90:ミラビリス神殿にて-2
「つまり、明後日の朝にはフルムスの攻略が始まる。と」
「そう言う事になるわね」
私からの情報をそうまとめてくれたのは、ミラビリス神官としてこの神殿の管理を行っているリービッヒ神官。
その顔には嬉しさと悩ましさが入り混じっている。
「ふわっ、随分と急だが……まあ、リポップ対策が出来たなら、拙速でも攻めた方がいいか。相手に対策が講じられないとも限らない」
寝起きであるためか眠そうにしているのはプレイヤーたちのまとめ役の一人である男性、名前はトロンフタ。
信仰は明かしてもらえなかったが、レベルは80台で、武器は大盾と槍を扱っているらしい。
恐らくだが、有事の際の主戦力となるのが彼なのだろう。
「だねー。外に行っている子たちの話だと、どうにも街中にきな臭い空気も流れ始めているみたいだし、急いだ方が良くはあるのかも」
もう一人のプレイヤーたちのまとめ役である妙齢のおっとりした感じの女性の名前はネフロン。
彼女は木と豊穣の神ファウドを信仰している他、薬と錬金の神メディアルも信仰しているとのことで、シュピーの本体の様子を確認した上で追加の薬を飲ませてくれた。
たぶん、生産関係の内、食料と薬は彼女が主体となって回しているのだろう。
「ただ、私たちが積極的に戦いに加わるのは難しいだろうな……どうしても武器が足りない」
最後の一人はだいたいの大きな街に支店を構えている武器防具屋『オニノハ武具店』フルムス支店の店長、アオーニ・オニノハ。
優れた鍛冶屋でもある彼は青い髪を掻きつつ、赤い目を閉じて、何かを計算しているようだった。
どうやら、商人としての計算能力の高さを生かして、色々と計算してくれているらしい。
なお、魔法無しではモンスター相手に武器は通じないが、それは武器が必要でないと言う事ではない。
単純なリーチの問題に、武器の重量や切れ味が与えるダメージに関わってくるのも、また事実だからだ。
「心配しなくても、ルナたちも貴方たちを戦力として数えてはいないと思うわ。ただ、可能なら自分の身は自分で守って、信用できる人間が逃げ込んできたら、受け入れてほしい。そんなところだと思うわ」
「まあ、それくらいなら今の戦力でも出来るな」
「そだねー。それ以外に出来ないと言った方が正しいかもしれないのはツラいところだけど」
とりあえずミラビリス神殿の戦力が十分なのは間違いない。
守りに徹するならば、路地様も居るし、メンシオス以外は何が来ても大丈夫だろう。
「で、ネフロンさんでしたっけ。街に流れているきな臭い空気と言うのは?」
「ああ、それー?」
さて、さっきの会話の中には気になる言葉があった。
色々と確認したいことはあるが、まずはここからだ。
「数日前に一度フルムスから大量のモンスターとプレイヤーが出て行ったのは知ってる?」
「それは知っている……と言うか、撃退する戦いに私も加わっていたわ。それで?」
これはグレジハト村での戦いの件についてだ。
「その戦いでボロ負けしたファシナティオはフルムスの何処かで妙な研究を始めたって話があるんだよね。で、おまけにその日から街を歩く人の数が確実に減って来ているの」
「メンシオスが研究を進めるために、じゃないのね」
「違うねー。どうにも街の中で死んだヤルダバオト神官のリポップ位置を弄って、死んで復活した神官をどこかで集めて、それで何かをしているみたい」
「なるほどね。それでシュピーを死なせるわけにはいかない、と」
「そう言う事だねー。これまでは街の中の何か所かにリポップ地点があって、完全にリポップするまでの数分間は透明状態で動き回れて、リポップ狩りもされなかったけど……今はもう、そうじゃないみたい。外の様子を調べてくれている子の中にも、帰って来なくなった子も居るし」
「ふうん……」
ファシナティオがリポップ位置を動かした、か。
となるとファシナティオの屋敷の地下がそうなのだろう。
数といい、何かをさせられている様子と言い、他に当てはまる場所も無いことだし。
問題は何をさせられているかだが……この分だと、単純な労働作業や拷問だけではなく、もっと悍ましい何かをさせられているかもしれない。
「敵がリポップ位置を動かした件について、驚きもしないんだな」
「しないわよ。高位……と言うより、その地域の支配者になったヤルダバオト神官ならそれぐらいの事が出来るのは知っているもの。ついでに戻し方もね」
「へぇ……なら、期待出来そうだな」
しかし、リポップしたヤルダバオト神官が一か所に集められると言うのは、好都合でもある。
特に私にとっては。
相手が何をさせているかにもよるが、これは利用できるかもしれない。
「ところで貴方たち。『満月の巡礼者』のフルムス調査部隊との関わりは?」
「あるから心配しないでー。出入りの都合と向こうの活動内容的に一緒に居られないだけで、ちゃんと接触して連携は図ってるから」
「と言うより、そうでないと迂闊に調査の人間を路地の外に出すことも出来ないからな。そこはしっかりとやっている」
「なるほど。なら、向こうから貴方たちに接触があったら、『情報は集まっている。だからエオナは好きにやるので心配無用』と伝えておいて」
「それは伝えるまでもなく伝わっていると思うぞ……」
「そう?」
「そうだとも」
フルムス調査部隊との繋がりもちゃんとある、と。
これなら、明後日の戦闘時には連携も取れるだろう。
なお、メイグイの気配の位置はさっきからまるで動いていない。
どうやら時間も時間と言う事で、今日はもう眠りに就いているらしい。
「後、気になるのは……」
「すみません。私から一つ」
「シュピー?」
と、ここでシュピーが手を挙げる。
どうやら何か言いたいことがあるらしい。
「その、魔骸王メンシオスは既にこの場所について知っているみたいなんです。どうしましょうか……」
「「「!?」」」
場に一気に動揺が走る。
まあ、当然か。
今の皆識りの魔骸王メンシオスならば路地様の迷宮は正攻法で突破できるだろうし、戦闘能力も神殿内に居る全員でかかっても勝てるかどうか怪しいぐらいだろう。
「そっちは心配しなくても大丈夫よ。攻める気ならとっくに攻めているし、ファシナティオに伝えるならとっくに伝えてる。話してみて分かったけど、メンシオスにとって最も重要なのは自分の研究を完成させる事。こっちから仕掛けなければ、戦いが始まっても動くかどうか怪しいレベルだわ」
「「「!?」」」
私の言葉によって私以外の全員が目を剥く。
どうやら、私が既にメンシオスと接触済みだとは思っていなかったらしい。
「し、心配しなくていいなら助かる話だが……生きた心地がしない話が連続しすぎだろ……」
「ほ、本当だねー……」
「メンシオスってあれだろ。子供の寝物語にすら出てくるヤバい骸骨……」
「ええ、そのメンシオスです。流れの神官様たちの中でも最高位の者たちが徒党を組んで戦わなければならないらしい。あのメンシオスです……」
色んな感情が混ざった視線が私に向けられるのはまあ、どうでもいいとしてだ。
「コホン、それよりも私としてはそこで眠っているシュピーの本体が何をしたのかが気になるんだけどね。幾ら何でも、貴方たちの扱いが丁重過ぎる気がするわ」
「「「……」」」
「それ……は……」
いい加減に確認しておくべきだろう。
シュピーと言う少女の立ち位置を。
聞かなければ、致命傷になる情報が含まれているかもしれないのだし。
06/15誤字訂正