと根を伸ばしていく。

 そして、十分に進んだところでアイテム欄から地中へと直接短剣を出現させる。


「まあ、完全なコピーを作り出すってのは鏡の性質を考えるとちょっとおかしいものはあるわよね」

「そうなんですか?」

「確かにそうね。鏡で作り出される像は左右が反転してる。だったら、ミナモツキによって作り出される複製体も何処かしらで本物と異なるように作られている方が、むしろ自然なのかも」

 私は根を引き戻していく。

 地面の痕跡を完全に消し、靴の裏の隙間についても、周囲からそうと分からないように誤魔化していく。


「で、結局何をやったのよアンタは。明後日の仕込みなのは分かるけど」

「そうねぇ……良い戦い方、良い勝ち方って言って分かるかしら?」

「?」

「戦わずして勝つとか、そう言う奴かしら。でも……」

 私が立ち上がるのに合わせて、シュピーたちも立ち上がる。


「ええ、残念ながら、もう戦わずに勝てるような状況じゃない。だから、初撃で相手を殲滅するくらいの気持ちの攻撃を打ち込もうと思っているのよね」

「……。それ、味方にも被害が出るんじゃないの?大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。その点については抜かりないわ。上手くいけば、味方への被害は0で、敵への損害は9割を超えるくらいになるだろうけど」

「本当に何をする気なのよ……」

 そして、次のポイントへと向かう。

 可能ならば今日中にもう四か所、同じ物を仕掛けたいからだ。


「でもまあ、負けない戦いの基本は最悪の事態の想定。策が上手くいかなかった時のリカバリー策を考えておくこと。一つ上手くいかなかったら敗走なんて戦い方は高レベルになればなるほど通用しなくなるもの」

「それで、今の仕込み?」

「ま、そう言う事ね。上手くいっても行かなくても、私の損にはならないように仕込んでいるから、楽しみに待っていなさい」

「はい、エオナさん」

「むしろ不安が増したわ……」

 そうして私たちは何者にも邪魔されることなく、計五ヶ所のポイントで仕込みを行う事に成功した。


「エオナ様」

「分かったわ」

 同時に、私は街中ですれ違ったメイグイから一枚のメモを受け取った。

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