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92:ミラビリス神殿にて-4

「で、その荊と洗礼の反逆者ってのは何?」

「ファシナティオの屋敷の地下に囚われていた時に、モンスターたちがそう言っているのを聞いたのよ」

 シュピーの本体曰く。

 私の存在については悪と叛乱の神ヤルダバオトからの通知によって、クエストボスやマップボスと言った一部のモンスターは知っているらしく、時々噂になっていたらしい。

 で、その会話の中には……


『エオナの危険性はファシナティオ様にもお伝えするべきだろう』

『だが、直接お伝えしても、奴の危険性は伝わらないかもしれない』

『ならば、私たちの誰かが犠牲になったとしても、お教えしなければ』


 なんてものもあったらしい。

 グレジハト村での戦いでワンオバトーが私の前に立ち塞がった事に、私は少々妙な物も感じていたが、そう言う理由もあったらしい。

 うん、私としてはありがたい話だが、封印されたワンオバトーはかなり哀れである。

 たぶん、ファシナティオに私の封印能力の危険性は伝わってないし。

 無駄死にならぬ無駄封印されである。


「ふうん、ま、なんでそんな名前になっているのかについては今は気にしないでおくわ」

「そっ」

 荊と洗礼の反逆者と言う不穏な二つ名については……今は考えないでおく。

 メンシオスに言われた、皆封じの魔荊王ロザレスと言う名前と同じで、深く気にすると、むしろ泥沼になりかねない。


「それよりも確認。ファシナティオの屋敷……元富裕層が住んでいたエリアの地下には強制的にヤルダバオトに祈りを捧げさせられた人たちが集まっている、と言う事でいいの?」

「いいえ、違うわ」

「違う?」

 それよりも今はシュピーの本体から情報を聞けるだけ聞いておくべきだろう。


「私のようにファシナティオにとって邪魔だから捕まえられ、リポップ地点も弄られたプレイヤーとNPCは確かに居るわ。でもね、アイツらにとっては相手が根っからのヤルダバオト神官だろうが、表面上のものだろうが構わないのよ」

「……。気に食わなければ、いえ、それこそ目に着いたらって事ね……」

「そう言う事。そして、そんな状態の人間がフルムス中に散らばっているの。つまり、信仰の対象と深さじゃ敵味方の識別は出来ないって事。カケロヤさんのように、完全にヤルダバオト神官だけど、人の味方だってパターンもあるくらいだし」

「カケロヤの事で分かってはいたけど……想像以上に混迷を極めているのね。フルムスは」

「確実に敵だと断言できるのは元からモンスターの連中と、城壁の上でマンハントに興じている連中くらいなものよ」

 敵味方の識別は困難。

 これ、いっそのこと、フルムスに居る人間全員を一度捕らえてから、敵でない事を確認できた人物から順次開放すると言う手法を取った方が結果的に楽になるのではないだろうか?

 代行者になった私でも出力が足りるかはちょっと怪しいが、検討くらいはしてもいいかもしれない。


「ファシナティオが屋敷の地下に人を集めて何かをやっていると言う話の方は?」

「ネフロンさんが言っていた奴ね。私には特に心当たりはないわ。ただ……」

「ただ?」

「あの屋敷の地下はまるでダンジョンのような広さがあった。だから、表に出せないような大規模な何かをするだけのスペースはあると思う。それにファシナティオが魅了したモンスターの中には頭がいい奴も何体か居たと思うから、そいつらがヤルダバオト神官と広いスペースを利用して、何かの研究をしていたとしてもおかしくはないと思う」

「ふうん……」

 何も情報が無いと思っていた事柄にも情報が出せるとは……シュピーの本体はほぼ常時拷問されているような状態にあったと思っていたのだけど、そんな状態でもこれだけの情報を集めてしまえる辺り、この子はこの子で元から精神の何処かがおかしくなっているのかもしれない。

 そして、何かの研究と言う話は……普通にあり得る。

 メンシオスとファシナティオの仲が良いとは、とてもではないが思えないからだ。


「と言うかエオナ。貴方、私の言葉を疑う気とかは無いの?」

「貴方はスィルローゼ神官でもある。それはスィルローゼ様が保証してくれているわ。なら、疑う余地なんてないと思うけど?」

「いや、疑いなさいよ。私の信仰がそのままであっても、ファシナティオに魅了されている可能性は普通にあるんだから」

「ああ、その事。私が見た限りでは大丈夫だと思うけど……そんなに不安なら『スィルローゼ・プラト・ミ・スメル=サニティ・アハト』。これでどう?」

 魔法の詠唱と同時に私の周囲に澄んだ匂いが混ざる。

 しかし、シュピーの本体には何の変化も見られない。

 まあ、当然だろう。

 『スィルローゼ・プラト・ミ・スメル=サニティ・アハト』は私の匂いを嗅いだ者の精神系状態異常を回復すると言う魔法であり、状態異常にかかっていないシュピーの本体にその効果が出る事など有り得ないのだから。


「……。これでファシナティオの魅了が解除できない可能性は?」

「まずないわね。と言うか、私のこれで解除できないほど強烈な魅了が使えるなら、真正面から魅了をばら撒いて突き進むだけでいいわ」

「それもそうね」

 どうやら、私の言葉にシュピーの本体は納得してくれたらしい。


「ま、いずれにしても今日の所はもう休んでおきなさい。傷は治したけど、体力は戻っていないわけだし」

「そうね……分かったわ……」

 やがてシュピーの本体は再び眠り始める。


「さて……どう戦うにしてもやっぱりまだまだ情報が必要ね」

 そして私はその場で眠りに就くまでの間、これまでに得た情報を頭の中でまとめると共に、ヤルダバオト神官たちの気配を探る事で、彼らが何をしているのかを調べることにした。

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